第64話「伯爵令嬢ナターシャ、『魔術ギルド』と交渉する」

 ──そのころ、王都では──




「第二王子カイン殿下と、A級魔術師ザメルさまへの拝謁が叶ったこと、感謝しております」


 ナターシャ=トーリアスは王宮の応接室で、王家と『魔術ギルド』の代表者と向かい合っていた。


「わがトーリアス領は魔物も多く、常に対処に追われております。その上、帝国が食指を伸ばしてきたとなれば、単独での対処は難しく……そのため、王家の力におすがりしたいと思い、こうして伯爵家はくしゃくけ名代みょうだいとしてうかがった次第です。どうか、支援をお願いできないでしょうか」


 用意した口上こうじょうを述べ終えて、ナターシャは頭を下げた。

 しばらく、沈黙があった。


 王家の代表者である第二王子カインと、『魔術ギルド』代表者である魔術師ザメルは、手元の資料をじっと見ていた。


 資料は2つある。

 ひとつは、トーリアス領の国境付近で活動を始めた帝国についてのもの。

 もうひとつは、『冒険者ギルド』から届いた『アームド・オーガ』についてのものだ。


「トーリアス伯爵家の訴えはわかった。私から父に、支援の兵を送るように進言しよう」

「ありがとうございます。カイン殿下!」

「だが、ひとつ気になることがある。報告書によると、国境付近で活動をはじめたのは帝国の兵士だったということだが、ここには『奇妙に大きな兵士たちだった』とあるね?」

「はい。国境に配置した兵たちからは、そのような報告を受けています」

「帝国に長身の者が多いという話は聞いたことがない。食糧事情がいいという話も聞かない。大きな兵士とは解せないな」

「国境兵も遠目に見ただけですので……」

「見間違いということもあるか。まぁいい。こちらは備えるだけだからね」

「そんなことより、重要なのはもうひとつの報告書ですぞ、カイン殿下!」


 不意に、ザメル老が声をあげた。


甲冑かっちゅうをまとった魔物『アームド・オーガ』! しかも魔術を防ぐ盾を持っていた。それが回収され、王都まで来ているのだ! すぐにでも『魔術ギルド』で調査するべきものを……まだ手元に来ていないとは。ああ、手続きとは面倒なものだな!!」

「落ち着いてください、ザメル老。ナターシャじょうがおどろいていますよ」

「ああ。ああ! わかっているとも! だがな……」


 ザメル老はカップを手に取り、中に入っていた茶を一気に飲み干した。

 次にローブの内側から小さなボトルを取り出し、空いたカップに注いでいく。中身は眠気覚ましのポーションと見て取って、カインは苦笑いする。


 ザメル老とその弟子たちには『霊王ロード=オブ=ファントム』を預けてある。

 その研究で徹夜てつやが続いているのだろう。


「A級魔術師ともあろう方が……子どものように興奮されては威厳いげんに関わりますよ。ザメル老」

「黙りなさいカイン殿下。『聖域教会愚かなるあの組織』のせいで失われた過去の叡智えいちを取り戻しつつあるのだ。魔術の歴史に名を残す機会を前に、興奮するのは当然であろう?」

「……えっと」


 そんな魔術師たちを、ナターシャ=トーリアスは、ぽかん、と見ていた。


(あの盾って、そんなにすごいものだったの? 私を助けてくれたあの方──ユウキ=グロッサリアさまは淡々としてたけど……)


 ユウキ=グロッサリア──『グレート・オーガ』を倒してくれた、最強の魔術師。


 あの人は『魔術を防ぐ盾』にも、『グレート・オーガ』そのものにも興味がなさそうだった。

 むしろ「面倒な」って顔をしていた。

 まるで単純作業をしているかのように淡々と、『グレート・オーガ』を追いつめ、打ち倒していたっけ。


 あの人を見ていると──母が教えてくれた子守歌を思いだす。


 歌の中ではナターシャも妹のオフェリアも、古い村の子孫になっていた。

 その村には『マイロード』という守り神がいて、いつも村人を守ってくれたそうだ。


『聖域教会』のせいで『マイロード』は命を落としたけれど、いつかよみがえり──

 大いなる遺産を手に入れて『最強のマイロード』──『トゥルー・ロード』になる、らしい。


 母に聞いた覚えがある「『最強になったトゥルー・ロード』はなにをするの?」って。

 聞かれた母は苦笑いして「最強のまま、のんきに生活するのよ。きっと」って笑っていたっけ。


「……ナターシャ嬢? どうされました?」

「あ、はい」


 カイン王子の声に、ナターシャは自分が考えに沈んでいたことに気がついた。

 かぶりを振って、目の前の2人に向き直る。


「失礼いたしました。旅の疲れが出たようです」

「ああ、それは無理もありませんね。トーリアス領から遠路いらしている上に、途中、魔物にも襲われているのですから」

「はい。『魔術ギルド』の方に救っていただきました」

「ユウキ=グロッサリアですね。彼は我が妹アイリスの『護衛騎士』なのです。まったく、彼には驚かされっぱなしだ。C級魔術師のアレク=キールスを倒し、今回は『アームド・オーガ』を倒すとはね……。私は彼が戻ってきたら、D級魔術師の位を与えるつもりでいますよ」

