第53話「ユウキとアイリス、オデットの『魔術ギルドオリエンテーション』(後編)」

 ──オデット視点──




 ユウキたちがゴールへと移動をはじめたころ──




「……おかしいですわね」


 オデットは、ダンジョンの通路で立ち止まった。


「いくらなんでも、魔物が多すぎですわ」


 オデットは地図に書かれたルートの通りに進んでいた。

 なのに、通路を曲がるごとに魔物に遭遇そうぐうする。

 ゴブリンに、巨大ウサギのラージラビット。さっきはダークウルフが3頭まとめて攻撃してきた。

 なんとか倒せてはいるものの、研修生のオリエンテーションにしてはハードすぎる。


「それに……ここは確か……第2階層の近くでは……?」


 目の前には、天井の高い広間があった。

 以前、オデットも聞いたことがある。巨大ダンジョン『エリュシオン』の第2階層の近くには、昔、なにかの儀式に使われた大広間がある、と。

 その近くで派手な魔法を使うと、魔物が大量に現れることもあると。


「オリエンテーションでこんなところは来ませんわね。道を間違えたのでしょう」


 オデットは後ろに立つ伯爵令嬢、テレーズ=ミシュルに視線を向けた。


「すいませんテレーズさん。もう一度、地図を見せていただけますか?」

「オデットさま」

「『さま』は不要ですわ。わたくしたちは対等の仲間でしょう?」

「オリエンテーションを棄権きけんしていただけませんか? オデット=スレイさま」


 オデットの言葉を無視して、伯爵令嬢テレーズは言った。


腕章わんしょうを叩いて呪文を唱えれば、すぐに救援が来ます……もう、ギブアップした方が」

「残り時間は半分以上ありますのよ。もう一度地図を見て、戻ればなにも問題は──」

「あきらめてください……お願いします」


 長い前髪で表情を隠しながら、テレーズは告げた。


「でないと、あなたが危険なのです。オデットさま……」

「危険?」

「……『魔術ギルド』も完全に中立というわけではないのです。公爵家こうしゃくけが金を払えば、偽の地図を渡すこともできるのです……あなたを『エリュシオン』第2階層に近い、危険な広間に誘導することも……」

「──あなたはなにを言っていますの!?」


 オデットは、テレーズ=ミシュルに向かって、一歩、踏み出した。

 テレーズはオデットを恐れるように、後ろに下がる。


「あなたは……わたくしのパートナーですわよね」

「だから、自分はあなたにアドバイスをしているんです……」

「アドバイス?」

「『魔術ギルド』は聖人君子の集まりではないのです。上位貴族にさからえずに、オリエンテーションの地図を偽物とすり替えて、あなたを危険な地に招き入れる研修生もいるのです……」


 伯爵令嬢テレーズは前髪をかきあげ、オデットを見た。

 涙目だった。


「だから、わかってください。あなたがおうちを出たところで、魔術師として自由に生きられるわけじゃないんです。あきらめて家の方針に従ってください。オデット=スレイさま……」

「家の方針って……まさか!?」


「……伝統あるスレイ公爵家が、他の家に見下されるわけにはいかない。他家が政略結婚を成功させたのなら、当家も行わなければ──それがわからない娘に、思い知らせて欲しい」


