第49話「幕間:魔術ギルド『第1回 霊王騎(ロード=オブ=ファントム)起動実験』」

 ──王国歴155年『リンドベル魔術ギルド』記録──



 第1回『霊王ロード=オブ=ファントム』起動実験。




・責任者:B級魔術師 カイン=リースティア


・立会人:A級魔術師 カータス=ザメル。他、C級魔術師 3名。


・搭乗者:C級魔術師 デメテル=スプリンガル。






 ──B級魔術師 カイン=リースティアのレポート──




 ドロテア=ザミュエルスを捕らえると同時に、『魔術ギルド』は思わぬ収穫を得た。

 伝説の巨大ヨロイ『王騎ロード』のひとつ。『霊王ロード=オブ=ファントム』を入手することとなったのだ。


 これが発見された当時は、ドロテアに捕まった魔術師が、この『古代器物』を使用していた。

 彼女は薬物による催眠状態さいみんじょうたいにあり、ドロテアの指示のもと、他の魔術師をおそったと考えられる。


 彼女は魔力の使いすぎで衰弱しているが、命に別状はない。


 また、彼女はドロテアより『霊王騎』の起動術式を教えられていた。

 おそらくドロテア=ザミュエルスは彼女を、後に殺害するつもりだったのだろう。

『魔術ギルド』の魔術師に、そのような知識を与えるメリットがないからだ。


 なお、ドロテア=ザミュエルスを尋問した結果、他の3体の『王騎ロード』の存在が明らかになった (それ以外のものも現存していると考えられるが、ドロテアが自害したことにより、情報は不明となった)。


 名前が確認された巨大ヨロイ『王騎』は次の通りである。



・『獣王ロード=オブ=ビースト


・『聖王ロード=オブ=パラディン


・『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』 (これについては、ドロテアも詳細を知らない様子であった)




 この情報により、『聖域教会』の生き残りが、今も活動を続けていることが確定となった。


 また、奴らが『王騎』のうち2体を所有していることも、ほぼ確実である。




 このことにより、当『リンドベル魔術ギルド』は巨大ヨロイ『霊王騎』の起動実験を行うことを決めた。


『聖域教会』の生き残り──いや『新・聖域教会』が『王騎』を所有していることが確実となった今、その性能を確かめておく必要があるからだ。

 これはB級魔術師カイン=リースティアが提案し、A級魔術師カータス=ザメルどのの承認によって行われるものである。


 なお、実験会場は王都の『魔術実験場』。


 立会人は、B級魔術師カイン、A級魔術師ザメル、その他、C級魔術師数名によって行われる。





・追 記



『霊王騎』を倒した者が誰であったのかについては、ドロテア=ザミュエルスの自害により不明となった。


 ただ、生前の証言によると「若く、かつ、老成ろうせいした相手だった」とのことである。


 聖剣を使い、200年前にいたという『裏切りの賢者』を『うちの子』と呼んだらしいが、話があまりにも荒唐無稽こうとうむけいなため、こちらを混乱させるための偽情報にせじょうほうであったことも考えられる。


