第66話「元魔王、『王騎(機体名不明)』をいじり倒す」

「『アームド・オーガ』と同型の、ヨロイを着た魔物?」

『ご主人ー! 報告ですー!!』


 ディックに続いて、コウモリのクリフが俺のところにやってくる。


『えっと、えとえと』

「あせらなくていい。落ち着いて話してくれ」

『はい! 自分とガルムはオフェリアさまと一緒に、トーリアス領の北の町に行っていたです。兵士たちの慰問いもん? と、食べ物を届けるためですー。そこに突然、ヨロイを着た魔物たちが襲ってきたです! それと──』

「それと?」

『見たことのない化け物がいたです。全身、真っ赤なヨロイをまとっていて、人のようでもあり、獣のようでもあるです。すごく速く動いて、そいつが吠えると魔物が凶暴化バーサークするです!』


 なんだそれ。

 俺でも知らないぞ。そんな魔物。


「人のようでも、獣のようでもある、ヨロイを着た化け物……?」


 しかも、魔物を凶暴化させる謎の能力って……。


 そういえば前に戦った動くよろい──『霊王ロード=オブ=ファントム』には、魔力を喰らうという謎能力があったな。

 今回の敵も、そういう特殊能力を持っているとすると……まさか、襲って来たのは『王騎ロード』か?


「なにがありましたの? ユウキ」


 オデットが真剣な顔で、俺を見た。

 俺はコウモリたちから聞いた話をオデットに伝えた。

 すると、オデットは少し考えてから──


「わたくしはすぐに山を降ります。手を貸してください。ユウキ」


 ──まっすぐに俺を見て、そう告げた。


「この山にいた『グランドダークボア』は倒しましたから、わたくしでも山を降りるくらいはできるでしょう。手伝ってください。お願いしますわ」

「山を降りるのはいいけど、どうするつもりだ?」

「わたくしは公爵家の者として、また、『魔術ギルド』の一員として……なにが起きているのかを見届けます。必要ならば手助けをして、それが叶わないのなら、せめて正しい情報を集めます。それが、上級貴族としての義務でしょう」

「わかった。30分……いや、15分待ってくれ」


 俺は目の前にある巨大鎧『王騎ロード』を叩いた。


 漆黒の『王騎ロード』は翼を広げた状態で立っている。かぎ爪のついた長い腕を床につけて、手足には土ぼこりが溜まっている。指で触れるとほこりがついてくるけれど、装甲には傷ひとつない。

 頭についた奇妙な角も、何の意味があるのかわからない尻尾も、妙に尖った膝カバーのついた脚も──見た感じ、欠けてるパーツはなさそうだ。


「15分で、この『王騎』を使えるようにする。それまで待ってくれ」

「いきなりこれで戦うつもりですの!?」

「まさか。ただ、こいつには翼があるだろ? そしてこのサイズだから、古城の玄関からは入れない。こいつは天井の穴からここに来たんだ」

「……ということは、飛べる、ということですの!?」

「伝説の『王騎』なら、俺の『飛行』スキルより速いはずだ。こいつでオフェリアのところに行く」

「……すごいことを考えますわね」


 オデットは目を丸くしてる。


「いきなりこれをまとって移動なんて……いえ、ユウキならできるかも……」

「やってみるよ。最低限飛べるようにしてみせる」


 俺は漆黒の『王騎』を見た。

 まずはこれを身にまとうところからだが……どうやって分解するんだ、これ。

 この『王騎ロード』の表面はつるりとしていて、指が引っかかりそうな場所もない。

 外れそうな部分を引っ張っても、びくりもしないな……。


「しょうがない──発動『侵食ハッキング』」


 俺は指の傷口からにじむ『魔力血ミステル・ブラッド』を、黒い『王騎』に押しつけた。

 そして『侵食ハッキング』を起動すると──弾かれた。


 こいつも『霊王ロード=オブ=ファントム』と同じだ。魔術への抵抗力を持ってる。

 傷をつければいいんだろうが……面倒だな。関節部分ならどうだ?

