第39話「護衛騎士魔術戦(1)試合前 アイリスとオデット」
──オデット視点──
「まさかC級魔術師が出てくるとは……完全に予想外でしたわ……!」
オデットは魔術戦の会場に向かって、馬車を走らせていた。
さっき昼の
ユウキの魔術戦は、まだはじまっていないはずだ。
遅れたのは、オデットがぎりぎりまで調査をしていたからだ。
任命式の直前になって、やっとアルビア王女の護衛騎士が、アレク=キールスだとわかった。
結局、それをユウキに伝えることはできなかったのだが。
「普通なら……C級魔術師が護衛騎士になることはないはずですのに……」
アレク=キールスは21歳。
すでに『魔術ギルド』で、それなりの成果を上げている。
巨大ダンジョン『エリュシオン』の攻略も行っているから、本来なら護衛騎士の仕事をこなす余裕などないはずだ。
だが、キールス侯爵家は先日の事件でミスをした。
次男のジルヴァンが『護衛騎士選定試験』で、ユウキたちの妨害をしようとして、見事に失敗したのだ。
しかも事故とはいえ、死霊司教まで呼び出して、試験監督官に攻撃をしかけた。
召喚魔術を使ったのはガイエル=ウォルフガングだが、指示をしたのはジルヴァンだ。
キールス家はその責任を問われることになった。
立場は弱くなり、他の貴族から白い目で見られるのも当然だ。
そこに、サルビア王女が目をつけた。
C級魔術師のアレクがしばらく『魔術ギルド』の仕事を休み、その間、サルビア王女の護衛騎士になるようにと提案した。
キールス侯爵家はそれを受け入れた。
アレクがサルビア王女の護衛騎士になれば、侯爵家は強力な後ろ盾を得ることになる。
他の貴族も、表立ってはキールス侯爵家を非難できなくなる。
ジルヴァンではなく兄のアレクを選んだのは、ユウキとの実力差を示すためだろう。
サルビア王女の目的は、アイリスを見下すことなのだから。
──ここまでがオデットがつてをたどって、手に入れた情報だ。
「まったく、たち悪いですわねっ!」
馬車が停まる。魔術戦の会場に着いたのだ。
オデットは馬車を飛び降り、会場に向かって走り出す。
「お待ち下さい! ここは関係者以外の立ち入りをお断りしております!」
「スレイ家次女、オデット=スレイですわ!」
魔術実験場──別名『
「本日の魔術戦をアイリス殿下とともに観戦する
衛兵に案内され、オデットは長い
ここは『魔術ギルド』が所有している施設のひとつだ。
魔術の訓練や、魔術師同士が技を競うのに使われている。
建物の中央には、広い空間がある。
ギルドの人間は『
今回の魔術戦も、なにも互いが殺し合ったり傷つけ合ったりするわけではない。
決められたルールの元で、勝敗を決める戦いになるはずだ。
そう思いながら、オデットは早足で進み出す。
闘技場のまわりには観客席がある。
数はまばらだ。いるのは『魔術ギルド』の関係者と、キールス侯爵家の人間。さすがにジルヴァン=キールスはいない。
ギルドの研修生もいる。これからオデットたちの仲間になる者たちだ。
闘技場を囲む観客席のうち、西と東に、ふたりの王女用の席が設けられている。
それぞれ、闘技場に一番近い位置だ。
西がサルビア王女。そして東には、アイリスの席があった。
「まだ始まっていないようですわね」
オデットはそう言って、アイリスの隣の席に腰を下ろした。
「……お待ちしておりました。オデット=スレイ」
「遅くなって申し訳ありませんわ。アイリス殿下」
「本日は私の護衛騎士の模擬戦──いえ『魔術戦』に来ていただき、感謝します。どうか、護衛騎士ユウキ=グロッサリアを、一緒に応援してくださいませ」
「ええ。そうさせていただきますわ。殿下」
アイリスとオデット、ふたりの少女はまわりを見回す。
近くの観客席に人はいない。
代わりに衛兵が数人、側に控えている。
アイリスとオデットはうなずきあい、軽く手を振った。
人払いの合図だ。
衛兵たちは少し迷っていたようだったが、王女と公女の指示に従い、その場を離れた。
ふたりは衛兵たちを笑顔で見送り、それから──
「……オデット。どうしよう」
青ざめた顔のアイリスが、オデットを見た。
「私、マイロ……いえ、ユウキさまに申し上げたのに。別にこんなことに付き合う必要はないから、
「たぶん、無茶苦茶怒ってるからだと思いますわ」
「……え」
「アイリス。あなた、サルビア殿下とのことを、ユウキに言いました?」
オデットの問いに、アイリスは首を横に振った。
「わたくしは言いましたわよ。アイリスが10歳の誕生日にプレゼントを壊されたことや、レイチェルお祖母さまの体質を、他の王子王女の前であの方がバラしたことも。それに、わたくしが出した手紙が、時々誰かに開封されていたことなどを、ね」
「オデット!? どうしてそんなことを!?」