 ドロテアを倒した者を、仮に『聖剣魔術師』としておくが、『魔術ギルド』の上級魔術師のひとりとして、その者が敵でないことを祈るばかりである。



 王国歴155年。5の月。13日。


 B級魔術師 カイン=リースティア。







 ──『魔術ギルド』魔術実験場──





「魔力増強のポーションは飲んだね? デメテル=スプリンガル」

「はい。カインさま」


 ここは『魔術ギルド』の魔術実験場。別名『円形闘技場コロッセウム』。

 10日ほど前に、ユウキ=グロッサリアとアレク=キールスが、互いの魔術をふるって戦った場所だ。


 そのときに比べて、今は観客も数人しかいない。

 実験場の中央にあるのは、片腕の、巨大なヨロイ。


 その隣に、普段着を身につけたC級魔術師デメテルと、ローブ姿のカイン王子がいた。


 デメテルはいつものローブを脱ぎ、シャツと、短めのズボンを穿いている。

 その方が動きやすいからだ。それに、自分の魔力の流れもよくわかる。


「すまないね。『王騎ロード』については情報が少なすぎる。本来なら、急いで実験をするべきではないのだが……」

「……『新・聖域教会』の者たちが、他の巨大ヨロイを手にしている可能性がある以上、いたしかたありません」


 C級魔術師デメテルは首を横に振った。


「これの能力については、森にいた上級魔術師たちから聞いています。背中から奇妙な光線を発射して、彼らの魔力と生命力を奪った、と」

「その上、攻撃魔術も弾かれたとあっては……」


 ドロテアが持ち込んだ巨大ヨロイ『霊王騎』は危険すぎた。

『魔術ギルド』としては、敵が他の『王騎ロード』を使った場合の対処法を考えなければいけない。


 急いで起動実験をすることになった理由はそれだった。


「無理だと思ったら、すぐにこのヨロイから出るように。いいね」

「承知しております。カインさま」


 デメテルがうなずく。

 そうしてカインは巨大ヨロイ『霊王騎』から離れた。


 遠くから見る『霊王騎』は、片腕のゴーレムのようだった。

 全高は、大人2人の身長と同等といったところだろう。


 足は短く、代わりに腕が奇妙に長い。

 立った状態でも地面につくほどだ。腕が螺旋らせんを描いていて、その先に巨大な拳がついている。


 一般的なヨロイは、パーツごとに身につけるものだが、この『霊王騎』は違う。

 ヨロイの前面が開き、そこから人が入るようになっている。

 中に入ってしまえば魔力でヨロイと接続されるため、考えるだけで動けるらしい。


「……だろうね。デメテルの腕は『霊王騎』の肩まで届かず、脚は腰までしか届かないのだから」


 実験場の端へと移動したカインは、興味深そうに『霊王騎』を見つめていた。


「正直、わしは起動実験は時期尚早じきしょうそうだと思っておるよ。カイン殿下」

「自分はB級魔術師としてここにおります。カインとお呼び下さい。ザメル老」


 後ろに立つ老魔術師に向かって、カイン王子は苦笑いを浮かべた。


「それに、時期尚早と言われるなら、どうして起動実験を承認しょうにんされたのですか?」

「わしが拒否したとしても、殿下は他の者の承認を取りつけるであろう?」

「……さて。どうでしょう」

「殿下はそういうお方だ。ならば、わしの目の届くところで実験してもらった方が安心できると言うものさ」

「ザメル老の慧眼けいがんには感服いたします」

「ふん」

「……はじまりますよ」


 カインの言葉と同時に、数名のC級魔術師たちが、実験場に進み出る。

 彼らは杖を手に『古代魔術』の詠唱をはじめた。


「『星より来たる紅蓮ぐれんの球体』──『敵を飲み込み』──『藻屑もくずと化せ』!!」

「発動『紅蓮星弾バーニングメテオ』!!」


 2人のC級魔術師が、炎の球体を発射した。

 馬車ほどの大きさの火炎球が、『霊王騎』に向かって飛んでいく。

 カインの指示通り、狙いはらしてある。

 デメテルがただ立ったままなら、当たらないはずだ。


 だが──



『────ふんっ!』


『霊王騎』が片腕を伸ばした。

 巨大なこぶしが、火炎球に激突する。




 ボシュウウウウウッ!!




「おおおっ!!」「一撃で弾くか、あれを!?」


 カインと老魔術師ザメルが思わず声をあげた。

『霊王騎』の拳に当たった火炎球は、砕けて、そのまま消滅したのだ。


「デメテル! 衝撃しょうげきや痛みは!?」

『────まったくありません。魔力と体力も、大丈夫です』


 巨大ヨロイ『霊王騎』から落ち着いた声が返ってくる。

 本人の言葉通り、ダメージを受けた様子はない。


「『対魔術障壁アンチマジックシェル』でも多少の衝撃は受けるだろうに」

「いや、わしには、ヨロイに当たった瞬間に、魔術が消滅したように見えたぞ。なにか、魔力を利用した天然の防御呪文がほどこされているのではないか? わしらの技術ではおよぶべきもないが……」

