第40話「護衛騎士魔術戦(2) ユウキ対アレク=キールス」

 ──ユウキ視点──




 俺とアレク=キールスは、距離をおいて向かい合っていた。

 ここは『魔術ギルド』所有の、魔術実験場。

 今は俺とアレク=キールスが魔術戦を行うための『円形闘技場コロッセウム』だ。


 会場には土がしきつめられている。

 俺とアレク=キールスはそれぞれ、北側と南側に立ち、向かい合っている。

 少し離れたところに審判がいる。2名。

 危険だと思ったら、すぐに止めてくれることになってる。


 これからやるのはもちろん、殺し合いじゃない。

 安全装置をつけての、魔術の撃ち合いだ。


 俺とアレク=キールスは、頭に『花飾はなかざり』をつけている。

 具体的には、ヘアバンドに花をつけたような感じだ。

 このヘアバンドは『古代器物』のレプリカらしい。

 装着者の身体に攻撃が当たりそうになると、自動的に強力なシールドを展開してくれるんだとか。


 ただし、展開できるのは3回まで。

 しかも魔力の消費が激しくて、10分しか使えない。

 使える場所も、専用の魔法陣が設置されているここだけだそうだ。


 シールドを使うたびに、飾りの花は散っていく。

 3回使い切ると花がなくなる。

 先にそうなった者の負けだ。また、花飾りを奪われても敗北になる。


 ちなみにこの花飾りは護衛騎士ごえいきしが守る姫君を表しているそうだ。

 姫君を守りながら、相手を倒す。

 騎士は昔からそういう模擬戦もぎせんをやってたらしい。

 前世の俺の時代にはなかったような気がするが。いや、それは俺が田舎者だっただけか。


 使ってもいい魔術は決まっている。

 ある程度以上の攻撃魔法を使おうとすると、審判に止められる。その場で敗北が決まる。

 なお、多少の怪我も、審判が魔術で治してくれるそうだ。


 ちなみに、戦闘中に外部と連絡を取るのは禁止だ。

 これは『護衛騎士』の戦いで、それぞれの覚悟を見るためのもの、だからだそうだ。

 アイリス、オデットと、どこまでやっていいか相談しながら戦おうと思ってたんだが、しょうがないか。


「ふふ。緊張しているようだね」


 俺の正面にいるアレク=キールスは、笑ってる。

 だろうなぁ。

 この人は俺よりさらに上のクラスの、C級魔術師だもんなぁ。


『魔術ギルド』は研修生から始まって、E級、D級とランキングが続く。

 アレク=キールスのC級は、真ん中から上のあたり。

『護衛騎士選定試験』に来たデメテルさんがC級だったし、俺たち研修生にとっては雲の上の存在だ。


 どうするかなー。

 正直、俺が魔術戦に出てきたのは、サルビア王女とやらがアイリスをどんだけ目の敵にしてるか、確かめるためだったんだが。

 C級魔術師なんてのを引っ張り出すってことは、よっぽどだよなぁ。

 うちのアリスにそんなに文句があるのかよ。なんでだ。


「試合の前に、君に警告しておこう」


 アレク=キールスは俺を見て、言った。


「僕はサルビア殿下から依頼されている。ここで君との実力差を思い知らせろ、とね」

「はぁ」

「だから、僕は完璧に君に勝利しなくてはならない。君には弟が世話になっているからね。君さえいなければ、弟が愚かな失敗をすることもなく、キールス家が恥をかくこともなかったんだ……!」

「『護衛騎士選定試験』のことなら、ジルヴァン=キールスがあとで反則をしたことを認めて、俺たちに謝ってくれましたけど」


 あいつはアンデッドを操って、俺たちを通せんぼしようとしたけだ。

 本人も、もう罰は受けている。

 俺もオデットも、そのことについては怒ってないんだが。


「そんなことは関係ない。弟が君に敗北したこと。侯爵家こうしゃくけ男爵家だんしゃくけの者に罪を認めてしまったこと。それがキールス侯爵家にとっては大変な恥なのだ。サルビア殿下はその恥をぬぐいさる機会をくれた」

