第58話「元魔王、古い洞窟を見つける」
『ここが「
子犬のガルムは、岩山の頂上近くで立ち止まった。
岩壁に鼻を近づけて、必死ににおいをかいでいる。
ここは岩山の山頂近く。
俺とオデットはナターシャ=トーリアスたちを助けたあと、『アームド・オーガ』の巣を探しに、ここまでやってきた。
コウモリのディックとクリフ、子犬のガルムも一緒だ。
海岸にいるナターシャ=トーリアスたちには、夜明けまでに戻ると言ってある。
今ごろ向こうは、出港の準備をしているはずだ。
「このあたりに『アームド・オーガ』の巣があるのか」
『わうぅ』
俺はガルムの頭をなでた。
『
「においはどこから来てる? 正確な位置はわかるか?」
『岩部の向こうからにおいがするです。このあたりですー』
ガルムは岩壁の一角に、顔を近づけた。。
行き止まりに見えるけど──違う。
細い
「においがそこから出ているとなると、
「隠し扉? 魔術的なものですの?」
「珍しい技術じゃないよ。まわりの壁そっくりの扉を作って、魔術で固定──ってのは、俺も前世でやってた」
「……そういうものもありますわね」
「似たような魔術具もあるだろ。
「技術の無駄遣いですわね」
「本人に会ったら伝えておくよ」
魔術としては、そんなに難しいものじゃない。
俺も前世では、古城に隠し部屋を作っていたからな。
中身は、村人の体質や持病なんかを記した記録だったけど。
「でも……この先にあるのは、そんな平和的なものじゃなさそうだな」
俺は手の平を切って、岩肌に血をこすりつけた。
ただの岩肌なら、『
「『
………………やっぱり、魔術の反応がある。
『古代魔術』じゃない。教師カッヘルが使っていた、ロック魔術と同じだ。
これなら解除できる。
内部魔術──解析完了。
岩壁への
岩壁を移動させる魔術への魔力供給──成功。
この隠し扉は、決まった人間──あるいは魔物の魔力を注ぐことで、開くようになってる。
あのオーガの魔力は設定されてるとして、他の魔力は誰のものだろう?
とりあえず、開け方を思いっきり変えておこう。
岩の隙間に魔力を注ぐためのポイントがあるから、それをずらして、と。
……ついでにトラップも仕掛けておくか。
ここを作った奴が、自分では二度と開けられないように。
「解除は成功した。開けるから手伝ってくれ」
「わかりましたわ。『
「「せーの!」」『がるるっ!』
しゅるっ。
俺たちが押すと、岩壁が真横にスライドした。
「すごい……開きましたわ」
「この扉は、特定の人間と魔物の魔力を感知して開くようになってた」
「ということは、やはりここは、あのオーガの巣ですの?」
「たぶんな。しかも、魔術師が関わってる」
俺とオデットは、岩壁の向こうへ足を踏み入れた。
内部は整備された
天井が高い。これなら、あのオーガも余裕で入れるだろう。
でも、中は荒れ果ててる。
地面にはボロボロのヨロイと、折れた剣が落ちてる。
食べ物の残りかす。動物の骨のようなものもある。
『「アームド・オーガ」のにおいがすごいですー』
がるる、と、ガルムが不快そうな声をあげる。
「ここがあの『アームド・オーガ』の巣ってことか」
「……獣の骨に、肉に……武器もありますわね」
「机があるけど……
机の下には、本の
ページはすべてなくなって、表紙だけが残っている。
これは……。
「『聖域教会 第一教典』か……」
引き出しの中に、
文字がなんとか読み取れる。えっと。
「『八王戦争はまもなく終わる』『再起を期する』『ここに武具を』……?」
「まさか……本当にここは『聖域教会』の隠れ家、ですの!?」
「たぶん、作られたのは200年以上前だろうな……」
その頃の『聖域教会』は、この近くの港町を整備していた。
隠れ家くらい作っててもおかしくない。
「ガルム。ここにあるのは『アームド・オーガ』のにおいだけか? 人間のにおいは?」
『あります。ごしゅじんー』