 かすかな声が、ダンジョンの広間にひびいた。

 伯爵令嬢テレーズは、オデットから目をそらして語り続ける。


「公爵家はきっと、目的を果たすまで同じことをします。も、もう、あきらめてください。オデットさま」

「……父上が他の貴族に圧力を? あなたは地図をすりかえて、わたくしをここに誘導した、ということですか?」


 オデットは思わず声をあげた。

 頭の中に、父が寄越した手紙の文面が浮かぶ。


 父は、他の公爵家に張り合うため、オデットを政略結婚させようとしている。

 そのために、約束の期間を半年に縮めた。

 その父なら……中級・下級貴族に手を回して、オデットの妨害くらいは平気でするだろう。


「オリエンテーションを妨害して……私の評価を落とすつもりですの? C級魔術師にさせないために……」

「『魔術ギルド』には、上級貴族が便利に使うための子どももいるのです……」

「……迷惑な話ですわね」


 オデットは振り返り、来た道を戻りはじめた。


「わたくしはスタート地点まで戻ります。あなたは救助を呼ぶなり、好きになさい」

「無理ですよ。オデットさま」


 テレーズ=ミシュルは首を横に振った。


「た、正しい地図は自分が持っています。ゴールどころか、戻る道さえもわからないでしょう? お願いですから、棄権してください……オデットさま」

「記憶をたどって戻るだけですわ」


 オデットは胸を反らして宣言した。


「この程度……命がけで村を守ったというあの人に比べれば、どうってことありません。道に迷ったくらいであきらめていては、あの人に笑われてしまいますもの──」

『キュキュ』


 不意に、オデットの耳元で声がした。

 気づかなかった。


 いつの間にか、小さなコウモリが、オデットの肩に留まっていたのだ。


「──あなたは!?」

『キュ、キュキュ』


 コウモリは首をかしげながら、オデットを見ていた。

 翼には……なにか紋章のようなものが描かれている。間違いない。ユウキの使い魔だ。


「もしかして、わたくしを探しに来てくださったんですの?」

『キュ』

「帰り道、わかりますか?」


 こくこくこくっ。


 まるでオデットの言葉がわかっているかのように、コウモリはうなずいた。


「あなたはディックさん……いえ、ニールさんですわね。なんとなくわかります」

『(こくこく)』

「では、道案内をお願いします」

「オデットさまぁ!」


 走り出そうとしたオデットの背後で、テレーズ=ミシュルが叫んだ。


「あきらめてください……『魔術ギルド』には、公爵家こうしゃくけの敵だっているんです!」

「心強い味方もいますわ」


 オデットの脳裏にユウキの姿が浮かぶ。

 彼が話してくれた、前世のことを思い出す。


 前世のユウキは『聖域教会』から、村人を命がけで守ったらしい。

 詳しいことは知らない。

 けれど、それはきっとすごいことで、オデットには想像もつかないくらいの覚悟が必要なことのはずだ。


 だからアイリスも、『グレイル商会』のローデリアも、彼に忠誠を誓っている。

 まぁ、当の本人は、飄々ひょうひょうとしているのだけど。


「あの人の前で、魔術師になろうとしました。でも、実家の妨害があったから諦めました、など言えるものですか」


 オデットは、不敵な笑みを浮かべた。


「わたくしは、魔術は人を幸せにするものだと思っております。その才能をもって生まれた以上、それを活かしたいのですわ。政略結婚は……まぁ、魔術に飽きたら考えますわよ」

「……そう、ですか」


 テレーズ=ミシュルの指が、空中に紋章もんしょうを描いた。

 攻撃される──そう思ったオデットは、準備しておいた『対魔術障壁』を展開する。


 ──だが、テレーズ=ミシュルが狙ったのは、オデットではなかった。


「発動……『閃光爆フラッシュボム』」


 テレーズの指から、光の球が発射された。

 それは広間を突き抜け……廊下の先で閃光と、巨大な爆音を鳴らした。


「これで、魔物が集まってきますよ。オデットさま」

「あなたという人は!」

「そういう指示を受けたんです。ごめんなさい……」


 テレーズ=ミシュルは頭を抱えて震えている。

 次の瞬間、足音が響いた。

 通路の先から、複数の魔物が近づいてくる。


 第1階層に棲息せいそくする、武器を持ったトカゲ人──リザードマン。

 群れをなして獲物を狩る漆黒の獣──ダークウルフ。

 ゴーストや、武器を持ったスケルトンもいる。


「オデットさまなら倒せるでしょう……でも、体力と魔力が保ちますか?」

「……テレーズ=ミシュル」

「救助を呼んでください。あなたが自分でギブアップしてくれなければ──」


『キュキュ』


 突然、オデットの肩から、コウモリのニールが飛び上がった。

 そのまままっすぐ、通路の先に向かって飛んでいき、魔物に向かって、翼を広げた。


 そして──


『キュキュ──キュ (紅蓮星弾バーニングメテオ)』



 ボシュッ!



 ニールの翼から、巨大な火球が発射された。


「「────え?」」


 オデットが見ている前で、火球は通路の先へと飛んでいき──



 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!



