第63話「元魔王、里帰りする」
──トーリアス領 山岳地帯の近くにある砦にて──
グゥオオオオオオオオオオオ…………。
「また『グランドダークボア』が荒ぶっているぜ……」
「『聖域教会』の連中め。うちの山にあんな魔物を残していきやがって……」
ここはトーリアス領、山岳地帯のそばにある砦。
その見張り台で、兵士たちはためいきをついた。
すぐそばにある山岳地帯は、巨大な蛇の魔物がうごめく危険地帯だ。
記録によると、『聖域教会』が山に魔物を追い立てて、魔物の巣にしてしまったらしい。
領土を守る兵士たちにとっては、果てしなく迷惑な話だった。
「昔、この山の上に村があったってのは本当なのかな」
「伝説だろ。確かめようもないことだ。道は土砂で埋もれちまったんだからなぁ」
「その村が『聖域教会』の怒りを買った、って話もあるけどな」
兵士たちは眠気覚ましのお茶を飲みながら、つぶやいた。
「そういえば交替前に、変な話を聞いたんだが」
「変な話?」
「ああ。夜明け前に黒い人影が、山の方に飛んでいったと」
「なんだそのツッコミどころ満載の報告は」
「……見張り番の奴、隊長にどなられてたもんなぁ」
「当たり魔だろ。わざわざ魔物がいる山を登るやつがいるかよ。そんなのは自殺志願者か……世界を変えるほどの魔術師か……」
──グゥオオオオォアアアアアアアアアァァァァ!!
突然、山の方から巨大な叫び声が聞こえた。
同時に、大地が揺らすような
「な、なんだ!?」
「おい。山の方からなにか転がって来るぜ……?」
兵士たちは、山の斜面を指さした。
土と泥におおわれた斜面を、巨大ななにかが転がり落ちてくる。
巨大な蛇──『グランドダークボア』の死体だった。
大きさは、人の身長の10倍以上。全身を黒い
蛇の死体はそのまま斜面を滑り落ち、砦の前まで来て止まった。
完全に死んでいる。地上の兵士が槍で突いても、身動きひとつしない。
「……なぁ、親愛なる同僚よ」
「……なんだよ。まもなく任期明けの同僚」
「あれって……山のヌシの『グランドダークボア』だよな」
「5匹いるうちの1匹だろうな。あとはザコだが」
「『冒険者ギルド』の上級パーティが、1匹も倒せずに帰ってきたっていう、あの」
「皮膚が堅い上に、とにかくでかいからな、あいつら」
「でも……死んでるよな」
「そうだなぁ」
それから兵士たちは無言で、目の前にそびえる山を見つめていた。
なんだか今日は、いつもより木々が騒がしいような気がする。
「あの上で、一体なにが起こってるんだろうな……」
兵士たちは震えながら、目の前の山をみつめていた。
──その頃、山の中腹では──
「よし! 3匹目を撃破した」
俺は浮遊させていた『杖』を手元に戻した。
木の上で体勢を立て直しながら、倒れていく『グランドダークボア』を見つめる。
巨大な蛇型の魔物は、口から血を噴き出しながら落ちていく。
木に引っかかった巨大な蛇は、もう身動きひとつしない。
完全に
「残り2匹。先に頂上にいったディックはもうすぐ戻って来る。オデットは大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。ザコは普通に倒せますもの」
俺たちは木の上から、地上でうごめく魔物の群れを見ていた。
仲間を倒された巨大な蛇が、こっちをじっとにらんでいる。
『グランドダークボア』の特長は赤い目と、牙の生えた大きな口だ。身体の太さは大木くらいある。
それが2匹並んでいると、さすがに光景があるな。
まぁ、さっきまでは5匹並んでたから、今は半減してるんだが。
『────ギィィ────ガアアアアアアアァ!』
不意に『グランドダークボア』の身体が、跳ねた。
口をいっぱいに広げて、樹上にいる俺たちを飲み込もうとする。
「よっと」
俺はオデットを抱えて、枝を蹴った。
