第35話「『マイロードの民』たちの記憶と伝承」

「話を整理させてくれ」


 俺は言った。


 アイリス王女がアリスの転生体であること。

『グレイル商会』のローデリア=クーフィが『フィーラ村』の子孫であること。

 そして、村の連中が俺とアリスが出会うことを予想して、準備をしていたこと。


 俺の頭の中に、予想外の情報が一気に入ってきたからだ。


「まず、アイリス王女がアリスの転生体だということはわかった」


 俺の言葉に、アイリス王女はうなずいた。


 敬語はやめた。

 相談の上、俺はこの場では前世の立場で話をすることにしたんだ。


「たぶん、これは間違いないだろう」

「はい。そしてユウキさまは『マイロード』、ディーン=ノスフェラトゥさまの転生体ですよね?」

「そうだけどさ……」


 俺はひたいを押さえた。

 ライルもレミリアもアリスも、なにやらかしてんだよ。

 俺が死んでから1年後にアリスを転生させるとか、ありえないだろ、普通。


「アリスは、痛くなかったのかな」

「……え?」

「転生するには、聖剣で自分の身体を貫く必要があるんだろ。痛くなかったのかな」

「それは……ですね」


 アイリス王女は記憶を探るように、胸に手を当てた。


「……たぶん、痛かったと思います」

「だよな」

「でもその痛みは、『マイロード』が死んだことを知った時の胸の痛みに比べれば、ぜんぜんたいしたことなかったと思います」


 そう言ってアイリス王女は、また、俺の手を握った。

 そんな俺たちをローデリアは、ひざまづいたまま見つめている。

 すごく、うれしそうな顔だ。


「思い出したよ。姓がクーフィってことは、細工師さいくしのゲイツ=クーフィの子孫か」

「さすがマイロード。祖先のことをご存じとは」

「家族のことは忘れねぇよ。そっか、あいつ、計算が得意だったからな。それを子孫に伝えて、こんな商会まで作っちまったのか」


 すげぇな、ゲイツ。

 お前は身体も丈夫だったし、頭の回転も速かった。

 俺からすれば手のかからない子どもだったけど、こんな商会を作るまでになったんだな。

 ……できれば、その過程を見たかったよ。ほめてやりたかった。


「ゲイツの代わりにお前をほめてもいいかな。ローデリア」

「こ、光栄です」

「頭、なでてもいいか?」

「ご存分に」

「えらいえらい。よく、ゲイツの商会を守ってくれたな」


 俺はローデリアの頭をなでた。

 ゲイツは、こうすると喜んでたな。


 あいつ、頭は良かったけど弱気だったから。ライルにレミリアを取られたときも、俺んとこに泣きつきにきたからなぁ。


「それで……アイリス殿下は、俺が死んだあとのことを覚えてるのか?」

「は、はい。私にとっては、一番近い記憶ですから」

「じゃあ、教えてくれるかな。ローデリアは、アリスが聖剣を使ったあとのことを、知ってる限り教えてくれ」

「承知いたしました」

「よいしょ」


 俺は上着を取り、それを座布団ざぶとん代わりにして、地下室の床に腰を下ろした。

 手を振って、ローデリアにも座るように合図する。

 アイリスもローブを脱いで、そのまま──


「俺のひざの上に座ろうとするのはどうかと思うけどな!?」

「す、すいませんっ!?」


 アイリス王女は真っ赤な顔で立ち上がる。


「……あ、あれ? おかしいな。私、そんなつもりじゃなかったのに」

「もしかして、アリスの記憶に引きずられてるのか?」

「は、はい。身体が勝手に」

「…………俺は別にいいけど、どうしようか?」

「…………ふ、普通に座ります。今日は!」


 そう言ってアイリス王女はローブを床に敷き、俺のとなりに座った。

 彼女がアリスだと思うと、なんだか、落ち着かない。

 アリスはいつも、俺の膝の上に座ってたからなぁ……。


「ローデリアさまがご存じなのは、ご先祖さまからの伝承ですよね?」

「はい。ですから、おおざっぱなことしかわかりません」


 ローデリアは俺の方を見て、


「ただ、マイロードのことは、子どもの頃から両親に教えてもらっていました」

「そうなのか?」

「はい。『昔々あるところにマイロードというすごい人がいました』というのは、クーフィ家に伝わる昔話です。最後に『実はクーフィ家はマイロードの臣下なのでした』というところまでがワンセットですね」

