第34話「商会の秘密と、『マイロードの民』」

 次の日。

 俺はオデットに呼び出され、町に向かって歩いていた。


「今日はユウキを『グレイル商会』に案内して差し上げますわ」

「『グレイル商会』?」

「長い歴史を持つ商会です。『八王戦争』の前から、様々にかたちを変えて続いているのだとか」

「町を案内してくれるのはうれしいけど、どうしてそんなところに?」

「ユウキは地方領ちほうりょうから来たばかりでしょう? 王都の金融事情きんゆうじじょうについて知っておくのは大事なことですわ。魔術師として探索たんさくするうちに、高価なアイテムを手に入れることもありますもの。換金したあとで、お金を宿舎に置きっぱなしというわけにもいかないでしょうに」

「そんなアイテム、めったに手に入るとは思えないんだけど」

「聖剣を抜いた人がなにを言いますか」


 オデットは呆れたように肩をすくめた。


 ここは、宿舎の近くの道。

 俺とオデットは、町に向かって歩いている。


「前に言ったでしょう? 新たな『古代器物』を発見すれば、家の爵位がひとつ上がる。新たな家を建てることもできる、と」

「聖剣は見つけたんじゃなくて、最初からあそこにあったんだが」

「使えないのであれば、ないのと同じですわ。あなたが聖剣の封印を解いたことが公になれば、グロッサリア男爵家の爵位がひとつ上がるかもしれません。ユウキが新たな貴族の家を建てることもできるかもしれませんのよ?」

「そのときのために、王都の金融事情を知っておくべき、ってことか?」

「ユウキは飲み込みが早いですわね」


 オデットは得意そうに鼻を鳴らした。


 たしかに、オデットの言うことも一理ある。


『聖剣リーンカァル』は今のところ、『聖剣の洞窟』に置きっぱなしにしてある。

 俺とアリス以外に、あの剣を抜くことはできないからだ。

 アイリス王女とオデットと話し合った結果、あとでレプリカとすり替えるか、機会を見て封印を解いたことを公表する、ということにしてある。

 オデットが商会行きに誘ってくれたのは、後者を選んだときの対策ってわけだ。


「さすがオデット。頼りになるな」

「…………なっ」

「田舎貴族の俺は、こういうことはわからないからな。オデットがサポートしてくれて助かる。オデットに会えてよかったよ。本当に」

「な、な、なにを恥ずかしいことを言ってますの!?」


 ぽんっ。


「……いきなり背中を叩くなよ公爵令嬢」

「あなたが恥ずかしいことを言うからですわ。まったく……もう」

「感謝の気持ちを伝えただけなんだが」

「貴族はそういうことは直接言いませんの。伝えるときは手紙とか……直接言うときでも、もっとまわりくどい言い方をしますのよ。今度教えて差し上げますから、ちゃんと学びなさいっ!」

「わかった」

「それより、ちゃんと道を覚えなさいな。宿舎から町までの道は結構複雑ですのよ。そのうち宿舎のメイドさんを案内することもあるのでしょうに」

「わかった。最初の橋を渡って貴族門をくぐって、だな」

「そうですわ……あれぇ?」


 不意に、オデットが立ち止まった。

 前方を見ると、石畳の道の向こうに、真っ白な馬車が停まっていた。


「あらあらまぁまぁ。あんなところに馬車が。しかもあれは、王家がお忍びで出かけるときに使うものですわ。まぁ不思議」

「いや、なんでお忍びの馬車をオデットが知ってるんだよ」

「公爵家は王家から分かれた家ですもの。それより、まぁびっくり、あれはアイリス王女殿下ですわ。なんてぐうぜんかしらー」

「偶然じゃないよな?」


 俺とオデットが出かけるのに合わせて、王女殿下がお忍びで外出なんてのは無理がある。

 最初から殿下とオデットが計画してたんだろう。


「……それでは殿下、後ほどお迎えにあがりますぞ」

「ご苦労さまです。バーンズ」

「護衛騎士と、その補助の方がいらっしゃるので大丈夫だとは思いますが……お気を付けて」


 馬車の御者ぎょしゃをやっていたのは、将軍のバーンズさんだった。

 バーンズさんは俺とオデットに手を振って、馬車と一緒に走り去った。


「お待たせしました。ユウキさま。オデット」


 アイリス王女はスカートの裾をつまんで、一礼。

 王女はいつものドレスとは違い、魔術師用のローブを着ていた。


「商会までお供させていただきますね」

「いいんですか? こんなふうに出歩いて」

「『魔術ギルド』の研修生ともなったあとは、普通に外出することもあります。その前に慣れておかなくては」

「殿下も、商会を利用したことはないそうですので、ふたりまとめて社会勉強させて差し上げようと思いましたの」


 オデットは俺に向かって片目をつぶってみせた。


「『魔術ギルド』の研修生は、冒険者のようにクエストを受けることもあるのですわ。金銭的な知識は必要でしょう。殿下も、ユウキも」

「わかりました。お供させていただきます」

「……ユウキさま。あの、敬語は必要ございませんよ?」

「……そうなんですか?」

「町中で『王女殿下』は困りますもの。アイリス、とお呼び下さい」

「わかりました。ではアリ──」

「はい。マイ──」

「いえ、アイリス」

「そ、そうですね。行きましょう、ユウキさま」

「……ふふっ」


 オデットが意味深な笑みを浮かべてるのが気になるんだが……?

