第47話「元魔王、教え子の暴走におどろく」

「『裏切り者の賢者』──だと!?」


 ドロテア=ザミュエルスは目をつり上げた。


「ふざけるな! 我らが『聖域教会』の歴史上、最悪の裏切り者の奴のことなど、口にするのも汚らわしい! 200年前の『八王戦争』で『聖域教会』は、すべての王を操り人形にするはずだったのだ。それを、あの賢者は──」

「俺はその賢者の名前を聞いているんだが?」

「…………ライル=カーマイン……そう言い伝えられている」


 俺をにらみつけながら、ドロテア=ザミュエルスは言った。


 やっぱりかー。

『グレイル商会』のローデリアから『聖域教会ぶっこわそう組』の話を聞いたとき、やな予感はしたんだよ。

 ライルの野郎が『聖域教会』に潜り込んで、なにかしたんじゃないかって。

 あいつも、女房のレミリアも、無駄に優秀だったからな。

『聖域教会』を内側からぶっつぶすくらいのこと、平気で実現しそうだ。


「で、その『裏切りの賢者』はなにをやらかしたんだ?」

「…………詳しくは知らない。ただ『古代器物』を使い物にならないようにした、とだけ」

「だが、ここにある……えっと『霊王ロード=オブ=ファントム』だっけ? それは動いてる。どういうことだ?」

「……きさまなどに……」

「言いたくなければいわなくてもいい」


 俺は指先を切り、『魔力血ミステル・ブラッド』を『霊王騎』に注いだ。

 鎧の表面につけると……だめか。

 やっぱり魔力が弾かれる。『侵食ハッキング』ができない。

 しょうがないから、俺が切り落とした腕の傷口につけて、っと。


「──『侵食ハッキング』」


 ……よし。通った。

 ……すごいな。『聖剣リーンカァル』と違って、対ハッキングの防御壁が展開されてる。

 システム内部に入り込もうとする魔力があると、それを拒絶して弾き出すようになってるのか。


 でもまぁ、防壁なんか避ければいいだけだ。


 第1防壁──突破。

 第2防壁──突破。

 第3……まだあるのかよ──突破。


 内部魔力領域に侵入。

 内部魔術の解析開始──鎧のロック機構に到達。

 鎧をオープン。内部の人間を解放──実行。



 ぼしゅっ。



「…………う……ぁ」


『霊王騎』の前面が開き、中から女性が転がり出てきた。

『魔術ギルド』のローブを着てる。うちの関係者か。


「そんなばかな!? 『霊王騎』が勝手に!?」

「中の人は『魔術ギルド』の人間だな。息はある。調査に来た人間を捕らえて、道具にしたのか?」


 ドロテア=ザミュエルスが舌打ちをした。

 正解らしい。


 さらに俺は『霊王騎』の魔力構造を解析していく。

 このヨロイは──確かに封印されていた。


 封印の跡が残ってる。けど、弱まっている。

 200年経って弱くなった封印を、誰かが強引に破った感じがする。

 封印がまだ残ってる機体を強引に動かすために、大量の生命力が必要になった。

 だから……こうして、乗っている人間はぐったりしている……ということか。なるほど。


「ばかな! ばかなばかな! 偉大なる『聖域教会』が8人の王のために用意した、戦術級鎧の『王騎ロード』が、どうしてお前などに従う!? お前は一体、何者なのだ!?」

「俺か? 俺は──『不死のロード=オブ=魔術師ノスフェラトゥ』だ」


 ここは昔の名前を使うことにしよう。

 どうせ顔は隠してる。氏名不詳。正体不明で押し通そう。


「ふざけるな!!」

「……なんだと?」

「『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』とは、『裏切り者の賢者』が奪った『王騎ロード』の名だぞ!?」


 ドロテア=ザミュエルスは叫んだ。


 え? なに、こいつ。なに言ってんの?