『飛行スキル』で、さらに上の枝まで飛び上がる。
『グランドダークボア』の牙が空を切る。
巨大な蛇たちは群れをなして、俺たちを追ってくる。
見逃してくれれば楽なんだが……そうもいかないらしい。
「飛べるからなんとかなってるけど、普通に歩いて登ってなら死ぬな。間違いなく」
たった200年でここまれ荒れるとはな。
正直、登っていくだけでも一苦労だ。
山の斜面は崩れやすく、その上、木もまばらにしか生えてない。
斜面はきつい上に、安定した足場もない。
飛んでなかったらとっくに蛇に食われて死んでただろうな。
「地上を歩いてたら、蛇に巻き付かれてるか食われるか、尻尾で殴られて吹き飛んでるか、ですわね」
「飛べても、楽には行かせてもらえないけどな」
俺は空いた手で『杖』を握り──投げた。
『杖』は回転しながら、『グランドダークボア』に向かって飛んでいく。「悪いな。うちの村がある山を、いつまでも魔物に荒らされてるわけにはいかないんだ」
俺は空いた手で、浮かんでいた『杖』を握り──投げた。
『杖』の中は空洞だ。俺の『
だから、『杖』は俺の一部として、一定時間の飛行能力を持つ。
さらに『古代魔術』の紋章を描けば、遠隔操作で発動することもできる。
『グゥアアアアアアアアア!?』
ぱっくん。
飛んできた『杖』を──『グランドダークボア』は反射的に、飲み込んだ。
「発動──『
ぼふんっ。
『ギィアアアアアアアァァァァァァ!!』
『グランドダークボア』の口の中で、火球を生み出す魔術が発動した。
巨大な蛇の魔物はのたうちまわって、動かなくなる──口を閉じたまま。
『杖』の回収は無理か。最後の1本、使い切っちゃったな。
「『杖』を飲み込ませて体内で魔術を
「いえ……そもそも魔物の体内で魔術を──というのが規格外なのですけど」
「そうかな?」
「『杖』2本と引き換えに、『グランドダークボア』を4匹倒してるんですわよ。あなたは。少しは異常だと思いませんの?」
「すごいよな『古代魔術』」
「すごいのは『古代魔術』ではなくてユウキなのですけど……それより、最後の1匹はどうします?」
最後の『グランドダークボア』は俺とオデットがいる樹に巻き付いて、登り始めている。
逃げる気はまったくなさそうだ。
手元に杖はない。口を狙う手は使えない。
しかも、最後の1匹だけが異常にでかい。動きも速い。
このままだと村までついてくるな……。
俺は周囲を見回した。
山肌は、かなりきつい斜面になってる。そこになんとか樹木が立ってるような状態だ。
俺は『
頂上まで楽に登れるルートがあるはずだが、まだ見つけられずにいる。
「だけど、そろそろコウモリのディックが戻って来る頃か」
『ごしゅじんーっ!!』
不意に、ディックの声がした。
そして──
ばさばさばさばさばさばさばさっ!!
その声に、無数の羽音が続いた。
「な、なんですの!? 空いっぱいのコウモリが──!?」
「大丈夫だ。オデット。あいつらは俺の知り合いだよ」
俺はオデットの肩を抱いて、顔を上げた。
空を舞ってたコウモリたちが、一斉に俺の方にやってくる。
『ごしゅじん?』『しゅじん?』『おじーちゃんのごしゅじん!?』『ひいおじいちゃんのごしゅじんっ!?』
コウモリたちは口々に俺を呼んでいる。なつかしい者を前にしたように、俺の回りを飛び回ってる。
『ごしゅじん』と呼んでるってことは、俺の使い魔の子孫たちか。
200年前、ライルに殺されることを決めたとき、俺は魂の移植魔術を使うつもりだった。
その下ごしらえとして、使い魔だったコウモリのカタロスに、俺の『
『フィーラ村』の跡地に人間はいないけど、コウモリたちはいるかもしれない。
そう思ったから、俺はディックを先に行かせた。俺が来ることを伝えるために。
だけど……ずいぶんたくさん来たな。山のコウモリが全員集まったんじゃないか?
