第46話「元魔王、眷属を召喚する」

黒い森シュヴァルツヴァルト』は、背の高い樹に囲まれた森だ。

 生えている樹は枝が太く長く、葉も大きい。

 昼間でも暗いのは、これが密集しているからだろう。


「コウモリ軍団は森の四方から侵入してくれ。ただし、ゆっくりと」

『承知なのですー』


 俺の指示を受けたディックが飛び立つ。

『使い魔』にしたコウモリたちは、昼間は光で、夜は超音波で物を見る。

 この森が真っ暗闇でも、魔物や人の動きがはっきりとわかる。


『ごしゅじんー』


 しばらくして、伝令に行っていたディックが戻って来た。


『人がいたのですー。倒れているのですよー』

「人が? まさかドロテア=ザミュエルスとかいう奴か?」

『わからないですー。3人、馬車の近くで動けないでいるようですー』

「わかった。行ってみる」


 俺は『飛行』スキルを使って、空中から森に入った。

 ディックの案内で、報告にあった馬車のところへ向かう。

 そこでは──確かに人が倒れていた。3人。


 真っ暗な森だけど、元々俺は『吸血鬼の王ヴァンパイア・ロード』と呼ばれるくらいだから、夜目は利く。

 倒れているのは『魔術ギルド』のローブを着た人間だった。ひとりは男性、ふたりは女性だ。


「昼間の報告にはなかったよな。この人たち」

『偵察のあとに森に来たと思うですー』

「……伝令。コウモリ軍団に通達。それ以上は森に入らず、現状待機しろ、と」

『承知ですー』


 ふたたびディックが飛んでいく。

 俺は木の枝から降りて、倒れた魔術師の元へ向かった。

 一応、布で顔を隠してから。


「大丈夫ですか? 魔術ギルドの人!」

「…………う、あああ」


 声をかけると、女性の一人がこっちを見た。


「あ、あなたは……」

「報告を受けて来ました。あなたは俺と同じ『魔術ギルド』の方ですね?」


 嘘は言っていない。

 俺はディックから報告を受けたし、魔術ギルドの人間だからな。


「…………ドロテア=ザミュエルス……は…………ここに。ただ……危険」

「危険?」

「やつが『死霊司教』を手に入れようとしたのは…………古代器物……の中身に……」


 そう言って、女性は意識を失った。

 死んではいない。首筋に指を当てると……脈が弱い。

 生命力を奪われたような感じだ。


「とりあえず『身体強化』2倍、っと」


 俺は自分を強化してから、魔術師たちを担いで森の外に出した。

 コウモリ軍団を集めて、うち2匹を護衛に回す。

 残り10対の翼に『身体強化』『対魔術障壁アンチマジックシェル』の紋章を書いて、準備完了だ。


「全員でまとまって進む。異常を感じたら、すぐに森から出るように。いいな」

『『『しょーちなのです!』』』


 ディックたちを引き連れて、俺はふたたび森に入った。





 ギルドの上位魔術師たちは、手分けしてドロテアを探していた。

 それがここにいるということは、なにか情報を手に入れてきたんだろう。

 そしたら攻撃を受けて動けなくなった、と考えるのは自然だ。


 となると、ドロテアはもうここにはいないのか?

 ここにいるとしたら、なぜ逃げない?