「……人のことを昔話にするなよ……」

「私も聞きたいです。そのお話」


 アイリスも口を押さえて笑ってる。


「でも……そうですね。今は、私が聖剣で転生するまでのことをお話しします」


 アイリス王女は膝をそろえて座り直し、胸を押さえて、


 それから彼女は、前世の記憶について話し始めた──





 ──アイリス王女の話──




 マイロードが死んだあと、私はしばらく起き上がれませんでした。

 いいえ……『死紋病しもんびょう』の後遺症こういしょうではありません。

 父──ライルがマイロードを殺したことを聞いてから、私がなにも食べなくなったからです。


 無茶するな……ですか?

 ……そうですよね。おっしゃる通りです。


 でも、そのときの私は、マイロードが本当に死んでしまったと思っていました。

 だから、そのまま私も、マイロードの後を追うつもりだったんです。


 父が悪くないのは、わかっていました。

聖域教会せいいききょうかい』から村を救うには、父がその手でマイロードを殺すしかなかったんですから。

 それがマイロードの意思だということも、わかっていたんです。

 でも……身体が、言うことを聞きませんでした。


 朝起きて、マイロードはもういないんだ、って思ったら、だめでした。

 まるで自分がもう死んでしまって、自分の身体を静かに見下ろしてるような、そんな日々だったんです。


 状況が変わったのは、父ライルが『聖域教会』から『勇者』に任命されてからです。

 父はマイロードを倒した報酬として、聖剣を下賜かしされました。

 それから父ライルと、母レミリアは、協力して聖剣を調べ始めたんです。

 ふたりは言いました。


『研究に協力してくれないか』

『もしかしたら……私たちの予想が、正しければ』

『もういちど、マイロードに会えるかもしれないよ』


 …………と。


 きっかけは……もちろん、マイロードの「またな」というセリフでした。

 だって、マイロードは私たちに嘘はつかないです。「また」と言ってくださったのなら、その手段があるということ。

 それを確かめるために、両親は『聖域教会』に潜り込むことを決めたんです。


 その話を聞いたあと、アリスはベッドから飛び起きました。

 現金ですよね、ほんとに。

 身体は弱っていましたけど、そんなこと、関係ありませんでした。


 私は食事を取るようになりました。もちろん、病後だから、マイロードに言われた通りに、ゆっくりんで、少しずつ飲み込んで──それから急いで、父と母の研究の手伝いをはじめました。


 マイロードのおかげで、私の血も『魔力血ミステル・ブラッド』に近いものになっていましたから。

 それを使えば、研究を効率よく手伝うことができたんです。


 そうして、ライルとレミリアは突き止めました。

 聖剣に『正しきものを転生させる力』があること。

 その力が、あと1回分残っていることを。

 それを使えば、マイロードと同じ時間に転生することができることを。


 父と母は、私に聞きました。


『マイロードに会えるとしたら、どうする』って。


 私は答えました。


『どんなことをしてでも、会いに行きます』って。


 とっくにもう、決めていたんです。

 私自身が聖剣を使って、転生することを。


 両親はそれを認めてくれました。

 しかたなかったと思います。

 ふたりは、マイロードが死んでからなにも食べなくなった私を、ずっと見てきたんですから。

 だから、転生の機会くれようとしたんだと思います。


 その後、第2次『死紋病』が発生したせいで、ちょっと遅れちゃいましたけど、私──アリス=カーマインは無事、聖剣を自分に使いました。

 そして今、こうしてユウキさま……マイロードの隣に座っています。


 そうそう、妹は無事に生まれましたよ?

