第61話「元魔王、食事会で平常心を保つ」
「我が娘ナターシャをお助けいただき、ありがとうございました!」
「ありがと、ございましたー」
トーリアス
「おもてなし、感謝します」「感謝いたしますわ」
俺とオデットもおじぎを返す。
今、俺たちはトーリアス
本当は船を降りたあと、そのまま宿を探すつもりだった。
けれど──
「恩人であるおふたりを……強力な魔術師のあんちゃんと、スレイ公爵家のお嬢様に素通りされは、領主さまに顔向けができませんぜ!」
「お願いします。ぜひ伯爵家にお立ち寄りを、お礼をさせてください……」
──と、オフェリアと船長さんにお願いされたんだ。
ふたりとも、すごく必死な顔をしてたからな。
伯爵家に寄ることに決めたのは、オフェリアの歌が気になったというのもある。
あれが俺のテーマソングかどうかはさておき、彼女が『フィーラ村』の関係者かどうかを確かめておくべきだろう。
それに、このトーリアス領は『フィーラ村』のご近所さんだ。
村の連中が歌の中に、俺あてのメッセージを残している可能性はありうる。
だったら、それも確認しておかないと。
隠されたメッセージを探すのは得意なんだ。
村の子どもたちが書いたものを採点するのは、ずっと俺の役目だったからな。
「さぁ、どうぞ。お召し上がりください」
ここはトーリアス伯爵家の屋敷の、応接間。
料理が並んだテーブルの向こうで、トーリアス伯爵は、穏やかな笑みを浮かべている。
「このトーリアス領は、海産物が豊かな土地ですからな。王都からいらした方々のお口に合うかわかりませんが、ぜひ、ご
「くださいー」
トーリアス伯爵の言葉を、娘のオフェリアが引き継いだ。
彼女は細い腕を伸ばして「……これは『ロロロガイ』の塩焼き」「こちらは『アラウミダラ』と『フエナイワカメ』のソテー……」って、料理の説明をしてくれる。
テーブルには海の幸の料理が大量に並んでる。田舎貴族の俺には
トーリアス伯爵は、本当に歓迎してくれてるらしい。
「これ、どうやって食べるんですの……?」
オデットは『アラウミダラ』のソテーを前に、目を丸くしている。
彼女の実家は内陸にあるからか、こういうのは食べたことがないらしい。
「う、うまく皮が剥がれませんわ。どうしたらいいんですの……」
「おてつだい、します」
ちょこん、と、椅子から降りて、オフェリアが俺たちの方にやってくる。
ナイフとフォークを手に、オデットの『アラウミダラ』を切り分けていく。
慣れた手つきだった。
驚くオデットの前で、あっという間に魚の皮と骨が剥がされて、身だけになる。
「これで……どう、ですか?」
「すごいですわ。お見事なお手並みですわね」
「それではトゥルー……いえ、ユウキ=グロッサリアさまの分もおてつだいを……」
「ん?」
俺が横を見ると、オフェリアはナイフとフォークを手にしたまま、硬直してた。
おどろいた顔で、俺と、料理の皿を見つめてる。
「……ユウキ=グロッサリアさま。お魚たべるの、上手」
「……故郷で、川魚をよく食べてましたから」
「……『アラウミダラ』はトゲがあるから、はがすの難しいのに……こんなにきれいに……おさかなの
うっかりしてた。
今の俺は、内陸部に住むグロッサリア男爵家の次男坊だ。海産物に慣れてるわけないよな。
もっと不器用に食べるべきだったか。
昔のくせで、念入りに魚を切り分けてしまった……。
『フィーラ村』の子どもたち、不器用だったからな。
小さいころは俺が骨を取ってやらないと、魚が上手く食べられなかったんだ。
それに『アラウミダラ』は、子どもたちにとっては5歳ごとの誕生日のごちそうだった。