「俺を倒したら、恥がなくなる?」

「今の僕と君は、C級魔術師と研修生ではなく、対等の護衛騎士だ。その立場で戦って勝てば、僕たちの方が上だということが証明される」

「そのためにあなたはわざわざ、護衛騎士に?」

「キールス侯爵家が、男爵家の庶子になど見下されるわけにはいかないかなら」

「俺は別に、誰かを見下すつもりはないけど」

「それも関係ない」

「ないんですか」

「貴族とはそういうものだ。君がアイリス殿下の護衛騎士として『魔術ギルド』に存在すること、普通に王都で生活していること、その事実こそが、我が家の恥を知らしめるものなのだ。ここで圧倒的な力の差を見せつけ、格の違いを思い知らせてやる」

「……そういうものですか」


 うん。上級貴族がすげぇめんどくさい相手だというのはわかった。

 こんなところでアイリスは13年も暮らしてたのか……大変だな。


 やっぱり、アイリスは早めに貴族社会から連れだした方がいいかな……。

 その前に、心残りの無いようにしておこう。

 俺はフィーラ村の守り神だからな。子孫が快適に暮らせるよう、できる限りのことはするよ。


「では先輩」

「ん?」

「胸を借りるつもりで、全力で戦わせていただきます」

「ああ。いいだろう」


 C級魔術師アレク=キールスは、くちびるをゆがめて笑った。


「そういうことなら最初の一撃はゆずってやる。君の力を見せてみなよ。ははっ」




 アレク=キールスが言った瞬間しゅんかん、笛の音が鳴った。

 魔術戦まじゅつせん開始の合図だ。




 俺は両手に描いておいた『古代魔術』を発動した。


「それじゃ発動『炎神連弾イフリート・ブロゥ』」

「ふっ。その魔法は知っている!」


 アレク=キールスが鼻で笑った。


「低レベルの『古代魔術』か。そんなもの、C級魔術師の魔力障壁なら余裕でえええぇぇぉおおおおおおおおおおおおあああああああああっ!?」


 俺の左手から発射された巨大な炎弾が、アレク=キールス目がけて降り注いだ。


 小型のものが数発。こっちは狙いを外したブラフ。

 大型のものが3発。こっちが本命だ。

 全部当たれば相手はシールドを使い切るはずだけど──


「あ、あ、『対魔術障壁アンチマジックシェル』ううううううっ!!」


『花飾り』のシールドが発動する前に、アレク=キールスは自前の魔力障壁を展開した。

 炎弾はそのまま奴の障壁に激突し──おお、揺れてる揺れてる。魔力障壁が思いっきり揺らいでる。

 

