第43話「幕間:魔術ギルド賢者会議」
──数日後 魔術ギルド本部──
『魔術ギルド』本部の大会議室では、今日も緊急の会議が行われていた。
参加しているのは『賢者』の称号を持つ、A級とB級の魔術師たち。
オブザーバーとして、C級魔術師のデメテルも参加している。
ここ数日、会議は毎日行われている。
だが、結論は出ていない。
彼らは集められた資料を見ながら、ただただ、ためいきをつくばかりだった。
会議の議題は3つ。
・『聖域教会』の
・聖域教会の司教を、死霊として呼び出す魔術が存在することの情報共有。
・今後の『エリュシオン』の扱いについて
対応を間違えれば、『魔術ギルド』の将来に関わる。
それだけに、魔術師たちの議論はどうどう巡りを繰り返していた。
「…………なぜ、このようなことが」
魔術師のひとりが、うめき声をあげた。
「なぜいまさら『聖域教会』の死霊などが現れるのだ。誰が召喚魔術を編み出した? どうやって召喚するための
だんっ。
魔術師の
『聖域教会』はかつて泥沼の戦争を引き起こした魔術組織だ。
その司教が──
下手をすれば、『魔術ギルド』でさえ知らない『古代魔術』が、敵の手に渡るかもしれないのだ。
しかも、その召喚魔術は『
あの場所を管理するために作られた『魔術ギルド』としては、許されない失態だった。
「あなたはその場にいたのだろう? C級魔術師デメテルどの!」
「はいっ」
名前を呼ばれて、魔術師デメテルが立ち上がる。
「ご報告した通りです。研修生のガイエル=ウォルフガングが、だまされて『死霊司教』召喚の『古代魔術』を行い、その結果『聖域教会』の司教に取り憑かれました。
その結果、彼は精神にダメージを受け、記憶が混乱しております。
『召喚魔術』の詠唱も紋章も、覚えていない──と」
「本当なのか!? 記憶がないというのは!?」
「魔術を使って確認しました。間違いありません」
「…………なんということだ」
デメテルに呼びかけた魔術師は、頭を抱えた。
「これから研修生のオリエンテーションがあるというのに……」
「やはり、延期すべきではないのか?」
「安全を考えればそうだろう。だが、いつまで……?」
魔術師たちが押し黙る。
会議室ではしばらく、沈黙が続き──
「わしは『エリュシオン』の
やがて、ひとりの老魔術師が手を挙げた。
彼の名前はザメル。
『魔術ギルド』の最年長で、『魔術師至上主義』を唱える老人だった。
「現在『エリュシオン』は、ギルドの者が正式な手続きを踏めば入れるようになっている。 それは技術と知識を多くの者に広めるためであり、古代の遺産の独占と暴走を防ぐためでもあった。
だが、新たに『聖域教会』を
老魔術師はまわりの反応を確かめるように、ふぅ、と一息入れて、
「『エリュシオン』は『聖域教会』の者たちが互いに殺し合った場所でもある。あそこで死霊司教を呼び出したら、確実に召喚者は取り
「召喚の『古代魔術』と
「知識と触媒さえあれば召喚できるのであろうが!?」
「…………」
「『聖域教会』の死霊が肉体を手に入れて、奴らしか知らない『古代魔術』をふるうところを想像してみろ! どんな被害がでるかわからぬのだぞ! それを防ぐためにも、『エリュシオン』は
「そして、ギルドの上位魔術師だけで、古代文明の遺産を
不意に、あざけるような声が響いた。
老魔術師ザメルの反対側に座っている、若い男性からだ。
「『魔術ギルド』の役割は魔術の独占を防ぐことではなかったのですか? だから新たな『古代器物』を見つけたものに
その道を閉ざしてしまったら、結局、魔術の知識は独占されてしまう。あなたがたのような経験の長い、高齢の魔術師が有利になるだけではないですかね?」
「偉そうなことを! B級魔術師になったばかりの分際で!」
テーブルをどん、と叩き、老魔術師ザメルは叫んだ。
「王家の方だからといって遠慮すると思ったら大間違いですぞ。第2王子カインどの!!」
「自分はB級魔術師としてここにおります。王子と呼ばれるのは不本意ですね」
カインと呼ばれた青年は肩をすくめた。
「それに、自分も当事者ですよ。死霊司教が召喚されたのは、わが妹アイリスの『護衛騎士選定試験』だったのですからね。そうですよね? C級魔術師デメテルどの」
「は、はい」
「ならば、このカインには事態を収拾する義務があります。
──今回の事件の黒幕はわかっているのですよね?」
「は、はい。ウォルフガング伯爵家の証言によると、ドロテア=ザミュエルスと名乗る、流れ者の魔術師だったそうです」
「ならば、そいつを捕らえるのが先でしょう」
そう言ってカイン王子は、会議室を見回した。
反論はない。
自分が場を仕切っていることに満足げにうなずきながら、カインは続ける。
「ドロテアの人相書きは、王都の周囲にある村すべてに配布しました。それでも発見の情報が入らない以上、王都の近くに潜んでいる可能性があります」
「王都の近くに?」
「そこで提案があります」
第2王子カインは、机の上に地図を広げた。
「『魔術ギルド』内部で希望者をつのり、
「
「冒険者のクエストのようなものです。奴を捕えた者には『古代器物』を手に入れたのと同等の
ざわり、と、会議室がざわめく。
「『古代器物』を手に入れたのと同等ですと!?」
「王家がそこまでされるのか!?」
「理由をお聞かせ下さい!!」
「それだけ奴が危険な存在だということですよ。すでに父上の──陛下の許可は得ております」
そう言って、魔術師たちを見回すカイン王子。
「皆さんのお考えはどうでしょうか?」
しばらく、誰も口をきかなかった。
今回の事件は『魔術ギルド』の失態だ。
本来なら後始末も、ギルドの者だけで行うのが筋だろう。
だが、王家が責任を分かち合ってくれるなら、それに越したことはない。
そう考えた魔術師たちは、徐々に
「お聞きしてもいいでしょうか?」
不意に、C級魔術師デメテルが手を挙げた。
「失礼を承知で申し上げます。私にはカイン殿下──いや、カインさまがこの件に、個人的な興味を持っておられるように感じるのですが……」
「興味はありますよ」
カイン王子はあっさりとうなずいた。
「とっくに滅んだ過去の組織が、今さらなにを企んで活動しているのか、興味深いですからね。なにもわからない下級魔術師や下級貴族ならともかく、仲間外れにされるのはごめんです。こんなイベントに参加できる機会は滅多にないんですからね」
カイン王子はおだやかな笑みを返して、
「また、ドロテア=ザミュエルスを捕らえるまで『エリュシオン』を閉鎖することも、合わせて提案します。奴が王都の周囲にいないことが確認できるまでは」
「……研修生のオリエンテーションは延期ですか」
「安全には代えられません。我が妹も含めて、研修生には別の仕事をしてもらいましょう」
カイン王子のなめらかな弁舌に、魔術師たちは感嘆のため息をもらした。
「……カイン殿下のお話は理解した。ならば、決を採るとしよう」
不満そうな口調ではあったが、老魔術師はそう宣言した。
他の魔術師たちが同意し、挙手による採決が始まる。
そして『魔術ギルド』の『賢者』たちは、全会一致でカイン王子の意見に同意したのだった。
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