第2章
第33話「試験完了報告と、王女アイリスの悩み」
──巨大ダンジョン「エリュシオン」の通路にて──
「やはり。
試験官の魔術師デメテルが言ったのは、俺たちが
他の魔術師たちもやってきて、通路の壁をチェックしている。護符というからには魔物避けのアイテムで、通路に張ってあったそれが破壊されたのだろう。俺たちが『聖域教会の司祭』を名乗る上位ゴーストに襲われたのもそのせいだ。
『魔術ギルド』にしか入れない『エリュシオン』で、そんなことができるということは、ギルドの中に破壊工作をしている者がいるということで、それは『聖域教会』のシンパの可能性がある。
俺としては驚くことでもない。
うちにいた家庭教師のカッヘルも、『聖域教会』を称えていた。
『魔術ギルド』に奴の仲間がいたとしても、少しも不思議なことじゃない。面倒な話だけどな。
「少し、話をしてもいいでしょうか。シルヴァン=キールスさま」
「ぼ、僕か?」
「俺たちを襲ったアンデッドについて」
俺が言うと、ジルヴァンがしぶい顔になる。
キールス
ウォルフガング伯爵家が『死霊術師』の家系であることを、魔術師デメテルもバーンズさんも知っていた。今回の事件がガイエルの独断だと考えた彼らに、ジルヴァンは『キールス侯爵家が依頼したこと』と告白した。貴族の誇りのためだそうだけれど、だったら最初から妨害なんかしないで欲しい。
「わかっている……なんでも聞くがいい。僕とガイエルは『魔術ギルド』加入資格を取り消され、裁きを待つ身だ」
ジルヴァン=キールスは肩を落として答えた。
彼の左右には魔術師がいて、逃げないように見張っている。ガイエル=ウォルフガングの方は別の魔術師に治療を受けている。意識が回復したらすぐに、事情を聞くことになっているそうだ。
「単刀直入に聞きます。ジルヴァンさまとガイエルさまは、アンデッドを操って俺とオデット=スレイの試験を妨害する計画だったんですよね?」
「ああ……だが、聖域教会の死霊を呼び出すつもりなんかなかった! 本当だ!!」
「ただスケルトンとゴーストで、足止めをするだけ?」
「そうだ。そのためにガイエルは、伯爵の知人から特別な『古代魔法』を教えてもらったと言っていた。あいつも……こんな結果になることは知らなかったはずだ。知っていたら、僕だってこんなことは頼まなかった……」
ジルヴァン=キールスは絶望した顔で、地面に膝をついた。
「お前たちはすごいよな。聖域教会の死霊を『古代魔術』で倒し、ガイエルも救ってくれた……僕の完敗だ。許してくれ……ユウキ=グロッサリア」
「俺のことはどうでもいいです」
「……そうなのか?」
「それより、その伯爵家の知人について調べてください。それと、今回の試験会場の場所を知っている人間がどれくらいいたかについても。あの『死霊司教』がかつてここで死んだ『聖域教会』の司教だとして、それが上層まで上がってこられるようにしたのは誰か。護符を壊したタイミングで、ガイエルに死霊魔術を使わせようとしたのは誰か……それがきになるんですよ。俺は」
「キールス侯爵家と、ウォルフガング伯爵家の者なら、僕たちの計画を知っている……が」
「ではその伯爵家の知人の名前と、試験について知っている者の名前を、デメテルさまに伝えてください」
「ちょっと待て! お前はなにを言っているのかわかっているのか!?」
ジルヴァン=キールスが顔を上げた。
「お前はキールス侯爵家か、ウォルフガング伯爵家に『聖域教会』の
「わかりませんよ。そんなこと」
「だが! それは侮辱だ!!」
「俺はうちの子が平和に暮らせればそれでいいんです。今の時代になってまで、『聖域教会』がらみのことで面倒事になるのが嫌なんですよ。それだけです」
「ユウキの言う通りですわよ。ジルヴァン=キールス」
オデットが俺とジルヴァンの間に割って入った。
「あなたもわかっているのでしょう? ユウキが死霊司教を倒さなければ、ガイエル=ウォルフガングがあのまま、死霊司教の依り代にされていたかもしれないのですわ」
「……ガイエルが、死霊の依り代に?」