 でも、貫通はしないか。さすがC級魔術師。

 衝撃でずざざざざ──っと、闘技場の端まで下がったところで、俺の炎弾を防ぎきった。すごいな。


 魔力の注ぎ方を変えたから、俺の『炎神連弾イフリート・ブロゥ』も、それなりに威力が上がってるはずなんだが。

 オデットに魔力調整のやり方を教えてるうちに、そうすればうまく『古代魔術』に魔力を注げるかもわかったから、それを参考にしてみたんだ。いまいちだったかな。


「……はぁ、は、はぁ」

「もう一撃、いいですか?」

「……ふざけるな」


 アレク=キールスは吐き捨てた。

 さすがに2撃目は入れさせてくれないか。


男爵家だんしゃくけ庶子風情しょしふぜいが、C級魔術師を甘く見るな!!」


 アレク=キールスが杖を振った。

 指先と杖の先が、それぞれ別の紋章もんしょうを描きはじめる。


 なるほど。杖にはそういう使い方もあるのか。これなら魔術の発動が早くなる。

 勉強になるな。できれば『魔術ギルド』で俺も勉強したいところだけど。


「……でも、他人を見下す奴の下にはつきたくねぇなぁ」

「発動! 『紅蓮星弾バーニング・メテオ』!!」


 アレク=キールスが『古代魔術』を発動する。

 奴の左右に、馬車ほどの大きさがある、炎の球体が現れる。


「ギブアップするならば花飾りを投げ捨てろ。それで勝負は終わりだ」


 こっちをにらみながら宣言する、アレク=キールス。


「この『古代魔術』の威力なら、至近弾でも『花飾り』のシールドが反応する。自前の魔力障壁で防いだところで、お前の負けだ!!」

「……そっか」


 俺は右手の杖を、軽く振った。

 空いている左手で、腰に差しておいたもう1本の杖を抜く。


「じゃあその前に、こっちも杖の使い心地を試させてもらいますよ」


 杖の重さは──ちょうどよし。

 バランスも──大丈夫だ。


 振ると、ちゃんと中身の・・・音がする。

 さすが『グレイル商会』、俺の指示通りに作ってくれたようだ。


「それと、まだギブアップする気はないですよ。主君の名を汚すわけにもいかないので」

「どっちにしてもお前はここで終わりだ!! 審判の方よ! 治癒魔術ちゆまじゅつの準備をされるがいい!!」


 アレク=キールスが両腕を振った。

 巨大な炎の球体が、左右からこっちに向かって飛んでくる。


「ユウキ=グロッサリアのシールドをぎ取れ!! 『紅蓮星弾バーニング・メテオ』!!」

「防げ! 我が杖!!」


 俺は腕を振りかぶる。

 そして、両手に握った杖を炎の球体に向かって、投げた。


「発動。『対魔術障壁アンチマジックシェル』!!」



 ぶぅん。



 俺が投げた2本の杖の周囲に、半透明の障壁が発生した。


「──ばかな!? 遠隔操作えんかくそうさの魔力障壁だとおおおおっ!!?」


 アレク=キールスが叫んだ。

 その間に奴が生み出した炎球が、俺の『杖』に激突する。



 ドオオオオオオオオオオオォォォ。



「……おい。なんだあれは。『杖』の魔力障壁まりょくしょうへきが、炎の球を受け止めてる」

「……『紅蓮星弾バーニング・メテオ』は中位レベルの『古代魔術』だろう?」

「……なんだあれは!? なんで研修生にあんなことができるんだ!?」


 観客席で誰かが叫んでる。


 俺は杖を遠隔操作えんかくそうさして、魔力障壁の維持を続ける。

 杖は震えながらも、アレク=キールスの『紅蓮星弾』に耐えている。

 感覚でわかる。あれくらいでは、俺の『対魔術障壁』は破れない。 


 杖が生み出す障壁は、奴の『紅蓮星弾』を受け止めて──

 そのまま、受けきった。



