第52話「ユウキとアイリス、オデットの『魔術ギルドオリエンテーション』(前編)」
──オデット視点──
『魔術ギルド』オリエンテーションの前日。
父であるスレイ
「……なぜ今になって、こんな手紙を」
つぶやきながら、オデットはじっと父の手紙をにらみつけている。
手紙の内容は──
『我が娘、オデットに告げる。
お前の「魔術ギルド」への加入を認める条件を覚えているか?
ギルドで学ぶのを許すのは1年という話であったな。
1年以内にC級魔術師にならなければ、お前を政略結婚に使うという条件であった。
だが、事情が変わった。
当家と同格の
スレイ公爵家が他家に遅れを取り、見下されるわけにはいかぬ。
約束の期間を、半年に縮める。
それまでに成果を上げられなかった場合、お前の婚姻を進める。
以上だ』
「ふっざけんなですわ!!」
オデットは父の手紙を、床にたたきつけた。
『魔術ギルド』に入る前は2年の
王都に来たとたんに、それが1年に。
オリエンテーション直前になって、半年に縮まったのだ。
「……おばあさまが生きてさえいれば、父上を止めてくださったでしょうに」
オデットの祖母は『魔術ギルド』出身の魔術師だった。
小さいころからオデットは、祖母から不思議な話を聞かされてきた。
彼女がアイリスの『不老の体質』のことを聞いてもおどろかなかったのはそのためだ。世の中には不思議なことがあるんだから、そういうこともあるだろう、と。
だからオデットは、魔術師をめざすことにした。
両親も賛成してくれていた。
だが、祖母が亡くなってからは、父は手のひらを返した。
他の公爵家の上に立つために、オデットを政略結婚の道具にすることを考えはじめたのだ。
「でも……半年以内にC級魔術師……なんて、わたくしだけの力では」
そう考えたオデットの頭に、ユウキの姿が浮かんだ。
ユウキの力を借りれば、C級魔術師の位を得ることはたやすい。
オデットが頼めば、彼は力を貸してくれるはずだ。
──けれど。
「ユウキは……転生した方ですわ。『聖域教会』の残党が現れた今、目立つ真似はさせられません。父の話も──今日明日どうこう、ということではありませんし」
オデットは手紙を丸めて、本棚の隅に押し込んだ。
代わりに『魔術ギルド』から届いた『オリエンテーション』の案内に目を通す。
「アイリスはユウキと、わたくしはテレーズ伯爵令嬢とペアですわね」
聞いたことのない名前だが、協力してオリエンテーションを乗り切らなければ。
そんなことを考えながら、明日の計画を練るオデットだった。
──翌日 ユウキ視点──
オリエンテーションの日。
俺はアイリスとペアになり、巨大ダンジョン『エリュシオン』の第1階層に来ていた。
まわりには、同期の研修生たちが集まっている。
数は十数人程度。
オデットもいる。彼女は、知らない少女とペアになっている。
前髪の長い、物静かな感じの少女だ。彼女がテレーズ伯爵令嬢か。
オデットのことだから、誰とペアでも大丈夫だろう。
こないだアレク=キールスとの対戦の前に、一緒に魔術の訓練をしたからな。実力は確かだ。
俺たちは自分の仕事をしないと。
「もう一度、ルールを説明する」
研修生の前に立ち、教官役の魔術師が言った。
教官役は2人いる。
1人はC級魔術師のデメテル先生。もうひとりは、確かC級魔術師のダラトンと言ったっけ。
「今回のオリエンテーションは、お前たちがこのダンジョン『エリュシオン』に慣れるためのものだ。配った地図の通りに移動して、我々の待つポイントまで来ること」
言われて、俺はアイリスの手元をのぞき込んだ。
ペア1組に1枚ずつ、ダンジョン第1階層の地図が配られている。
これが今日、俺たちが進むべきルートらしい。
「地図に描かれたルートは、それぞれのペアによって異なる。互いのルートが交わることはない。これは『エリュシオン』というダンジョンの広さと、恐ろしさを学んでもらうのが目的だ。ここまではいいな?」
魔術師の声に、俺も含めた研修生たちがうなずく。
「第1階層に出る魔物は弱いものばかりだ。それにてこずるような奴を、研修生に選んだ覚えはない。だが、これ以上進めないと思ったら支給した
左腕につけた腕章を、教官は示した。
俺もアイリスも、同じものをつけている。
表面に水晶玉がついた、マジックアイテムだ。
「それでお前たちの居場所がわかる。面倒だが、助けに行ってやる。ただし今後の評価に響くことは覚悟してもらいたい。我々としては、研修生の面倒など見たくはない。さっさと自分の研究に戻りたいのだがな」
C級魔術師ダラトンは吐き捨てた。
隣で、デメテル先生が苦笑している。
「地図は持っているな? 我々は第1階層のゴールで待つ。10分経ったら腕章のクリスタルが光り出す。そうしたら移動を開始しろ。近道をしようなどと考えるな。第1階層には巨大な地割れがある。落ちたら第3階層まで真っ逆さまだ。貴族として、家のメンツを潰すような真似をしたくなければ気をつけること。以上だ」
そう言い残して、C級魔術師デメテルと男性教官は移動を開始した。
ダンジョンの中央の回廊から横道に入り、そのまま去って行く。
今回は俺たちも、ダンジョンの入り組んだ洞窟を移動することになる。面倒だけどな。
「準備はいいか……じゃなかった、いいですか? アイリス殿下」
「大丈夫です。ユウキさま……ですが」
俺の隣でアイリスが小さく震えた。
「……マイロードに殿下って呼ばれると、ざわっとしますね……」
「……そうなのか?」
「……なんだかくすぐったいような。敬遠されてるような……そんな感じがあります」