俺がこっそり海まで飛んで捕ってきてたんだ。
そのあと村の料理上手に渡してたけど、あいつら、まるごとソテーにするからな。
子どもたちに食べさせるときは、俺が骨を取ってやらないといけなかった。
魚を食うのが上手くなったのはそのせいだ。
「ユウキ=グロッサリアさまは、海産物を食べるのがお上手なのですね」
「……やってみたらできました」
「ワカメで魚を巻いて食べるとおいしいって、ご存じなのですね」
「……やってみたらおいしかったので」
「…………」
「故郷でも川魚は捕れますので。でも、こんなにおいしいものは初めてです」
「……おほめにあずかり光栄です。ユウキ=グロッサリアさま」
でも、俺が『フィーラ村』の『ディーン=ノスフェラトゥ』かどうかは聞いてこない。
オデットがいるからか、それとも、トーリアス伯爵が同席してるからだろうか。
テーブルの向こうにいる伯爵は白いヒゲをなでながら、微笑ましいものを見るような顔をしてる。
伯爵本人は、俺の素性については疑っていないようだ。
「これ、オフェリア。あまりくっついていては、お客人が落ち着いて食事できないだろうに」
「そ、そうでした……もうしわけありません」
オフェリアが頬を赤くして、自分の席に戻っていく。
そんな娘に笑いかけてから、トーリアス伯爵は俺とオデットに問いかける。
「そういえば『魔術ギルド』のおふたりが、どうしてこのトーリアス領に?」
「実は、調べ物がありまして」
俺は、船の中で準備しておいた回答を告げた。
「俺とオデットは『魔術ギルド』の研修生です。これからギルドの中で、魔術について学んで行くことになります。ですから、教室の中での
「おお、それは勉強熱心な!」
「特に、このトーリアス領は、かつて『八王戦争』に巻き込まれた場所でもあります。魔術に関わる者として、『聖域教会』を反面教師とするためにも、古戦場を見てまわるのも勉強になると思ったんですよ」
「いや、さすが。若い方はすばらしいですな!」
トーリアス伯爵は楽しそうに手を叩いた。
オデットは横目でこっちを見ながら「お見事ですわ」って笑ってるけど。
「ぜひ協力させてください。行きたいところなどありましたら、オフェリアに案内させますが……」
「そうですね……」
俺は少し考えてから、
「北方の山地の方を歩いてみたいですね」
「北方の山地をですか?」
「ええ。あのあたりに、昔、小さな村があったという記録があるのですよ。『聖域教会』の勢力にも近く、影響も受けていたようです。おそるべき『聖域教会』のお膝元で、彼らがどういう生活を営んでいたのか、確かめてみたいんです」
「確かに、あのあたりに村があったという記録は残っております。ですが、今はもう、誰もおりませんよ」
トーリアス伯爵は言った。
真面目な顔で、はっきりと。
「『八王戦争』前後に、
「そうだったんですか……?」
「今はもう、村の跡地に行く者はおりません。空でも飛ばない限り、たどり着くことはできませんからな」
「貴重な情報をありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てずに、申し訳ありません」
「とんでもない、すごく役に立ちました。空でも飛ばない限りたどり着けないんですね?」
「ええ。そういう話を聞いております」
それなら問題ないな。
俺とオデットは視線を交わして、うなずいた。
方針は決まった。
今日と明日は宿でゆっくり休んで、明後日の早朝、出発することにしよう。
『フィーラ村』までの距離と方向はわかってる。