「この中に、使い魔のカタロスはいるか?」
『いないよー』『大分前に、死んだよー』『ひゃくねん? ひゃくごじゅうねん?』『そのくらいまえにー』
「……そっか」
「ユウキの血を受けたからって、不老不死になるわけではないのですね」
「寿命は延びるけどな。じゃあ、お前たちの中で、俺を主人だと思うやつは集まってくれ」
『『『『はーいっ!!』』』』
ディックを含めて12匹のコウモリが、俺のところにやってくる。
「オデット、悪いけど援護を頼む。俺がこいつらを使い魔として再設定する間でいいから」
「承知しました!」
オデットの指が紋章を描いていく。
彼女の得意技『
「こっちに来ないで下さい、蛇さん! 発動『
地面から岩の槍が飛び出し、巨大蛇の胴体に当たる。が、貫通はしない。
さすがに固いな。だけど、ひるんだ。
その間に俺はコウモリたちに『
血の効果が残ってる奴もいるけど、さすがに200年前だ。薄くなってる。
あとは翼に
「ありがとうオデット。もう充分だ」
俺はオデットの手を引いて、再び『飛行』スキルで飛び上がり──
そのまま、真上にある岩場に着地した。
顔を上げると、山肌にコウモリたちが止まって、頂上まで続く線を描いてるのが見えた。
「…………え? あれは?」
「オフェリアが言っていた、俺だけにわかる道だよ」
正確に言うと『コウモリさん
この山は結構険しくて崩れやすい。おまけに、足場にできる樹木も少ない。
だからコウモリたちを呼び寄せて、通りやすいルートを教えてもらうことにした。
あいつらはずっとこの山に住んでる。
安定した岩場や、隠れられる洞穴、敵を狙いやすい場所もわかるはずだ。
オフェリアが言っていたのはこれだ。
コウモリと話せる『俺にしかわからないルート』が、この山にはある。
『グゥオオオオオオオオアアアアアァァァァ!!』
『グランドダークボア』が、吠えながら追いかけてくる。
だけど、遅い。
「よっと。こっち。次はこっち」
「ユウキ……ひゃぁ! ちょ。すごい。速すぎますわ!」
俺は岩場を蹴りながら、上に向かって飛んでいく。
村まであと少しだ。
ここで『グランドダークボア』を片付けよう。
「我が使い魔よ、あの敵の足を止めろ!」
『しょうちです────っ!』
コウモリたちが一斉に、『グランドダークボア』に向かっていく。
『キュキュ。「
どごんっ! どぉん! ずどどんっ! ごぉんっ!
使い魔認定したコウモリたちが、一斉に魔術を発動させる。
地面から飛び出す『石の槍』は『グランドダークボア』の身体を叩き続ける。
他のコウモリたちは石をつかんで投げつけてる。
使い魔認定してない奴らも、カタロスの血を引いてるせいか、結構力があるようだ。
『グガラアアアァァァァァ!!』
『グランドダークボア』は『石の槍』と投石を避けるためか、コースを変えて──
大口を開けたまま、俺の正面にやってきた。
『──────ガ?』
「右手に『
ごっ。
家ほどもある深紅の火球が、『グランドダークボア』の口に飛び込んだ。
そして──爆発。
『グゥアアアアアアアアアアア…………ァ』
「やっと片付いたか」
「『グランドダークボア』って、『魔術ギルド』のC級以上の魔術師でなければ、戦うのは無理って言われているのですけれどね……」
「それもそうだな。じゃあオデット、素材を持っていくか?」
「いりませんわ。入手経路を説明できませんもの。コウモリの案内で山登りしながら、『グランドダークボア』の口に魔術をぶちこんで倒した、なんて、言えると思いますの?」
オデットは肩をすくめた。
彼女は、近くにきたコウモリの背中をなでながら、
「あなたが……村の跡地が残ってると確信していた理由が、やっとわかりましたわ」
「……え?」
「山にこんな巨大蛇が巣くってる以上、村の建物や遺物も壊されていると思うのが普通でしょう? でも、あなたは、あなたの村の跡地が荒らされていないと確信していた。それは……この子たちがいたからですわね」
「確信はなかったけどな」
俺はオデットを抱えて、再び跳んだ。
足場から足場へ。
ほとんど垂直に近い斜面を、勢いよく登っていく。
「だけど、前世の俺が残した使い魔たちは、義理堅いからな。俺や、村の連中の居場所だったところを、魔物ふぜいに荒らさせたりはしないと思ってた」
「『グランドダークボア』たち、コウモリ軍団さんを、明らかに警戒してましたものね」
「石どころか地形まで利用するからな。あいつら」
そんなことを話しているうちに、俺たちは山の頂上近くまでたどり着き──
「着いたよ。ここが『フィーラ村』があった場所だ」
俺は200年ぶりの里帰りを果たしたのだった。
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