「……目が輝いていますよ。ザメル老」

「お主に言われたくはない。それより、この実験場に一般人を近づけておらぬだろうな」


 老魔術師ザメルは、カイン王子をぎろりと睨んだ。


「魔術の知識もない者がこれを見たら……妙な考えを働かせぬとも限らぬ。兵器にしようとか、こんなものを扱う魔術師は危険だ、とかな。知識のないものはしがたいからな」

「この場にいるのは上級魔術師に限っております」

「これを見た妹御いもうとご公爵令嬢こうしゃくれいじょう、その護衛騎士ごえいきしにも、口止めはしておろうな?」

「もちろんです……ただ」

「……ただ?」

「正直なところ、護衛騎士の彼は底知れぬ存在だと感じているのです」


 カインは『霊王騎』から視線を逸らさずに、言った。


「C級魔術師のアレク=キールスと戦って、正面から勝ってしまうほどの少年ですからね。ドロテア=ザミュエルスを捕らえた褒美ほうびを与えようとしましたが、それにも興味がなさそうでした。彼なら、この『霊王騎』と戦っても、冷静に対処するのかもしれませんね」

「アイリス殿下の護衛騎士は、ユウキ=グロッサリアと言ったか」

「はい」

「ふっ。かいかぶりであろう。あやつはたかが男爵家の庶子だぞ」

「……そうですね」


 カイン王子は話を打ち切った。


 実験場では、デメテルの『霊王騎』が、3発目の魔術を弾いたところだった。

 デメテル本人にダメージが行かないように、すべて伸ばした腕に向かって、魔術を放っている。


 火炎魔術、土系統の魔術、いずれも効果は薄い。

 氷魔術は効いている。それもせいぜい、動きを鈍らせる程度のものだが。


「ふむ。今日はもう充分でしょう」


 すでに実験開始から10分が経っている。

 カインは実験終了の合図を出すため、前に出た。


「待たれよ。カイン殿下」


 そのカインを、老魔術師ザメルが止めた。


「防御能力だけを見ても仕方あるまい。動くヨロイであるならば、力も見せてもらいたいのだが?」

「はじめての起動実験です。無茶をするべきではないでしょう」

「次回も無事に起動するとは限るまい。実験に付きおうてくれるのであれば、わしのゴーレムを使わせてやるが?」

「起動実験は時期尚早じきしょうそうとおっしゃったのはザメル老では?」

「実験をはじめたならば、一度ですべて済ませるべきであろう」


 カインの言葉を待たずに、ザメルの杖が紋章を描き出す。

 さらに地面に魔力の結晶体をばらまき、詠唱えいしょうをはじめる。


「A級魔術師カータス=ザメルの名において命ずる。我が下僕げぼくよ! ここへ!!」

「ザメル老!」

「秘密を保つためじゃ。実験を繰り返すほどに、情報は漏れやすくなる」


 老魔術師ザメルはヒゲを揺らして、笑った。


「一度目で、できる限りの実験をしておこうではないか。二度と『聖域教会』につけ込まれぬよう、完璧にな」


 老魔術師ザメルの足元に、魔法陣が出現する。

 そこから現れたのは、『霊王騎』よりひとまわり大きな、ストーンゴーレムだ。


「おやめくださいザメル老! 予定外の実験はデメテルに負担となります!」

「あんなでかいだけのヨロイより、わしのゴーレムが強いことを証明すればいいのだろう!? そうすれば『聖域教会』におびえることもなくなる!!」

『グゥオオオオオオ!!』


 ストーンゴーレムがうなり声をあげる。

 実験場に残る魔術師たちを押しのけ、ゴーレムは『霊王騎』に向かって歩き出す。


「デメテル=スプリンガル!! 実験中止だ。すぐにそのヨロイから降りて、離れなさい!!」

「降りることは許さぬ! 命令じゃ!!」


『霊王騎』の目が、老魔術師ザメルと、ストーンゴーレムの間で往復する。

 搭乗者が迷っているうちに、ストーンゴーレムがすでに『霊王騎』の間近へと迫っていた。


『グォオオオオオオッ!!』

「我がゴーレムの力、受け止めてみせよ。デメテル!!」

『────は、はい』


 デメテルの声とともに『霊王騎』が腕を上げる。

 ストーンゴーレムも腕を振り上げ、『霊王騎』の拳に触れる。

 そして──




 ド──オオォォォォン!!




