第62話「ユウキとオフェリアの『歌』と『答え合わせ』」
俺は、オフェリア=トーリアスを部屋に招き入れた。
ドアを閉じると、彼女はドレスのスカートをつまんで、貴族としての正式の礼をする。
「夜分おそくに、もうしわけありません」
「いいよ。それで、俺と……『マイロード』の話だっけ」
「はい……かあさまの一族が守ってきた古い歌に、その方の姿かたちが歌われているのです」
オフェリアはきれいな声で、歌い始める。
──闇を宿した、黒き髪。
──安らぐ優しき、黒き瞳。
──翼を持たずに宙を舞う、優しき村の守り神。
かすかな声で、歌い終えてから、オフェリアは顔をあげた。
「だから、わたしはユウキさまの前で、たくさんの歌を歌いました。あなたがロードさまかどうかを、確かめるために……そして、確信しました」
オフェリアは大きな目で、俺をじっと見て、
「今一度うかがいます。あなたはかあさまの歌で語られている、伝説のマイロードなの……でしょうか?」
「オフェリアさまのおっしゃる『マイロード』が、俺のもうひとつの名前と同じかどうかはわかりません。だから、ファーストネームだけ申し上げます」
「ではわたしは、マイロードのファミリーネームを申し上げましょう」
俺とオフェリアは、ひとつ、深呼吸をしてから──
「俺は、山の上にあった村──『フィーラ村のディーン』」
「『ノスフェラトゥ』、『
しばらく、沈黙があった。
俺とオフェリアは古い名前を語り終えて、ふぅ、とため息をついた。
「やはり……ユウキさまが『トゥルー・ロード』──ロードさまだったのですね」
「ああ、色々あって転生した」
「はい。信じます」
「あっさりだな!」
「かあさまから、いずれロードさまは帰ってくる、と聞かされていましたから」
オフェリアはうれしそうに、笑った。
「それでオフェリアさま……いや、オフェリアは『フィーラ村』の子孫なのか?」
「はい、マイロードの村の子孫で間違いありません。でも『フィーラ村』という名前は……初めて聞きました」
「そうだったのか?」
「はい。村の名前は、もう、歌にも残っていません」
「わかる」
「わかるのですか……?」
「当時の村長……ライルが色々やらかしたらしいからな」
あいつは『聖域教会』に入り込んで、奴らにどでかいダメージを与えて、『裏切りの賢者』の悪名を残した。
当然『聖域教会』は仕返ししようとしただろうし、『フィーラ村』もその標的になっただろう。
対策として、村の名前──というか存在そのものを歴史から消した、ってことなんだろうな。
「すごいです……わたしより詳しいです。ロードさま」
オフェリアは、ぽかん、とした顔してる。
「かあさまは自分の一族を、村の語り部、とだけ呼んでいました。歌で記憶を
「できれば、もっと別の歌を語り継いで欲しかったけどな」
「強い思いほど、印象に残り……ますから」
たどたどしい口調で、オフェリアは言った。
少しぼーっとしているのは、夜だからか、それとも歌で語り継いできた存在が、目の前にいるのが信じられないんだろうか。
「なるべくインパクトのある歌を残した、と、かあさまは言っていました」
「でも、久しぶりに村のことを思い出せたな。それには感謝するよ。オフェリア」
「…………ほめられるの、照れます」
オフェリアは真っ赤になって、顔をおおってしまった。
こうしてみると、本当に小さい。
年齢は10歳前後だろうか。あんまり人前に出ることもない、って、話の中で言ってたな。
「これからロードさまは、村の跡地に行かれるの、ですね」
「ああ。ライルの──いや、昔の村長の忘れ物があるらしいからな」
「そのことで、お伝えしなければいけないことがあります」
オフェリアは真剣な目で、俺を見た。
「村への道を
「村の連中が意図的に起こしたもの、とか?」
「……え」
「くわしい話は省くけど、俺のばか息子──じゃないか、昔の村長が『聖域教会』に潜り込んで、すごいダメージを与えたらしいらかな。当然、村も『聖域教会』の恨みを買ったはずだ。だから、仕返しされないように、村の住民はみんな山を降りて、町にまぎれた。それと前後して『古代魔術』で山崩れを起こして、村を封印した、ってことじゃないのか?」
「……ロードさま……すごい」
前に『グレイル商会』のローデリアから話を聞いてるからな。