 マイロード、心配していたでしょう? 『死紋病』が流行中だから、母のお腹の子どもが、無事に生まれるか心配だって。


 ちょっとだけ感染かんせんしていたようだけど、それはアリスの血と、両親がマイロードから教えてもらった『浄化』の力を使ってなんとかしました。

 名前は、ミーアです。かわいい女の子でしたよ。


 私を送り出すとき、両親は言いました。

 未来にマイロードと出会えたら『コウモリと古城』の紋章を訪ねなさい、って。

 そのときは意味がわからなかったけれど、こういうことだったんですね。


 村のひとたちが商会を作って、未来に残す。

 そうして村の遺産を、マイロードに伝える。

 その目印として、『コウモリと古城』の紋章が必要だったんですね。


 それから、マイロードに、両親から伝言をもらってきました。


 父ライルからは──えっと、口汚くてすいません……。



「ふざけんなこのくそロード。人に家族殺しのトラウマを植え付けやがって。責任もって、うちの娘を引き取れ。どうせこいつはお前以外のところには嫁にはいかねーんだから!」


 ──です。



 お母さんのレミリアからは



「……ふふふ。『聖域教会』め。あんたたちのせいで、マイロードがあんな目に……許さない。絶対に許さない。マイロードとアリスが転生する時代にまで『聖域教会』なんか残しておかない。私が生きてるうちに、影も残さず消し去ってやるんだから」


 ──です。


 ……すいません、うちの母もマイロードが大好きだったんで。



 今の私が思い出せるのは、このくらいですね。


 最後に……ユウキさま……マイロード。

 私はまだ、自分がアイリスで……アリスであることに、ちょっと混乱しています。


 でも、この気持ちは本物です。


 会いたかった……すごく……会いたかったです。

 マイロード……ユウキさま……ディーンさま……私の、マイロード。


 ……マイロード…………マイロードの、ばかぁ。


 ……私のいないところで勝手に死んじゃって……私がどれだけ泣いたと思ってるのぉ!?


 ばかぁ、マイロードのばかぁ……でも、会いたかった。すごく……会いたかったよ…………!






 ──ユウキ視点──




 アイリス王女の話は──おしまいの方は涙声になってた。

 結局、彼女はそのまま泣きだして、気がつくと俺の膝の上に顔をうずめてた。


 200年前、アリスが泣くとき、いつもそうしていたように。


「……泣くなよアリス。いや……アイリス。今のお前はお姫さまだろ?」

「う、うるさいもん。今の私はアリスだもん……」

「ローデリアに笑われるぞ?」

「いいもん。ローデリアさんだって涙ぐんでるから……」


 そうだった。

 さっきからローデリアも、ハンカチで涙をぬぐってる。

 彼女にしてみれば自分の祖先の話で、ずっと聞かされてきた伝説についての話だ。

 涙ぐむのも無理ないか。


「ここからは、私が代々聞いていたお話になります。言い伝えなので、ぼんやりしたところがあるのは……お許し下さい」


 ローデリアは深呼吸して、それから、語り始めた。


「アリス=カーマインが旅立ったあと、『フィーラ村』は2つのグループに分かれたとされています」

「2つのグループ? 仲違いでもしたのか?」

「いいえ。あの村はとても仲良しでした。ただ、目的が違ってただけです」

「目的」

「はい。『転生するマイロードとアリスのために資産を作ろう』グループと、『聖域教会に潜入せんにゅうして、内側からぶっこわそう』グループ、ですね」

「……まじか」

「まじです。両親は『商人派』と『潜入派』と呼んでいましたが」

「じゃあ、ローデリアが総支配人やってる『グレイル商会』は、ゲイルひとりで作ったわけじゃなくて……」

「はい。この商会は『フィーラ村』の商才に長けた者たちが共同で作りはじめたそうです。いつマイロードとアリスが転生しても、お世話ができるように。

 ライルとレミリアをはじめとする『潜入派』は『聖域教会』に従うふりをしながら、高い地位へと成り上がっていきました。この『認証用の古代器物』も、彼らから先祖の手に渡ったものです」

「……疑問があるんだが」


 俺は手を挙げ、ローデリアの話を止めた。


「というより、無理がある。ゲイルたち『商人派』が商会を作るのはまだわかるんだ。商売なんてのは時の運もあるし、時流に乗れば成果を上げるのは可能だろう。だが、『潜入派』って、そう簡単に『聖域教会』に入って成り上がれるもんか? 『聖域教会』だって──性格とか考え方は別として──優秀な人材が揃ってたはずだろ?」