「十秒も保たず……か」


 老魔術師ザメルが、感極まったようにつぶやいた。

 巨大ヨロイは片腕で、ストーンゴーレムを押しとどめ、そのまま倒したのだ。


「我がストーンゴーレムの重量と力が、相手になっておらぬ! これが……これが伝説の『王騎ロード』か。ははっ! はははははははははは!!」

「もう充分でしょう。終わりにしましょう」

「まだじゃ。まだまだまだまだ……」

「いい加減にしてくださいザメル老!! 我々は『聖域教会』ではない!!」


 カイン王子の叫びで、老魔術師ザメルの笑いが止まる。


「『聖域教会』を警戒けいかいして、『エリュシオン』を封印することを提案されたのはあなただ! そのあなたが、あんな不完全な巨大ヨロイを見たくらいで──我を忘れてどうするのですか!!」

「…………あ……いや……わしは……」


 自分が暴走しかけていたことに気づいたのか、老魔術師はせきばらいをして、


「……し、失礼。確かに、もう充分じゃ」

「これの能力はわかりました。『新・聖域教会』が所有している『王騎』が、我々にとって強敵だということもね。充分でしょう」

「いや、まったく。まったく殿下の言うとおりだ。申し訳ない」

「デメテル。実験は終わりだ。降りてきなさい」


 カインの言葉に応じて、『霊王騎』の前面が開いた。

 C級魔術師デメテルが現れ、そのまま地面に膝をつく。


「大丈夫か! デメテル=スプリンガル」

「……魔力が、もう」


 青い顔のデメテルは、そのまま地面に倒れ込む。


「これは、人の扱えるものでは……ない。こんなもの、あっては……」

「デメテル!?」

「反撃したいという衝動しょうどうを抑えるのに必死でした……仲間の魔術師も……カインさまやザメルさままで……取るに足らない……いつでも殺せるものだと思ってしまう……そんな『古代器物』です…………これは」

「やっかいなものを手に入れてしまったか。我々は」


 なにより恐ろしいのは、この『古代器物』が、まだ完全な状態ではないこと。

 それと、これをあっさりと倒してしまえる人間がいることだ。


「自分はこの『霊王騎』を『第1級封印古代器物』とすることを提案します」


 カイン王子は、老魔術師ザメルに向けて告げた。


「すべての情報を『魔術ギルド』の賢者たちで管理し、賢者全員の許可がなければ開けることのできぬ倉庫に入れるべきでしょう」

「異論はない。が、条件はある」


 老魔術師ザメルは、長いヒゲをなでながら答える。


「わしを管理責任者とせよ。もちろん、これを使おうとは思わぬ。だが、研究したいのだよ。わしらの技術で、これのレプリカが作れるかどうかをな」

「お好きに。ですが、研究結果は共有していただきますよ」

「無論」

「使用しないという約束も」

「わかっておる」


 実験場の入り口から、作業用のゴーレムたちがやってくる。

 動かなくなった巨大なヨロイを、倉庫まで運ぶためだ。


 これからあの『古代器物』は『魔術ギルド』の最奥の倉庫で管理されることになる。

 その存在も、研究成果も、『賢者』と呼ばれる上級魔術師たちだけのものだ。


 次にあのヨロイが使われるのは──同じ『王騎ロード』が攻めてきたときだけだろう。


「ご苦労だったね。デメテル=スプリンガル」


 カインは魔力回復用のポーションを取り出し、座り込むC級魔術師デメテルに渡した。


「すまなかった。あのヨロイの効果を、どうしても確認しておく必要があったんだ」

「…………い、いえ、私は」

「あれは本当に危険だ。それがわかっただけで、今は充分だよ」


 カインはぼんやりと、運び出されて行く巨大ヨロイを見つめていた。


「『新・聖域教会』のことは国民には秘密にすべきだろう。あいつらが再び現れたとなれば、みんなパニックになってしまう。『魔術ギルド』と王家の力をつくして、奴らの情報を集めるとしよう」

「カインさま……」

「さて、他の『王騎ロード』はどこにあるんだろうね?」


 ぽつり、と、カイン王子はつぶやいた。

 側にいるC級魔術師デメテルでさえ聞こえないほど、かすかな声で。


「……あんな中途半端なものではなく、完璧なものがどこかにあるのだろう。『獣王ロード=オブ=ビースト』『聖王ロード=オブ=パラディン』──ぜひともこの目で見てみたい。できるなら…………自分専用の『古代器物』として──」


 つぶやきながらカイン王子は、実験場を後にしたのだった。



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