村人たちは商売をして資産を増やす『商人派』と聖域教会を倒すための『潜入派』に分かれたって、ローデリアは言ってた。
『潜入派』は村を出て『聖域教会』に入っただろうし、『商人派』は村の資産を持って、町で商売を始めたはず。
どちらも、村を出ていったはずだから。
「ロードさまのおっしゃる通りです。だから、ロードさまにだけわかる道があるそうです」
「わかった。ちなみに、歌ではどうなってる?」
「『偽りの聖者を防ぐため、大地を揺らし防壁を。真の主が戻るまで、村はひとときの眠りを得ん』……です」
「そのまんまだな」
「はい……歌をお聞かせする理由がなくなりました」
「あとでゆっくり聞かせてもらうよ。他に注意点は?」
「これは歌とは関係ないのですけれど……山には、危険な魔物が巣くっています……」
「『八王戦争』の影響か?」
「いえ元々は『聖域教会』の嫌がらせだった……らしいです」
「……はぁ?」
「『聖域教会』は山の上にある、その村──ロードさまのおっしゃる『フィーラ村』を攻撃しようとしたけれど、山道はふさがれて、村人もいなくなっていた。だから嫌がらせに、山に向かって魔物を追い立てた……という歌が残っています。その後、時が経って、魔物が山で増えてしまった……と」
オフェリアは小さな声で歌い始めた。
「──偽りの聖者は、封じられた村の前で立ちすくむ──
──あえて魔物を追い立てて、山と外とを
「……最悪だな。『聖域教会』」
ディーン=ノスフェラトゥは魔物を
たかだか数年後には、自分たちが魔物を
だから嫌いなんだ。『聖域教会』って。
「山に魔物が巣くってるとなると、トーリアス領も大変だな」
「はい。だから、いつも山の魔物対策に兵士を配置しています。山と国境の両方を警戒しなきゃいけないから……人手不足なんです。帝国への対策に……王都にナターシャねえさまを派遣したのも、そのためです……」
「山にいる魔物ってどんな奴だ?」
「巨大な蛇の魔物です。固い
「わかった。そっちは俺の方でなんとかやってみる。それから──」
俺は窓を開けて、口笛を吹いた。
『『『およびですかー。ごしゅじんー』』』
窓から、コウモリのディックとクリフ、ふたりに抱かれたガルムが飛び込んでくる。
俺はガルムの身体を抱き留めて、とりあえず布で足を拭く。
「紹介する。俺の使い魔のディックとクリフ、ガルムだ」
『『『はじめましてー』』』
「す、すごい。『マイロード』が、動物とお話できるというのは、ほんとうだったんだ……」
オフェリアは目を輝かせて、ディックたちを見つめている。
「……かわいい。なでても平気、ですか?」
「構わない。というか、コウモリのクリフと、犬のガルムはオフェリアに預けていく」
「え?」
「俺が村の跡地に行っている間、ふたりには連絡役になってもらう。なにかあったらクリフに手紙を渡してくれ」
「ちょ、ちょっと待って……ください。どうしてそこまで?」
「ちょっと前に、内海の向こうで強力な魔物に出会ったからな。それがずっと気になってるんだ」
俺はオフェリアに、『アームド・オーガ』のことを説明した。
全身に
それが自然発生したものではなく、誰かに操られていた可能性があること。
奴を操っていた誰かが、まだ、どこかにいるということを。
「そいつがどこの誰なのかはわからない。だけど……『魔術ギルド』が警戒してる状況で、王都の方に向かったとは思えないんだ。もしかしたら、犯人は内海を渡って、北に向かったのかもしれない」
「このトーリアス領へ、ですか?」
「ああ。『アームド・オーガ』を暴れさせたのは、自分の後を追わせないためじゃないか、と」
「もしかしたら……その者は帝国に向かったのでしょうか?」
「わからない。だけど、警戒するに越したことはないだろ」
ナターシャが王都に着けば、帝国のことが王宮と『魔術ギルド』に伝わる。
国境問題だから、兵士と、魔術師くらいは
それまで、少しだけ警戒しておきたいんだ。
「でも、どうしてロードさまは、わたしに、ここまでしてくださるの、ですか?」
「村の歴史を教えてくれた礼だよ。あと、オフェリアは村の連中の子孫でもあるからな」
「そんな理由で!?」
「俺はそのうち、人間の世界からいなくなる予定だ。そのときに、心置きなく消えられるようにしておきたい。別にオフェリアのためじゃない。俺がのんびり、不老不死生活をするためだ」