「おや、ずいぶん評価が低いのですな。わしは彼の実力はC級に準ずると思っているのですがな」


 ザメル老はヒゲをなでて、にやりと笑った。


「ふむ。カイン殿下の元では彼の者の才能は伸びぬであろう。ここはひとつ、ワシの派閥はばつに入れて育ててやるとするかのぅ」

「ユウキ=グロッサリアは妹アイリスの『護衛騎士』です。私の派閥に入れるのが適切でしょう。若い才能は、同じ若い者と競うことで育つものですからね」

「ずるいですぞカイン殿下。王家の権威を利用しようとは!」

「ザメル老こそ、準C級魔術師の地位を餌にするのは卑怯でしょう。上級魔術師となり、古代の遺産をより深くする研究する権利を得られるとなれば、我慢できる者などいるはずがない!」


「いえ……あの方は、あまりそのあたりには興味がないのではないかと」


 気づくとナターシャは、ぽつり、と、つぶやいていた。


「「え?」」

「も、申し訳ありません!」


 カイン王子とザメル老の注目を浴びて、ナターシャは思わず口を押さえる。


「差し出がましいことを申し上げてしまいました。お許しください!」

「い、いえ。気になさらず」「わしも、少し興奮していたようだ」


 カイン王子とザメル老は、きまずそうに視線を逸らした。


「とにかく、トーリアス領からの依頼については早急に対応しましょう。『魔術ギルド』も『アームド・オーガ』の巣を調査する部隊を派遣します。お父上にはこちらから伝令を出しますので、ナターシャ嬢は安心されるといい」

「うむ。トーリアス伯爵家のおかげで貴重な魔術の素材が手に入ったのだからな、その礼という意味でも、『魔術ギルド』は支援を惜しまぬつもりだ」

「ありがとうございます!」


 ナターシャは席を立ち、深々と頭を下げた。


「我々はここでもう少し打ち合わせをします。ナターシャ嬢は宿舎で休むといい」

「うむ。あの盾についての話もあるからな!」

「またザメル老はそういうことを。あの盾の用途が分かるまでは、2、3年はかかります。焦っても仕方ないでしょうに……」



 ぱたん。



 ナターシャは応接室を出て、扉を閉めた。

 小さく、はぁ、と、ため息をつく。


 使命は果たした。

 王家は支援の兵を出すと約束してくれた。

『アームド・オーガ』の情報も伝えることができた。


 あとは随行の者たちにそのことを伝えて、領土へ帰るだけだ。


「……あの方に……感謝をしなければ……」


 ナターシャは目を閉じて、祈るように手を組み合わせた。

 王家と『魔術ギルド』の支援が得られたのはユウキのおかげだ。

 彼がいなかったら、ナターシャは王都にたどりつけなかった。彼が『アームド・オーガ』の巣を見つけていなかったら、『魔術ギルド』はここまで好意的ではなかっただろう。

 そういう意味で、ナターシャは彼に返しきれないほどの恩義があるのだ。


「……ありがとうございました。ユウキ=グロッサリアさま……」

「…………? 今、マイロ……いえ、私の護衛騎士ごえいきしの名前が聞こえたような……?」


 声が聞こえた。

 ナターシャが目を上げると、廊下ろうかの向こうに、銀色の髪の少女がいた。


「アイリス=リースティア殿下!」


 ナターシャは慌ててひざまずく。

 それを手で制して、アイリス王女は、


「かしこまった挨拶あいさつは不要です。それより、あなたがナターシャ=トーリアスさまですね。あなたには私の護衛騎士と親友のオデットの話をじっくりゆっくり時間をかけておうかがいしたいのですが……その前に」

「は、はい」

「私の兄、第二王子カイルとA級魔術師ザメル老は、部屋の中に?」

「はい、いらっしゃいます!」

「急ぎ、知らせなければいけないことがあります。あなたも来てください。ナターシャ=トーリアスさま」


 アイリスは扉の前に控えていた執事に取り次ぎを命じる。

 数分の間があり、応接室の扉が開いた。入るなりアイリスは、


「ガイウル帝国の手の者が、国内に入り込んでいる可能性があります」


 ──第二王子カイルと、A級魔術師ザメルに向けて、告げた。

 アイリスの合図で、後ろに控えていた侍女が、布に包まれたものを差し出す。

 開くと、びたコインが姿を現した。


「これは親愛なる『護衛騎士』ユウキ=グロッサリアと、スレイ公爵家令嬢オデット=スレイが発見したものです。このコインは『アームド・オーガ』の巣に落ちていました」


 王女としての威厳いげんに満ちた声で、アイリスは告げる。

 その横顔を見たナターシャはため息をついた。


(なんと凜々りりしい姿でしょう……これが、ユウキ=グロッサリアさまの主君……)