「『聖域教会』が発見した8体の『王騎ロード』──人を超えた、巨大なヨロイ。その最後の機体には、偉大なる者の名前をつけるつもりだった。なのに──『裏切りの賢者』の夫婦は、それをうばって逃げたのだ! こともあろうに『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』などという、不気味な名前をつけてな!!」

「はぁ!?」


 待て待て待て待て。

『裏切りの賢者』の夫婦ってことは、ライルとレミリアだよな。

 それがこの『でかくて動くヨロイ』を奪って逃げた?

 しかも、前世の俺『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』の名前をつけて……って。


「ライル、レミリア……お前らなにしてんの!?」

「奴らは……おかしくなっていたのだ。この『王騎ロード』にふさわしい王がいずれ現れるなどといって……奴さえいなければ『聖域教会』は崩壊することもなく、世界の主流でいられたのだ! あの頭のおかしな賢者さえいなければ!!」

「いや、たぶん奴らはすっげえ正気だったと思うぞ」


 ……なにやってんだよ。ライル。レミリアも


 いや、『聖域教会』からオモチャを奪うことについては問題じゃねぇよ?

 でも、なんで巨大ヨロイ『王騎ロード』に俺の名前を付けてるんだよ。


 なんなの? 俺を聖剣で刺したのがトラウマで、絶対に剣が刺さらないヨロイを用意してくれたとか?

 それとも俺が転生する時代まで戦乱が続いて、心配だから最強の防具を用意してくれたの?

 お前ら、ほんとになに考えてたの……。


「…………無茶しやがって」


 俺が『聖域教会』に管理責任を問われたらどうするんだ。まったく。

 村のヤバイ連中を野放しにした責任を取れ、とか言われても困るぞ。


「まぁ……この『霊王騎』とやらは無力化したからいいけどさ」


 ハッキングは完了した。

 一応、内部システムは停止させて、24時間は動かないようにロックをかけた。

 これは『魔術ギルド』に渡さなきゃいけないからな。


「それで、その『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』とやらはどこにある?」

「…………知らぬ」

「そうかよ」


 だろうな。

 知ってたら、とっくに探し出してるだろう。


 ライルとレミリアが宝物を隠しそうな場所か……。

 なんとなく、予想はつくような気がする。

 それが正しければ、かなり面倒な場所にあるんだろうが。


「そういえば聞き忘れてた。あんたの目的は?」

「…………さっきお前が言っただろうが」

「ああ。この『霊王騎』の素体に『死霊司教』を使うって話か。普通に人が入ると生命力と魔力を吸われて衰弱するから、次々に使用者を変えなければいけない。そうすると、中の人はずっと初心者のままだ。だから『死霊司教』を取り憑かせて、奴を使用者として訓練する──と」


 俺の言葉に、ドロテア=ザミュエルスは横を向いた。

 本当に正解かよ、すげぇな。


「だが、それであんたはどうするつもりだ? 得られるのは『死霊司教』の知識と、自由に使える──この『王騎ロード』とかいう道具だけ。そんなものがあったところで、結局たいしたことは──」

「いずれわかるだろうよ! 小僧!!」


 ドロテア=ザミュエルスが声をはりあげた。


「『聖域教会』は滅びたりはしない! 『八王戦争』から100年以上経っても進化しない世界を見よ! 停滞を見よ! それこそが『聖域教会』が正義であったことの証だ!!

 私の意思を継ぐ者たちは、もうすぐそこまで来ている!! 怯えるがいい!! そして、知るがいい!! 『古代器物』のレプリカを作れるのは、『魔術ギルド』だけではないということをな!!」


「……いい加減にしろよ。お前ら」


「黙れ小僧!!」

「黙るのはそっちだろうが!! さんざん人のことを化け物扱いしておいて、200年経ったら『死霊を利用して古代器物を動かしますー。私たちは正義ですー』ってガキか!? 子どもか手前らは!!」