 魔物たちを巻き込み、爆散した。



『『『ギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』』


 通路に集まっていた魔物たちは、火球を避けられなかった。

 全員そのまま、巨大な火炎に飲み込まれ、燃え尽きていく。


「……い、今のは……アレク=キールスが使った『紅蓮星弾バーニングメテオ』……ですわよね? え? あなた、ユウキの使い魔ですわよね? なんで? え? え?」

「ユ、ユウキ=グロッサリアの使い魔!?」


 びくん、と、テレーズ=ミシュルがのけぞった。


「男爵家の庶子にして、アイリス=リースティア殿下の護衛騎士になり、中級魔術師アレク=キールスを倒したあの方の……!?」

「あ、本人が来ましたわ」


 使い魔が放った魔術を見たのだろう。

 通路の向こうから、アイリスを背負ったユウキが走ってくる。

 途中にあった亀裂きれつ──地下第3層まで続く巨大な地割れをあっさりと飛び越えて、ユウキはオデットの前に着地した。


「ニールが『紅蓮星弾バーニングメテオ』を使ったのが見えたけど、なんかあったのか?」

「……まぁ、色々と」


 オデットは思わず答えていた。

 床にうずくまるテレーズ=ミシュルは、もう顔も上げない。

 オデットを足止めできず、ユウキとアイリスを呼び寄せてしまった。

 テレーズの使命は、完全に失敗したのだ。


「事情を説明しますわ」


 そうしてオデットは説明をはじめた。


 ──父が、自分を政略結婚させたがっていること。

 ──そのために『魔術ギルド』でオデットが失敗するようにたくらんだこと。

 ──その命令を受けて、テレーズ=ミシュルが地図をすり替え、自分を魔物が多い場所に誘導したことなどを。





「……『魔術ギルド』のオリエンテーションで、そんなことが……?」


 オデットの話を聞いたアイリスは、テレーズ=ミシュルの方を見た。

 彼女は王家の姫君としての威厳に満ちた表情で、


「では、あなたの口から説明してください。自分のしたことを。今回の計画について。すべて」

「お許し下さい! アイリス殿下!!」


 テレーズ=ミシュルは土下座し、床に頭を打ち付けた。


「…………ですが……詳しいことは申し上げられません。自分の口から話してしまったら……我が伯爵家は……」

「テレーズ=ミシュルは、公爵家からの依頼に逆らえなかったのでしょう」


 思わず、オデットは口走っていた。

 言葉にしてみればたわいもない。本当にばかばかしい。

 依頼を受けたテレーズ=ミシュルに同情したくなるくらい、くだらない話だ。


「…………申し訳ありません……オデットさま。アイリス殿下……」

「この件については、アイリス=リースティアの名において、調査を命じます」


 アイリスは宣言した。


「研修生が初めて『エリュシオン』を探索するオリエンテーションで、このようなことが行われていたことは許せません。その上、オデットを危険な目にあわせるなんて……」

「……あぁ、アイリス殿下」

「あなたの父上の名前が表に出るかもしれませんが……構いませんね。オデット」

「殿下のお心のままに」


 オデットはアイリスの前でひざまづこうとして、そのまま、地面に手をついた。

 両脚りょうあしに力が入らなかった。


 思わず、笑ってしまう。

 あんなに強気なセリフを口にしておいて、本当は怯えきっていたなんて。


「ユウキが来てくれなければ、泣きだしていたかもしれませんわ」

「オデットを見つけたのはアイリスの──殿下のおかけだ」

「殿下の?」

「……ここだけの話だけどな」


 ユウキは声をひそめて、


「姫さまやってるのがストレスだから、『村人アリス』をやりたいって聞かなくてな。しょうがないから前世の立場で話しながら移動してたんだ。でも、他の人たちに見つかるわけにはいかないだろ? だから人の通らないところを選んで、コウモリたちを偵察ていさつに出してたんだ」

「……え」

「そしたらオデットのことが気になって、ついでに探してもらった。ピンチになってたら魔術を使うように指示を出して。だから、別に感謝されるほどのことじゃ……って、おい、オデット?」

「……ぷっ。あは、ははははははははははっ!」


 我慢できなかった。

 オデットはお腹を押さえて、笑い転げた。


 やっと実感できた。

 ユウキの前世が村の守り神で、アイリスがその民だったことは、間違いなく本当なのだと。

 きっと、ユウキは甘すぎる守り神だったのだろう。

 アイリスのこんなお願いを、全力で叶えてしまうのだから。


「……ばかみたい。政略結婚だの、公爵家のメンツのためのに全力をあげてる父上たちが……ほんっと、ばかみたいですわ」

「おい。オデット。大丈夫か?」

「あのね、ユウキ」

「ああ」

「機会があったら、わたくしもあなたの村人にしてくださらない?」


 言葉が自然と、口をついて出ていた。


「……いつかあなたが、以前のように村を作ることがあったら、ですわ」

「……それは困るな」

「……困るんですの?」

「……これ以上増えると、面倒を見るのが大変だから」

「……すでに何人いますの?」

「……確定してるのが2人。話したら村人になりそうなのがもう1人。半分人間なのを入れると4人か」

「……もう1人くらい、いいじゃありませんの」

「……これ以上不老不死を増やすのもなぁ」

「……レベルが高い村ですわね!?」

「……いや、ほんとに不老不死にする目処は立ってないんだけどな」

「……ほんとに、あなたはもう。あなたときたら、もう」


 笑いすぎて涙が止まらない。

 でも、すっきりした。


 ユウキは人に興味はあるけど、立場には興味はないのだ。

 それは地位とメンツにこだわるオデットの父とは正反対で……だからこそ好ましくて、だからこそ、危なっかしい。


(……この方が今世で平和に生きられるように、わたくしがサポートして差し上げなければ。わたくしの公爵令嬢としての地位には、それくらいしか使い道がないですものね)


 戦闘力では役に立てなくても、現実処理能力ではオデットの方が上のはず。

 なんとなく、今後の方針が決まったような気がして、まだ笑みが浮かんでしまう。


「テレーズ=ミシュルはわたくしが連行いたします。オリエンテーションを済ませましょう。アイリス殿下」


 オデットはアイリスの側で膝をついた。


「父のしたことについては、殿下のお心のまま、ご公表ください。スレイ公爵家は王家の臣下であるということ、殿下のいらっしゃるこの『エリュシオン』で不当な行いをしたこと、少しは恥じるべきなのですわ」

「承知しました。この件はバーンズ将軍とデメテル先生……それと、B級魔術師のカイン兄さまに相談することにいたします」


 アイリスは王女の顔でうなずいた。

 その側で土下座をしているテレーズ=ミシュルは、もう顔も上げようとしない。


 オデットは疲れたようなため息をついた。

 ふと、ユウキの顔を見ると、彼は少し考えてから、


「そういえばオデット。オリエンテーションの後、時間はあるか?」

「しばらく予定はありませんわよ?」

「じゃあ、俺の旅行に付き合ってくれないだろうか?」

「旅行に?」

「この件が片付いたら、俺は国境近くの村まで、捜し物に行く予定だ。でも、あんまり旅行には行ったことがないから心配なんだ。よければ、手伝ってくれると助かる」


 テレーズ=ミシュルの方を見ながら、ユウキはそんなことを言った。

 なんとなくだけれど、わかった。


(もしかしてユウキは……わたくしのために……?)


 オデットの父がしたことが明るみに出れば、彼女のまわりは騒がしくなる。

 それに、父の手先がテレーズ=ミシュルだけとは限らない。

 他の研修生が、オデットになにかしてくることもありうる。


 だったらオデットは、しばらくの間『魔術ギルド』を離れた方がいい。

 そう思って、ユウキは旅に誘ってくれているのだろう。

 彼の近くより安全な場所は、今のオデットにはないのだから。


「わかりました。お手伝いいたします」

「悪いな」

「借りは返します。移動や宿の手配など、現実処理能力ではお役に立てると思います。わたくしがユウキに勝てるのは、そのくらいですけれどね」

「わかった。じゃあ、頼むよ」

「まかせなさいな」


 オデットは胸を叩いた。

 ユウキの隣でアイリスが頬を膨らませていたのは、見ないことにして。


 そうして4人は、ダンジョンを移動し──


 全員無事にオリエンテーションのゴールへとたどり着いたのだった。

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