第56話「ユウキとオデット、目撃者を探す」

「あの『アームド・オーガ』は、数日前に村をおそい、占領しました」


『冒険者ギルド』の受付嬢うけつけじょうさんは言った。


「この近くの岩山のふもとにある小さな村ですが、そこに攻め込み、家畜を狙って、村人をおそいました。ほとんどの村人は逃げのびたのですが……犠牲者ぎせいしゃも出ています。その後、『冒険者ギルド』でも討伐依頼を出したところ……」

「……重傷者じゅうしょうしゃを出したあげくに、逃げられたときた」


 受付嬢さんの言葉を、剣士風の冒険者が引き継いだ。

 よく見ると、剣士風の人の片腕には包帯が巻かれていて、添え木がしてある。

 他の冒険者たちも身体のあちこちに傷を負ってる。


 違和感があると思ったら、『冒険者ギルド』の中が妙に閑散かんさんとしてる。

 ここに集まってる冒険者は10人にも満たない。いくらなんでも少なすぎだ。


「どんな魔物なんですか。その『アームド・オーガ』って」

「お前たちの天敵だよ。魔術が効かねぇんだ」


 俺の質問に、剣士風の男性が答えてくれる。

 彼はとなりにいるローブ姿の女性の肩を叩いて、


「オレたちは『アームド・オーガ』を見つけると同時に、遠距離から攻撃用の魔術を撃ち込んだ。まずは遠距離攻撃でダメージを与えて、それから接近戦に持ち込むつもりだったんだ。ところが──」

「アタシたちの魔術は、当たった瞬間に消えちまったんだよ。奴のたてにね」

「『アームド・オーガ』は大人の倍くらいの身長がある。ぶっとい腕を持った大鬼だ。それが、銀色に輝く大盾を持ってた。こっちの攻撃魔術が、すべてそれに防がれたんだ」

「アタシたちの攻撃魔術は、まったく効果がなかった。その上、オーガ本人も全身をヨロイで固めてるときてる」

「近接戦闘で倒そうとはしたんだが、逃げられた。正直なところ、あれは一介の冒険者が相手にできる魔物じゃない。勇者とか聖騎士とか、そういう奴らの相手だよ」


 そう言って、冒険者たちはため息をついた。


 冒険者たちが取り逃がした『アームド・オーガ』は岩山の方に逃げていったそうだ。

 現在、町の兵士たちが山のふもとで警戒体制を取っているが、今のところは目撃情報はなし。

 だから町長が王都に早馬を飛ばして、『魔術ギルド』と、王都の軍隊の出動要請をしているらしい。


 大鬼──オーガそのものなら、俺も前世で戦ったことがある。

 あいつらの武器は腕力と、巨体に見合わない瞬発力しゅんぱつりょく、それと再生能力だ。

 それが魔術が効かない盾とか、巨体をおおうヨロイを手に入れたなら、確かに厄介やっかいだな。


 問題はその盾と、ヨロイの強さにもよるんだろうが……。


「オーガにおそわれた村の場所を教えてもらえませんか?」

「関わるのは危険だと言わなかったか?」

「討伐するつもりはありません。『魔術ギルド』の一員として、現場を見ておきたいだけです。もう、その場所に『アームド・オーガ』はいないんでしょう?」

「仕方ないな。オレらが教えなくても……町の人間に聞けばわかることだ」


 剣士の人はため息をついた。

 襲われた村は、この『ガザノンの町』の近くにある。

 ここで教えてもらえなくても、町の人たちのうわさ話を聞けば、すぐにわかる。


 そう思ったのか『冒険者ギルド』の人たちは、村の場所を教えてくれた。

 ただ、村へのルートには兵士がいて、通行禁止にしているらしい。


「ありがとうございました」「情報、感謝いたしますわ」


 俺とオデットは冒険者ギルドを出た。


「とりあえず宿を探そう。オデットもつかれてるだろ?」

「その前にお話があります」

「……なんだよ」

「ユウキ、あなた『アームド・オーガ』が襲った村に行くつもりですわね?」

「そうだけど」

「でも『アームド・オーガ討伐とうばつクエスト』は、ギルドには出ていませんでしたわ。正式に受注しなければ、『魔術ギルド』での成果にはなりませんわよ?」

「いや、別に『アームド・オーガ』を討伐する気はないんだ」


 俺は手近な屋台で、この土地特産の果物を買った。

 大きさは人の頭くらいで果汁たっぷりの『フワワリンゴ』だ。

 ひとつをオデットに渡して、俺は通りのすみに移動した。


「とりあえず水分補給しよう。結構歩いたし」

「これ、どうやって食べるんですの」

「植物のくきがついてるだろ。それで果汁を吸うんだよ。まずはナイフで切り込みを入れてから──」

「なるほど。ナイフで──」


 ばしゃん。


 横を見ると、顔面に果汁をぶちまけたオデットがいた。

 俺は荷物から出しておいた布を彼女に渡した。無言で。


「……用意がいいですわね」

「『フィーラ村』にいた頃、行商人から買った『フワワリンゴ』を飲もうとしたアリスが同じめに──」

「やめてください。当時のアリスさんの年齢を聞くとへこみますから」

「それで、俺が『アームド・オーガ』について調べる理由だっけ?」

「え、ええ。ギルドから受注しなければ評価には繋がらないのに……」


 オデットは顔を拭いてから、改めて『フワワリンゴ』にストロー代わりのきくを刺した。

 果汁を吸いはじめるまでは渋い顔だったけど、すぐにびっくりした表情になる。

 甘いからな。『フワワリンゴ』の果汁。その代わり、べたつくんだけど。


「もちろん、わたくしだって皆を困らせる魔物まものは討伐したいですわよ。力があれば、そうしていますわ。ですが……」

「別に俺は皆を守りたいなんて思ってないけどな」

「だったら、どうして?」

「さっき、剣士の人が言ってただろ。『アームド・オーガ』のたては、魔法が効かなかったって」

「ええ、言ってましたわね。だから魔術師の天敵だと」

「前に俺が戦った『霊王ロード=オブ=ファントム』もそうだ。あいつは盾じゃなくて、装甲そのものに魔術を防ぐコーティングがしてあったんだが」

「確かに。そんな話を聞きましたわ。ということは!? 『聖域教会』が!?」


 オデットが目を見開いて、俺を見た。

 ああ、ほっぺたにまだ果汁がついてるな。

 とりあえず布で軽く拭いて、っと。


「……子ども扱いしないでください」

「しょうがないだろ。俺は実質300歳超えてるんだから」

「話を戻しますわ。『アームド・オーガ』の盾に、あの『王騎ロード』と同じ能力があるとしたら……では、ユウキは『アームド・オーガ』に『聖域教会』が関わっていると?」

「ああ。だから調べてみたいんだ。その盾が『古代器物』か、そのレプリカなら、情報くらいはつかんでおきたいんだよ」

「なるほど。納得ですわ」


 オデットは真面目な顔でうなずいた。

 わかってくれたみたいだ。


「…………だけど、面倒だよなぁ」

「なんでそこでため息をつくんですの」

「嫌いなんだよ。『聖域教会』って」

「当然ですわね。前世のあなたは、奴らのせいで命を落としたのですから。嫌うのも憎むのも当たり前ですわ」

「そうじゃなくて、あいつらわけわかんないから」

「わけわかんない、ですの?」

「ああ。あいつらが本気を出せば、今ごろ人間は大進化を遂げてるはずなんだから」

「……え?


 オデットは、ぽかん、とした顔をしている。

 説明した方がいいな。


「200年前に俺がいた村の話はしただろ?」

「ええ。あなたが治めていた村はとても豊かで、優れていたと」

「アイリスも『グレイル商会』のローデリアも、前世の俺の治世がよかったとか言ってるけどさ。でも、当時の俺にできたのは、餓死者がししゃ病死者びょうししゃをなくして、魔物を討伐して村を安全にするくらいだったんだよ」

「魔術と、読み書き計算も教えていたのではなくて?」

「ああ、それくらいだ。でも、当時の『聖域教会』は『古代魔術』と大量の『古代器物』を手に入れてた。やろうと思えば、国レベルで人間の生活改善するくらいできたはずなんだよ」

「…………そうですわね」

「200年前の『聖域教会』だって、『古代の遺産で人類の進化をー!』って盛り上がってた。でもって、人間じゃなかった俺を『魔王め!』『吸血鬼の王め!』とか言って討伐とうばつしに来たんだ。自分たちは正しいと言って、静かに生きてた俺の討伐に」

「…………はぁ」

「だからさ、前世の記憶が戻ったとき、すっごく期待したんだよ。『聖域教会』の奴らはあれだけ偉そうなこと言ってたんだから、人間社会を進化させたんだろうなって。今は200年前より文明が進んで、自動で開くドアとか、黙ってても料理が出てくる皿とかが開発されてるんじゃないかって」


