第57話「元魔王、最強の盾と戦う」
『「
子犬のガルムはそう言って、村の東側にある岩山へと走り出した。
「ディック、クリフ、一緒に行ってくれ。ガルムを守れ」
『『しょうちですー』』
コウモリのディックとクリフが、ガルムを追って飛んでいく。
子犬なのに、ガルムの足はかなり速い。一直線に岩山を登っていく。
自分がいた村を
「俺たちも行くぞ。オデット」
「は、はい」
俺はオデットを抱えて飛んだ。
時刻は夜。月は薄い雲の向こうに隠れてる。
けれど、ガルムの位置はわかる。使い魔を見失うことはない。
「ガルムは『アームド・オーガ』のにおいを見つけたようだな」
「どうしますの? ユウキ」
「敵が隠れているようなら、その場所を探り出して兵士に知らせる。奴の盾については、先に手に入れておきたいけどな」
「魔術を防ぐ最強の盾ですわよ?」
「そういえばことわざにあったな。最強の盾と最強の矛、ぶつかったら強いのはどっちか、って」
「あなたの聖剣のことを言ってますの?」
「壊れたら嫌だからな。あれは使いたくないなぁ」
俺とオデットは岩山に生えた木を足場に、空中を飛んでいく。
追いついた……真下には、子犬ガルムの姿がある。
その左右をコウモリのディックとクリフがついていってる。
『わぅぅ! ごしゅじんっ! 敵のにおいが海の方に続いてるです!』
『ごしゅじんー!』『海の方! なにがいるですー!』
「見つけたのか?」「海の方、ですの?」
俺はオデットを抱いたまま、一度着地した。
もう一度……今度は『
岩山の向こう──内海のあたりまで、視界が広がった。
白い帆が見えた。
岩山のふもとにある海岸に、船が
『グゥオオオオオオオオオオ──────ッ!!』
そして、その手前、岩山を駆け下りていく、巨大な影が見えた。
銀色のヨロイをまもった
「あれが『アームド・オーガ』か」
「……大きい。オーガにしても、かなり巨大ですわ」
オーガは、俺たちには気づいていない。
海岸に、かがり火を焚いた船があるからだ。
奴はその灯りに引かれるように、まっすぐ、船へと向かっていた。
「なんであんな場所に船がいますの!? 港もないのに!?」
「そういえば内海の魔物が暴れてるって、渡し船の受付さんが言ってたな」
だから、渡し船は通行禁止になってた。
普段のコースが使えないからだ。
「対岸から来た船が、魔物に追われてコースを変えたんじゃないか?」
「……ユウキ」
「どうしたオデット」
「飛行コースが変わりましたわよ。船の方に向かってますけれど?」
「降りるか?」
「まさか。でも、いいんですか? わたくしたちは『冒険者ギルド』の依頼を受けてはいませんのよ?」
「俺は岩山に散歩しに来ただけだ。そしたら、『アームド・オーガ』にでくわしたので戦った。緊急避難だ」
「口実を探すのが得意ですわね、もう!!」
俺とオデットはまっすぐ、内海に向かって飛翔する。
戦闘音が近づいてくる。
船からおりた十数名の兵士が、『アームド・オーガ』と戦っている。
「な、なんでこんなところに、こんな巨大な魔物が!?」
「ヨロイをまとったオーガなど、聞いたことがないぞ!!」
「ひ、ひるむな! お嬢様をお守りしろ!!」
叫び声が聞こえた。
それに反応したのか、オーガが走る速度を上げた。
『グゥオオオオオオオオオ!!』
ぶんっ。
「────ひっ」
オデットが小さな悲鳴を上げた。
『アームド・オーガ』の腕のひとふりで、兵士2人が吹っ飛んだからだ。
ここまで近づくと、『アームド・オーガ』の恐ろしさがよくわかる。
奴の身長は大人2人分。腕なんか、オデットの腰回りよりも太い。
右手には巨大な
さらに全身にはフルプレートのヨロイをまとっている。
どこで手に入れたのか、オーガサイズの。
「さっき言ってましたわね。最強の盾と最強の矛がぶつかったら、どっちが勝つのか、って」
「そんなの決まってるだろ」
「どっちですの?」
「数の多い方だ。最強の盾がひとつしかないなら、こっちは普通の矛──攻撃で充分だろ」
俺はオデットを抱いたまま、腰から杖を2本、取り出した。
『
俺とオデット、ディックとクリフ、杖2本。
