第59話「ユウキとオデット、『冒険者ギルド』に報告をする」

 夜明けのあと。

 俺とオデットはナターシャ=トーリアスの船で『ガザノンの町』に戻った。


「助けていただき、本当にありがとうございました」

「この恩は必ず返す」「船乗りは義理堅いんだ」「よければ、戻り船に乗っていってくれ!」


 伯爵令嬢はくしゃくれいじょうナターシャは、俺とオデットに何度も頭を下げた。

 兵士さんや船乗りたちも、後ろで声をあげてる。


「わたしはこのまま王都に向かいますが、船は明日の朝、対岸のトーリアス伯爵領はくしゃくりょうへ出発することになります。よければ、乗っていかれませんか?」

「そうですね……」


 次の渡し船は、いつ出るかわからない。

 魔物を倒したからといって、すぐに出航になるとは限らないし。


「わかりました。お願いします。オデットもそれでいい?」

「もちろんですわ。大きな船の方が、ゆっくり休めますもの」


 ふわぁ、と、オデットはあくびをした。

 俺も眠い。今世こんせでは一応、人間やってるもんな。


「先に宿で休んでてもいいよ。オデット」

「『冒険者ギルド』への報告をしなければいけませんわ。あのたての提出も」


 オデットはあくびをかみ殺して、にやりと笑った。


「それに、ギルドの皆さまがあの盾を見てどんな顔をするか、わたくしも見てみたいですもの」

「わたしもご一緒いたしましょう。あなた方があのオーガを討伐とうばつしたことを証明したいですので。盾も運ばせてもらいますね」

「お願いしますわ……ふわぁ」


 それから俺とオデット、ナターシャ、それと盾持ちの兵士さんたちは、朝の町を『冒険者ギルド』に向かったのだった。


 そして──




「「「「ええええええええええええぇぇぇっ!?」」」」




 大騒ぎになった。


「あの『アームド・オーガ』を、魔術師が倒しただって!?」

「いや、確かに……奴の盾で間違いないけれど……どうやって……」

「そもそも居場所さえわからなかったのに!?」

「……『魔術ギルド』の研修生って……こんなにすごい奴らばかりなのか……?」


 ……むちゃくちゃ見られてるな。

 まぁ、そりゃそうか。

 あの『アームド・オーガ』は、王都に支援を要求するほどの、危険な魔物だったんだから。


「どうやってあの盾を突破したんだ!?」「剣も槍も、魔術も通じなかったのに!!」「頼む、どうやって倒したのか教えてくれ!!」


 ギルドマスターと冒険者たちは興奮した顔で、俺たちを見てる。


「どうやって倒したかと言いますと……」


 俺が言うと、ギルドの人たちは一斉に身を乗り出した。


「盾がないところを狙いました」

「「「それができれば苦労はしない!!」」」

「盾がないところを、がんばって狙いました」

「「「…………」」」


「ユウキは使い魔を活用して、敵を撹乱かくらんしたのですわ」


 オデットが俺の言葉を引き継いだ。


「『魔術ギルド』は『古代魔術』を研究する者の集まりです。使い魔を通して、魔術を使う者もおります。わたくしの友人であるユウキは、そのような手段に長けているのです」

「そんな感じです」


 さすがオデットだ。

 その説明に乗っからせてもらおう。


「あの『アームド・オーガ』の腕と脚は長くて、攻撃範囲も広かったですから、やはり魔術で倒すのがいいと考えました。夜を狙ったのは、こちらの使い魔の姿を隠すため。あいつの居場所を見つけたのは、ほぼ偶然です。街道を避けて歩いていたら、岩山に迷い込んでいまして、それでこちらのナターシャ伯爵令嬢の船が襲われてるのに気づいたのです」

「はい。ユウキ=グロッサリアさまは、すぐに助けに来てくださいました」


 ギルドについてきてくれたナターシャ=トーリアスと、兵士たちがうなずいた。


「オデットさまは魔物の動きを把握はあくして、避難誘導ひなんゆうどうを。ユウキさまはその後、負傷者の手当もしてくださいました。死者がでなかったのは、このおふたりのおかげです」

