第55話「元魔王、350年ぶりの港町でおどろく」
「ここが『ガザノンの町』です。内海を越える船は、この町から出ているそうですわ」
「助かるよ。さすがに内海を飛んで越えるのは大変なんだ」
「それに目立ち過ぎますわよ。そんなことしたら」
だよな。そのあたりは気を遣うよな。
前世の俺だって、月のない真夜中を選んで、黒ずくめの服で飛んでたくらいだから。
「それにしてもこの町、結構、人が多いな」
「北方への玄関口ですものね。旅人や冒険者、商人まで、いろいろな人がいますわね……」
「重要だから、王家の
「ここの重要性がわからないようでは政治なんかできませんわ」
「350年前はただの田舎町だったけどなぁ」
「……当時と比べられても反応に困りますわ」
「でも200年前には立派な港町になってたらしいな。ここの重要性に『
「……知りませんでした……って、ここで隠れた歴史を語られても困ります! 歴史の新事実じゃありませんか。それ」
「でも、名物は変わってないな。イカの衣揚げが今もあるのか。しかも安くなってる……1本ください」
「もう、ユウキったら……わたくしも1本もらいますわ」
俺とオデットは串に刺さったイカの衣揚げ──イカの身に粉をつけて揚げたもの──と食べながら、町を歩いてる。
前世で俺がここに来たのは、今からだいたい350年前だ。
さすがに、その時とは名物の味も変わってる。
『八王戦争』で世界がぐちゃぐちゃになったけど、人の文化はそれなりに発展してるらしい。
……だったら200年の間にもっと『古代器物』を研究して、空飛ぶ船でも作っててくれればいいのに。
そしたら俺が飛ぶ必要もなく、『フィーラ村』の跡地までひとっ飛びだ。
「『聖域教会』がいらんことしなければ、人の文明も発達してたのかもな」
「その点については同感ですわ」
「仮にそうなってたらどんな世界になってたか、確認しようもないけど」
『ごしゅじんー』『おいしいにおいがしますー』
「ごめん、忘れてた。お前たちも食べるといいよ」
俺はマントの裏に留まってたディックとクリフ (新入り)に、イカの衣揚げを差し出した。
コウモリたちがイカの身に歯を立てたのを確認して、串を抜いてやる。
2匹とも、こぼさずきれいに食べてるのは、『
ディックなんて、すでに
「渡し船は港から、毎朝出てるんだっけ?」
「ええ。もしかしたら、まだ今朝の船がいるかもしれません」
『ごしゅじんー』『見てきましょうかー』
「お前たちは寝てていい。俺たちも、渡し船に乗ったら一眠りするから」
『しょうちですー』『ありがとうございますー』
すぅー、と、マントの裏から寝息が聞こえてくる。
「……オデットも眠い?」
「全然、むしろ旅が楽しくて眠れそうにないですわ」
「テンションを上げすぎると後で、がつーん、と疲れが来るから気をつけろよ」
「ご忠告、感謝します」
「5歳のアリスが初めて山の遠足に行ったときもそうだったし」
「さすがに子ども扱いしすぎじゃありませんっ!?」
そんな話をしながら、俺とオデットは港に向かったのだった。
「申し訳ありません。しばらくの間、船を出すのは禁止されていまして……」
「「……え?」」
受付の女性の言葉に、俺たちは思わずぽかん、と口を開けてしまった。
ここは港にある、渡し船の受付所。
まわりにはたくさんの船が
大型の渡し船に、漁船、観光用の小さな船もある。
けど、内海に出ている船はひとつもない。
みんな手持ち
「船を出すのが禁止って……どうしてですか?」
俺が聞くと、
「陸の方で魔物が出たんです。それに影響を受けたのか、内海の生き物たちも暴れはじめて……普段は大人しい魔物が船を
「陸の魔物の影響で……?」
「そうです。だから町長さまより、事態が落ち着くまで渡し船は出さないように、と通達が出されたのです」
そう言って、受付の女性は頭を抱えた。
「……早く解決してくれないと……こっちも商売あがったりですよ」
「内海を
「……よくご存じですね」
「……え?」
「最近は大型船もありますからね。そっちのルートを使うのは、本当に大荷物を運ぶキャラバンぐらいなんですけど……」
「……こら、ユウキ」
オデットが俺の脇腹をつついた。
大丈夫だ。こういう時の言い訳は考えてある。
「うちの故郷の言い伝えです」
「ああ……そういうことですか」
受付嬢さんは納得したように、うなずいた。
「ローブを着てるところを見ると、あなた方は魔術師のようですね。だったら、そういうこともあるでしょう……それなら『冒険者ギルド』に行ってみたらいかがですか?」
「『冒険者ギルド』に?」
「はい。あちらなら、魔物の情報もあります。詳しい事情がわかると思いますよ」
「ありがとうございます」「どうもですわ」
俺とオデットはお礼を言って、港を離れた。
「……どうするかな」「……どうしましょうか」
町を歩きながら、俺とオデットは考え込んでいた。
あの様子だと、渡し船は当分出ないだろう。
「かといって、陸路で20日もかけるわけにはいかないよな」
「わたくしも、そこまで王都を留守にはできませんわ」
「……ここは」「……こうなったら」
俺とオデットは顔を見合わせた。
「がんばって飛んで内海を越えるしかないか」
「がんばって冒険者ギルド情報収集して、問題解決するしかありませんわね」
ぽんっ。
手を叩く音が、重なった。
「「……え?」」
「ユウキ、今、なんて言いましたの?」
「がんばって空を飛んで内海を越えよう、って」
「さすがに無理でしょう。海ですもの。途中で着地する場所がありませんわ」
「
「無茶なことしないでくださいな!」
「200年前は成功した……ような気がする」
3回くらい水に落っこちたけど、内海を渡ることができた。
成功の範囲内だ。
「でも、今回はオデットがいるからな。濡れて風邪を引かせるわけにはいかないか」
「それ以前に、あんまり
オデットは額を押さえた。
「あなたを見ていると、わたくしが目指す『高名な魔術師』がつまらないものに見えてきますので……」
「『
「人の話を聞きなさい!」
「『身体強化』させれば、ディックたちの負担にはならないと思うけど」
「……ほんと、ほっとけない人ですわね、あなたは」
なぜか、オデットは優しい目をしてる。
それから彼女は、こほん、とせきばらいして、
「今回は常識的な手段を取ることにしましょう。ユウキ」
「確かに、渡し船が出てないのに、いきなり対岸の町に出現するわけにもいかないか」
「そういうことですわ」
「でも『冒険者ギルド』で情報収集するのはわかるけど、問題解決ってのは?」
『冒険者ギルド』というのは、文字通り冒険者が登録して、魔物討伐なんかを請け負うギルドのことだ。
俺たちは登録していない。
そもそも『魔術ギルド』に登録してる俺たちが、他のギルドで仕事をしてもいいのか?