「戻れ。我が杖」



 ふぉん。


 俺の前方に飛んでいた『杖』が、回転しながら手元に戻ってくる。

 よし。実験成功だ。


「な、なんなんだその杖は!? まさか『古代器物』のレプリカか!?」

「ただの杖ですよ。魔術戦の前に、審判のチェックは受けています」


 俺の言葉に、闘技場に立つ審判たちがうなずく。

 その反応に、アレク=キールスが歯がみする。


 俺はルール違反はしていない。

 この杖は、中の空洞に『魔力血ミステル・ブラッド』を入れただけの、ただの金属製の杖だ。


 この『杖』にはふたつ、仕掛けがある。

 ひとつは握りの部分に、俺の血で紋章を書けるようになっていること。

 書く面は表裏あって、ひとつの杖にふたつの紋章を描くことができる。


 今回は『対魔術障壁アンチマジックシェル』の紋章を描いてある。

 オデットが使うのを見て覚えたものだ。

 おかげで、ノータイムで障壁を張ることができた。


 ふたつめは、杖の中に俺の『魔力血ミステル・ブラッド』を入れるための空洞があること。


魔力血ミステル・ブラッド』は俺にとって手足のようなものだ。

 今は中身を俺の血で満たすことによって、杖そのものが俺の一部になっている。

 俺自身が飛べるように、俺の一部である杖も、多少の飛行能力を得た、というわけだ。

 もっとも、使えるのは短時間だけだけれど。


「…………おい。なんだ今のは」


 観客席の方から声がした。


「…………杖が飛んで、魔力障壁を張った?」

「…………すげぇ。あんな魔術は見たことあるか?」

「…………わからない。ただ、すごい魔術であることは確かだ」


 ざわめきが大きくなる。

 となると、そろそろ彼女たちの出番かな。




「あれは中位レベルの『古代魔術』、『物体操作アニメイト・オブジェクト』ですわ!!」

「そうなのですか? オデット!?」



 オデットとアイリスの叫びが、闘技場に響いた。

 よし。いいタイミングだ。


「はい、殿下。『物体操作アニメイト・オブジェクト』は魔力を通すことで、物質を手足の延長として使う『古代魔術』です。遠隔操作で障壁しょうへきを発動できるのはそのためです」

「そうなのですか、オデット。そういう『古代魔術』がちゃんとあるのですね」

「ええ。なにも不思議なことはありませんわ!」

「そういえば東方の魔術師が、そのような『古代魔術』を使うという記述を見た記憶があります。『魔術ギルド』所蔵の書物の中に、同様の記録がありました!! ええ、ありましたとも!!」


 オデットの解説を、アイリスが引き継ぐ。

 ふたりとも、フォローありがと。


「……ああ。そういえばあったな」

「自分も、C級魔術師が杖を手足のようにしているのを見たぜ」

「ということは、あいつはアレクさんと対等ということか?」


 観客席が静まっていく。

 なんとかごまかせたようだ。


 俺は今回、オデットに魔術の練習に付き合ってもらった。

 目的は『現実に存在する古代魔術っぽい』戦い方をするためだ。


 俺が使う『古代魔術』は自己流でアレンジしてるせいで、いろいろおかしい。

 だからできるだけ、普通の魔術師っぽく見えるように、オデットにチェックしてもらった。

 おかしいと思われたら、アイリスとオデットが、今みたいにフォローしてくれることになってるんだ。


「これで問題なく戦えるな」


 俺は腰に提げた3本目の『杖』を取り出した。

 軽く投げると、他の2本の杖と一緒に、俺の周囲を回り出す。


「くそっ! 貴様! なんなんだその杖は!!」



 がいいんっ。がいんっ。がいいいんっ!!



