第32話「元魔王、聖剣を抜く」

『あなたは聖剣リーンカァルの使用者として登録されています。マイロード』


『聖剣リーンカァルは封印されています』


 ざりざり、と、嫌な音と供に、聖剣が抜けた。

 聖剣の刃には、真っ赤な錆がついていた。


「『侵食ハッキング』」


 俺は指先に傷をつけ、聖剣の柄に血の粒を置いた。

 魔力を流し込む。

 こいつの『封印』とやらを『侵食ハッキング』する。


 内部魔術──解析開始。

 魔術の構造分析──封印魔術を確認。

 魔力パターン──解析完了。


 なるほど。

 こいつには200年くらい前に死んだ化け物の血がこびりついてて、それが封印になっている。

 その化け物と同じ魔力の持ち主が現れないと、鞘から抜けない仕組みだ。


 刀身にこびりついている、ざらざらとした、乾いた血。

『不死の魔術師』ディーン=ノスフェラトゥと同じ魔力を宿した血液だ。


「こいつ……俺を殺した聖剣かよ」


 俺はさらに『侵食ハッキング』を続ける。

 古い魔力血に、俺の魔力血を浸透──封印を侵食ハック

 聖剣リーンカァルを再起動──成功。

 固有能力を分析──解読。


 この聖剣リーンカァルの能力は──



『邪悪なる者の魂の消滅と、善なる者への転生効果の付与。

 ただし転生の力は使い切っている』



 ……ちょっと待て。

 この剣、俺を刺したよな。でもって、俺はこうして転生した。

 この剣の能力は「刺した相手が良い者だったら、生命を与えて転生させる」だ。 

 それで『不死の魔術師』『吸血鬼の王ヴァンパイアロード』って呼ばれてた俺を転生させたのか? 判定、ガバガバ過ぎねぇか?


 しかもこいつと俺は繋がってる。

 俺の『魔力血』を浴びた状態で封印されたせいで、血が内部までしみこんでるからだ。

 この剣はたぶん、俺ともう1人・・・・にしか使えない。


「まあいい。起きろ。聖剣リーンカァル!!」


 刀身にこびりついていたさびが、吹き飛んだ。

 現れた銀色の刃は……すげぇ見覚えがある。

 あのとき、ライルが泣きながら構えてたからな。


 聖剣なら、あの後ライルがどうなったのか知ってるかもと思ったが、こいつはシステム的なことしか話さない。ただの、意思を持たないマジックアイテムだ。


「ユ、ユウキ!? あなたなにしてますの!? 聖剣を!!」

「オデットが言ったんだろ? 邪悪なものを滅ぼす聖剣だって」

「だからって、引き抜く人がありますか!!」

「ごめん。不注意だった。いますぐ戻す」

「おやめなさい! 戻す人がありますか!!」

「どっちだ」

「あなたが常識外れ過ぎるんですわ! 封印された聖剣を、なんで……」

「話はあとだ。ちょっと死霊司教を消してくる」


 ふたたび『身体強化ブーステッド』2倍をかけて、俺は地面を蹴った。

 消えかけの死霊司教に向かって、剣を振り上げる。

 軽い剣だ。200年前、これを構えてたライルの腕は震えてたのに。


 ……悪かったな。不肖の息子ライル

 あんだけ嫌がってたのに、俺を殺させてしまって、ごめんな。

 あの後、お前たちはどうした? レミリアやアリスと、ケンカしなかったか?

『聖域教会』の奴らからは、王の前で言質取ってたから、殺されたりはしなかっただろう?