「魔力源として使われ、最後には精神までもが食い尽くされる。同期の仲間をそんな目に遭わせた者を、わたくしは許せません。犯人の手がかりがあるなら、可能な限り共有すべきとは思わなくて?」
「………………君たちが正しい」
ジルヴァン=キールスは魔術師たちに支えられ、ダンジョンの出口へと歩き出した。
犯人捜しは『魔術ギルド』に任せよう。
俺は、アリスの転生体を探さなきゃいけないからな。
「わたくしたちも地上に戻りますわよ」
「アイリス殿下のところに?」
「ええ。殿下にだけは、聖剣のことをお伝えしなくては」
俺とオデットは迎えの魔術師と一緒に、地上へと戻ることにした。
──王都の
「報告は受けています。ユウキさまが、最初に試験をクリアされたと」
ここは、迎賓館の応接間。
俺とオデットはテーブルを挟んで、アイリス王女と向かい合っていた。
「もちろん、事故のこともうかがっております。ガイエル=ウォルフガングが謎の司教の死霊に取り憑かれたことと、ユウキさまとオデットが魔術でそれを倒したことも」
「わたくしは、ほとんどなにもしておりませんわ。死霊を倒したのはユウキです」
「いや、オデットの助けがなければ、もっと時間がかかってた。ガイエルのダメージも大きくなっていたはずだ」
「そもそもユウキが死霊をガイエルから引き剥がさなければ、攻撃することもできませんでしたわ。その評価はゆらぎません。洞窟で話したはずでしょう? ユウキがアイリス殿下の、ただひとりの護衛騎士になる、と」
「それはわかってる。俺はオデットの成果について話をしている。俺を対等の仲間と言ったオデットには正確な評価を与えるべきだと言っているだけだ」
「頭の固い人ですわねユウキは!」
「それはこっちのセリフだ!」
「……こほん」
応接間に、アイリス王女の
横を見ると、なぜが頬をぴくぴくさせて、王女が俺とオデットを見ていた。
「……おふたりとも、ずいぶん仲がよろしいのですね」
「失礼しましたわ。ユウキはもう、アイリス殿下の護衛騎士でしたわね」
「いえ、父上の前で正式に
アイリス王女では口ごもって、うつむいた。
「聖剣については、後ほど、アイリス王女殿下立ち会いのもとで抜いてみたいと思います」
俺は言った。
「その上で、聖剣の扱いをどうするか決めていただければ、と」
「……そう、ですね」
「ただ、俺としてはあまり表沙汰にして欲しくないのです。男爵家の庶子が『古代器物』を手に入れたとなれば、他の貴族の方たちも騒ぐでしょう。その中に『聖域教会』の
「わかりました。『護衛騎士』であるユウキさまのお願いです。この件は極秘といたしましょう」
アイリス王女殿下はうなずいた。
「ただ、重要な件でもありますので、ユウキさまが聖剣を抜くところを確認させてください。その後、私たちだけで聖剣を研究するか、別途研究チームを立ち上げるか決めることといたしましょう」
「承知いたしました」
「……本当に、ユウキさまは……すごい方ですね」
ん?
アイリス王女が、じっと俺の方を見ている。
大きな青い目。かたちのいい唇。耳の形──やっぱり、アリスに似てるな。年齢はアイリス王女の方が、2歳上だけれど。
彼女がアリスの転生体か、確かめる手段はいくつかある。
まずは、血液。
俺の『
アイリス王女がアリスの転生体なら、『魔力血』に似た血が流れている可能性は充分にある。
が……だからといって、王女殿下に血をくださいとは言えない。俺の目の前で怪我させるわけにもいかないし……困ったもんだ。
第2の確認方法は、アイリス王女を聖剣リーンカァルに触れさせることだ。
アリスもあの聖剣で転生している。ゆえに、彼女もあの聖剣の封印を解くことができる。
実はこれが一番てっとり早い。
王女に聖剣を抜くところを確認してもらうのにこだわってるのは、そのためだ。俺が聖剣を抜いて、アイリス王女に触れてもらったところで『
第3の方法は、態度と知識から確かめること。
といっても……俺はアイリス王女に、ライルとレミリア、アリスの名前を教えている。
夢で、とは言ったが、王女殿下がアリスなら、俺の意図は伝わったはずだ。それでも黙っているとしたら……別人か。あるいは記憶がまだ戻ってないのか……。
……あとは、知ってて黙ってる、とか?