戦力は充分だ。
「オデットは船の人たちを落ち着かせてくれ。スレイ
「わかりましたわ」
オデットがうなずくのを確認して、俺は彼女を海岸近くに降ろした。
砂浜に着地したオデットは、胸を張り、声を張り上げる。
「わたくしは『魔術ギルド』する魔術師、オデット=スレイ! スレイ公爵家の長女です!! 『アームド・オーガ』の調査のためにここに参りました。わたくしの友が支援いたします。すぐに船に戻り、脱出を!!」
「……スレイ公爵家のご令嬢が!?」
「……じゃ、じゃあ、あの少年も貴族か!?」
「……どこから現れたんだ? まさか、空でも飛んできたのか!?」
兵士たちが騒ぎ出す。
「こ、こちらは北方辺境伯の長女、ナターシャ=トーリアスです!」
その後ろから、小柄な少女が現れた。
よろけながらオデットに近づき、頭を下げる。
「父の命令で、対岸からこちらにやってきました。ですが……
「話は後にいたしましょう。みなさまは船に戻ってください! 海へ逃げるのです!」
ナターシャと名乗った少女と兵士たちは、オデットの指示に従い始める。
あっちは任せておいても大丈夫そうだ。
「行くぞディック、クリフ!」
『はい!』『ごしゅじんーっ!!』
ちなみに、ガルムには別の仕事をしてもらってる。
あいつに戦闘はまだ無理だ。死なせたくないからな。
「……こいつが『アームド・オーガ』が」
『ブゥオオオオオオオオオオオオアアアアアアア!!』
俺は地面に立ち、巨大な魔物を見上げていた。
大きい。
前世で俺が戦ったオーガよりも、かなり大きい。
こんな大型の魔物がいるのか、この時代は。
「む、無理だ。こんな奴、倒せるわけがねぇ!」
「逃げろ。魔術師さん。あんたも逃げてくれ!!」
俺のまわりには、兵士がまだ残ってる。
怪我をした人たちだ。
できれば逃げて欲しいんだけど……動けない人もいる。仕方ないな。
「さっさと片付けるか。発動『
俺は右手に描いた
『グフフフフ!!』
『アームド・オーガ』が大盾に隠れる。
火炎弾は銀色の大盾に当たって、消滅した。
「なるほど。やっぱり『
『グゥアアアアアア!!』
「聖剣で戦おうにも、向こうの方がリーチが長いからな。面倒な」
「だめだ、魔術は効かないんだよ! うちの魔術師も無力だったんだ!!」
「どうやって倒せばいいんだ。こんな奴!!」
魔術は効かない、か。
まぁ、兵士さんの言うことも間違いじゃないんだが。
「確かに効かないみたいだな。
ずどどどどどどどどどっ!!
『グォオオ!?』
どぉん、と音がして『アームド・オーガ』の背中に、火炎弾が炸裂した。
奴が首だけで振り返る。
そこにあったのは、ふわふわ浮かぶ杖だ。
『グァアアア!?』
『アームド・オーガ』が大盾で背中をかばう。
「はい。『
『いふりーと』『ふろーですー!』
ずどどどどどどどどどどどっ!
どどどどどどどどどっ!!
どどどっがががががっ!!
『ギィアアアアアアアアアアアアアアア!!』
3方向からの『火炎弾』が『アームド・オーガ』を
俺の右手、ディックとクリフの翼に描いた『
俺とディックたちの火炎弾に盾を向ければ、今度は杖から。
杖の火炎弾を防げば、死角から別の火炎弾が飛んでいく。
『ギィアアアア!! ギャアアアアアアアアア!!!』
『アームド・オーガ』のヨロイが割れた。
ヨロイには、盾ほどの対魔術防御はなかったようだ。
5方向からの火炎にさらされた『アームド・オーガ』の本体が、炎に包まれていく。
「でも、盾はきれいなままだな。すごいな」
『グゥアアアアアアアアアア!!』
『アームド・オーガ』が
地面を踏みならしながら、俺の方に走り出す。
俺が魔術の源だと気づいたか。
「だけど、ちょっと遅かった。こっちは複合魔法実験の準備ができてる」
これは、最近考えたものだ。
俺は両手に
では、その紋章を組み合わせて発動したらどうなるのか──
「右手に『
とりあえずやってみた。
両手を近づけると──ばちっ、と音がした。
『グォ!?』
地面が、揺れた。
『
でも、これは違うな。
なにか真っ赤な物が、地面から噴き出してくる──
ドォオオオオオオオオ!!