「……ふふっ」

「変なこと言ったか?」

「いいえ。うれしいのです。マイロードが、語り継がれてきた通りの方で」


 ローデリアは笑いながら、アイリスの方を見た。


「ですよね。アイリス殿下」

「はい。まったく、マイロードは自分のすごさを知らないと思います」


 アイリスは涙をぬぐいながら、言った。

 いつの間にか俺の膝の上を占領することにしたようだけど。


「マイロードは『死紋病』から『フィーラ村』を救ってくれましたよね?」

「それだけではありませんよ。マイロードが『フィーラ村』に来てから150年の間、村ではただ一人の餓死者がししゃも出していないらしいのですよ?」


 アイリス王女のセリフを、ローデリアが引き継いだ。


「これは言い伝えですけれど、マイロードは病気の子どもたちを『浄化』能力で助けてくださっていたのですよね。そのおかげで、『フィーラ村』では子どもの死者はほとんどいなかったそうです。まわりの魔物はマイロードと使い魔が退治してくれるので、村人が襲われることもありません。つまり、村人が落ち着いて生活できて、天寿をまっとうできたのです」

「たぶん……現在でも、そんな村はあまりないと思いますよ? ユウキさま」


「そうなのか?」


 俺の言葉に、こくこくこく、とうなずくローデリアとアイリス。


「そもそもマイロードは魔術の研究成果とか、農耕や狩りの技術とか、魔物の倒し方とかを、村人に教えてくださっていたそうですね」

「ああ。他人に教えられなきゃ理解したことにならないからな」


「村人が天寿をまっとうできるということは、その知識が次の世代に確実に伝わるということですよね?

 しかも、当時の王都の識字率しきじりつが30%のところ、『フィーラ村』では100%でした。その全員が、150年の間『不死の魔術師』であるマイロードの教育を受け続けてきたのです。

 その果てに生まれたのが、ライルとレミリアという天才です」


 ローデリアは、にやりと笑って、


「つまり『フィーラ村』には、『聖域教会』の司祭や神官なんかより優秀な人材が、ごろごろいたんですよ」

「その中でもとびきり優秀だった父と母が『古代器物』と『古代魔術』の知識を手に入れたら、どうなると思います?」


 努力の天才のライルと、天然の天才のレミリア。

 あいつらが『古代器物』と『古代魔術』の知識を手に入れたら──


「……相当やばいことになりそうだな」

「その上、マイロードの死が2人に『聖域教会』のふところに入り込む機会をくれたんです。父と母が、それを無駄にするはずがありません」

「そもそもライルたちって、聖剣の秘密も1年足らずで解析したらしいからな……」


 俺はローデリアの方を見た。


「あいつらが『聖域教会』に潜入したあとどうなったのかってのは、『言い伝え』には残ってないのか?」

「残念ながら」


 ローデリアは首を横に振った。


「その後の戦乱が起きてからは『潜入派』と連絡が取れなくなったそうです」

「……しょうがないか。200年前だもんな」


 ライルとレミリアなら、確実に『聖域教会』を内部崩壊ないぶほうかいさせたかもしれない。

 しかも『聖域教会』の方はライルたちを警戒してない。


 教会の司祭たちにとっては、ライルは邪悪な『不死の魔術師』を殺した英雄だ。だから聖剣も与えて、『聖域教会』に迎え入れた。

 そんな無警戒な相手を、ライルたちがぶっつぶそうとしたなら……。


 だめだこりゃ。『聖域教会』に勝ち目ないな。うん。


「……もしかしてこれが、聖域教会がほろんだ原因のひとつなのか……?」


 詳しいことは、今はわからない。

 でも……ライル、レミリア……お前ら無茶しすぎだろ。

 転生したアリスは別として、娘のミーアはどうなったんだよ。

 無事にこの世代まで血を繋いでるんだろうな。無茶して、血が絶えてたら承知しねぇぞ。


 ……ったく。

 ひとがせっかく平和的に死んだってのに。だいなしじゃねぇか。


「というわけで、私の話はこれくらいです」


 そう言って、ローデリアは話をしめくくった。


「本当は商会の成り立ちについてもお話したいのですが……アイリス殿下をあまり長時間、お引き留めするわけにもいきませんからね」

「ローデリアには後で俺の使い魔をやるよ」

「使い魔を? もしかして、コウモリですか?」

「ああ。今世でも使ってる。『コウモリと古城』の商会の総支配人なら、コウモリが側にいても違和感はないだろ。使い魔には簡単に事情を話しておく。俺との連絡役に使ってくれ」