「きさまああああっ!!」

「そもそも、うちの子ライルたちが暴走したのだって手前てめぇらのせいじゃねぇか! 人の居場所をぶちこわして、なーにが『裏切り者の賢者』だ!! あいつらは誰も裏切ったりしてねぇよ!! 『聖域教会』サマの人材登用法が間違ってただけだろうが!!」

「……きさまは死ね」


 ドロテア=ザミュエルスが、びくり、と肩を動かした。


「我が生命をもって敵をすべて焼き尽くす古代魔術を──受け──」


 びくり

 びくり、びくり。


「……あ、ああああああ? あ、う、腕が!?」

「こっちは『聖域教会』にさんざんな目にあわされてるんだ。油断なんかするかよ」


 俺の特技は『氷魔術』だ。

 実際のとこ、威力は低いが、そっちの方が使いやすい。


 とっくの昔に『凍結行フリージング・ネスト』で氷の糸を這わせて、ドロテア=ザミュエルスの両腕を固定してる。


「紋章なんか描かせるか。ったく」

「きさ、きざま──むぐ──むーっ。むぐーっ!!」


 魔術『凍結行』の氷の糸は俺の足元から伸びて、ドロテア=ザミュエルスの両手と両脚をからめとってる。

 ついでだから上唇と下唇も、氷でくっつけておこう。

 あとは、これからの話を聞かれないように、耳も氷でふさいで、っと。


『ごしゅじんー』

「来たか、ニール」


 俺の肩に、使い魔コウモリのニールが留まった。

 アイリスの護衛用につけたコウモリだ。心配して、様子を見に来たらしい。


『アイリスさまとオデットさまは、間もなくこちらに来ますよー』

「……待ってろって言ったのに」

『召喚してくれないので心配になったそうですー』

「わかった。じゃあ伝令を頼む。ドロテアは捕らえた。外に魔術ギルドの人間が森の外に3人、こっちに1人いる。それから……」


 俺は手元の『聖剣リーンカァル』を見た。

 聖剣、召喚しちゃったからなぁ。正直、やりすぎた。


 このまま俺が「はーい。眷属けんぞくの聖剣を召喚して、ドロテア=ザミュエルスを倒しました」って名乗り出るわけにもいかないか。あとが面倒だ。


「…………俺もアイリスたちと合流する。ただし、俺は表には出ない。謎の者がドロテア=ザミュエルスを倒して、その後でアイリスとオデットがここに来たことにする、ってことで話を通してくれ」

『いいのですかー』

「いいよ。俺専用の『古代器物』がどこかにあるらしいからな」


 俺は動かなくなった『霊王騎』を見ていた。

 人の2倍くらいの身長を持ち、人と同じ速度で動くヨロイ『王騎ロード』。

『聖域教会』はこれを8体みつけて、『八王戦争』で使おうとしてた。


 ……『八王戦争』は泥沼の戦争だったって聞いてるけど、それでもまだ、被害は少ない方だったんだな。

 こんな『王騎ロード』なんてものが実際に使われていたら、どれだけ人が死んでたかわからない。

 魔法が効かず、物理攻撃も減衰げんすいして、同じ『古代器物』の剣でしか斬れないって、強すぎだ。

 しかも謎光線まで撃ってくるし。


 こんなもんを使って戦争やってたら……この大陸そのものが滅んでたんじゃないだろうか。


 俺は短剣でドロテアのローブを切り、それで奴の手足を縛った。

 ついでに口もふさいで、上から氷で固定しておく。

 息は鼻でしてるから問題なし、と。


『霊王騎』から出てきた『魔術ギルド』の人は──体力は消耗してるけど、無事だ。

 まだ若い女性だ。何者だろう。


 長い、青い髪の毛を結んでる。俺よりも少し年上に見える。

 ローブの裾に家紋が刺繍ししゅうしてある。『明けの鳥』か。どこの家なんだろうな。


 再びコウモリのニールが戻って来る。

 アイリスとオデットは、もう近くまで来ているようだ。


 さてと。

 2人と合流して、なにくわぬ顔で、また、ここに来ることにしよう。

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