『ギィアアアアアアアアアアアアア!!』
真っ赤に焼けた岩の槍が、『アームド・オーガ』の胴体を貫いた。
そのまま『アームド・オーガ』の身体を焼き尽くす。
魔物は手足を、びくん、びくんと震わせたあと……その動きを止めた。
「なるほど『古代魔術』をふたつ組み合わせると能力が変化するのか」
すごいな、『古代魔術』。いろいろ研究の余地がありそうだ。
例えば炎系の魔術と『
俺が炎をまとって強化される……とか?
「……すげぇ。本当にあのオーガを倒しちまった」
「…………あんな魔術師がいるなら、国境問題なんか一発で解決するだろうな」
「…………うちの領土に来てくれるように、姫さまから頼んでくれねぇかな……」
背後で兵士さんの声が聞こえる。
無事だったのならなによりだ。
「それで、例の盾は、と」
『アームド・オーガ』の大盾は無傷だった。
盾の大きさは、俺の身長より少し小さいくらい。持って運べないこともない。
『冒険者ギルド』経由で『魔術ギルド』に連絡して、引き取りに来てもらおう。
「『古代器物』か、そのレプリカの可能性もあるからな」
……ん?
地面を見ると、赤い結晶体が落ちていた。
頭上を見ると、『アームド・オーガ』の心臓のあたりに、穴が空いていた。そこから落ちたらしい。
……気になるな。
「あとで『ハッキング』して調べてみよう」
「お疲れさまでした。ユウキ」
振り返ると、オデットが走ってくるのが見えた。
「オデットこそお疲れさま。船員を避難させてくれて、助かった」
「こちらの方が、お礼を言いたいそうですわ。対岸を領土とする辺境伯トーリアス家の長女の方だそうです」
オデットの後ろから、小柄な少女が現れる。
彼女は俺を見ると、ぺこり、と頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました。魔術師さま」
「いや、通りかかっただけだ。俺たちはこの魔物を探していたんで」
「それでも、助けられたことには代わりはありません。ぜひ、お礼をしたいのですが」
「それじゃ朝になったら、俺たちを『ガザノンの町』まで運んでくれないか?」
あの大盾、歩いて運べないこともないけど面倒だ。
船に便乗させてもらおう。
「は、はい。わたしたちも船を出すつもりでしたので……もちろん」
「それと、この魔物の討伐は、あなたたちに依頼されたことにしてくれると助かる。こいつに襲われてたから、通りがかりの俺たちに討伐を依頼した、と」
俺はもうひとつ頼み事をした。
現場で緊急依頼を受けたことにすれば、『冒険者ギルド』も文句は言わないだろう。
『魔術ギルド』とも、話がしやすくなるはずだ。
「ええ。わたしも、王都に行くところでしたので、『魔術ギルド』に、このことをお伝えしておきます」
「王都に行かれるのか?」
「ええ、まぁ……商売のようなものですけれど」
ナターシャ=トーリアスと名乗った少女は、笑った。
「あなた方は、内海を渡って北へ?」
「ああ。そのつもりだ」
「でしたら、これを」
少女は首からペンダントを外して、俺に渡した。
「お礼のひとつです。これがあれば、トーリアス領では色々と便利だと思います。なにかあったら、ナターシャ=トーリアスの名前を出してください。あとは……あとは」
「いや、もう充分だが」
「いいえ! 命を救われたのですから、いくらお礼をしても足りません」
「それはあとで。俺は朝までに、調べたいことがあるんだ」
『わうぅん!』
俺の足元で、子犬のガルムが吠えた。
捜し物を終えて、戻ってきてくれたようだ。
ガルムのお腹には『
その状態で『アームド・オーガ』のにおいをたどり、探し物を見つけてきてくれたんだ。
『「アームド・オーガ」のにおいが一番強い場所を見つけましたー』
「俺の使い魔が奴の巣を見つけたようだ。これからちょっと、調査に行ってくる」
俺はオデットと
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