 腕の付け根の装甲が薄そうなところを選んで『魔力血』を注ぐと──


「──通った」


 反応があった。

 俺は目を閉じて『王騎』のハッキングを始める。


 第1防壁──突破。

 第2防壁、第3防壁。突破。


 やっぱりだ。ライルの奴。俺にしか使えないように、厳重にロックをかけてる。

 俺が『侵食ハッキング』して使えるようにするのが前提かよ。


「──ロック解除。搭乗口、オープン」


 ばこんっ。


 ヨロイの前面が開いた。

 俺は『侵食ハッキング』を続けながら、ヨロイの中に入る。

 オデットが心配そうな顔で見ている。

 大丈夫……ってわかるように手を振って、俺は『王騎』──ロード=オブ=ノスフェラトゥの中に入った。


『起動します。搭乗者の魔力を注入してください』


 中に入ると、兜の裏側に、よくわからん文字が表示された。

 起動シークエンス……『魔力結晶』の起動……とか。


 読めるところだけ読むと……この『王騎』は内部にある、魔力の結晶体を動力源にしているらしい。

 決められた使用者の魔力がキーになって、その結晶体が動き出すようだ。


「まぁいいや。俺の『魔力血ミステル・ブラッド』を大量にぶちこめば動くだろ。要は、でっかい『杖』だと思えばいい。ヨロイの内側にも、適当に俺の血をそそいで、っと」


 こいつを俺の使い魔にする感じで行こう。

 そうすれば、自分の身体のように動かすことができるだろ。


「『不死の魔術師』ユウキ=グロッサリアの名において、黒き『王騎』を使い魔にする。我が『魔力血』を受け入れよ。黒き『王騎』よ」


 機体内部にある魔力の結晶体に、俺は『魔力血』を注ぎ込む。



 どくん、と、結晶体が鼓動こどうした。



 結晶体が振動を始める。よろいそのものが、きしみながら動き始める。

 よし……起動した。




『──Lord No.■■■... Lord of ■■■■■■...mode.0001』




 目の前に文字が表示された。

 番号と名前のようだけど……読めない。文字の部分がおかしくなってる。

 けど、今は飛べればそれでいい。細かい調査は後回しだ。


「離れろ! オデット。こいつを動かす!!」

「は、はいっ!!」


魔力血ミステル・ブラッド』がしみ通ったからか、この『王騎』が自分の身体と一体化したように感じる。

 具体的には、身長が伸びて、視界がちょっと高くなったような感じだ。

 今、俺の視界には、オデットの頭のてっぺんが映ってる。

 金髪を留めるリボンを後ろで結んでるのがわかる。そういえばオデットって、リボンを毎日変えてるんだな……。


 ──って、そんなことを考えながら、俺は腕を動かしていく。

 両腕がきしみながら持ち上がっていく。関節部分からホコリと土が落ちていく。

 脚は、腕よりはスムーズに動く。

 最後に、背中の翼に感覚を集中する。

 動かす。ゆっくりと。なんとなく、飛べる、という確信がある。


 あとはどうやってこの隠し部屋から出るかだが……ああ、折りたためるのか、この翼。

 そうだよな。じゃないと、ライルもこの部屋に入れられないもんな。


 起動。動作チェック。感覚の再確認。

 たぶん、いける。

 これで戦えと言われたら困るけど、飛ぶくらいならできそうだ。


「大丈夫ですの!? ユウキ」

「ああ。これでオフェリアのところに行く。オデットは先に玉座の間に戻ってくれ」

「わかりましたわ!」


 オデットは隠し部屋を飛び出して行く。


 俺は機体の感覚に集中して、歩き出す。

 それにしても……さっきから機体の中で声が聞こえるんだが。


『────王騎ロードの機体リストを確認──』


 そういえば『古代器物』って、たまにしゃべるんだった。

『聖剣リーンカァル』もそうだったけど……聞こえる言葉は意味不明だ。




『No.01からNo.08。8機の「王騎ロード」』

『我らが────を────抑えるための────切り札』

『けれど────の────ために。だから──どうか────』


『この、ロード=オブ=■■■■で、すべてを──』



「……話はあとで聞いてやるよ」


 この『王騎ロード』は、あとでじっくり『侵食ハッキング』して、すべてのシステムを丸裸にする予定だ。

 こいつがなにか伝えたいことがあるなら、そのときゆっくり聞く。


 その後、俺が人間の世界から離れたあとで、ゆっくりと時間をかけてコピー品を作るつもりだ。

 アイリスやマーサの、生活が楽になる道具として。


「……オフェリアのところにいくのは、その前の動作確認ってことにしとこう」


 あいつは『フィーラ村』の子孫でもあるし、ライルの遺産の場所のヒントもくれたからな。

 できるだけ、生きてて欲しいんだ。


「ユウキ……」


 気がつくと、オデットが近くで、漆黒の『王騎』を見上げていた。


「なんだかすごく動きがよくなってませんか?」

「あれ?」


 考え事しながら歩いてたら、いつの間にか『玉座の間』に着いていた。

 しかも、動きに違和感がなくなってる。


「すごいですわ。まるで、生きている人間そのもののよう……」

「『魔力血』が行き渡ったからじゃないかな」

「あなたの『魔力血』が?」

「俺の『杖』と同じだよ。あれは『魔力血』で満たすことで俺の身体の一部になってる。この『王騎ロード』にも俺の血をしみわたらせてるから、俺と一体化してるんじゃないかな?」

「腕につかまっても、大丈夫ですの?」

「やってみる」


 俺は『王騎』の腕で、オデットを抱え上げた。


「すごいな。これ。本当によろいなのか?」

「どうしましたの?」

「触った感触まで伝わってくる。オデットの体温もわかる。あと、心音も」

「すごい能力ですわね……って、心音まで!?」

「ああ。ばっくんばっくん言ってる。体温も……ちょっと高──って、なんで叩く!?」

「乙女の詳しいところまで感じ取るんじゃありません! もうっ!」


 ぺちん、って、オデットの手の平が機体の腕を叩く。

 その感覚までわかる。すごいな本当に。


 こんなのが8つも……いや、これを除いて8つもあるのか。

 すげぇな古代の魔術文明。

 なんでそんなに気合いを入れて、こんなものを作ったのかはさっぱりだけど。


 でも、これなら行ける。

 オデットを抱えたまま、オフェリアのところまで飛べそうだ。


「コウモリ軍団! 全員集合!!」

『ごしゅじんー!』『しゅじんさまー』『おじいちゃんのごしゅじんー!』『そうそふのごしゅじん!』『キィキィ』『キキーッ』

「お前たちはクリフの案内で、オフェリアのところに向かってくれ。他の連中がそれに気を取られてる間に、俺は適当に出現するから」

『『『『りょーかいですー!!』』』』


 ディックとクリフたち、コウモリ軍団が飛んでいく。

 俺はオデットがしっかり掴まっているのを再確認。

 背中の翼に魔力を集中して──飛び上がる。

 基本は『飛行』スキルと同じだ。考えるだけで上昇できる。


 俺は屋根に空いた穴から、空へ。

 200年前に住んでた古城と村を見下ろす。

 そのまま、真横に進路を変えて──


「──『機体番号不明 王騎ロード ロード=オブ=ノスフェラトゥ (仮)』──トーリアス領の支援に向かう!!」

「お願いしますわ! ユウキ!!」


 漆黒しっこくの『王騎ロード』は一直線に、トーリアス領に向かって飛翔した。

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