『飛行スキル』で飛んでいけば、数時間で村の跡地に着けるはずだ。
「そういえば、オフェリアの母は、あの村の歌が大好きだったな」
「……はい」
オフェリアは恥ずかしそうに口を押さえて、うなずいた。
「あの村には、とても歌がうまい人がいたそうです。『八王戦争』で傷ついた人たちの心を
「そんなことがあったんですか……」
やっぱりすごいな。あいつら。
ちゃんと世の中のことも考えていたのか。
そうやって200年後の今に、文化を残したんだ。
……たいしたもんだよ。ほんとにすごいな。人間って。
「歌を、うたってもいいですか? ユウキさま、オデットさま」
小柄なオフェリアは、ゆっくりと椅子から降りて、俺とオデットの方を見た。
「かあさまはオフェリアが小さいころに亡くなったけれど……オフェリアは、たくさんの歌を教わりました。大事なお客さまが来たら歌うようにいわれた歌もあります。だから、歌ってもいいですか?」
じーっと俺たちの方を見ているオフェリア。
俺は彼女に、『フィーラ村』の連中と似たところがないか探してみる。
眠そうな目と、薄桃色の髪が誰かを思い出させる。
誰だったっけ……。
『フィーラ村』で歌がうまい者といえば、農夫の娘のロザルバか……。
そういえばあの子は、アリスと仲が良かったな。
アリスよりも10歳くらい年上だったけど、お姉さんみたいに慕われてた。
オフェリアは彼女に似てるんだ。髪の色だけだけれど。
「ユウキさま、オデットさま。あなたがたを歓迎する歌を、歌ってもいいですか?」
オフェリアは俺たちを見て、一礼した。
「もちろんですわ。ユウキもいいですわよね?」
「そうですね。ぜひ聞かせてください」
俺はうなずいた。
仮にオフェリアの歌が『フィーラ村』のメッセージなら、聞き逃すわけにはいかない。
今の時代まで残ってるものならなおさらだ。ぜひ、聞いておかないと。
「では、おかあさまに教わった、大事な方を歓迎する歌を……うたいます」
オフェリアが言って、俺とオデットが拍手する。
そうして、オフェリアは、小さな身体を震わせて──歌い始めた。
「ああ、愛しのマイロード。大好きな守り神。私の想い人──」
「「げほがほがほごほ、ごほんがほんっ!!」」
俺とオデットは同時に
「ど、どうされましたか、おふたりとも」
「……い、いえ魚のウロコが
俺はそう答えるのがやっとだった。
オデットも、口を押さえて震えてる。
そんな俺たちを見つめながら、オフェリア=トーリアスは歌い続けてる。
「私のすべては──
いつも、あの方の
オフェリア=トーリアスの表情は変わらない。
少し頬を染めただけで、静かに歌い続けている。
うちの村の連中、なんて歌を残してくれたんだ……。
いや、文化だけどさ。こういう歌、時を超えて残ってたりするけどな!
これ……たぶん、アリスがロザルバに作ってもらった歌だ。
そういえば最後の村祭りの前に、アリスが作詞をせがんでるのを見かけたことがある。
結局『
それが200年後の今、オフェリアの母方の家系に残ってた。
ってことは、彼女オフェリアも『フィーラ村』の子孫ってことか。
……だろうな。こんな歌、村の連中以外で残す奴いないよな。
「────ああ、いつの日か、あの方と共に─」
歌が終わった。
なんとか、平静を保つのには成功したけど、ほとんど
「…………口の中が甘ったるくなりそうですわ」
オデットはテーブルに突っ伏してうめいてる。
でも、歌はこれで終わりだ。やっと落ち着いて話を──
「2曲目です。『マイロードを
まだあるのか!?
俺も知らないぞ、こんな歌。
村のやつら、俺の死後になにやってたんだ!?