「……今までずっと殿下って呼んでただろ?」
「……アリスの転生体って自覚してから、体質が変わったみたいです」
アイリスはローブの袖をまくって見せた。
「……私の中にある『アリス』が強くなってるみたいですね。ふたりっきりの時は『アリス』って呼んでくれませんか?」
「……善処する」
ひそひそひそひそっ。
俺とアイリスは研修生の列から離れて、小声で話し合う。
ちなみに、俺は地面に膝をついてる。
そこに袖をまくったアイリスが、腕を差し出している格好だ。
だから──
「おい、見ろよ。アイリス殿下と護衛騎士のユウキ=グロッサリアだ」
「ダンジョンの第1階層に挑戦する前に、気合いを入れているようだ」
「こんなオリエンテーションでも、殿下は全力を出されるんだな……」
「あの護衛騎士にも油断するなよ。彼はC級魔術師アレク=キールスを倒した魔術師だぜ」
「見ろよ。姫君と、ひざまづいて忠誠を誓うあの姿を。まるで絵画のようだ」
──まわりからは、そんなふうに見えるらしい。
実際はアイリスが腕をまくって、俺に鳥肌を見せてるだけなんだが。
オデットには……俺たちがなにしてるのかばれてるな。苦笑いを浮かべてるから。
「皆さまお静かに、そろそろ時間ですわよ」
不意に、オデットが声をあげた。
全員が左腕につけた腕章に注目する。
息を詰めて見守っていると……やがて、表面のクリスタルが点滅をはじめる。
そして研修生たちが、ゴール地点を目指して走り出す。
オリエンテーション開始だ。
「それじゃディック、ニール。お前たちは外を見張っていてくれ」
『『承知なのですー』』
オリエンテーション開始から十数分後。
俺とアイリスは『聖剣の
王家の姫君が、息を切らして全力疾走することはありえない。
一番最後に出発して、慌てず騒がず、堂々とゴールするものだ。
──という適当な理由をつけて、俺たちは研修生全員がいなくなってから移動を開始。
まわりに人がいないことを確認して、『聖剣の洞窟』に飛び込んだ。
もちろん、外の見張りは、コウモリのディックとニールにお願いした。
目的は『聖剣の洞窟』に、聖剣のレプリカを戻すこと。
レプリカは『グレイル商会』のローデリアにお願いして、そっくりなものを用意してもらった。俺の『
あとは、鞘にはめ込んでおけばOKだ。
どのみち『古代器物』は、手に入れた者にその所有権がある。
『魔術ギルド』に献上すれば爵位や褒美がもらえるけれど、俺は聖剣をそんなものに替えるつもりはない。
あの聖剣は俺を殺した『古代器物』で、俺とアリスの転生に関わってる。
しかもライルは『裏切りの賢者』なんてかっこいい異名を残しちゃってるし。
俺があいつの親代わりで、アリスがあいつの娘だってばれたら、『聖域教会』の残党が黙ってない。
だからあの聖剣は、誰の目にも触れないところに封印した方がいい。
「これでよし……っと」
俺は岩に刺さったままの
剣には抜けないようにロックがかかっている。男爵領で教師カッヘルが本棚を封印したあれだ。それを俺が『魔力血』で強化してるから、俺以外が抜くのはまず無理だ。
もしも誰かが抜いて、レプリカだって気づいたら……。
「……『聖域教会』のせいにしよう」
「そうしましょう」
俺とアイリスは顔を見合わせてうなずいた。
前世では奴らのせいでひどい目に遭ったからな。今世でちょっとばかり仕返ししてもバチは当たらないだろ。たぶん。
「『聖剣の洞窟』を出たらオリエンテーション再開だ。姫さまモードに戻ってくれ。アイリス」
「……もうちょっと、アリスのままでもいいですか?」
俺が言うと、アイリスは首を横に振った。
「こうしてふたりきりになれることは、滅多にないんですから……たまには姫君としてのストレスを発散させてください。ゴールに着くまでの間で、いいですから」
「……しょうがないな」
俺はアイリスの手を引いて『聖剣の洞窟』を出た。
出口で待っていたコウモリのディックとニールを呼んで、俺の肩に留まらせる。
それから俺は短剣で指をちょっとだけ傷つけて、2匹に『
さらに2匹の翼に『
「これからディックとニールは、俺たちのまわりに人がいないか、範囲を広げて調べてくれ」
俺は2匹に指示を出す。
「うちの子が久しぶりに村のアリスに戻りたいらしい。その姿を、人に見られないように」
「お願いします。ディックさん。ニールさん」
『
2匹のコウモリはうれしそうに、俺とアイリスのまわりを飛び回る。
『ご主人の血のおかげでパワーアップしましたのでー』『どんな気配でも逃しませんー』
「頼りにしてる」
「それじゃ行きましょう。ルートはどうしますか?」
「地図を見ると……中央通路をまっすぐに進んで、横道に入ることになってるな」
しばらく進んだ先の岩壁に、大きな横穴が空いている。
そこから入って、入り組んだルートを進むことになるらしい。しかも、ゴールまではかなり遠回りだ。途中、行き止まりがあるからだ。というか、これは地割れか。
「落ちると第3階層まで真っ逆さまっていう地割れか。面倒だな」
「
「飛んで越えよう。その方が早い」
「やった。久しぶりにマイロードと空を飛べます!」
「せいぜい浮く程度だから。期待しすぎないようにな」
「はーい」
俺とアイリスは移動を開始した。
そういえば、オデットはどうしてるんだろう。彼女のことだから大丈夫だとは思うが……。
「ディック」
『はーい。ごしゅじん』
「追加指示だ。もうひとつ紋章を描くから……」
俺はコウモリのディックに、追加命令を出した。
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