第22話「元魔王、昔の夢を見る」

 兄さまの問題が解決して気が抜けたせいか、久しぶりに夢を見た。

 前世の夢だ。

 俺がまだディーン=ノスフェラトゥだった頃。

 あの古城で、子どもたちに勉強を教えていた時のことを──



────────────────────




「まいろーどっ!!」

「ライル。お前、まだ残ってたのかよ」

「うんっ!」


 8歳のライル=カーマインは、笑いながらうなずいた。


 ここは、古城の一番奥の間。子どもたち向けの教室だ。

 村の連中は冗談で『玉座ぎょくざ』って呼んでる。


 確かに、それっぽい椅子はある。何代か前の村人が、冗談で作ってくれた奴だ。だいぶへたれてきてるけど、15年ごとに補修して使ってる。


 床の上には書写板しょしゃばんが転がってる。

 さっきまで、村の子どもたちが字の練習と、計算問題をしてたからだ。


 朝になるとこの古城に、4歳から13歳くらいの子どもがやってきて勉強をしていく。帰るのはだいたい日暮れ前だ。

 教室と言えば聞こえはいいけど、半分くらいは子守こもりの部屋だ。

 俺はいつも大きい子に勉強をさせながら、小さい子の面倒を見てる。

 そもそも4歳の子どもに勉強教えるのは無理だろ。

 100年以上やってきたけど、その年齢からまともに勉強しようとしてたのはレミリアくらいだぞ。まったく。


「それで、お前はなんでここにいるんだ。ライル」

「べんきょーをおしえてください、まいろーどっ!!」

「今日はもう遅い。明日にしろ」

「やだっ!」

「……あのなぁ」


 ライルはディックとゲルダの一人息子だ。

 この年齢にしてはちっちゃい方で、運動よりも勉強が好き。

 ただ、物覚えはあんまりよくない。


 ライルが書いた書写板を見ると……ああ、文法と計算のミスが多いな。

 あわてんぼだからな、ライルは。

 もうちょっと落ち着いて書け、って言ってるんだけどな。


「外を見ろ、ライル」

「暗いね! まいろーど!」

「夕方のかねが鳴ったのは聞こえただろ」

「聞こえたよ。まいろーど!」

「じゃあ、お前がするべきなのはなんだ?」

「勉強を教わることっ!」

「ちーがーう! さっさと家に帰れって言ってんだ! 暗くなるだろ!?」

「この辺の山道は魔物が出ないからだいじょうぶだ!」

「そりゃ俺と村の連中が定期的に駆除くじょしてるからだよ」

「ありがとうございます! まいろーど!」

「礼はいいからさっさと帰れ。送ってやる」

「えー」

「かーえーれっ!」

「いたいいたい! 頭をぐりぐりするといたいよー!」


 と言いつつ、笑ってるじゃねぇか。

 まったく、ほんと、人間ってのはわからない。

 俺みたいな『化け物ノスフェラトゥ』に懐いてきたり、笑ったり。

 200年近く生きてるけど、いまだに人間の生態は不明だ。


「だいたい、どうしてそんなに勉強したいんだ?」

「みんなより遅れてるからー」

「別に競争してるわけじゃないだろ?」

「うー。だ、だって」


 ライルのほおが赤くなる。

 しゃがみこみ、書写板を突っつきはじめる。


「レミリアの書写板がどうかしたのか!?」

「ちがうー! レミリアのことなんか好きじゃない!」

「はぁ?」

「レミリアが『頭のいい人が好き』って言ったのなんか関係ない! 『村長の奥さんになりたい』って言ったのなんか関係ない! ないんだからなっ!!」

「なるほどお前はレミリアと結婚したいのか!」

「やめろー!」


 ぽこぽこぽこ。


 叩くな。痛くないけど。

 だから叩くな……って、叩きながら泣くな。

 ……ったく。


「今日はもう遅いから帰れ。これは決定だ」

「……うー」

「代わりに、明日から朝、30分早めに来い」


 ライルが、はっ、と、俺を見た。

 いつの間にか涙が止まってる。現金な奴だ。


「ディックとゲルダには、俺が掃除の手伝いを頼んだ、とでも言っておけ。他の子どもが来る前に勉強を教えてやるよ」

「……まいろーど」

「ただなぁ。レミリアは俺が教えた中でもとびきり優秀だぞ。あいつをれさせるには相当な苦労が……っ!? だからるな!」


 ……そんなこともあったな。

 遅くなったから山のふもとまで俺が送って、それから──


「おはよーございます! まいろーど!!」

「30分前と言っただろ!? なんで夜明け直後に来る!!」


 人間ってほんとよくわからん。




────────────────────





「わたし、ライルと結婚することにしました」


 レミリアがそんな報告をしに来たのは、それから数年後のこと。

 ちなみに彼女の結婚宣言は、村の男どもを絶望の淵に叩き込んだ。

 田舎の村にはもったいないくらいの美少女だったからな、レミリアは。


「だから、記念に拘束こうそく用の魔術を教えてください。『我が主君マイロード』」

「なんでそうなる!? なんに使う気だお前は」

「大丈夫です! ライル以外には使いません!」

「新婚の旦那になにする気だよ」

「……だって、ライルってもてるじゃないですか」


 そうかなぁ。

 村の子どもであいつを好きなのって、結局、お前だけじゃなかったか?