 ともかく、俺とアイリス王女、オデットは、町に向かって歩き出したのだった。






「ここが『グレイル商会』ですわ」


 通りに面した建物の前で、オデットは足を止めた。

 目の前にあるのは、大きな建物だった。

 俺が住んでた男爵家だんしゃくけの屋敷よりでかい。高さは3階建てくらい。横幅は、一般家庭が数軒並んだくらいだ。

 正面には両開きの扉。その左右に、よろいを着た警備兵が立っている。


「『グレイル商会』は、国をまたにかけて活動する商会ですわ。どこの国の支店でもお金を預けて、引き出すことができますの。また、商品の流通、販売、他の商会に投資することもありますわ。国が潰れても『グレイル商会』は潰れないとまで言われております」

「……私も、実際に見るのは初めてです」

「王家と関わることはあまりないですからね。それに、王家の子女がここまで来ることはないでしょう。だから、あなたも気づかなかったのですわ。アイリス」


 オデットは正面の扉の上にある看板を指さした。

『グレイル商会』の名前の横に、小さな紋章が描かれていた。コウモリと古城だ。

 ……なんか見覚えがあるな。あの城の形。


「スレイ公爵家のオデット=スレイですわ。総支配人にお会いする約束をしております。ご確認を」

「はっ! うけたまわっております! どうぞこちらに!」


 オデットが言うと、警備兵が扉を開けてくれた。

 俺とアイリスはオデットに続いて、建物の中に入る。


「……なんで総支配人と会うことになってるんだ?」

「んー。重要な件で偉い人と話をしたいと言ったら、こうなりましたの」

「商会を見学する予定じゃなかったのか?」

「見学しますわよ。ただ、その前に偉い人に話を聞くだけですわ」


 オデットは肩をすくめた。


「申し訳ありませんユウキさま。私がオデットにお願いしたのです」

「殿下……いや、アイリスさまが?」

「はい。この商会の紋章に興味があって……そうしたら、最も紋章に詳しいのは商会の総支配人ということになり、このようなことに」

「心配しなくとも、アイリスの名前は出していませんわよ」

「それでこの扱いかよ。すごいな、オデットは」

「たいしたことありませんわ。スレイ公爵家は、『グレイル商会』と昔から取り引きがありますの。わたくしも、金貨500枚くらいは預けてありますもの」

「さすが公爵家。令嬢の資産がそれか……」

「『グレイル商会』同様に、国が傾いても生き残れ、がスレイ公爵家のモットーですので」


 そんな話をしているうちに、俺たちは『グレイル商会』の応接間に通されていた。

 椅子に座り、総支配人が来るのを待つ。

 歓迎されてるのはわかる。悪い話じゃなさそうだ。


「……夢を見たのです。ユウキさま」


 不意に、アイリス王女が口を開いた。


「夢って?」

「ユウキさまとここに来て、一番偉い人と話をするように、と」

「夢の中で言われたんですか?」

「ええ」

「誰に?」

「…………夢の中で父だった人。ライル=カーマインに」


 …………って。


「…………アイリスは……まさか」

「…………よくわからないんです。少し前に熱が出て、それで夢を見るようになって……夢の中のことが本当なのかどうか……でも」


 不意に、アイリス王女が、俺の手を握った。

 俺の指の間に自分の指を滑り込ませる、アリスお得意の握り方で。

 まさか。

 本当にアイリス王女が、あのアリスなのか……?