前世のことなんか思い出したくない……いや、それはないか。
もしそうなら、そもそも転生する理由がない。
アリスのことだから……こっちの反応を見てよろこんでる可能性もあるんだけどさ。
どっちにしても、面倒だよな。
話している相手が、知り合いの転生体かどうか、確認するのって。
「……どうされましたか。ユウキさま」
「王女殿下のお顔をじろじろ見るのは失礼ですわよ」
「すいません。ちょっと考え事を」
「ユウキさまは王都にいらしたばかりですもの、いろいろ考えてしまうのも無理はありません」
アイリス王女は笑った。
「ですが、すぐに王都にもなじめることと思います。これからユウキさまは、私のたった一人の護衛騎士として、ずっと側にいてくださるのですもの」
「……ユウキ」
オデットが俺を
「……ここはなにか気の利いたセリフを言う場面ですわよ。アイリス殿下は、あなたが護衛騎士に決まったことがうれしくて仕方ないようですから」
「わかった」
気の利いたセリフか。
…………まったく思いつかないんだが。
考えてみれば、俺は前世でずっと村の守り神をやってて、今世でも田舎貴族の次男坊をやってる。社交界に出たこともなければ、騎士なんかやったこともない。本で読んだくらいだ。こういうときの気の利いたセリフ、と言われてもな。
「俺ことユウキ=グロッサリアは、王女殿下をお守りする騎士となり、御身のために労をいとわずお仕えすることをお約束いたします」
「ありがとうございます!」
アイリス殿下は俺の手を握った。
オデットは俺の隣でため息をついて、一言。
「…………ぎりぎり
なんかごめん。
「お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直すことにいたしましょう」
アイリス王女がベルを鳴らすとドアが開き、メイドたちが入って来る。
彼女たちは俺たちの前のカップを下げ、新しいカップにお茶を淹れなおした。小皿には数枚のクッキーが載っている。余ったらこっそり、マーサとレミーに持って帰ろう。
「私は、嬉しかったのです。ユウキさま」
お茶の入ったカップを手に、アイリス王女は言った。
「先日……夢で、私を守るように言われたと、話してくださいましたね」
「そうでしたっけ」
「そうでしたよ?」
「……そうでしたね」
王都に来た翌日のことだ。
王女殿下に呼び出された俺は、ライル、レミリア、アリスが王女の先祖かどうかを聞いた。
結局、3人がアイリス王女の先祖かどうかはわからなかった。
話の流れで、俺は夢で3人から「アイリス王女を守れ」と言われたことにしたんだった。
「……ユウキさまの夢に出てきた方は、ライルさま、レミリアさま……でしたか」
「よく覚えてらっしゃいますね」
「印象的なお話でしたから」
アイリス王女はカップを手にしたまま、俺を見て、
「……たぶん、その方たちは、ユウキさまにとって大切な方たちだったのでしょうね」
静かに、そう言った。
「そうかもしれませんね」
俺は、ゆっくりと、そう答えた。
アイリス王女は、優しい笑みを浮かべた。
「もしかしてその中に、ユウキさまの昔の恋人が……いらっしゃるのでしょうか?」
「それはありません」
「……そうなのですか?」
「恋人はいたことがありません」
「で、でもでも、大事な方くらいはいらっしゃったのではない……でしょうか?」
アイリス王女は俺の王に身を乗り出した。
つん、つんつん。
オデットがまた、俺を肘で突っついてた。
「…………ユウキには、王女殿下のお気持ちがわかりませんの?」
俺の耳元に、ひそひそとささやくオデット。
殿下の気持ち……か。
やっぱりアイリス王女はアリスの転生体で、だから俺、ライル、レミリア、アリスの中で、大事な人間がいるかどうか聞いているんじゃないかと思ったんだが。
でも、オデットのセリフは違った。
「…………あなたは王女殿下の騎士になるのです」
オデットは真剣な目で俺を見て、
「殿下を一番大切にしなければいけない立場なのですわ。殿下はあなたにその覚悟があるか、確かめていらっしゃるのでしょう」
「…………助かる。ありがとう。オデット」
さすがオデット、頼りになる。
アイリス王女がアリスの転生体かどうかは、まだわからない。
今の俺たちの立場は、王女とその騎士候補だ。
ここはそれに応じた回答をするべきだろう。
「もちろん、俺──いや、自分にとって一番大事なのはアイリス=リースティア王女殿下です。たとえ恋人や、かつて思いを寄せた相手がいたとしても、アイリス殿下に勝るものではありません。過去は忘れ、この身は殿下のためにあるのだと自覚しているつもりです」
「………………そうですか」
「あれぇ?」
鈍い反応のアイリス王女と、変な声を出すオデット。
「……ちょっとユウキはここにいなさい」
「え?」
「アイリス殿下……いえ、アイリス。幼なじみとして話をする時間をいただけませんか?」
「え、あ、はい。もちろんです。オデット」
「では、ちょっと別室をお借りいたしますわ。ユウキはここにいなさい。いいですわね。乙女の会話です。聞き耳を立てたりしてはいけませんわよ!」