 アレク=キールスが炎の魔術を連打する。

 右から、左から。フェイントをかけて正面から。


 降り注ぐ炎の球を、『杖』は移動しながら弾いていく。

 受け止める必要はない。らせばいい。

 こっちも。だいぶ使い方に慣れてきたから。


「なんなんだお前は!! どうして!! せっかくお前を倒す機会をもらったのに!!」

「俺は姫君を守る騎士らしいですから」


 俺は両手の紋章もんしょうを書き直す。

火炎連弾イフリート・ブロゥ』から『身体強化ブーステッド』に。


「うちの子の生活環境をよくするために、やれることはしますよ。発動! 『身体強化ブーステッド2倍ダブル!!」


 俺は地面を蹴り、アレク=キールスに向かって走り出す。

 狙いは奴の花飾りだ。


 今の俺はアイリス姫の騎士だからな。

 あいつの名誉のためにも、花飾りを奪って、綺麗きれいに勝たせてもらう。


「──発動『古代魔術』──『火精召喚』──群れよ! 我が配下!!」


 アレク=キールスが『古代魔術』を発動する。

 地面に魔法陣が生まれ、そこから、炎をまとったトカゲが出現する。

 ゼロス兄さまが使ったのと同じ召喚術だ。だが、数が違う。



『ギギィィィイイイイイイ!!』



 火トカゲの叫び声が闘技場に響き渡った。


 出現した『火の精』は、その数20。

 一斉に俺の方に向かって突進してくる。


「来い! 我が『杖』!!」


 ひゅんっ。


 3本の杖が、俺の前方に飛んでくる。

 それぞれが一辺を為す三角形となり、三重さんじゅうの『対魔術障壁』を展開する。


『ギィイイガアアアアアアア!!』


 がごんっ、と、障壁にぶちあたった『炎精』が悲鳴を上げる。

 1体。2体。さらに5体。


 吹き飛ばされた『炎精』が離れていく。

 奴らは『身体強化』2倍で走る俺には追いつけない。


 アレク=キールス本人は、少しずつ後ろに下がってる。

 真っ青な顔して震えながら、次の魔術を展開しようとしてる。

 まだ技があるのか。引き出しが多いな、C級魔術師。



 そのとき、ピィ──────ッ、と、笛の音がした。



「やめよ! アレク=キールス!! そのレベルの術は、ここで使用していいものではない! その『古代魔術』は『花飾り』の防御能力をはるかに超えている!!」


 審判が叫んだ。


「この魔術戦は自分の姫君を護りながら戦う技術と機転を競うものだ。格下の相手を力押しで潰そうとは、それでもC級魔術師か!!」

「審判は黙っていて下さい!! 奴の『花飾り』のシールドがすべて消えたらすぐに解除します!! 僕は……僕は貴族の名誉にかけて、こいつに勝たなければいけないんだ!!」