 男爵領だんしゃくりょう田舎いなかだから、最新技術はまだ普及してないんだと思ってた。

 都会に行けば、普通に空飛ぶ馬車とがか行き交ってると思ったんだ。


「なのに、歴史を調べてみたら、あいつらがやらかしてたのは大戦争だ。逆に世界はむちゃくちゃになってた。まったく、わけわかんないだろ? 『聖域教会』のボスの子孫が生き残ってたら、首根っこつかまえて『ねぇ。お前らなに考えてんの? ばかなの?』って聞きたいと思うだろ、普通」

「…………」

「だから俺は『聖域教会』がわけわかんなくて嫌い……って、オデット、なんで額を押さえてるんだ?」

「そういうところです……わたくしが、あなたに敵わないって思うのは」

「『魔術ギルド』には『霊王騎』をあげたから、そのうち全自動歩行馬車とか開発してくれるとは思うが」

「そんな理由で差し出したんですの!?」

脚部きゃくぶを傷つけないように倒すのは大変だった」

「もしかして……あなたが『フィーラ村』にあるという『王騎ロード』を探している理由は?」

「え? 自分用のだって欲しいだろ? 個人的に研究もしたいし」

「わかりました」


 なぜかオデットはうなずいた。力強く。


「とてもよくわかりました。ユウキがどんな方なのか、よーくわかりましたわ」

「というわけで、『アームド・オーガ』の被害を受けた村に行ってみようと思う」

「ええ。一緒に行きましょう」

「一緒に?」 

「絶対に一緒に行きます。可能な限りわたくしは、今世のあなたの旅を見届けます。そう決めました」

「そんな気合いを入れなくても。別に『アームド・オーガ』と戦うわけじゃないんだが」

「情報収集ですわよね?」

「情報収集だよ」

「どうやって、ですの? 村人はもう、現場にはいないんですわよ?」

「そのあたりは考えてある」


『アームド・オーガ』は、村の家畜を襲った、と、ギルドの人は言っていた。

 ということは、まだ現場に目撃者がいるかもしれない。


「夜になったら出る。それまで、宿で休もう」

「承知いたしましたわ」


 俺とオデットは宿を取り、一休みすることにした。





 そして、夜。

 再び空を飛んだ俺とオデットは、『アームド・オーガ』に襲われた村に来ていた。

 まわりに人気はない。

 村の門が破られてる。

 村の周囲には魔物避けの、背の低い壁がある。『アームド・オーガ』はその門を、強引に破壊したようだ。住居はほとんど無傷だけれど、家畜小屋が徹底的てっていてきこわされている。『アームド・オーガ』は、食い物を求めてここに来たようだ。


「村人は全員、逃げたようですわね」

「でも、残ってる奴がいてよかった」

『見つけましたー』『連れてきましたー』


「わんっ! がるるるっ!!」


 俺たちの前には、小さな子犬がいた。

 いると思った。

 こういう村なら、家畜かちくを集めるのにも、狩りをするのにも犬の一匹くらいはいるものだ。

 村人がいちもくさんに逃げたなら、取り残される奴も。


「いや、お前は『アームド・オーガ』から村人を守ったのか?」

『…………がる?』


 よく見ると子犬の右脚には傷がある。

 血は乾いているが、歩きにくそうにしてる。

 それで逃げられなかったのか。


「『アームド・オーガ』に仕返ししたいなら俺の『魔力血ミステル・ブラッド』をやる」


 俺は指先を傷つけて、子犬の前に差し出した。


「これを舐めれば俺の使い魔になれる。情報だけくれれば、あとで解放してやるが、どうする?」

『…………きゅう』


 ぺろり


 子犬の舌が、俺の血を舐めた。


『わんっ……ごしゅじんー』

「お前の名前は?」

『……うまれてまだ1ヶ月経たないので、ありません』

「オデット、なにかいい名前はあるか?」

「え? ええっと……ガルムではどうでしょうか?」


 少し首をかしげて、オデットは言った。


「神話に出てくる魔犬の名前ですけれど」

『気に入りましたー。わふぅ!』


 気に入ったようだ。


「ガルム。お前は『アームド・オーガ』のにおいを覚えているか?」

『…………もちろん。がるる!』

「じゃあ、奴がどっちに逃げたか教えてくれ。それと、奴の詳しい情報も」


 俺はガルムの頭をなでながら、そんなことを聞いたのだった。

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