そう言ってオデットはアイリス王女を連れて、別室へと移動した。
──オデット視点──
ここは
ユウキがいる部屋より少し狭いその場所で、公爵令嬢オデットと、第8王女アイリスは向かい合っていた。
「こうして二人きりで話すのは久しぶりですわね。アイリス殿下」
「『アイリス』と呼んでください。オデット」
「ではお言葉に甘えて……あのですね、アイリス」
オデットは、こほん、とせきばらいしてから。
「さきほどからの態度は、少しおかしいのではなくて? ユウキ=グロッサリアは騎士候補生の試験をクリアして、あなたの騎士になったんですのよ。その騎士が過去は忘れ、あなたを一番大切にすると宣言したのですわ。姫君として、それに祝福を返すべきではなくて」
「……わかっているのです。オデット」
「だったらどうして」
「……このところ、変な夢を見るのです」
「変な夢?」
「数日前に熱が出たことは、オデットにもお話したでしょう? それから、なにか奇妙な夢を見るようになったの」
「どんな夢ですの?」
「私はとある
「ふむ。不死の存在である、と」
「ええ。両親もその方が大好きで、私も、小さい頃からその方が大好きでした。だけど……その方……私は『マイロード』と呼んでいたのですけど……その方は『聖域教会』のせいで、命を落としてしまうのです」
「……妙に具体的な夢ですわね」
「そうですね……。しかも、マイロードを殺したのは、私の父だったの。父はマイロードを殺したことで『聖域教会』に評価されて、聖剣をたまわったのです。でも、研究してみると、その剣には邪悪なものを滅ぼし、善なるものを転生させる効果があったのです」
「わかりましたわ」
オデットは、ぽん、と手を叩いた。
「もしかしてそのマイロードは、黒髪、黒い瞳。ぶっきらぼうだけど優しくて、奇妙な親しみやすさがある方だったのではございませんか?」
「どうしてわかるの!? オデット」
「つまり、ユウキ=グロッサリアにそっくりということですわ。なるほど。な・る・ほ・ど」
「と、とにかく……夢が、すごくはっきりしたもので、まるでもうひとつの現実のようで……しかも、歴史と微妙に一致するところもあるのです」
「と言いますと?」
「『
「ああ、確かにありましたわね。200年前に、
「夢に出てきたのです。2度目に『死紋病』がはやったとき、私が生まれたばかりの妹のために血を与えて……父のライルと母のレミリアが『浄化』の魔術をふたりがかりで使ったという光景が……」
「わかりました。よーく、わかりました」
「わかるのですか!?」
「あなたの夢に出てくる『マイロード』がユウキ=グロッサリアにそっくりで、夢の中のあなたは、その人に恋をしていた。そうですわね?」
「…………え」
ぽっ、と、アイリス王女の顔が赤くなる。
不意に押し寄せてくる熱におどろいたように、彼女は両手で顔をおおった。
「…………は、はい。そうです……」
「わかります。その夢の正体をお教えしましょう」
「ええ、やはりこれは……前世の記憶で……」
「まったく違います。それは恋の病ですわ!!」
びしり、と、オデットは王女殿下を指さして、宣言した。
「アイリス、あなたはユウキに恋をしたのですわ」
「じゃ、じゃあ夢のことはどう説明するの? ユウキさまがおっしゃってた人たちが、夢に出てくるのは?」
「あなたが、ユウキとの恋を運命だと考えたいからでしょう?」
「運命?」
「ええ。あなたはユウキに一目惚れしたのですわ。でも、乙女としての心は彼に恋していても、頭ではどうしてそうなったのか納得していない。だから、彼のことが気になる理由をつくりだしたのです。ユウキから……彼の夢に出てきた人の話を聞いて、同じ夢を見たいと思った。だから、同じ登場人物が夢に出てきたのです」
「それはちょっと違うんじゃないかな!?」
「そうですの?」
「そうです! だって、夢の中の私は──ユウキさまに似た方のことがとても好きで……それで村のみんなに……送り出されたのですから」
「でも、確かめる方法はないのでしょう?」
「……ええ。いえ、あります」
アイリスは机の上から、インク壺とペンを手に取った。
それから羊皮紙を机の上に載せ、ゆっくりとペンを走らせる。
「夢の中の私は……村の人たちに言われたんです。もし、未来で『マイロード』と出会うことがあったら、この紋章を探しなさいって。村のみんなで、未来の私たちの助けになるようにしておくって……だから」
「この紋章は……?」
羊皮紙に描かれていたのは、コウモリを模した紋章だった。
背後には古城の影のようなものが浮かんでいる。
「……この紋章を見つけて、マイロードと一緒に訪ねなさい……って、そう言われたんです」
「ちょっとこの羊皮紙を借りてもよろしいかしら、アイリス」
オデットはアイリスの手を取り、告げた。
「この紋章に見覚えがありますの。夢が事実かどうか、すぐに確かめることができるかもしれません」
「……オデット?」
「ふふっ。楽しくなってきましたわ」
そう言ってオデットは、不敵な笑みを浮かべたのだった。
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