「お待たせいたしました。『グレイス商会』総支配人ローデリアと申します」


 応接間に入って来たのは、灰色の髪の女性だった。

 ネクタイを締め、ズボン姿で、俺たちの正面に立ち、頭を下げる。


「ごぶさたしております。オデット=スレイさま。こちらのお二人は初対面でしょうか」

「こちらがわたくしの友人、ユウキ=グロッサリア。男爵家の方ですわ。もうお一人が──」

「存じております。アイリス=リースティア王女殿下」

「わかるのですか?」

「王家の方のお顔を熟知していなければ、商会の総支配人は勤まりません。こうして直にご尊顔を拝したこと、光栄に思います」

「い、いえ。こちらこそ、急なお願いを聞いていただき、ありがとうございます」


 まだ、少し混乱してるんだろう。

 俺の手を握ったまま、アイリスは挨拶あいさつを返した。


「はじめまして。俺はユウキ=グロッサリアです。もっとも、俺はここに来た事情がよくわかってないんですが……」

「それについては、私から説明します」


 アイリスが、俺を見た。

 真剣そのものの顔だった。


「ローデリアさまにおうかがいします。あなたがこの『グレイル商会』の総支配人で、商会すべての最高責任者ということで間違いございませんか?」

「その通りでございます。アイリス殿下」

「『グレイル商会』には『八王戦争』以前の記録も残っていると聞きます。あなたはそれをご存じということでよろしいでしょうか?」

「すべて、というわけではありません」


 総支配人ローデリアは、首を横に振った。


「ですが、代々『グレイル商会』の総支配人より、最も重要なことについては引き継いでいると自負しております」

「では申し上げます。子どものたわごと、と、笑い飛ばしても構いません」


 アイリス王女は、すぅ、と息を吸ってから、


「アリス=カーマインと『マイロード』が出会ったら『コウモリと古城』の紋章の場所を訪ねるように、と言われております。そこに言えば『祝福』が得られると。今日はその確認に参りました」

「…………」


 王女の言葉に、商会の総支配人が目を見開いた。


「……どういうことだよ。アリ──いや、アイリス王女」


 俺が聞くと、アイリス王女は小声で、


「……私が見た夢が現実かどうか、確認にまいりました」

「……夢が?」

「はい。あの言葉が真実なら、私の夢は……前世の記憶ということになりますので」

「いや100%前世の記憶で間違いないと思うんだが。ちなみになにを言われた?」

「約束を果たせと」

「……約束」

「はい。もしも未来でお前が『マイロード』に追いついたときのために、持参金を用意してやる。村あげて、全力で、代々語り継いで稼いで貯めて準備する。時が来たら引き出して使え、と」

「待て待て待て待て」


『フィーラ村』の連中、なに考えてる。

 持参金、って、まさかそれは、アリスが嫁に行くときの?

 いや、まさか。200年も経ってるのに。

 ……ありえないだろ。

 そんなのがこの時代まで残ってたら、『フィーラ村』はどんなチート村ってことになるだろ……。


「はい。うけたまわっております」


 けれど支配人ローデリアはあっさりとうなずいた。


「知ってるのか!?」

「もちろん。『グレイス商会』の最も重要な引き継ぎ事項ですので」

「……聞いてもいいか。『グレイス商会』の発祥はっしょうの地って?」

「どこかの山奥の村と聞いております。初代がそこを出て、商売を始めたのだと。当時の風景を忘れないようにコウモリと古城の紋章を使っております」


 極めて丁重に、総支配人ローデリアは言った。


「初代の村には言い伝えがあるそうです」

「言い伝え?」

「はい。『どんなに時が経とうと、我々はマイロードの民である』と。詳しくご説明いたしましょう。どうぞこちらへ」


 彼女は俺とアイリスをうながし、別室へと移動する。

 ちなみにオデットは椅子に座ったまま、ぽかん、と口を開けてる。

 ……彼女にはあとで説明しよう。





 俺たちが案内されたのは『グレイル商会』の地下室だった。

 総支配人ローデリアが2本の鍵で、頑丈そうな鉄の扉を開け、俺たちを手招く。

 扉の向こうには、水晶のような板があった。


「こちらにサインをお願いします」

「この板は?」

「この『グレイル商会』の総支配人が代々守り続けてきた『古代器物』です。恐らくは、オリジナルかと」

「これが、オリジナルですか!?」


 アイリス王女が声をあげた。

 そりゃそうだ。『古代器物』は秘宝中の秘宝で、『魔術ギルド』でさえレプリカしか持ってない。

 これが本当にオリジナルだとすれば、一体どれくらいの価値があるんだ?

 いや、それよりも『フィーラ村』の連中は、これをどこで手に入れた……?


「たいした力はありません。これは、登録した者の筆跡と魔力を認証するだけのものです」


 総支配人ローデリアは、俺に水晶の板を差し出した。


「どうぞ。サインを」

「俺が?」

「そのように言い伝えられております。あなたの、本当の名前と魔力を、と」

「……わかった」


 俺はペンに血を付けて、水晶の板に名前を書いた。



『ディーン=ノスフェラトゥ』



「……ユウキさま…………『マイロード』」


 ぽろん、と、アイリス王女の目から、涙が落ちた。


「…………あれ。おかしい……です。涙が……止まらない……なんで」

「……今のあなたはアイリス=リースティアだろ……いや、ですよね?」

「わかんない……わからない……です。わからないけど……うれしくて」

認証にんしょうされました」


 総支配人ローデリアは言った。

 水晶の板が、青く光っているのが見えた。



「この時を、初代から200年間、待ちがれておりました」


 総支配人の女性、ローデリアは床に膝をついた。


「申し遅れました。『グレイル商会』の総支配人は、大体、初代の子孫が務めることとなっております。我々は代々、父、祖父……ずっと昔よりこの言葉を聞かされております。


『いかなる時が流れようと、国が変わろうと、死の病より我らを救い、我らのために命を落とした「マイロード」こそが我らの主君である』……と。


『グレイル商会』の総支配人ローデリア=クーフィはあなたに忠誠を誓います。そしてお伝えしましょう。マイロードとアリス=カーマインが旅立ったあとのことを……」



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