 第二王子とA級魔術師を前に、アイリス王女は堂々としている。

 この気品と物腰が揺らぐことは決してないだろう。まさにこの方は生まれつきの姫君……と、なんとなく納得して、ナターシャはアイリスの後ろで膝をつく。


「……その報告は受けているよ。アイリス。だが、それが帝国とどのような関係が?」

「このコインは帝国の貴族が、誰かに正式な依頼をする際に渡すものだそうです」


 アイリスは告げた。


「一般には流通していないので、知る者は少ないのです。ですが、私が主導して『魔術ギルド』で調査しました。過去に帝国から使者が来たとき、これを見た者の証言が残っていました。このコインが『アームド・オーガ』の巣に落ちていたことの意味、カイン兄さまとザメルさまにはおわかりかと存じますが」

「……ガイウル帝国と、『聖域教会』の残党が結びついている?」

「確信はありません。ですが、私の親愛なる『護衛騎士』の手紙にはこう書いてありました。『ドロテア=ザミュエルスの仲間は、北に逃げた可能性がある。「アームド・オーガ」を暴走させたのは、追っ手の足を止めるためではないだろうか』、と」


 応接室に、沈黙が落ちた。

 カイン王子とザメル老は、あごに手を当て、しばらく考え込む様子だった。


 ナターシャは血の気が引くのを感じていた。

 アイリス王女の言葉が本当なら、『アームド・オーガ』の主人は、トーリアス領にいることになる。


「至急、『魔術ギルド』で調査隊を出すべきでしょう」

「言いたいことはわかるよ、アイリス。だが、誰が行く?」

「もちろん。言い出した責任がありますから、私が参ります!」


 アイリス王女は胸を反らして、宣言した。


「この報告は私の『護衛騎士』がもたらしてくれたもの。ならば、その主人たる私がこの目で真実を確かめる義務がございます。私が行きます。すぐにでも出発します。実はもう準備はできております!!」

「ああ、アイリス殿下……」


 ナターシャは思わずつぶやいた。

 涙が出そうだった。


 なんとすばらしい姫君だろう。ここまでトーリアス領の事を考えてくれるなんて。


「ありがとうございます。アイリス殿下。ぜひ、私がトーリアス領まで案内させていただきます!」

「まぁ、なんといい方でしょう。ナターシャさま」


 アイリスがナターシャの手を取って、立たせる。


「ぜひ、お願いします。あなたの案内があれば、私はマイロ……いえ、『護衛騎士』とすぐに巡り会うことができるでしょう。いえ、これは個人的感情から申し上げているのではなく、王国の治安を考えてのことですが」

「わかっております。アイリス殿下」


 ナターシャはそう答えるのが精一杯だった。

 アイリスの目が輝いていたからだ。

 使命に燃える目──それは、最愛の人の元へと急ぐ乙女のひとみにも似ていた。

 それほどの熱意で、アイリス殿下は王国を守ろうとしているのだ。


「わかった。第二王子として、アイリスをトーリアス領に向かわせることにする」

「『魔術ギルド』としても異存はございません。アイリス殿下の国を思う心には、このザメルも感動いたしました!!」


 第二王子カイルがうなずき、A級魔術師ザメルが感極まったように答える。


「ただし、無理はしないようにね。本格的に動くのは、君の『護衛騎士』と合流して、詳しい話を聞いてからだ。いいね」

「そのつもりです。兄さま」


 アイリス王女はドレスのスカートをつまみ上げ、王女としての正式の礼をした。


「このアイリス=リースティアは、『護衛騎士』ユウキ=グロッサリアと合流することを、第一の目的といたします。トーリアス領では彼の側を決して離れず、常におたがいの目が届くところにいることを約束いたしましょう」

「そうだね。その通りにするように」

「……王家による正式な命令として……言質げんちを取りました」

「え?」「え?」「はい?」

「いえ、なんでもございません」


 アイリスは胸を押さえて、宣言する。


「では、大急ぎで出発いたします。参りましょう。ナターシャ=トーリアスさま」

「はい。アイリス=リースティア王女殿下!」


 こうして、アイリス王女が『魔術ギルド』の先遣調査隊せんけんちょうさたいとしてトーリアス領に向かうことが決まり──


 翌日、目を輝かせたアイリス王女と、それを憧れの瞳で見つめるナターシャ=トーリアスを乗せた馬車と共に、魔術師と護衛の兵士たちは出発したのだった。

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