 お前たちが幸せだったことを祈ってる。今も、これからも。


『ア、アアアアアアアアア!?』

「どうした。なぜ恐がる? てめぇはこの聖剣が欲しかったんだろう!?」

『ち、違う! これは違う! 我は封印されたこの剣を解析し…………新たなる「古代器物」を作り…………我と仲間の復活を──』

「そっか」


 俺は聖剣を振った。


「じゃあ、身をもって研究させてやるよ。『聖域教会』!!」

『グィギィグワァアアアアアアア!!』


 聖剣リーンカァルの刃が、死霊司教をまっぷたつに切り裂いた。

 当然、刃には俺の血をつけてある。でも、必要なかったか。

『浄化』を発動するまでもなく、死霊司教が蒸発していくから。


「……最後に聞く。『フィーラ村』のライルを知ってるか?」

『…………し、知ラヌ』

「……本当か!? あいつらをいじめたり、殺したりはしてないだろうな!?」

『……ほ、本当ダ! そんな命令は誰も出していない。本当ダ!』

「……そうか」


 俺は聖剣リーンカァルを横薙ぎにした。


「用済みだ! 消えろ!! 発動『浄化』!!」

『ギィヤアアアアアアアアアアアア!!』


 縦斬りと、横斬り。

 十文字に霊体を裂かれた死霊司教が消滅していく。

 やがて、その姿も声も消えて──


 聖剣の洞窟は、また静けさを取り戻した。


「よいしょ」

「ユウキ!? なんで聖剣を元に戻してますの!?」

「いや、勝手に使ったから怒られるかと」

「非常時ですもの。誰も文句なんか言いませんわ。それに、200年近く封印され、誰も調査さえできなかった聖剣が起動したんですのよ。みんな、その理由を知りたがるはずですわ」

