第20話「元魔王、王女の秘密を知る」
その日の夜。
俺は部屋で、これからのことを考えていた。
「俺が兄さまの代わりに、『魔術ギルド』の教育機関に……か」
よく考えたら、別に問題ないな。
元々、俺は、この世界の歴史を知るつもりだった。王都の『魔術ギルド』なら、歴史書くらいはあるだろう。そこで前世の俺が死んだあとの詳しい歴史や、ライルたちの『フィーラ村』がどうなったのか調べることもできるはずだ。
ついでに『古代魔術』を学べば、俺が転生した理由もわかるかもしれない。
俺は長生きだからな。
2年か3年、人間の組織で、人間について学ぶのも悪くない。
それに……この話を断ったら、王女殿下の顔を
そのせいでグロッサリア男爵家が、王家ににらまれたら困る。俺も一応、男爵家の一員だからな。
「……
家がなくなったら、父さまもルーミアも、ゼロス兄も困るから。
しょうがない。
『人間観察』ついでに、王都に行ってみることにしよう。
「ユウキさま。王女殿下がお呼びです」
不意に、ノックの音がした。
「離れの応接間にお通ししました。ユウキさまもいらしてください」
「王女殿下がこっちに?」
「はい。パーティを抜け出してこられたようです」
「お忍びが好きな人だな」
「ユウキさまと気が合いそうですね」
「マーサほどじゃないけどな」
「…………」
「どうしたマーサ」
「ユウキさまは時々、マーサの心臓を止めようとしてるんじゃないかと思うことがあります」
「それは困る。俺は自分自身よりマーサを信頼してるんだ」
「ありがとうございます。その信頼に応えるべく、マーサはユウキさまについていくことにしたのです」
「ついていくって『魔術ギルド』に?」
「その他になにがございますか」
マーサは、はぁ、とため息をついた。
「王家の
「……なんかごめん」
「いいえ。ここでユウキさまのことを心配しているより楽ですから」
「ふがいない主人でごめん」
俺は部屋を出る途中で、マーサとハイタッチ。
「これからもよろしく。相棒」
「マーサがお嫁に行き遅れたらユウキさまのせいですよ?」
「そのときは俺が責任を取る。家を出て放浪生活してなければ」
「希望と絶望を同時に与えるのやめてください。ユウキさま」
マーサは、困ったように笑った。
──男爵家、離れの応接室にて──
「今日は助けていただき、ありがとうございました」
俺と王女殿下は、離れの応接室にいた。
マーサが入れてくれたお茶はとっくに飲み干した。間が持たなくて、ちびちび飲んでいるうちになくなった。王女殿下相手だと、なにを話していいかわからない。
前世で俺の親友だったライルの娘、アリスを思い出すからだ。
「失礼、今日は、ではありませんね。『今日も』ですね」
「この前、俺が助けたのはクララさんです」
「あれは私の仮の姿ですから」
「どうして、王女殿下が
「私はときどき、『魔術ギルド』の調査などのお手伝いをさせてもらっているのです。王女としての立場では、なかなか外に出ることもできませんから。自由に動きたいときは『クララ』という名前で活動をしています」
「王女殿下が山にいたのはそういうことだったんですね……」
「はい。それで、先ほどの提案なのですが、受けていただけますでしょうか」
「俺を『魔術ギルド』の研修生にする話、ですよね?」
「さきほどは私も興奮してしまい。ユウキさまのご意見も聞かずに宣言してしまいました……」
アイリス王女の顔は真っ赤になっていた。
「ですが、ユウキさまの能力に感動したこと、信じられる方に側にいて欲しいのも本当です。ユウキさまに側にいていただければ、私も安心して『魔術ギルド』で魔術研究ができますから」
それはわかる。
王女殿下は裏山では魔物に、男爵領ではカッヘルに襲われてるからな。
「それが、俺を『魔術ギルド』に迎え入れる理由ですか」
「おかしいですよね。王家の者が、そこまで魔術にこだわるなんて」
「危険を侵してまで、というのは、俺にはよくわかりません」
「……ユウキさまには、お伝えいたしまししょう。私が魔術にこだわる理由を」
王女殿下は考え込むように、うつむいた。
それから、俺の目を見て、
「実は私には、他の王子、王女とは違うところがあるのです」
「違うところ?」
「私の母は、
「そんなこと、俺に言ってもいいんですか」
「構いません」
「どうして」
「隠し事をしたまま、ユウキさまに願いを聞いていただくわけにはいきません。それに──」
アイリス王女は、言葉を選びながら、
「ユウキさまなら、真面目に聞いてくださるような気がするのです。なんとなく、ですけど」
「わかりました。うかがいます」
「話を戻します。祖母には2つの変わったところがありました。ひとつは、普通の人に比べて魔力の容量が大きかったこと。もうひとつは、いつまでも若いままだったことです。私も一度だけ、祖母に出会ったことがありますが、当時60歳を過ぎていたというのに、20代かと思うくらい若々しい方でした」
「おばあさまは?」
「大分前に亡くなりました。母は少し前に、事故で」
「もしかして、王女殿下も30代とか?」
「いえいえ私はまだ、13歳です」
「ですよね」
魔力容量が大きい。いつまでも若いまま……か。
そういえば俺が血を与えた使い魔って、普通のコウモリよりも寿命、長くなってたよな。魔力容量も増えてた。
俺、前世でアリスの病気を治すとき、どれくらい『
覚えてないなぁ。
アリスの『
「おばあさまのお名前をうかがってもいいですか?」
「祖母の名はレイチェルと申します。興味がおありですか?」
「はい」
王女殿下が会った時に60歳だったのなら、アリスとは別人だろうけど。
「ぜひともお目にかかって、お話を聞いてみたかったです……」
「わかります。不老のまま生きるというのがどういうものか、普通は想像もつかないものですからね」
「おばあさまの体質の原因は、ご存じなのですか?」
聞いてみた。
王女殿下は、首を横に振った。
「わかりません。それに母は、普通の人でした」
「王女殿下にはその体質は伝わっているのですか?」
「いると思います。私の魔力容量も、人より大きいですから。『
……そうなのか?