「「「「おおぉ…………」」」」


『冒険者ギルド』がため息で満ちた。

 みんな、納得してくれたようだ。


「それで、これが『アームド・オーガ』が持っていた大盾か」


『冒険者ギルド』のテーブルの上には、人の身長ほどもある盾が横たわっていた。

 銀色の、光沢のある金属でできている。

 俺があれだけ火炎弾をぶちこんだのに、ほとんど傷はついていない。


「……この輝きと強度。まさか『古代器物』だろうか」

「オレたちは幸運だぜ。こんなものに触れる機会があるとは」

「これが『古代器物』だったら、一生の語り草になるだろうよ……」


 うん。まぁ『古代器物』なんだけど。

 船の中で『侵食ハッキング』して調べたから。


 その盾は『聖剣リーンカァル』と似た構造をしていた。

 俺の『魔力血ミステル・ブラッド』で調べることはできたけど、内部魔術の書き換えとかは無理だったんだ。


 あの『霊王ロード=オブ=ファントム』も同じだ。

 俺の『侵食ハッキング』でも、乗り込む部分のロックを外すのが精一杯だったんだ。

『古代器物』は俺の『魔力血』でも、完全には支配できないようだ。


「……ほんと、すごいアイテムですわよね」


 オデットは椅子に座って、ため息をついてる。


「やはり、古代の高名な騎士きしが使っていたのでしょうか……」

「いや、あれは『霊王ロード=オブ=ファントム』の部品みたいだよ」

「え?」

「ドロテアが操ってた『霊王騎』の腕につける部品だ。あの『王騎』は封印されてたせいで、完全には稼働かどうしてなかったからな。だから、盾だけ外して別の実験に使ってたらしいよ?」

「眠気が吹き飛びましたわ。ほんっとすごいですわね、ユウキは」

「いやいや、『魔術ギルド』に運べばすぐにわかるよ。向こうには『霊王騎』そのものがあるんだから」


 ギルドの中では、ギルドマスターの男性が説明をしている。

 これから王都と『魔術ギルド』に連絡をすること。

『魔術ギルド』が引き取りに来るまで、この大楯は『冒険者ギルド』で預かること。

 それと──


「この件についてはユウキ=グロッサリアと、オデット=スレイの評価となるよう、ギルドマスターの自分から『魔術ギルド』に嘆願状たんがんじょうを出させてもらう!!」

「「……え?」」


 万雷の拍手の音が響いた。

 え? どういうこと?


 俺とオデットは正式な依頼を受けてないから、評価にはつながらないはずなんだが……?


「『冒険者ギルド』としての依頼はしていないが、あんたたちはあの『アームド・オーガ』を倒し、辺境伯のご令嬢を救ってくれたんだ。礼はさせてもらう!」

「トーリアス辺境伯へんきょうはくの船が流れ着いてることは、町の誰も知らなかった。あんたたちがいなければ見殺しにするところだったんだ」

「『ガザノンの町』の近くで、辺境伯さまの一行が全滅したとなれば、『冒険者ギルド』の名折れだ。名誉を守ってくれたんだから、それくらいのことはさせてくれ!!」

「あんたたちがいなければ、王都の兵士たちが来るまで、オレたちは怯えてなきゃいけなかったんだからな!!」


 それから──

 俺とオデットは『冒険者ギルド』の冒険者たちから、ひとりずつ礼を言われることになり──

 規定のため、報酬はもらえなかったが、ギルドマスターから個人的な謝礼をもらい──

 さらに、町で最も高級な宿の、一番いい部屋に、無料で泊まれることになったのだった。




「あなたがたのことは忘れません」


『冒険者ギルド』を出たあと、また、ナターシャ=トーリアス一行は、俺たちに深々と頭を下げた。


「ユウキ=グロッサリアさま、オデット=スレイさま。よければ、わたしが戻るまで、トーリアス領に滞在していてください。ぜひ、またお会いしたいですから」

「そうですね。もし、俺の調べ物が長引くようでしたら」


 俺は言った。

 これから俺たちは、対岸のトーリアス領で『フィーラ村』の跡地を探すことになる。

 仮に時間がかかるようだったら、またナターシャ=トーリアスと会うこともあるだろう。


「対岸には、わたしの妹のオフェリアがいるはずです。兵たちには、妹に今回のことは伝えるように言ってありますので、お渡ししたペンダントを見せてください。いろいろ、便宜を図ってくれると思いますよ」