「おっとしまった。内緒ないしょだよ」

「……唇に指を当てて、可愛く言っても駄目ですわよ」

「内緒だよ」

「……うぅ」

「ないしょ」

「わ、わかりましたわ!」


 よっしゃ。


「今のわたくしはあなたのパートナーですもの。その秘密は守りますわ」

「ありがと」

「ただし、アイリス王女だけには話した方がいいでしょう」

「……そうなのか?」

「むしろ、彼女にはこのことを話して、味方になってもらった方がいいと思います」

「王女殿下、秘密を守ってくれるかな」

「信じなくてどうしますの。ユウキはこれから、アイリス殿下の護衛騎士になりますのよ」


 ……忘れてた。

『聖域教会』の死霊司教にブチ切れてたから、試験のことが頭から吹っ飛んでた。

 そういえば俺たち、アイリス王女殿下の護衛騎士になるために、この洞窟に来たんだったな。


「聖剣については、わたくしの家にも言い伝えがありますのよ」

「スレイ侯爵家に?」

「ええ、伝説のようなものですけれど」


 オデットは少し、考えるように首をかしげてから、


「あの聖剣はかつて2度しか使われていないそうです。けれど、わたくしのご先祖さまは、いずれ再び聖剣が目覚める、と確信していたようですわ」

「ご先祖さまの名前とか出身地は?」

「そこまではわかりません。『八王戦争』の前のことですもの。ただ……」

「ただ?」

「正しい使い手が現れるまで、この聖剣は誰にも触れさせるべきではない、と書き残したものが残っております」

「正しい使い手って……俺?」

「どうでしょう?」


 オデットの先祖も、この聖剣に関わっていたのか。

 もしかしたら俺と同じ村の出身者かもしれないな。


「ここはひとつ、オデットがアイリス王女の騎士になればいいんじゃないかな」

「どうしてですの?」

「騎士になれば常にアイリス王女の側にいることになるから、色々と便利だ」

「ユウキはどうしますの?」

「オデットの付き人でいいや」

「だーめーでーす」


 にらまれた。


「試験をクリアして、死霊司教を倒したのはユウキなのですよ? わたくしがその功績を奪うなんて、恥知らずな真似はできません!」

「そこをなんとか」

「わたくしは貴族なのです! 公爵家の! 名誉と誇りを重んじるのは当然です!」

「どうしても?」

「……怒りますわよ」


 仕方ない。

 聖剣のことは黙っててくれることになったんだ。

 護衛騎士になるくらいは我慢しよう。





「お、おーい! ユウキどの、オデット=スレイ公爵令嬢! ガイエル=ウォルフガング!! 無事か!!」

「死霊司教は!? 3人とも、怪我はしていないな!?」

「…………ガイエル……無事か…………」


 通路をふさいでいた岩が砕けて、バーンズ将軍、魔術師デメテル、それにジルヴァン=キールスが顔を出した。

 ガイエル=ウォルフガングは、洞窟の岩壁に寄りかかって、気を失ってる。

 どうしてこいつが死霊司教を呼び出したかは、これから調べることになるだろう。


 こうして、俺たちの『アイリス王女殿下、護衛騎士選定試験』は終わり、男爵家庶子、ユウキ=グロッサリアが護衛騎士に任命されることになったんだが──


「……『侵食ハッキング』」


 この場を立ち去る前に、俺はもう一度、聖剣にハッキングをかけた。

 さっきは急いでたから、気づかなかった。

 この聖剣には、使用者の履歴りれきが残っていたんだ。



『聖剣リーンカァル 使用者』


我が主君マイロード:ディーン=ノスフェラトゥ:200年前に使用:転生済』

『一時的使用権者:アリス=カーマイン:199年前に使用:転生済』



 やっぱりな。

 剣の刃についていたのは、俺と、俺に近いものの血液だった。

 それはかつて『魔力血』を与えた、アリス以外のものではありえない。


 わかったことは、いくつかある。

 まず、ライルも『聖域教会』も、この聖剣の効果を知らなかった。知ってたら、ライルがあんなに泣くわけがないし、『聖域教会』が俺にこれを使うはずがない。


 俺を殺したあと、勇者になったライルに、この聖剣が与えられた可能性は考えられる。

 ライルとレミリアが総力を挙げれば、聖剣の使い方を分析できる。あいつら、とんでもなく勉強熱心だったからな。


 そして、アリスはこの聖剣の使い方を理解して、俺と同じ時代に転生した。

 となると……アイリス王女は、アリスの子孫じゃない。


 アリスは俺が死んで1年後に、この聖剣を使ってる。

 その短期間に1年後にアリスが子どもを産むのは無理だ。

 当時のアリスは『死紋病』から回復したばかりだ。体力的にも年齢的にも不可能だろう。


 となるとアイリス王女がアリスに似ているのは偶然か……あるいは彼女自身が、アリスの転生体なのかもしれないな。

 あのとき、レミリアのお腹にはアリスの弟か妹がいた。その子孫がアイリス王女の先祖で、その血筋に、アリスの魂が宿った、というのなら話が早いんだが。

 ただ、そうなるとアイリス王女の祖母の体質について、別の原因を考えなきゃいけないんだが……。


「……ったく、手間のかかる奴だ。うちの子は」


 そもそも、おかしいだろアリス。

 いくら俺が死んだからって、自分まで転生するか?

 200年の年齢差をゼロにでもしようと思ったのか? 失敗するとは思わなかったのかよ。


 ライルとレミリアに見つかってたら止められて……いや。

 あのふたりがアリスを止めるところが想像できない。あのふたりなら、確実に転生できるとわかった時点で、アリスを送り出してるような気がする。


 ライルとレミリアはむちゃくちゃ勉強熱心で優秀だからな。

 仮にあいつらが『古代魔術』と『古代器物』を手に入れていたら、『聖域教会』なんかぶっ壊せてたかもしれない。俺がいた『フィーラ村』は、なんたって識字率100% (ちなみに当時の王都は30%だったらしい)、住人全員が一般魔術をマスターしてた。


 もしもライルが、俺を殺した功績を聖域教会に認められていたら。

 それを利用して『フィーラ村』の連中が、『古代魔術』や『古代器物』の知識を手に入れていたら。

 ──この時代にアリスを送り出すくらい、平気でやらかしそうな気がするよ……。


「お前はこの時代にいるんだな。アリス=カーマイン」


 見つけてやるよ。

 お前がこの時代の誰だったとしても、必ず探し出してやるから、待ってろ。


 





※ ここまでが第1部となります。第2部は近いうちに開始する予定です。

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