「ライルはかっこよくて、努力家で、責任感も強くて、とっても素直ですよ! あのライルを好きにならない女の子なんているはずないじゃないですか!!」

「そうかなぁ」

「……訂正をお願いします。マイロード」

「……まぁ、とりあえずお似合いの2人だとは思うが」

「やっぱり『我が主君マイロード』は見る目がありますね!」

「こっちに指先向けるのやめろ。詠唱えいしょうの準備すんな。それは脅迫きょうはくだ」

「だってライルのすごさがわかるのって、『我が主君マイロード』だけなんですもん」

「あいつがお前に気に入られるために努力してたのは知ってる」

「ですよねー」

「でもさ、昔からライルが好きだったのに、どうしてお前は色々条件つけてたんだ。村長になれとか、村一番の魔術の使い手になれとか」

「え? だって素直に努力するライルって可愛いじゃないですか?」

「……人間の女って怖ぇな」

「結婚したら、子どもがたくさんできるように努力してもらう予定です」

「ほどほどにしろよ」

「ライルが体調を崩したら、よろしくお願いしますね」

「結婚前から俺を頼るの前提にするな!」


 しょうがねぇなぁ。

 俺はレミリアを待たせておいて、倉庫から薬草を持ってきた。


「これ。滋養強壮じようきょうそうに効く『ハーメスの草』の根をせんじた奴だ。使用は1日1回までな」

「大好きです『我が主君マイロード』!!」

「はいはい」

「お礼に、ライルと私がプレゼントをあげようと思います」

「プレゼント?」

「ライルはマイロードのこと、大好きです」

「らしいな」

「私ももちろん大好きです。つまり『フィーラ村』の『マイロード好き好きランキング』1位と2位が結婚するわけです。どうなると思いますか?」

「知らねぇよ」

「なんと、世界一マイロードを好きな子どもが生まれて、マイロードのお嫁さんになるんです!」

「無茶言うな!」

「どうしてですか?」

「だってお前たち、俺より先に死ぬじゃねぇか」

「……だからずっとおひとりなんですか?」

「お前らの両親が死んだときも、結構きつかったからなぁ。これが嫁さんだったらどうなるか」

「大丈夫です!」

「なにがだ」

「私とライルは、子どもをたくさん作ろうと思ってますから」


 照れくさそうに笑うレミリア。


「そしたら、1人くらいは不老不死になって、主君ロードとずっと一緒にいられる子どもができるかもしれないじゃないですか」

「どんな確率だよそれは」

「見ててください。私、がんばります!」

「まぁ、ライルが死なない程度にしとけ。それと……」


 俺はレミリアの手のひらに、石を載せた。

 魔力の蓄積ちくせき効果がある『ラピリスの石』を、俺がみがいた奴だ。

 純度が高い奴を見つけるのは、結構大変だった。


「結婚祝いだ。幸せになれよ。レミリア」

「はいっ! 『我が主君マイロード』!!」




────────────




「はぁ……はぁ…………マイロード……」

「大丈夫だアリス。お前は死なない」


 それからさらに、数年後。

 ここは古城にある、俺の自室。

 ベッドで横になってるのは、ライルとレミリアの娘、アリスだ。


 この頃は、『死紋病しもんびょう』の流行のまっさかりだった。


 王都での使者は増え続けていた。

 だから、村の連中には王都や、その近くの村には行かないように言っていたのだけど──油断した。向こうから来る奴は止められなかった。伝令とか、使者とか。


 村の感染者は数人。

 症状しょうじょうの軽い者は、奥の『玉座の間』で寝かせてある。

 だけどアリスはまだ熱が下がらない。

 感染すると浮き出てくる『死の紋』も消えない。だから、俺がこうしてつきっきりで様子を見ている。


 処置はした。

 アリスには俺の『魔力血ミステル・ブラッド』を与えて、『浄化じょうか』の力を使い続けてる。

 とうげは越えた。アリスは助かる──はずだ。

 あとは時間の問題……くそ。何度も同じ言葉を繰り返してるな、俺は。

 200年近く生きてるくせに、こういう時に考えることはいつも同じか。成長しねぇな。


「ねぇ……マイロード」

「寝てろ。アリス」

「どうして、苦しそうなの?」

「……はぁ?」

「マイロードは不老不死なんだよね? でも、アリスが死にかけてから、マイロードはずっと苦しそう。どうして……?」

「……こういうのは嫌なんだよ」

「……こういうの?」

「身近な人間が若いまま死んでくってのは、どうしても慣れねぇんだ。死なない自分がズルしてるみたいでな。それだけだよ」

「そう……なんだ」


 ころん、と、ベッドのアリスが寝返りを打った。

 大きな目を細めて、じっとこっちを見てる。


「じゃあアリス、がんばります」

「ああ、その意気だ。浄化は進んでるから、もう少しで楽になる。がんばれ」