「……まぁ、それも見てみればわかるか」


 俺は宙を飛びながら、先に進む。

 ディックたちに異常はない。体力も減ってないし、『対魔術障壁』にぶつかってくる魔法もない。

 俺は腰に提げた杖を抜いた。

 魔物退治に行くといったら、『グレイル商会』のローデリアが渡してくれた。

 前にもらったものはアレク=キールスとの戦いで壊れたからな。大急ぎで、1本だけ準備してくれたんだ。


「展開『対魔術障壁アンチマジックシェル』──行け」


 しゅるん。


 杖が、俺たちに先行して飛んでいく。

 俺とコウモリ軍団はその後を追う。

 銀色の杖は高いところを飛んでいて、葉の隙間から入る月光をかすかに反射している。

 それを目印に、俺は森を飛翔する。


 20分進んだけれど、異常はなし。

 あと10分進んだら帰ろうと思ったとき──




 ふぉん。




『ごしゅじんっ!』

「わかってる!! 全員待避!!」


 俺とコウモリ軍団は、一斉に地上に降りた。

 同時に、俺たちがいた場所を、灰色の光が通過する。


 先行していた『杖』が光に飲み込まれた。

『杖』は『対魔術障壁』のシールドを自動展開。光を一瞬だけ防いで──落ちた。


「──なんだ……あれは」


 俺は杖を拾い上げる。

 紋章が消えていた。しかも、魔力切れを起こしてる。


 魔力を吸われた……いや、違うな。

 さっきの魔術師たちの状態から考えると、生命力そのものを吸われたようだ。


「……ヴァンパイア光線……って感じか」


 さっき魔術師が倒れていたのはそのせいだ。

 あんな魔術は知らない。


「……やばいな」

『どうしますか。ごしゅじんー』

「ディックたちは離れてろ。合図をしたら──」


 俺はディックたちに作戦を授けた。


 さて、どうするか。

 ここで帰っても構わないんだが。


 夜中に外に出たら悲鳴が聞こえて、そのせいでうっかり『黒い森シュヴァルツヴァルト』まで来ちゃった。倒れてる人を見つけて助けた。その人たちが「ドロテア=ザミュエルスを見た」って言ってたよ、てへ──で通すって手もある。

 上級魔術師たちは『黒い森』に来るだろう。

 だけど……その間に逃げられると面倒だ。それに──


「……アイリスやマーサがいる世界に、こんなやばい魔術を放っとくのは、ぞっとしねぇな」

「出てきなさい。侵入者」


 闇の向こうから、声がした。

 女性の声だ。


「『魔術ギルド』の犬め。いい機会だ。わたしが受け継いだ『古代器物』の実験台になりなさいな」

「嘘つけ」

「…………嘘?」

「『古代器物』は使いものにならないはずだ」


 俺は言った。


「ギルドで習った。戦争時代に『古代器物』は使いものにならなかったって。封印でもされてるんだろ。そんなものがなんの役に立つ?」

「…………ああ、そうね」


 闇の向こうで、女は笑ったようだった。


「あの裏切り者の賢者のせいで『古代器物』は封印された。が、すべてが封印されたわけではない。最も強いものは──不完全な封印しかされなかった。それが──これ」



 ふぃぃん。



 なにかが、動く音がした。



 ふぃいん。ふぃいん。


 がちゃり、がちゃり。



 よろいか?

 いや……あんな鎧は見たことがない。


 闇の向こうから現れたのは、漆黒のなにか・・・を連れた女性だった。

 その『なにか』──を、なんと表現したらいいんだろう。


 大きさは、人間の大人の2倍。

 横幅も、たぶん2倍。

 全身が、金属のようなものでできている。人のかたちをしている。

 外見だけを表現するなら『やたらごてごてと飾りのついた鎧』だ。

 だけど、背中には別の腕が2本生えている。灰色に光りながら、うねうねと動いてる。

 その色は、さっき見た『ヴァンパイア光線』にそっくりだ。


 鎧の中には──誰か入ってる……ように見えた。

 わからない。

 隙間から見えたのは顔だけだ。ぐったりとして、身動きひとつしない。


「『古代器物』──『霊王ロード=オブ=ファントム』」


 女は言った。


「我ら『聖域教会』の生き残りが、代々伝えてきたもの。これに司教さまの霊体を加えることで、無限に動く最強の兵器が──」

「発動『炎神連弾イフリート・ブロゥ』」



 ずどどどどどどどどっどっ!!



 とりあえず腕を狙って撃ってみた。


 でも……俺が撃ちだした火炎弾は『古代器物の鎧』──『霊王ロード=オブ=ファントム』に当たって消滅した。

 弾かれてもいない。吸い込まれるように消えただけだ。


「無駄よ」

「興味深いな。さっき生命力を奪う光線を発射したように、表面に魔力を奪う仕掛けがほどこされているのか。だから『古代魔術』は当たっても意味がないし、上位魔術師たちが戦っても手も足も出なかった、ってことか」

「…………あなた、何者」

「そっちこそ何者だよ」

「……わたしはドロテア」


 女は言った。

『霊王騎』の影に隠れていた相手が、姿を現す。

 長い緑色の髪に、黒いローブをまとっている。

 目は切れ長で、口元は薄笑いを浮かべてる。


 なんか……前世にもいたな。こういう奴。

 ライルを先頭に押し立てて、その後ろからやってきた聖騎士連中にそっくりな顔だ。


「裏切りの賢者──奴のせいで滅びかけた『聖域教会』の後継者──第3新司教を任されている者」

「あんたが面倒な奴だってのはわかった」

「……面倒?」

「なんでガイエル=ウォルフガングに『死霊司教召喚術』なんて教えたのか、疑問だったんだよ。だけど、その『霊王騎』を見てわかった。そいつは、中の人間を利用して動くタイプの『古代器物』だろう?」