ライルが俺専用の『
いずれは日常的に使える『古代器物』のレプリカを作る予定だ。
具体的には、勝手に歩いてくれる足とか、自動で動く揺れない馬車とか。
で、作ったあとは実際に、知り合いに使って試してもらいたい。
そういうことに付き合ってくれそうなのは、『フィーラ村』の子孫くらいだ。
他の人たちは作り方とか、なんでこんなもの持ってるんだー、とか、うるさそうだし。
だから、俺の前世『ディーン=ノスフェラトゥ』を知ってる連中には、できるだけ生きててもらわなきゃ困る。
でないと、不老不死をやってても張り合いがないからな。
──と、俺はオフェリアに説明した。
「わかりやすく言うと……
「『私利私欲』の意味がおかしくなってますよ。ロードさま」
オフェリアはなぜか、困ったように首をかしげて、
「よかったです……」
「ん?」
「かあさまの一族が、あなたのことを語り継いでいた理由がわかりました。こんな方が側にいたら……子孫に、語りたくなりますから」
「……ほめられてるのか、俺」
「すごくほめてますよ。わたしの……ロードさま」
そう言って、オフェリアは俺の目の前に
「民として、他にお役に立てることはありますか? ロードさま」
「じゃあ、村に関する歌が他にあったら、教えてほしい」
俺は少し考えてから、
「村の近くにあった『古城』に関わる歌とか」
「あ、あります。すごい、です。どうしてご存じなのですか……」
「本当にあるのか、すごいな……」
「はい、こんな歌です──」
オフェリアはドレスの胸を押さえて、小さな声で歌い始めた。
「──真なる主が戻り来るのは、偉大なる彼の
──民の長が学びし部屋の、底に
「よしわかった」
「もうわかったのですか!?」
「たぶんその歌は、ライルの奴がリクエストしたものだろ」
おそらく『裏切りの賢者 ライル=カーマイン』が残したものを指す。
民の長が学びし部屋ってのは、
「だいたいわかった。今日のうちに準備を整えて、明日でかける」
「は、はい。マイロードさま……それで、ですね」
オフェリアは恥ずかしそうに、顔を伏せて、
「頭をなでて、いただけませんか?」
「? 別に構わないが」
俺はオフェリアの頭に手を乗せて、軽くゆらした。
「……えへへ……夢が叶いました」
「夢?」
「……かあさまの歌にあったんです。『我らの祖先の村では、成人の儀式に、守り神が頭をなでてくれる』──って」
「……そんなこともあったな」
「歌詞は──ロードさまは『聖域教会』から村を守ってくれたけど……村人はロードさまに生きてて欲しかった。『聖域教会』と戦うことになったとしても、ロードさまの民でいたかった……さびしいよ……というものです」
「もしかして俺、怒られてるのか?」
「いいえ。歌は最後に、二度と死なないでくださいね、って歌ってます」
オフェリアは俺の手を握って、ほほえんだ。
「『二度と死なないでください。永久に生きて、村の子孫がずっと笑っていられるように』──って」
「ほんっと、あの連中、人に無理難題をふっかけるよなぁ」
「────『育てたのはあなたでしょ、我らが偉大な──
「はいはい」
それから、俺はコウモリのクリフと、元子犬のガルムを、オフェリアに預けた。
『おまもりしますー』『お付き合いしますー』
「よろしくお願いします。クリフさん、ガルムさん」
オフェリアはガルムを抱き上げ、自分の部屋へ戻っていった。
翌朝、俺はオデットの部屋を訪ねて、事情を伝えた。
山に魔物がいることを話して、村の跡地には俺ひとりで行く、と言ったんだけど──
「なに言ってるんです。わたくしも行くに決まってるじゃありませんの」
「やっぱり?」
「あなたの旅を見届ける、と言いましたけど?」
オデットは俺に向かって、片目をつぶってみせた。
「
「そっか、俺が人間の世界から消えたあと、友人の中で人間の世界に残るのはオデットくらいだもんな」
「さりげなくすごいことを聞いたような気がしますけれど、そうです!」
「わかった。一緒に行こう、オデット」
「はい! ユウキ」
こうして俺とオデットは、フィーラ村跡地に向かって出発することにしたのだった。
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