「聞かれたんですもの。うちの子がどんな暮らしをしてたか、って」
「ユウキさまが?」
「好き嫌いしてなかったかとか、ウロロ豆は食べられるようになったか、とか。夏にお腹を出して寝る
「教えたの? オデット」
「乙女として、さしさわりのない部分だけですわ」
「でも……サルビア姉さまのことまで言わなくても……」
「あなたが、なにを聞いても『大丈夫』としか言わないからですわ」
びしり、と、オデットは指を突きつけた。
「ユウキが『サルビア殿下がどんな人か』と聞いても『大丈夫。普通の人です』、『本当に魔術戦に出なくてもいいのか』と聞いても『大丈夫。私がなんとかします』……そんな『大丈夫』ばっかりでは、ユウキでなくても心配しますわよ」
「……だって」
アイリスはドレスの
「だってマイロード、無茶するんだもん。家族のためなら、なんだってしちゃう人なんだもん。私が誰かにいじわるされてるなんて言ったら、絶対に無茶しちゃうもん!」
「……ほんっと、お互いのことがわかりすぎてる2人って、面倒ですわね」
「……もしかして私の考えてること……マイロードにばれてた?」
「もちろん。一瞬でばれてましたわ」
オデットはアイリスの手を握った。
「ユウキはちゃんと、あなたが心配してることをわかってますわ。その上で、今回はあなたのために戦うことにしたのです」
「…………うん。わかってる」
「先は長いですわよ。覚悟はいいですの?」
「覚悟?」
「だってユウキにとって、あなたはまだ、小さくて危なっかしくて、ほっとけない子どものままですもの」
「────っ!?」
「わたくしから見たユウキは、生まれた時からあなたを知ってる、年の離れたお兄さんのような感じでしたわ。あのユウキに、あなたへの恋愛感情を持たせるのは大変ですわよー。苦労しますわよー」
「オ、オデット……ひどいよ……」
「それから、ユウキの無茶については、心配しなくていいですわ」
「そうなの?」
「ええ、そのあたりは対策を考えました」
オデットは闘技場の方を見た。
彼女たちから見て左側──南の入場門から、ユウキが姿を現すところだった。
『グレイル商会』特製の、
鎧は儀式用。魔術戦をやるには、ローブの方が動きやすいと言っていたっけ。
手には杖を持っている。
金属製で、腕の半分くらいの長さの杖だ。
「あれが、ユウキさまが設計した杖……?」
「ええ。さすが『グレイル商会』の仕事は確かですわね」
続いて、北側の入場門から、アレク=キールスが現れる。
彼は純白のローブを着ている。彼も杖を手にしている。
杖を使う『古代魔術』の使い手は、意外と多い。
『古代魔術』を発動するには、
一般的には指だけで描くが、杖を持っていた方が描きやすいという者もいる。
逆に杖を持っていると、その重みで描くのが遅くなる、という者もいる。
アレク=キールスは、前者を支持しているのだろう。
ユウキが杖を持っているのは別の理由だ。
このことはオデットとローデリア、それにユウキのメイドと使い魔しか知らない。
「オデット……C級魔術師って、強いよね……」
「とりあえずのわたくしの目標ですわね。C級の資格を取るには、『エリュシオン』の第3階層を回ることが必要となりますわ」
「……ユウキさま。大丈夫でしょうか」
「心配してますの?」
「ええ。ユウキさまが、うっかりやりすぎないか……」
「ご心配なく、ですわ」
オデットはアイリスの耳元に、顔を近づけた。
「そのためにわたくしとユウキは、ここ数日訓練をしていたのです」
「オデット……ずるい。マイロードと一緒なんて」
「我慢なさいな。それで──作戦ですけれど……」
オデットは小声で、ユウキと決めたことをアイリスに伝えた。
「……わかったわ。やってみる」
「はじまりますわよ。アイリス」
黒と白、ふたりの魔術師が、闘技場の中央で向かい合う。
ふたりは頭に飾りのようなものを乗せている。
おそらくあれを奪った者が勝者となるのだろう。
西の席でサルビア王女がこちらを見ている。
遠くて表情は見えないが、たぶん、笑っている。
当たり前だ。
『魔術ギルド』の研修生が、C級魔術師に勝てるわけがないのだから。
「…………マイロード……ううん。ユウキさまは勝ちます」
「……おそらくは」
「でも、ユウキさまが怪我をしたら、私はサルビアを許さない」
アイリスが手に力をこめる。
その手を握り返しながら、オデットは闘技場を見つめていた。
そして、審判役の魔術師が笛を鳴らした。
『魔術ギルド』研修生、ユウキ=グロッサリア。
『魔術ギルド』C級魔術師、アレク=キールス。
ふたりの護衛騎士の、魔術戦のはじまりだった。
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