 アレク=キールスの足下に、巨大な魔法陣が生まれた。

 教師カッヘルがグリフォンを召喚したときと同じだ。使い魔を呼び出す気か。


「行け! 我が使い魔『炎鳥フレア・ガルダ』!!」



『キイイエエエエエエエエエエ!!』



 アレク=キールスが呼びだしたのは、人間よりはるかに大きい炎の鳥だった。

 同時に奴はひざをつく。魔力切れだ。


「……事故だ。魔術戦で興奮しすぎた魔術師同士がやりすぎだだけ」


 アレク=キールスは言った。


「あとのことは、サルビア殿下がなんとかしてくれる」

「なんでここまでするんだ……あんたは」


 本当にわからない。

 あと3分くらいで試合時間は終わる。

 アレク=キールスが守りにてっすれば、引き分けにできるのに。


「負けたくないなら引き分けでもいいだろ。なんでここまでするんだよ」

「田舎貴族に、上級貴族の誇りがわかるものか!! サルビア殿下に認められ、せっかく護衛騎士になったのに……格下と引き分けなど……そんなこと許されるものか!」


 次の瞬間。


 俺が前面に展開していた杖が、『炎鳥』に飲み込まれた。

 鳥が生み出す高熱で、杖が変形していく。


「……安心しろ。殺しはしない」


 鳥の向こうで、アレク=キールスの声が聞こえた。


「僕はC級魔術師の資格を失う。君はそれなりの傷を負う。公平だろう?」

「断るよ。うちの子を心配させるのはごめんだからな」


 前もって『対魔術障壁』を解除して・・・・おいた・・・杖が、地面に落ちた。

 熱でゆがんで穴が空いてる。もう使えない。


 鳥が発する熱に反応して、『花飾り』が点滅をはじめる。

『花飾り』のシールドが自動展開される。七色のシールドが、俺の前に発生する。

 このシールドが消えて、あと2回、再度シールド展開したら俺の負けになる。


 でも、こっちの準備はもう終わってる。

 杖がこわれたなら、証拠隠滅しょうこいんめつも完了だ。


「俺は、かなり前にうちの子を泣かせたことがあるからな。二度も同じことはしねぇよ」


 俺の杖には、もうひとつ隠れた機能がある。

 それは──対象に『魔力血ミステル・ブラッド』を注ぎ込む注射の役目だ。


 杖に穴が空けば、奴の使い魔は俺の『魔力血』を体内に取り込むことになる。

 そして、そうなればもう、詰みだ。


「──発動『侵食ハッキング』!!」


 内部魔術──解析開始。

 使い魔の中枢回路──侵入完了。

 指揮権の奪取──成功。


 使い魔『炎鳥』の支配権奪取しはいけんだっしゅ──完了。


 俺の『魔力血』は、文字通り魔力の塊だ。

 血がすべて蒸発する前に『侵食ハッキング』すれば、使い魔の支配権を奪える。

 こんなふうに・・・・・・




 びくん。





『炎鳥』の動きが止まった。


「どうした!? 僕の使い魔!? ユウキ=グロッサリアを倒せ! なぜ動かない!!」

『キイイイエエエエエエエエ!!』


『炎鳥』が、再び動き出す。


「おお! そうだ。お前はユウキ=グロッサリアを──おおおおおおおおおおおああああああああああっ!?」


 アレク=キールスが、ぽかん、とした顔になる。

 奴が呼びだした『炎鳥』が俺を無視して、真上に飛び上がったからだ。

 鳥は垂直上昇したあと、空中で反転、そのまま──



 第4王女サルビア=リースティアが座る西の観客席──その手前の地面に激突し、爆散ばくさんした。

 火炎が吹き上がり、闘技場と観客席を仕切る、透明な障壁に激突する。



「あ、ああああああああああっ!?」

「ほい」


 アレク=キールスが絶叫した。

 その間に俺は奴の頭から、花飾りを取り上げた。


「…………え」

「『花飾り』いただきました。俺の勝ちですね」


 少し遅れて、審判が笛を鳴らした。

 試合終了だ。


『────んで、なんでええええええっ!?』


 あれ?

 花飾りから声がする。

 よく見ると……ヘアバンドの裏側に魔術具が隠してある。なんだこれ。



『アレク=キールス。なにをしているの!? アイリスの護衛騎士を痛めつけろと言っているのがわからないの!? どうしてこちらに使い魔を飛ばすの!?』



 声と同時に、西の観客席でサルビア王女が騒いでる。

 なるほど。

 この魔術具は、サルビア王女と繋がってたのか。

 どうりでアレク=キールスも『貴族の誇り』とか連呼してたわけだ。サルビア王女の前では、こっちを敵視するしかないもんな……。


『倒しなさい! 妹の護衛騎士を攻撃なさい!! 勝敗など関係ないでしょう!! あの生意気な──不老の血を引く気持ち悪い妹を──こちらより先に「魔術ギルド」に入った小生意気な娘の仲間を──側室の子のくせに──嫡子ちゃくしよりできがいいなんてありえないのに!!』