 隙間から見える中の人間は、ぐったりしてる。

 顔色も真っ青だ。

 前世で何度も見た。生命力を無くして、死にかけた人間の顔だ。


「仮定しよう。中の人間の魔力とか生命力を元にして、そいつは動いてる──となると、使われた人間はそのうち死ぬ。死ぬとわかってて、そんなものを使いたがる奴はいない。だから、魔術か何かで精神をコントロールしているのだと考えられる」

「…………あんた、何者なのよ!?」

「でも、毎回そんなことをするのは面倒だ。でも、死霊司教に取り憑かれた人間なら話は別だ。死霊司教は、肉体が死ぬことは気にしない。また別の人間に取り憑けばいいだけだからな。そうすることで、あんたは無限にその『古代器物』を操作することが──」

「そいつを殺しなさい! 『霊王ロード=オブ=ファントム』!!」

「ディック!!」

『発動なのです! 「地神乱舞フォース・ジ・アース」!!』



 ずんっ!!



 地面が揺れた。


 ディックたち・・の声に反応して、地面から無数の岩の槍が飛び出す。

 さっき俺はコウモリ軍団全員の翼に『地神乱舞』の紋章を書いておいた。


 あれはオデットが使っていた魔術で、地面から岩の槍を飛び出させるものだ。

『霊王騎』には通じないけど、ドロテア=ザミュエルスには効果がある。

 その上、一斉に発射すれば地面が揺れる。

 やつらの動きを食い止めるくらいはできるはずだ。


「めくらましなど!!」

『フォオオオオオオ!!』


『霊王騎』が腕を振る。

 無数の『岩の槍』が、立て続けに消滅する。


 でも、時間は稼いだ。

 その隙に俺は木の向こうに隠れる。


「時間稼ぎに意味はないわよ。魔術師の坊や」


 ぶん、と、『霊王騎』が腕を振った。

 木が折れ、吹き飛ぶ。

 俺は転がりながら、さらに森の向こうへと移動する。


「あきらめなさい。魔術師の坊や。この『霊王騎』は『魔術ギルド』を滅ぼすのに用意したもの。魔術師の天敵。剣も効かず槍も通さない。無双の騎士よ」


 確かに。俺の天敵だ。

 生命力や魔力を奪う謎ビームに、対魔術コーティング。

 たぶん、俺が『魔力血』を浴びせて『侵食ハッキング』をかけても、弾かれる。

 ハッキングするには表面に傷でもつけて、そこに『魔力血』を浴びせるしかないわけだが……。


「しょうがない。使えそうな武器を用意するか」


 俺は自分の指を傷つけ、『魔力血ミステル・ブラッド』を地面にいた。




「我が血を触媒しょくばい眷属けんぞくを召喚する!」



 両手に『召喚古代魔術』の紋章を描く。

 魔術を、発動する。


 ぶのは──アイリスじゃない。

 俺の眷属けんぞくはもうひとり──もうひとつ、ある。

『魔力血』を受けたアイリス──アリスを召喚できるなら、奴だって呼べるはずだ。


魔力血ミステル・ブラッド』で俺と繋がっているもの。

 転生の生命をくれたもの。

 200年間、俺の『魔力血』にどっぷりと浸かっていたもの。

 俺の魔力をたっぷりと吸い込み、俺を『マイロード』と呼ぶモノだ。



「召喚に応え、ここに来い。我が眷属けんぞく『聖剣リーンカァル』!!」



「────貴様!?」


 ドロテア=ザミュエルスと『霊王騎』が動き出す。

 遅い。


 俺はすでに銀色の聖剣を抜いている。

身体強化ブーステッド2倍ダブルで、奴の懐に潜り込み──一閃いっせんする。


『────ゥオオオオオオオオ!?』


『霊王騎』の腕が、落ちた。

 やっぱりか。

 剣も槍も通じなくても、同等の『古代器物』なら、奴を斬れる。


「なんだ、なんだ。なんだきさまああああああああああっ!? どうして!? どうして『霊王騎』が斬れる!? どうして!?」

「ただの経年劣化けいねんれっかだろう」


 俺はさらに聖剣で、『霊王騎』の余分な腕も切り落とす。

 これで『ヴァンパイア光線』は撃てなくなった。


「では、教えてもらおうか。ドロテア=ザミュエルス」


 俺はドロテアに聖剣を突きつけた。


「あんたの言う。『裏切り者の賢者』について。どーもそいつは、俺のよく知ってる奴の気がするんでな。悪いけど、あらいざらい聞かせてくれ」

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