俺、ディックたちコウモリの翼に『炎神連弾』の
裏山で殿下が使ったとき、
「侯爵家では、祖母の体質は問題にはならなかったそうです。けれど、王家ではそうはいきません。私の体質のことを
「苦労されたんですね」
「自分のルーツを知るためですもの」
王女殿下は笑った。
「私は『魔術ギルド』で修行して、皆に認められる魔術師になりたいのです。上位の魔術師になり、研究を重ね、自分が何者であるかを知りたい。それが私が『魔術ギルド』にこだわる理由。ユウキさまに側にいていただきたい理由です」
「わかりました」
アイリス王女の事情は、よくわかった。
彼女の手が、小刻みに震えている理由も。
よく知らない相手にここまで話したんだ。そりゃ怖いよな。
「ユウキ=グロッサリアはアイリス殿下のお言葉通り、『魔術ギルド』に参ります」
「ありがとうございます!」
アイリス殿下は俺の手をつかんだ。
「そ、それで、もしよろしければ……私の
「護衛騎士、ですか?」
「はい。王家の子女は、13歳になると、自分を護衛する騎士を選ぶことができるのです。多くは貴族の中から選ぶのですが、私はそれをユウキさまにお願いしたいと考えています」
「それは……『魔術ギルド』で一緒に学ぶのとは違うんですか?」
「より近しい者になります。『魔術ギルド』では同じ師につき、共に行動することになります。お願いです。共に
「それは男爵家の庶子でもいいんですか?」
「ユウキさまの実力は見せていただきましたから」
「俺としては、殿下の護衛をすることに異存はありません」
逆に俺は、アイリス王女が自分のルーツを探すのを助けたいと思ってる。
仮に彼女が『フィーラ村』のアリスの子孫だとしたら……彼女の『体質』は俺のせいかもしれない。
俺が200年前、アリスに『魔力血』を与えたことで、その子孫に影響が出たのかも。
「聞いてもいいですか。アイリス王女殿下」
「どうぞ。ユウキさま」
「アイリス殿下は、『鹿肉の薄皮パイ包み、辛みソース』はお好きでしょうか?」
「…………はい?」
王女殿下が、ぽかん、とした顔になる。
まぁ、一応確認だ。
マーサが言ってたからな。家族の味というのは、代々伝わるものだって。
「……いえ、食べたことありません」
「ですよね」
村の料理だもんな。王家の人が食べるわけないか。
「ですが、辛いものは好きです」
「ありがとうございます」
王女殿下がアリスの子孫かどうかは、保留にしておこう。
子孫だとわかったからといって……俺がなにか言えるわけでもない。
ただ、これもなにかの縁だ。王都にいる間くらい、一緒にいてもいいだろう。
「では、ユウキ=グロッサリアは『魔術ギルド』に行った後に、王女殿下の護衛を務めさせていただきます」
俺は立ち上がり、アイリス王女の前でひざまづいた。
「……これは口約束でいいんですか?」
「いえ、正式には父の──国王陛下の許可を取らなければいけません」
「『魔術ギルド』に行ったあとで?」
「ええ。入学許可も含めて、私が父と話をします。ユウキさまは、入学式の前に王都に来ていただければ、と」
入学式の前だから、今からだいたい1ヶ月後か。
「わかりました。では入学式の前に、王都へと参ります」
「あなたは本当にすごい方ですね。ユウキ=グロッサリアさま」
王女殿下は手を合わせて、笑った。
不思議と、子どものような笑顔──って、同い年だから、子どもか。
「その素早い決断力と、対応力。魔術の技術もありながら、ユーモアのセンスもあるんですものね。私の好物は、なんて。あなたほどの方であれば、お兄さまが魔術を教えたくなるのもわかります」
「そうでしょうか」
「ええ。私も王都で、あなたがどれだけの才能を示すのか、楽しみにしています」
王女殿下は立ち上がり、ドレスをつまんで、一礼した。
「最後に教えてください。『
「滅びました」
「だったらなぜ、カッヘルはあんなことを」
「ハーンズたちが彼の部屋を調べたところ、手紙の写しが見つかりました」
「手紙というと、仲間に宛てたものですか?」
「宛名はありませんでした。ただ、『聖域教会』をあがめる内容でした。彼がどこからあのアミュレットを手に入れたのかは不明です。ただ……」
王女殿下は少し考え込むようにしてから、
「滅びた『聖域教会』を理想とする集団がいるという話は聞いたことがあります」
「……あんな組織を、ですか」
「『聖域教会』については禁忌ですが、研究している者もいると聞きます。ユウキさまがご興味がおありなら、研究者とお会いできるように手配いたしましょう」
「お願いします」
「承知いたしました。では、これで」
そう言って王女殿下は応接室を出て行った。
「つまり俺の仕事は、王女殿下が『魔術ギルド』で研修生をやってる間の護衛ってことか」
条件は悪くない。
『聖域教会』のことを調べてる人間がいるなら、奴らの情報を知ることもできるだろう。
カッヘルが『聖域教会』の
『聖域教会』はなにをするかわからねぇからな。対策はしておこう。
「……まぁ、それも王都に行ってからの話か」
俺は応接室を出た。
マーサにおやつを持って来てもらって、それから一眠りしよう。
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