「なにからなにまで、すいません」

「助かりますわ。わたくしたちも、旅慣れていないですので」

「どうか、よい旅を」


 そう言って、ナターシャ=トーリアスと俺たちは握手をかわした。

 それからナターシャは馬車に乗り、王都に向かって出発したのだった。


「さてと、わたくしたちは宿に参りましょう。さすがに眠くなりましたわ……」

「そうだな。いい宿らしいから、ゆっくりできるだろ」

「どんな部屋なのでしょうね。わくわくしますわ」




 ツインルームだった。




「「…………」」


 ぽふっ。


「……おやすみ、オデット」

「ちょっと、ユウキ!?」


 さすがに俺も眠い。

 前世では徹夜てつや続きでも大丈夫だったけど、やっぱり人間の子どもには睡眠が必要なんだ……。


「……普通に下着姿になってベッドに飛び込まれても……困りますわ」

「……他が空いてなかったからしょうが……ないよ」

「そ、そうかもしれませんけど、でも!」

「……大丈夫……13歳なら……四捨五入すれば10歳……だから……ぎりぎり子ども扱いで……」

「長い年月を生きるあなたにとってはそうかもしれませんけど! 人間はもっと年齢を細かく区切って物事を決めるのです! 同年代の男子と同じ部屋なんて……もう……」


 オデットの声が遠ざかっていく。


「…………ありがと、オデット」

「……え?」

「俺の都合に…………付き合わせて……でも、オデットが一緒で……よかった……」


 すぅ。


 そうして、俺は子どもらしく、深い眠りに落ちていったのだった。




 ────────────────────




「……ほんと、困った人」


 ユウキが寝付いたあと、オデットはベッドに腰掛けて、ため息をついた。

 熟睡じゅくすい状態の彼に毛布をかけて──眠っているのはわかっていたけど、なんとなく彼に背中を向けてから、服を脱ぎ、寝間着に着替える。


 何度も振り返ってしまうのは、同年代の男子と一緒だからしょうがない。

 そもそも実家にいたころは、自室に男子を入れることもなかった。

 ユウキが自分を女性としてではなく、対等の仲間として見ているのはわかっているのだけど。


「言っておきますけど、ドキドキしてるのは、男子と同室になるのがはじめてだからですからね。あなたにときめいているわけではありませんからね!」


 誰にともなく言い訳を口にすると、なぜか笑いがこみあげてくる。

 ドキドキしているけれど、緊張はしていない。

 ユウキの側にいると……安心して・・・・しまう・・・

 そんな気分になるのは、はじめてのことだった。


 ユウキと出会わなかったら、どうしていただろう。


 きっと、アイリスの親友として『魔術ギルド』で働いて──

 ……そのうち父の策略にはまり、実家へ連れ戻されることになっていたはずだ。


 でも、そうはならなかった。

 今、こうしてオデットが自由に出歩けるのは、ユウキのおかげだ。


「わたくしも……あなたの民に生まれたかったですわ」


 そうしたらアイリスのように、素直に『マイロードが好き』って言えただろうか。

 ──そんな考えが浮かんで、オデットは慌ててかぶりを振る。

 なにか違う。ちょっと違う。


 これは民が、守り神に抱くような──尊敬の念をこめたもの。

 アイリスと同じ『好き』じゃない。たぶん、違う。

 そう自分に言い聞かせながら、寝間着に着替え終えたオデットは、ベッドに寝転がる。


 隣のベッドでは、ユウキが大の字になって眠っている。

 思わずほっぺたをつつくと……やわからい。

 ふにふに。ぷにぷに。


「……ほんっとに起きませんわね……」


 優しい笑みを浮かべるオデット。

 そうしていると、ユウキが不意に、口を開いた。


「…………アリス」

「…………え?」


 とくん、と、心臓が大きく鳴ったような気がした。


「そう、ですわね。あなたはアイリスの婚約者で──」

「…………アリス、だめだ。教えただろ……グロロキノコは食べられない……お腹をこわす……」

「………………もぅ」


(眠ってしまいましょう)

(これ以上ユウキの寝顔を見ていたら、とんでもないことになりそうですから……)


 そんなことを思いながら──不思議なくらい優しい気持ちで──オデットは眠りについたのだった。

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