わぅん、と、子犬のガルムが
『ひとり……いえ、ふたりなのですー。「アームド・オーガ」と一緒に、人間がふたり、最近ここに入っています』
「最近、ここに人が入ってるってさ」
俺はオデットに、ガルムの言葉を伝えた。
「それが『アームド・オーガ』に、ヨロイと盾を与えた誰かだ」
「……誰ですの。それは」
「ドロテア=ザミュエルスと……それ以外の誰かだろうな。そのあたりは『魔術ギルド』に調べてもらおう」
たぶんドロテアと何者かは、ここで『アームド・オーガ』の研究をしていた。
ドロテアが捕まったあと、残りのひとりがオーガを解き放ったか、あるいは、あるじを失ったオーガが暴走した、ってところだろうか。
このあとは時間をかけて調べる必要があるな。
『ガザノンの町』に戻ったら、アイリスに手紙を出そう。
盾を手に入れたことと、この場所のことを伝えれば、彼女が『魔術ギルド』に報告してくれるはずだ。そうすれば、調査の手が入るはず。
『聖域教会』の隠れ家が、王家の直轄領にある状況はやばい。
さっさと片付けてもらおう。
「それでガルム、お前はこれからどうする? 村の人のところに戻るなら、俺の使い魔をやめることもできるけど」
『ついていきますー』
わぅんわぅん、と、ガルムは可愛い声で鳴いた。
『恩は返すように、と、母から教わりましたのでー』
「わかった。じゃあ、これからもよろしくな」
頭をなでると、ガルムは勢いよく
一応、ステータスを確認しておこう。
『ガルム
種族:リトル・モースドッグ
レベル:1
体力:E
腕力:E
敏捷:D
魔力:E
器用:D
スキル:
従魔スキル:強化嗅覚。知性。高速移動。防御力上昇。再生能力上昇』
『……そういえば、ごしゅじんの荷物からも、「アームド・オーガ」のにおいがしますよ?』
「ああ、奴と戦ったとき、変な結晶体を見つけたっけ」
俺は革袋から、赤い結晶体を取り出した。
『アームド・オーガ』を倒したら出てきたものだ。
形は球状。半透明で、表面には黒い線が走ってる。
「これも調べてみるか──『
『
わかるけど……なんだこれ。
結晶体そのものは、高濃度の魔力を固めたものだ。
だけど、なかに妙な魔術が仕込んである。
内部魔術──解析完了。
魔術構造──『
解析続行──完了。
「その結晶体はなんでしたの?」
「簡単に言うと、生物を強化して、暴走させる魔力結晶だ」
「──暴走!?」
「これを取り込んだ生き物は凶暴化する代わりに、魔力と生命力が強くなる。要は、リスクありのクラスアップアイテムって感じだ」
「正気を失う代わりに、強くなるアイテムですの……?」
「あの『アームド・オーガ』もこれを取り込んで、『オーガ・改』とか『セカンド・オーガ』とか、そんな生き物になってたんだろうな」
「道理であのオーガ、大きすぎると思いましたわ」
「これも『魔術ギルド』に提出した方がいいんだろうけど……」
……いじってみたいな。この素材。
この施設のものはすべて『魔術ギルド』に提供するんだから、ドロップアイテムくらいもらってもいいと思うんだけどな。
「危険すぎますわね。その素材……」
不意にぽつり、と、オデットがつぶやいた。
「凶暴化させる素材なんて……そのままにしておけませんわ」
「だよな。オデット、すごくいいこと言った!」
「そ、そうですか?」
「だから、とりあえず浄化しとこう」
「え? あれ? ユウキ?」
「俺の『魔力血』は病原体を消せるから、同じ要領で『凶暴化』の効果だけを解除できるはずだ」
手の平に『
結晶体が淡い光とともに、浄化された。
表面にあった黒いラインが消えて、きれいな赤色になっている。
これでもう、取り込んでも凶暴化はしないはずだ。
「もう、ただの高濃度魔力の結晶体だ。生き物が食べると、普通にパワーアップする
「あなたの『魔力血』を使ってしまったら、『魔術ギルド』に提出できないじゃありませんか……」
