第44話「元魔王と王女と公爵令嬢、魔物退治に行くことになる」

 ──ユウキ視点──




「と、いうわけで、オリエンテーションは延期になったそうですわ」


 俺がアイリスと会った数日後。

 宿舎にやってきたオデットが、そんなことを話してくれた。


「『死霊司教召喚事件』の犯人を捕らえるまで、あるいは、安全が確認されるまで『エリュシオン』は立ち入り禁止ということですわ」

「安全性を考えたらしょうがないか」

「事件の黒幕は……ドロテア=ザミュエルス。流れ者の魔術師、ですわね」

「ギルドも知らない『古代魔術』の使い手か……」

「やっかいですわね。確かに」

「だよな」


 ドロテアとかいう奴の目的は不明だ。

 ただし、奴が『聖域教会』の崇拝者すうはいしゃだってのは、ほぼ確実だ。

『魔術ギルド』が警戒するのも無理はない。


 ……ったく。

 転生した後まで付きまとってくるな……『聖域教会』って奴は。


 あいつらがいなければ俺がライルを泣かすこともなかった。

 アリスが痛い思いをして転生することもなかったんだ。


 とっくに滅んだって聞いたから安心してたのに、まだ残党がいるのかよ。

 滅んでもよみがえってくるって、ゾンビかあいつら。グールか?

 アンデッドよりたち悪いじゃねぇか。前世で俺のこと、さんざん人外呼ばわりしたくせに。


「……ほんとにもう、あいつらは……」

「迷惑な存在ですわよね。『聖域教会』は……」

「ああ。まったくだ」

「わたくしは、早くC級魔術師にならなければいけないのに……『エリュシオン』が封鎖されたままでは……」

「C級魔術師?」

「え、ええ。わたくしは素早くC級魔術師になるつもりですの。ちょっと事情がありまして。だから、早くダンジョン──『エリュシオン』に入って成果を上げたいのですわ」

「そういえば。ドロテアとか言う奴を捕まえたら、爵位しゃくいがもらえるんだっけ?」

「それは上位魔術師の仕事ですわ。わたくしたちには関係ありません」

「でも、奴が『聖域教会』の生き残りだったら、他の誰も知らない情報を持っているかもしれないんだよな……」

「……それは考えられますわね」



「「たとえば……」」



 俺とオデットは顔を見合わせた。


「『聖域教会』に潜入した、どっかの村の住人の消息とか?」

「誰も知らない『古代魔術』『古代器物』についての情報とか?」


 ふたり分の声が重なった。


「……ユウキ。なにを考えていますの?」

「別に?」

「何度も言いますけれど、ドロテアの捜索は『魔術ギルド』の上位魔術師たちが行っていますからね。わたくしたち研修生の出る幕はありませんわよ」

「わかってるって」

「特に、B級魔術師のカインさまを含めた『四重奏カルテット』と呼ばれる4人のチームは、ギルドでも最上位と言われておりますの。今回は彼らも動くそうです。すぐに片付くでしょう」

「ちなみに、ドロテアとかいう奴の居場所の予想はついてるのか?」

「いいえ」


 オデットはテーブルの上に羊皮紙ようひしを広げた。

 2枚。そのうち1枚はドロテア=ザミュエルスの似顔絵だ。


 もう1枚は王都のまわりの地図。

 街道と森と、山地が描かれた簡単なものだ。


「……というか、似顔絵まで準備してるってことは」

「か、関係ないですわ。これは偶然手に入れただけです。わたくしが奴を捕らえたいとか思ってないですからねっ」

「……わかった。そういうことにしておく」


 オデットは真面目だからな。

 おおっぴらに『上位魔術師を出し抜く』なんて言えないよな。


 でも俺は、できればこの手でドロテアを捕まえたい。

 もしも奴が『聖域教会』の残党なら、聞きたいことと、ぶつけたい文句が山ほどあるんだ。


「で、上位魔術師たちは、今はどこの調査をしてるんだ?」


 俺は地図を指さした。

 オデットはうなずいて、細い指で王都の周辺を示す。


「彼らは現在、王都近くの村々を回っていますわ。聞き込みと、奴が潜んでいないかの探索ですわね。その後、森や古い砦、それと山地をめぐる予定になっているようです」

「俺たちにも仕事はあるんだよな?」

「ギルドの研修生は教官の指導のもと、周辺の魔物討伐をすることになってますわ」


 オデットは王都近くの街道を指さした。


「わたくしも参加するつもりです。ユウキは?」

「俺はアイリスの『護衛騎士』として同行することになってるよ。そういう話が、アイリスから来てる」

「アイリスも『魔術ギルド』の研修生ですものね」

「となると、俺たちの仕事は上級魔術師の露払つゆはらいか」


 俺の言葉に、オデットが目を丸くする。

 図星ずぼしだったようだ。


 上級魔術師たちは、ドロテアとかいう奴を捕らえるために、力を残しておかなきゃいけない。

 となると、街道や村のまわりにでる魔物は、研修生や下級の魔術師に退治させようとするだろ。

 ギルドの魔術師たちって、いろんな意味で賢そうだから。


「……ユウキ。言葉は選びなさいな」

「悪い」

「それに、参加は強制ではありません。アイリスが参加することになったのは、『ドロテア探索』が王家の提案で行われることになったからです。王家の代表として、探索組にカイン殿下が、魔物討伐組にアイリスが参加する、ということですわね」

「まぁ、魔術師として戦闘経験を積むのは悪くないか」


 上位魔術師の露払いをすることには、別に不満はない。

 むしろ、いい経験になると思ってる。 

 俺は基本的に不老不死だから、10年、20年のうちには、人間の世界には住めなくなる。

 その間にできるだけ、人間としての経験……『人間経験値』を積んでおこう。


「……そうだよな。経験値をためるにはいいよな」

「さすがですわね。その向上心を、わたくしも見習わなくては」


 オデットは胸を張った。


「『エリュシオン』に入れない今、できるだけ経験値を上げなくてはね」

「俺の仕事はアイリスの護衛だからな。魔物退治の方は、オデットのサポートに回るよ」

「助かりますわ」


 俺とオデットは魔物討伐の打ち合わせを続けた。


 そんなわけで、俺たちは初めて『魔術ギルド』から仕事を受けることになり──


 上級魔術師たちが『死霊司教召喚事件』の黒幕捜しをしている間、俺とアイリス、オデットは、教官と一緒に街道の魔物退治をすることになったのだった。

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