第21話「元魔王、兄の誓いを受け入れる」
翌日。
俺はゼロス兄さまに自室へと呼び出された。
「来たか。ユウキ」
「なつかしいな。俺がこの部屋に来るのは3年ぶりくらいか」
ずいぶん変わったな。
前は領地の地図や、この地方の物語を書いた本なんかがあったけど、今は『魔術ギルド』や試験内容についての資料ばかりだ。
ゼロス兄さまは机の向こうで、窓を背にして座ってる。
逆光になってるせいで、どんな顔をしているのかはわからない。
「僕は、お前に確認したいことがある。だから来てもらった」
「俺が本当に『不死の魔術師』の生まれ変わりかどうか?」
「それはどうでもいい」
「どうでもいいのか?」
「お前が何者であっても、僕はお前の秘密を守るつもりでいる。お前はそれを信じるか」
「信じるよ」
「どうして」
「兄さまはプライド高いからな。真面目だし、言ったことは守るだろ」
「本気で言ってるのか?」
「そうだけど?」
「……そうか」
兄さまは肩を落として、はぁ、とため息をついた。
「お前はすごいな。ユウキ」
「なんだよ急に」
「僕はずっとお前が苦手だった。庶子だから、同じ母親の血を引いていないから、だから苦手なんだと思ってた。けど、違ったよ。僕はお前には決して敵わない。それがわかってたから苦手だったんだな……」
「そんなたいしたものじゃないよ、俺は」
「ユウキ。これを」
ゼロス兄さまは机の
鞘を払い、刀身を引き抜き、その切っ先を自分に向けて──って、なんで俺に差し出す?
「これは誓いだ。ゼロス=グロッサリアはなにがあってもお前の味方でいる。疑うのなら剣を押して、僕の命を奪うがいい」
「いや、ここで騎士の誓いをされても」
「これはけじめだ。ユウキ。僕はお前に救われた。その借りは返す」
「兄さま、まじめすぎませんかね」
「しょうがないだろ性分なんだから」
そもそもゼロス兄さまは悪くない。
兄さまはあのアミュレットを通して、教師カッヘルの影響をずっと受けていた。
俺にあれこれ言ってたのもそのせいだ。
──って、言ったんだけど。
「いや、けじめだからな」
「困った人だな!」
──ったく。
兄さまはまじめすぎるんだ。思い込んだら止まらないくせに、変なところで家族思い。
ほんと、困る。
これだから、人間って、ほっとけないんだ。
「ユウキ=グロッサリアはゼロス=グロッサリアの誓いを受け入れる。俺の味方になるという、兄の誓いを受け入れる。これでいいだろ」
「これでも、僕の借りの方が大きいんだが」
「そのまじめすぎる性格、なんとかした方がいいぞ。兄さま」
「いや、男爵家の嫡子として、僕はもっとしっかりしなければ」
「そういうとこだぞ。兄さま」
「……お前の言うことはよくわからないよ。ユウキ」
兄さまは首をかしげて、笑った。
そんな話をしていると、ノックの音がした。
本館のメイドが、昼食の支度ができたことを告げに来たんだ。
「お前も本館で食べていけ、ユウキ」
「いや、マーサが待ってるから」
「2回食えばいいだろう。育ち盛りなんだから」
「無茶言うなよ、兄さま」
俺たちは連れだって、部屋を出た。
ぱさっ。
音がした。
見ると、廊下の向こうに、ルーミアが立っていた。
落とした本を気にもせず、俺とゼロス兄さまを見つめている。
「ユウキ兄さまと……ゼロス兄さまが……仲良くなってる」
「ルーミア?」
「今までご心配をかけたね。ルーミア。僕とユウキはこの通り……」
「こんなの見るの何年ぶりだろ……う、うれしい。うれしいよぅ」
ルーミアの目から、涙がこぼれ落ちた。
「ユウキにいさまぁあああああ!!」
「ちょ、ちょっと、ルーミア!?」
「よかったよぅ。ユウキ兄さま、ずっとゼロス兄さまと仲直りしたがってたもの……」
「なんで俺に抱きつくんだ!? ゼロス兄さまの方に行けよ」
「ゼロス兄さまは、ずーっと意地を張ってたから抱っこしてあげません」
「……いや、僕はいい」
ゼロス兄さま、今、悔しそうな顔しなかったか?
「ユウキは間もなく『魔術ギルド』の研修生になる身だ。今のうちに甘えておくといい」
「いいんですか!? ユウキ兄さま」
「……ここで俺に聞くのはずるいだろ」
「嫡子である僕は許すよ。父さまにも話しておこう」
「ありがとうございます! では、ルーミアは久しぶりに、ユウキ兄さまの髪を洗います」
「当たり前のように浴室に引っ張って行こうとするな。恥ずかしいから嫌だ」
「自分で洗えるようになったんですか? ユウキ兄さま」
「……マーサの仕事を取らないように」
「やっぱり、まだ苦手なんですねー」
自分でやると泡が目に入るから嫌なんだよ。
ほら、『
俺は前世では『
前世では身体の成長が止まったから、1ヶ月に一度の洗髪でよかった。
だけど、今は成長期だからなぁ。2日おきに頭を洗うなんて苦行、絶対に自分じゃやりたくない。だからマーサにお願いしてる。
まったく、マーサが王都についてきてくれることになって助かった。
一人だったらどうしようかと……。
「……ぷっ」
「なんだよゼロス兄さま」
「い、いや、お前にも苦手なものがあったんだな」
「人間には、髪を洗うのに向いてる奴と向いてない奴がいるんだよ」
「まったく……お前には敵わないよ。僕は、一体なにと戦っていたんだろうな」
「だったら兄さまもルーミアに髪を洗われてくれ」
「僕がルーミアの楽しみを取るわけにはいかないだろう」
そう言ってゼロス兄さまは、ルーミアに顔を近づけて、
「僕から皆に、風呂の準備をするように言っておく。ルーミアは思う存分、ユウキをきれいにしてあげて。王女殿下に失礼がないように。ユウキは僕たち男爵家の代表だからね」
「はい。ルーミアに任せてください」
「ゼロス兄……あとで覚えてろよ」
「はいはい」
苦笑いする兄さまには腹が立ったけど。
……この様子なら、これからも男爵家は大丈夫かな、とも思った。
悪くない気分だ。
俺も人間らしくなってきたのかもしれないな。
「うれしいな。ユウキ兄さまとこうしていられるなんて」
「……髪を洗うだけだからな」
「兄さまは妹に髪を洗われてお返しもしないような方ではありませんよね?」
「俺になにをさせる気だ」
「ふんふんふふふーん」
上機嫌のルーミアは聞いてない。
メイドも、執事のネイルもこっちを見てる。マーサまで本館に来てるし……って、なんでついてくるんだよ。なんで腕まくりしてるんだよ、マーサ。
この後……俺はルーミアたちにたっぷりと髪を洗われて──
そのままなし崩しに、自由に、本館への出入りができるようになったのだった。
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