「……オデット」
「……なんですの。ユウキ」
「……この歌、王都に帰ったら
「……仕返しになりませんわ。逆に大喜びするんじゃありません?」
「……だよなぁ」
それから、俺はオフェリア=トーリアスの歌を聴き続けた。
歌はすごく上手かった。
歌詞さえまともだったら、心の底から感動してたと思う。
とりあえず、この先に『フィーラ村』の跡地があるということは確信した。
おそらくはこの歌そのものが、転生した俺に対するメッセージだ。『フィーラ村』はこの近くにありますよ──って。
だけど……もうちょっとやり方ってもんがあるだろ。
うちの村の連中って優秀だけど、力の使い方を間違ってるよな……。
「ごせいちょう……ありがとうございました」
立て続けに5曲を歌い終えて、オフェリアは深々とお辞儀をした。
俺はなんとか冷静な顔のまま、拍手することができた。がんばった。
「すごく、きれいな声でした。メロディも素晴らしいですね」
「大変貴重な歌を聴かせていただきましたわ」
「……この歌を歌うときの注意を、かあさまに教えてもらいました」
オフェリアは、そう言って、優しい笑みを浮かべた。
「
「表情を観察?」
「歌に出てくるトゥルー・ロードは優しくて、照れ屋さんだから、この歌を聴いたら反応を示すでしょう、って」
確信犯かよ。
「そのおかげで、わかりました」
「おいおい。なにを言ってるのだね、オフェリア。それに、こんな歌は私も聞いたことがないよ」
「乙女には秘密の歌があるのです。おとうさま」
そう言ってオフェリアは、唇に指を当てた。
横目で、俺を見つめながら。
「ただ、このオフェリア=トーリアスは、ナターシャねえさまを助けていただいたユウキ=グロッサリアさまの味方になりたいと、そう思ってる、だけです」
そう言ってオフェリアは、いたずらっぽい顔で笑った。
確定だ。
オフェリアは俺の正体を察してる。
そしてオフェリアの母方の一族は『フィーラ村』の子孫だ。
前世の俺のことを、歌で伝えて、出会ったら味方になるように言い残しておいたんだろうな。
「ありがとうございます。オフェリア=トーリアスさま」
俺はオフェリアに向かって、頭を下げた。
歌詞の内容はアレだけど、これは『フィーラ村』の連中が残してくれた歌だ。
それを聞かせてくれたことには感謝しないとな。
「貴重な歌を聴かせていただきました」
「当然のことです。ナターシャねえさまも、同じことを言うはず、です」
そう言ってオフェリアは照れくさそうに笑った。
それから俺はトーリアス
「そういえばナターシャさまは、王都に行かれたんでしたね」
「ええ。ナターシャには交易のついでに、王宮と『魔術ギルド』に行くように伝えてあるのです。最近、少し国境が不安になっておりましてね」
トーリアス伯爵は言った。
「実は最近、国境近くで、帝国の動きが活発化しているのです」
「帝国が?」
「ええ。北方のガイウル帝国です。国境近くで軍事訓練を行っております。そのせいか、魔物の動きも活発化しておりましてね。それで、支援を求めるため、ナターシャを王都に向かわせたのですよ」
ガイウル帝国、か。
『聖域教会』の残党だけでも面倒なのに、やっかいな相手が動き出したもんだ。
「まぁ、すぐに戦になるというものでもありますまい。おふたりはご心配なく」
「帝国といえば……以前、こんなものを拾ったんですが」
俺は懐から、
そこには、
「これはナターシャさまをお助けしたとき、『アームド・オーガ』という魔物の巣で見つけたコインに描かれていた
正確には、オデットが拾ったコインに彫ってあった紋章だ。
本物は『冒険者ギルド』に提出してある。今ごろ『魔術ギルド』に送られてるはずだ。
「王国内では見かけないコインなので、帝国のものかも……と、思ったのですが」
「帝国内の通貨を見たことはありますが……これは見覚えがございません。図案も特殊ですし、帝国のものではないかと思います」
「……そうですか」
それから俺たちは少し話をして、昼食会もお開きになった。
その後、俺とオデットは、伯爵の屋敷に泊まることになった。
宿に泊まるよりオデットが休めると思ったからだ。
それに──
こんこん。
こういうことがあるかもしれない、って、予想していたから。
深夜。
部屋のドアをノックする音がした。
ドアを開けると……そこには予想通り、ドレス姿のオフェリア=トーリアスが立っていた。
「改めてごあいさつ……します。ユウキ=グロッサリアさま……」
「どうしました。こんな夜更けに」
「おうかがいします。あなたは……あの山の上の村の守り神だった、マイロード、ですか?」
ささやくような声で、オフェリア=トーリアスは言った。
「もしもあなたがマイロードなら、お伝えしたいことが……あります。お部屋に……入れてもらませんか……?」
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