「がんばったら、ごほうびくれますか?」

「いいぞ」

「じゃあ、大人になったらマイロードのお嫁さんにして」

「はいはい」

「……マイロードのばかぁ」

「なんだよいきなり」

「乙女の告白に、その返事はないよ」

「そういうのは元気になったら聞いてやるよ」

「ちなみにお嫁さんというのは、アリスが『アリス=ノスフェラトゥ』になって、一生マイロードと一緒にいるという意味です」

「……お前が大人になったら、考えてやる」

「……マイロード、みんなにそう言ってない?」

「こわいなお前」

「どーせ大人になったら忘れる、とか思ってない?」

「『不死のロード=オブ=魔術師ノスフェラトゥ』の心を読むな」

「思ってるんじゃないかぁ……」

「俺と人間とでは、流れる時間が違うからなぁ。未来のお前に、今のお前の責任を取らせる気はねぇよ」

「むむ。なら、勝負」

「勝負?」

「アリスは大人になっても、ずっとずーっとこの気持ちを忘れない。だから、忘れなかったらお嫁さんにして」

「いいけどさぁ。そうなったらライルんちは誰が継ぐんだよ」

「お母さんのお腹にはふたりめがいるから大丈夫だよー」

「ライルは『ハーメスの草』を使いすぎなんだよなぁ……」

「まだ若いから平気」

「お前が言うな。あと、子どもが言うな」

「うちはそのあたり、オープンですから」

「わかったわかった。もう寝ろ」

「……うん」


 頭をなでてやると、アリスは素直に目を閉じた。

 これが、俺が死ぬ少し前のこと。


 その後──ライルとレミリアとアリスがどうなったのか、俺は知らない。

 知らないはず……だ。


 だけど──




 ざざ、ざざざっ。




 奇妙な雑音ノイズが聞こえた。

 石畳を爪で引っ掻くような音。

 その向こうから、かすかな声が聞こえる。なんだ……これ。


 これは──誰の記憶だ・・・・・



「オレは……オレはこの手で……自分の家族を……『我が主君マイロード』を……」


「…………『我が主君』は……『またな』って……だからきっと……いつか」


「……あなたは…………私たちの…………願いは…………」


「────勇者────よ。貴公を────に────任ずる」


「────大丈夫────なら、わかるよ」


「────どんなに時間がたっても──待ってる──だから──」





「いつかまた────」




 ぶつん。





「……あれ?」


 気がつくと、俺は──男爵家の自室のベッドにいた。

 ……夢、見てたな。遠い昔の……。


 最後に声が聞こえた。ライルとレミリア、そしてアリス。

 ひとり、知らない人間の声も混ざっていた。


 俺の記憶じゃない。たぶん、この200年の間にあったことだ。

 その間にライルたちが話していたこと……か。

 だとすると、それを俺に伝えてきたのは……誰だ?


 わからない。

 そもそも俺が転生した理由も不明だからな。考えても仕方がない。

 でも……ライルの奴……俺を殺したこと、気にしてたな。

 あれが実際にあいつの声だったとしたら、俺の死後、ライルたちはなにをしたんだ……?


「どうしました? ユウキさま」

「……昔の……いや、不思議な夢を見た」

「ぜひとも教えてください。ユウキさま」

「それよりもマーサ、なんで俺の部屋にいる?」

「明日、王都に出発されるのでしょう? その前にいろいろすることがあるから、早めに起こすようにとおっしゃってたじゃないですか」


 そうだった。

 結局、ゼロス兄さまは『魔術ギルド』の試験を棄権きけんしたんだった。

 代わりに俺が、王都に行ってギルドの教育機関に入ることになったんだ。


「ありがと、マーサ。もう起きるよ」

「それより、どんな夢をごらんになってたのですか?」

「…………覚えてない」


 マーサには悪いけど、そういうことにしておこう。


「残念です」

「なんでだよ」

「夢を分析することで、ユウキさまによりよくお仕えする手がかりにしようと思ったのですが」

「これ以上はいいよ。悪い、着替え手伝って」

「はい。ユウキさま」


 さてと。

 これから俺は王都の『魔術ギルド』で『古代魔術』を学ぶことになる。

 そこで……ライルたちの消息がわかればいいんだが。

 正体がばれないように注意して、いつでも消えられるように準備もしておこう。


 死んで消えると……泣くからな、人間は。

 素直に、ただ、行方不明になったって感じで片付くように。


「じゃあ、行くか」

「はい、ユウキさま」


 そうして俺は、屋敷の部屋を出た。

 王都に出発するのは明日だ。今日のうちに、できることをしておこう。

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