「『冒険者ギルド』と魔術ギルドは、
「提携を?」
「アイリスから聞いた話ですから、確かです。『魔術ギルド』も『冒険者ギルド』から情報提供と、クエストを受注することができるのですわ。もっとも、貴族が多い『魔術ギルド』ですから、人助けの意味が大きいですけれどね。でも……」
オデットは目を輝かせて、続ける。
「依頼を達成すれば、『冒険者ギルド』から『魔術ギルド』に報告が行きますし、上級魔術師がそれを『優良』を判断すれば、評価に繋がるのですわ。なんでも『優良』を3つ取れば、上級魔術師への
「
「それは確か……『優良』を5回取る必要があったと思いますわ」
なるほど。
それは耳よりな情報だ。
「それで、『冒険者ギルド』の建物って?」
「港から近いと言っていましたわね……あれですわ」
通りの先に、剣と杖が重ね合わされた看板があった。
下に大きな文字で『冒険者ギルド』と書いてある。
ちなみに『フィーラ村』にもなかった。
村のまわりには俺が使い魔コウモリたちを巡回させて、見つけるたびに村人でパーティ組んで倒しに行ってたから。意外とセキュリティレベルは高かったんだ。うちの村。
「お邪魔します」「失礼しますわ」
『冒険者ギルド』の扉をくぐると、中の人たちが一斉にこっちを見た。
色々な人がいる。
ガタイのいい剣士。細い身体の弓兵。神官系の人もいるな。
もちろん、ローブをまとった魔術師もいる。
ざわっ。
……ん?
やけに見られてるな。
別に目立つような格好はしていないはずだけど。
着てるローブだって一般的なもので『魔術ギルド』だってわかる印はない。
魔術師がめずらしいわけでもないはずだけど……?
「ちょっとおうかがいしたいのですけれど。船が出せない原因になっている『陸の魔物』について」
がたっ!
ギルドの中にいた人たちが、
なんだ? なにかおかしいこと言ったか?
「その件については、関わらない方がいいと思いますよ。魔術師さん」
ギルドの受付にいた女性は、営業用っぽい笑顔を浮かべて、そう言った。
「どうしてですの? こう見えても、わたくしたちは『魔術ギルド』の──」
「A級、B級の方ではないですよね?」
「ええ。そこまで上位の方が『魔術ギルド』を離れることは滅多にないですから」
「C級以下の方は、あの魔物に関わらない方がいいと思います」
「──な!?」
『冒険者ギルド』の人たちがうなずく。
こんな場所に、そこまで強い魔物が現れるのか?
冗談だろ。ここは王家の
「この町に来るまでの間、俺たちは草原の方を見てきた」
俺は受付の女性に向かって告げた。
「もちろん、そこを通ったわけじゃなくて、街道から見ただけだけどな。でも、強力な魔物の姿なんて見なかったし、そんな情報も聞かなかったんだが……」
「魔物が出たのは草原とは逆方向ですから」
「……だから街道が
草原を飛んでる間に、俺はディックとクリフを飛ばしてた。
周囲に魔物がいれば気づくはずだからな。
「どうしてもとおっしゃるなら、情報だけはお伝えします。ですが、
「物理で倒すべき……強力な魔物……?」
俺の言葉に、ギルドの受付嬢さんはうなずいた。
「あれは通常の魔物ではありません。冒険者たちも、『冒険者ギルド』という組織でさえも、あんなものと出会うのは初めてなのです」
「……どんな魔物なんですか?」
「『
その言葉に、ざわり、と、ギルドの人々が反応した。
振り返ると、冒険者たちはみんな、青い顔をしていた。
「そこまで、冒険者の皆さんを恐れさせる魔物がいるのですか……?」
「現在、町長が王都に早馬を飛ばしています」
冒険者たちと同じくらい青い顔で、ギルドの受付嬢さんは言った。
「手紙が届けば、いずれ王都から
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