「かしこまりました」


 ローデリアはまた、俺にむかってひざまづいた。


「『グレイル商会』とローデリア=クーフィは、今世でのマイロードの生活について、全面的にバックアップさせていただきます。金銭のご入り用、生活の不都合などありましたら、なんなりとお申し付けください」

「頼りにしてる。それからアイリス……殿下」

「は、はい!」

「殿下にも、俺の使い魔をやっても大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶです! だいじょうぶにします! 絶対に!!」

「わかった。じゃあ連絡役としてあとで差し向ける。屋敷と、部屋の場所を教えてくれ」

「あ、あの! ユウキさま!!」


 不意にアイリス王女が、俺の手を取った。


「……アリスとの約束は……どうなりますか?」

「約束……って、あれ?」

「はい。あれです」

「『死紋病しもんびょう』の治療ちりょうをしてたときのやつか」

「わざと具体的な言葉を避けてませんか?」

「大人になったら、アリスを俺の嫁にする、だろ?」


 ぼっ。


 アイリス王女の顔が真っ赤になった。


「は、はい……そうです」

「でも、まだ大人になってないよな?」

「200年も経ったのですからいいんじゃないでしょうか?」

「アリスはそれでよくても、アイリス王女の気持ちは?」

「……アイリスは……オデットの言う通り…………2度も助けてくださったユウキさまに、一目惚れしていると思います……」

「まぁいいか。どのみちアリスの子孫を生涯しょうがい守るつもりではいたし、転生したアリスならなおさらだ。ずっとそばにいて守るなら、嫁にした方が早いよな」

「軽っ! 軽いですよユウキさま! いえ……生涯しょうがい守ってくださるというお言葉はうれしいですけど」

「いや、だって俺、アリスの祖父母のおしめを替えたこともあるんだよ? その子孫に対して、すぐにそういう気持ちになれと言われても困るんだよ」

「それは不死のマイロードならではのお言葉ですね……」


 俺とアイリス王女は首をかしげた。

 それから顔を見合わせて、き出した。


 まぁ、急ぐこともないよな。

 俺はアリスと再会したばかり、アイリス王女は、前世の記憶を取り戻したばかりだ。

 ユウキ=グロッサリアは13歳だし、これから「そういう気持ち」にならないとも限らない。

 時間はあるんだ。ゆっくりいこう。


「王家のならわしとしては、アイリス殿下が嫁ぐことができるのは15歳からとなりますね」


 俺たちのやりとりを見ていたローデリアが、ふと、つぶやいた。


「それと王家の者は、たとえ側室の子女であろうとも、嫁ぐ相手は他国の王家か、国内であれば侯爵家こうしゃくけ以上となります。となれば、我々『グレイル商会』は全力で駆け落ちの用意をいたしましょう!」

「それは最終手段だな」


 俺は言った。


「どうせ俺たちはこれから『魔術ギルド』に通うことになる。そこで『古代器物』を見つければ、爵位しゃくいがひとつ上がるんだろう?」

「……ユウキさま……いえ、マイロードは、まさか……?」

「聖剣の封印を解いたのが功績のひとつに数えられるなら、グロッサリア男爵家はすでに子爵ししゃくい位の権利を得てる。あとふたつだ。そんな面倒な話でもないだろ」


 それに、『古代器物』はライルとレミリアの遺産のようなものだ。

 あいつらが『聖域教会』をぶっつぶして、散逸さんいつさせたとしたなら、だけどな。


 見つけ出してやるよ。ライル、レミリア。

 あと、アリスの妹のミーアがどうなったのかも気になるからな。


「たったふたつだ。『古代器物』とはいえ、運が良ければ見つけ出せるだろ」

「はい。マイロード!」

「さてと、オデットをずいぶん待たせちゃったな。怒ってないといいけど」

「大丈夫です。我が商会が全力を挙げて、おもてなしをしております」

「……オデットは甘いお菓子に目がないですからね」

「さすが有能だな。『グレイル商会』


 そんなわけで、俺はアリスと、村の子孫との再会を果たした。

 あとは『古代器物』を集めて、ライルの足跡をたどってみよう。


 泣き虫ライルがどんな無茶をやらかしたのか、確かめてやらないとな。

 俺は『フィーラ村』の守り神、ディーン=ノスフェラトゥなんだから。

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