「──サルビア殿下」


 俺はぽつり、とつぶやいた。


「試合中に護衛騎士に指示を出すのは反則ですよ」

『────な!?』

「それから、我が姫君に手を出すのも反則です。俺の仕事は、我が姫君を守ることです。俺の身内に手を出さないでください。他人を使わないでください。以上です」


 俺は魔術具に『侵食ハッキング』。

 魔術具の通信回路に、許容範囲外オーバーフローの魔力を流し込む。


 ぼんっ、と音がして、魔術具が吹き飛んだ。

 同時に、西の観客席で、サルビア王女が椅子から転げ落ちるのが見えた。


 試合中に護衛騎士に姫君に指示を出すのは反則だ。

 どうせ表沙汰おもてざたにはできないだろうから、これでいい。


「……お前は……なにを……した」


 気がつくと、アレク=キールスが青い顔で俺を見ていた。


「僕の──『炎鳥』が──どうしてサルビア姫を──」

「魔力切れを起こすような『古代魔術』を使うからですよ。集中が切れて、コントロールを失ったんでしょう?」

「……そ……ぅ…………だな。ここまでが僕の……限界……か」


 アレク=キールスは耳元に手を伸ばした。

 サルビア姫の言葉を聞くための魔術具を探しているようだった。

 それが見つからないことに気づいたのか、アレク=キールスは疲れたようなため息をついた。


「…………恥か……僕は弟より、見苦しいな。ここまでして……負けたら……僕はもう『魔術ギルド』にいられな…………」



 かくん。



 アレク=キールスは意識を失った。

 本当に限界まで魔力を使い尽くしたらしい。


 顔を上げると、サルビア王女が退席するのが見えた。

 周囲のメイドに八つ当たりしながら、奥の方へと去って行く。

 最後に俺の方を見て──視線を合わせて──


 びくん、と、震えて、椅子に座り込むのが見えた。

 そのあと、彼女はメイドに支えられながら退席した。

 俺やアイリス、アレク=キールスの方は、もう見ようともしなかった。



「……研修生がC級魔術師に勝った、だと!?」

「……いや、あれはアレク=キールス侯爵家長子の自滅だろう!? 反則で魔力を使い果たしたんだから」

「……だが、ユウキ=グロッサリアがそこまで追い込んだということでもある」

「……アイリス王女は、どこであれほどの人材を見つけてきたんだ……」



 観客席がまた、ざわめきはじめる。

 気絶したアレク=キールスは、ふたりの審判が運んでいく。

 試合は終わった。俺も帰ろう。


 そう思って、俺は北側の入場口から、闘技場の外に出た。




「…………はぁ、はぁ。ユウキさま」


 通路の向こうに、アイリスがいた。

 真っ赤な顔で、息を切らしてる。全力疾走してきたらしい。

 額は汗だくだ。ドレスの裾をめいっぱい持ち上げてるせいで、膝のあたりまでむきだしになってる。姫君のすることか。おい。


「ユウキ……さま」

護衛騎士ごえいきしとして、使命を果たしました。我が主」

「……無茶しないでって、言ったのに」

「いきなりそれですか。我が主」


 俺が答えると、ぱん、と手を叩く音がした。

 アイリスの後ろに、ドレス姿のオデットがいた。

 小声で『人払いは済みました』ってつぶやいてる。用意いいな。


「いきなりそれかよ。アイリス」

「…………見てる方の身にもなってよぉ」

「お前こそ、いじめられてるなら言えよ」

「言ったらマイロード、無茶するじゃない」

「俺の許容範囲内でしかしないぞ」

「私の精神的な許容範囲外のことするでしょっ!!」

「そう言われてもなぁ」

「……こほん」


 涙目のアイリスは、こほん、とせきばらいをして、


「我が護衛騎士として、よくぞ戦ってくださいました。ユウキ=グロッサリア」

「いきなり姫君モードになるなよ」

「そのお礼として、我が離宮に招待いたしましょう」

「離宮に? つまり、アイリスの部屋にか?」

「ええ。あなたをお守りするために」


 アイリスはそう言って、胸を押さえて一礼した。


「C級魔術師アレク=キールスに対して、これほどの力を見せてしまったあなたは、しばらくは注目の的となるでしょう。ならば、不測の事態を避けるために、このアイリス=リースティアがあなたを信頼していることを周囲に示すべきかと思いますが、いかがでしょう」

「本音は?」

「…………少しくらい、ふたりっきりで話をしてもいいと思うの」

「了解。少しだけな」

「うんっ! マイロード!!」


 アイリスはそう言って、笑った。


「それから『魔術ギルド』の人の話では、マイロードは巨大ダンジョン『エリュシオン』の探索の権利をもらえるみたいだよ」

「探索の権利?」

「うん。C級魔術師と同じくらいの実力があると、認められたんだって」

探索たんさくって、どこまで?」

「『エリュシオン』第3層まで」

「昔、地上を追われた『聖域教会』の者たちがたてこもったと言われる階層ですわ」


 アイリスの言葉を、オデットが引き継いだ。

 金色の髪を揺らしながら、彼女はアイリスの隣に立って、告げる。


「そこを踏破した者は、C級魔術師と認められるそうです。『聖域教会』の者がそこに立てこもっていたことから、そこには失われた『古代器物』が隠されているといううわさもあります」

「ライルおとーさんと、レミリアおかーさんについて、なにかわかるかもしれないよ?」


 アリスの表情になって、アイリスは言った。


『エリュシオン』の第3層か。

 そこに『古代器物』があるなら、行ってみたいな。


「ともあれ、それも『魔術ギルド』で顔合わせやら手続きを済ませてからになりますけどね」

「私も面倒だけど、しょうがないよね」

「それはいいよ。俺たちはこの時代の人間をやってるんだから」


 俺はそう言って、アイリスの頭をなでた。

 アイリスはなんだかくすぐったそうに目を閉じる。

 その反応を見て、アイリスはやっぱりアリスの転生体なんだなって、今さらながら実感する。


 さてと。

 魔術戦も済んだし、しばらくは大人しくしていよう。

 マーサもレミーも、今回の話を聞きたがるだろうし。


 そうして俺はアイリス、オデットと一緒に、闘技場を後にしたのだった。


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