「いやぁ、うっかりしてた。こまったなー。どうしよう」
「なんで棒読みなのですか、ユウキ」
「いやいや……これ、いつまで保存できるかもわからないし、使った方が──」
ぺたぺた。ぺた。
足元を見ると、ガルムが俺の靴を叩いてた
『わぅわぅ!』
「欲しいのか? ガルム」
『つよくなれるのでしょう? 欲しいです!』
「んー」
俺はガルムを抱き上げて、もう一度ステータスを確認した。
手で触れて、ガルムの体内魔力と、俺の『魔力血』で満たした結晶体の魔力を確認する。
前世で村人や、
……大丈夫そうだな。
ガルムは俺の使い魔で、俺の魔力になじんでいる。
でもって、この結晶体は俺の『魔力血』を注いで浄化している。
もう一度『
俺の使い魔用の魔力源に変化してる。
これなら、ガルムの身体にもなじむはずだ。
「……ゆっくり消化しろよ?」
『わーい』
「ちょ、ユウキ?」
「大丈夫だ」
俺は『魔力血』にひたした結晶体を、手の平に載せた。
ガルムがそれを小さな舌で、ぺろり、と舐めた。
すると──すぅ、と、結晶体が溶けていく。
俺の魔力と一体化したらしい。そして、そのままガルムの中へ入っていって。
『わぅわぅわぅわぅ!!』
ガルムの身体が、赤く光った。
子犬だったガルムが、少しずつ、大きくなっていく。
そのまま、ひとまわり成長して──
『ガルム
種族:ハイ・モースドッグ
レベル:10
体力:C
腕力:C
敏捷:B
魔力:B
器用:C
スキル:嗅覚。
従魔スキル:超嗅覚。知性。超高速移動。防御力上昇。再生能力上昇。ダッシュアタック』
『進化しましたー』
「よっしゃ」
「よっしゃじゃありませんわよ……」
オデットは額を押さえてる。
「『アームド・オーガ』をあっという間に倒して、巣と『聖域教会』のアジトを見つけて、使い魔を進化させるって……あなたは一晩でどれだけのことをしてるんですの!?」
「悪い。面白そうな素材があったから」
魔術師の悪いくせだよな。
自分の研究分野で使えそうな素材を見つけると、ついいじりたくなるのは。
この『高魔力結晶』は、生き物の生命力と魔力を高める効果がある。
これを研究して、俺の『
俺以外の人間を、不老不死にできるかもしれない。
「それと、ガルムを進化させれば、オデットの護衛にできると思ったんだ」
「…………どうしてわたくしに?」
「また『アームド・オーガ』レベルの敵と出会わないとも限らないし、それに、ガルムの名付け親はオデットだろ?」
「も、もう……わかりました!」
オデットは頬をふくらませて、言った。
「確かに、ガルムさんを進化させるのも、『アームド・オーガ』がドロップしたものを調べるのも重要ですものね……わかりました。それより、そろそろ戻りましょう」
「そうだな。ナターシャ=トーリアスを待たせてる」
「ですわ。これから行く辺境領のお姫さまですもの。失礼のないように……って、あら?」
不意に、オデットが足元を見た。
片足を上げて、なにかを確認しているようだ。
「どうした? オデット」
「なにか固いものを踏んだような……あ、これですわね」
オデットは地面から丸いものを拾い上げた。
金属製の……コインだ。
「銅貨、ですわね。見たことないものですわ」
「王国のものじゃないのか?」
「地方領主が時折、自分の領土のみで使える通貨を
「ここに来た魔術師の持ち物か……それとも、200年前のものか……」
「回収しておきますわ。なにかの手がかりになるかもしれません」
オデットはコインを、革袋に入れた。
隠し扉をロックしていた魔術は、俺が書き換えた。
部屋の持ち主が来ても、中に入ることはできないはずだ。
「長い夜でしたわね」
「船に戻ったら一眠りしようか」
内海の東側から、陽が昇りはじめている。
それから俺とオデットはゆっくりと岩山を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます