第50話「元魔王、故郷を探す」
『
俺とアイリスとオデットは、王国の図書館に向かっていた。
目的はもちろん『フィーラ村』の現在地を調べることだ。
前世で俺が死んでから、もう200年が経ってる。
途中で『八王戦争』があったせいで、国のかたちも、村の位置だって変わってる。
『グレイル商会』の先祖だって、前世の俺が死んだあとすぐに村を出て商売を始めたくらいだ。ローデリアだって、正確な村の位置はわからなくなっている。
念のため『村の位置を知らないか』って問い合わせてみたんだが……。
『言い伝えにはこうあります。
「マイロードあってのフィーラ村。マイロードがいなくなった後は、土地や居場所にこだわるべきではない。
我らはマイロードの
──と』
というメッセージを、コウモリが持ち帰ってきた。
とりあえず「ごめん。お前の先祖の教育を間違えた」とだけ返信しておいた。
……俺のせいじゃないような気もするけどなぁ。
そんなわけで、俺たちは図書館に。
着いたあとは司書にお願いして、現在の地図と古地図を出してもらった。
個室の
そして、机に広げた地図は2枚。
最新の地図は数年前のもの。
古地図に描かれているのは『八王戦争』が終結した当時だから、約150前のものだ。
「これだけあれば
2枚の地図をながめながら、オデットは言った。
「ユウキもアイリスも、前世の記憶があるのでしょう? だったらその村の位置はすぐに特定できるのでは……?」
「「…………」」
「……なんで横を向いてますの。ふたりとも」
「前世の俺、150年間ほとんど村から出てないんだよなぁ」
「マイロードはまだいいです。私なんて、一歩も出てません」
俺とアイリスは顔を見合わせた。
アイリス……アリスは当時、まだ子どもだった。
だから『フィーラ村』の外に出たことはない。
俺はと言えば、50年間あちこちを放浪して、フィーラ村に落ち着いたあとは150年間ほとんど出歩いてない。古城にこもって『村の守り神』をやってた。
当時の記憶には、あんまり自信がないんだ。
「……ま、まぁ、200年前ですものね。今のわたくしたちにはわからない事情もあったのでしょう」
「……オデットっていい人だよね」
「おだててもなにも出ませんわよ。それで、なにか思い出せることはありますの?」
「……そうだな」
俺は目を閉じて、前世の記憶を呼び出す。
あちこち
当時のことは思い出したくもないけれど、むりやり記憶を呼び覚ましてみると──
「南に行くと海があった。内海だ」
「内海──陸に囲まれた海、ですの?」
「ああ。俺はそれを渡り、北の町にたどりついた。それから山を登って、その奥にある『フィーラ村』にたどりついたんだ。それと『聖域教会』の連中が来たのは西からだ。そこに国の都があり、『聖域教会』の支部があった」
「しっかり覚えてるじゃありませんの」
「350年前の記憶だから自信はないけどな。あと、ふもとの町には川が流れてた。『フィーラ村』の近くに源流があったんだ。その条件で探すと……」
「このあたりですね。ユウキさま」
アイリスの指が、地図の一点を指し示した。
古地図にある、小さな王国。その東北にある山中だ。
南に行けば内海があり、その近くには川も流れている。
内海の入り江のかたちは……当時、俺が空から見た地形に近い。
他に該当する場所もなさそうだし、ここに実際に行って、確かめてみるのが良さそうだ。
「あっさりと見つかるものだな……」
さすが『魔術ギルド』が管理している図書館だ。
地図や資料も一級のものが揃っている。
個人で探してたら、200年前の村の場所なんか特定できなかった。感謝しないとな。
「それで、現在の地図で見るとどのあたりになるんだ?」
「…………王都の北ですわね。ここは……えっと」
「…………ここから馬で5日程度のところですね。ただ、隣国との国境が近いですから、馬車を仕立てて行くのは危険です。身分を隠して、お忍びで行くしかありませんね」
俺はアイリスが指し示す地図を見た。
最新の地図に、『フィーラ村』の名前は記されていない。
ただ、地形を見れば場所はわかる。
アイリスの言うとおり、ここから北へ馬で5日の距離。
内海に面した港から山に向かって進んだ先、そこが『フィーラ村』の跡地だ。
俺がいた古城が、まだ残っているかどうかはわからない。
でも、その場所か、あるいはその近くに、ライルたちが持ち逃げした『
まぁ、それもただの予想にすぎない。
確かめるには、実際に行ってみるしかない。どうせ、一度は里帰りしようと思っていたからな。
「……しかし200年も経てば、町や村も変わるものだな」
『八王戦争』のせいで、いくつの町や村が無くなったんだろうか。
地図の上では、国のかたちも変わってる。
かつての『フィーラ村』が属していた国の王都があった場所は、今は小さな町だ。
その北には、新しい国もできたようだ。
俺たちがいる王国と国境を面した国──帝国と呼ばれる軍事国家が。
別に今は王国と戦争しているわけじゃないが、いずれにしてもこのあたりは国境付近だ。
王家の人間が堂々と馬車を仕立てて行くのは難しいだろう。
「となると……アイリスには留守番をしてもらうしかないな」
「……そんなぁ」
アリスはがっくりと肩を落とした。
「……私も……フィーラ村の跡地を見てみたかったのに」
「がまんなさい。アイリス。あなたが行くとなれば、王家の馬車で兵を引き連れて行くことになります。けれど、それでは騒ぎになりますわ。かといってお忍びで5日も……往復10日も王都を留守にするわけにもいかないでしょう?」
「召喚するにも距離がありすぎる。仮にできたとしても、帰りは俺と一緒に帰るしかない。最低でも5日間は不在になる。王女が5日も行方不明じゃ、さすがに問題になるだろ」
「……うぅ」
「今回は
「……約束ですよ」
「俺が約束を破ったことがあるか?」
「まだ私をおよめさんにしてくれてません。アリスが大人になるまで見守るって言ったのに、先に死んじゃいました。私を──アリスを泣かせるようなことはしないって言ったのに──」
「ごめん悪かった!」
俺はアイリスの頭をなでた。
アイリスはまだ、頬をぷくーってふくらませていたけど、
「……でも、わかりました。今回はがまんします」
「まぁ、俺もすぐに出発できるわけじゃないからな」
もうすぐ『魔術ギルド』のオリエンテーションがある。
ドロテアの件で延期になっていたものが、やっと再開することになったんだ。
俺もアイリスもオデットも、それに参加することになる。
そのとき、巨大ダンジョン『エリュシオン』に入ることになるから、ついでに聖剣を戻しておかないといけない。
こないだ、勝手に召喚しちゃったからな。まだあれは手元にあるんだ。
……間に合わなかったらほっとこう。
今はちょうど、謎光線を放つ巨大ヨロイ『
またひとつ『古代器物』が底知れないものだってことがわかったんだから、聖剣が自分の意思で消えたところで、不思議には思わないだろう。
どのみち聖剣リーンカァルは、ずっと封印されていたんだから。
「俺はオリエンテーションが終わったら、すぐに出発する。その間、アイリスの方で
「しばらくはないです」
「1ヶ月後に初夏の祭りがありますが、それまでアイリスが表に出ることはありませんわ」
「わかった。ドロテアを捕らえた
「いいなぁ。私も休暇を申請したいです」
アイリスがドレスの足をぶらぶらさせながら、ぼやいた。
「私の場合は休暇はもらえても、自由に出歩けるわけじゃないんですけどね」
「俺が
「カイン兄さまも、それは駄目だって言いましたからね。一気にグロッサリア家を3段階特進させて、私とユウキさまが結婚。そして新婚旅行でフィーラ村跡地へ、というのが黄金コースだったのですけど」
「面倒だよな。貴族のルールって」
「……あなた方の話を聞いていると、
オデットが呆れたように額を押さえた。
「ほんっとに、地位とかどうでもいいのですわね。あなたたちは」
「アイリスはちゃんと姫君の仕事をやってますー。自覚ありますー」
「こら。口調がアリスになってるぞ。アイリス」
「ふふっ。マイロードに『アリス』って呼んでもらうための作戦ですー。乙女ですからー」
「お前ねぇ」
「前世のアリスが乙女のまま死んじゃったのはマイロードのせいですからねー。今世では、ちゃんと責任取ってもらいますー。絶対です」
「そういうこと堂々と言うなよ……」
「……むぅ」
「お前の言いたいことはちゃんとわかってるよ。今世ではちゃんと約束を守る。それでいいだろ、アリス」
「……えへへ」
「なんだか、聞いていて気恥ずかしくなってきました……わたくし、帰った方がいいのでしょうか……?」
「いや、いてもらわないと困るけど」
「時を超えた主従で、ある意味親子。でもひそかに婚約中。ややこしい関係ですわね。あなたたちって……」
そうかなぁ。
俺としては、アイリスがアリスの転生体である以上、守る。側にいる。
それだけ。
すごくシンプルな関係だと思ってるんだが。
「そういえばオデットもカイン殿下から
「『エリュシオン』を
オデットは胸を張って、宣言した。
「ユウキがアレク=キールスに勝利したときにもらったでしょう? 『C級魔術師』と同等のレベルまでもぐる権利です。第3階層まで
「一足飛びに中級魔術師か」
「ユウキには感謝してますのよ。あなたがいなければ、もっと時間がかかったはずですもの」
「『できない』じゃなくて『時間がかかってた』って言うのがオデットらしいな」
「当然ですわ。わたくしは自分の実力を過小評価はしません。あなたのように、規格外の方に対するとき以外はね」
「……オデットだったら、『
「……私もそう思います。オデットなら『古代器物』の力も、ちゃんと人のために使えると思いますよ」
俺とアイリスは顔を近づけて、ひそひそと話し合う。
「となると、オデットが出世するように、俺たちが協力するのがいいな」
「賛成ですマイロード! オデットが『魔術ギルド』のトップに立てば、私たちが行方不明になっても連絡が取れますから」
「わかった。じゃああとで作戦を考えておく」
「決まったら教えてくださいね?」
「聞こえてますわよ! ふたりでとんでもないことを企むんじゃありませんっ!!」
怒られた。
でも正直なところ、オデットは……アイリスを除けば一番『魔術ギルド』で信頼できる人だと思ってるし。
オデットはアイリスの体質のことを知って、側にいようとしてくれた。
その上『護衛騎士選定試験』の時には、俺に『護衛騎士』の地位を譲ろうとまでしてくれた。
義理堅くて、正義感も強くて、その上魔術の技術もある。
こういう人間が『魔術ギルド』のトップに立ってくれれば、俺やアイリスのように「ちょっと人間離れ」してる者たちも、安心して暮らせるはず。
──ということを、俺は (アイリスも一緒に)オデットに説明したんだけど──
ぼっ。
「………………」
オデットは顔を真っ赤にして、黙ってしまった。
しばらく俺を見つめたまま無言でいたオデットは、一言、
「……あなたが200年経っても村人たちに慕われてる理由が……わかったような気がしますわ」
──そんなことを、言ったのだった。
そのあと、俺たちは個室の
地図を返して、3人並んで図書館を出る。
オデットはまだ、赤い顔をしていた。
アイリスはすぐに姫君の顔に戻り、図書館の前に停まっていた馬車に乗り込む。
今日は許可を得ての、公式の外出だ。
そのまま彼女は王家の馬車で、西の離宮へと戻っていった。
「俺たちも帰るか」
「そ、そうですわね」
俺とオデットは並んで、貴族街に向かって歩き出す。
もうすでに日は暮れかけて、あたりは真っ赤に染まっている。
俺もオデットも『魔術ギルド』のローブを着てる。夕陽がまぶしすぎたから、俺はフードを目深に下ろした。横を見ると、オデットも同じようにしてる。
「……あのね、ユウキ」
「……どうした。オデット」
「わたくしは…………本当に、あなたに会えてよかったと思っていますわ。あなたがアイリスの『マイロード』でなくても、転生した守り神でなくても、きっと、お友達になっていたと思いますわ」
「ありがとう。オデット」
「あなたたちがいつか、人の世界から消えても、友だちであることは変わりません。それだけは、忘れないでくださいね」
「ああ。絶対に忘れない」
なんだか照れくさかったから、フードを目深に下ろして、俺は言った。
「俺の寿命がどれくらいあるかわからないけど、俺という存在が消えるときまで『オデット=スレイ』という友だちについて、語り継ぐことにするよ」
「それは重すぎるからおよしなさい!!」
そんなたわいもない話をして、笑って。
そのまま俺たちは隣り合った宿舎に帰った。
「ユウキさま。『魔術ギルド』より書状が来ております」
「ごはんの準備もできてます。ごしゅじんー」
宿舎に帰ると、マーサとレミーが出迎えてくれた。
レミーは俺の手を握り、食堂の方に引っ張っていく。
彼女を小声でたしなめながら、マーサは俺に、筒状の羊皮紙を差し出す。
羊皮紙には『魔術ギルド』の紋章で封がしてあった。
数日後に行われる、研修生オリエンテーションについての案内だ。
研修生は、2人1組で『エリュシオン』の第1階層を移動する。
コースは自由、ゴールで待つ魔術師の元に最速でたどり着いた者を、優秀者として
予想通り、俺とアイリスは
オデットは、俺の知らない
巨大ダンジョン『エリュシオン』は『聖域教会』の亡霊がいた場所だ。あんまりいい感じはしない。
俺とアイリスはそれぞれ『
「……念のため、準備をしておくか」
マーサとレミーと一緒に食堂に向かいながら、俺はそんなことを考えていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます