第19話「元魔王、家庭教師もほろぼす」
「おい。なにが起こってる!? この子がずっと苦しんでるんだが!!」
バーンズさんはゼロス兄さまを
俺は
奴はなにかを召喚しようとしている。まだ、巨大な魔力の障壁を張っている。
でも、皆の話では、カッヘルにそれほどの魔力はないらしい。
だとすると、奴はどこかから魔力を取り込んでるということになる。
そして、奴の手には光るアミュレットがある。兄さまが持ってるのと、そっくりな物が。
「そういうことか!」
俺は兄さまに駆け寄った。
「兄さまは俺が見てます。バーンズさんは、王女殿下の
「すまない!」
俺は兄さまを抱きかかえて、耳元でささやく。
「ゼロス兄さま。教師カッヘルからなんか預かってるだろ!? 見せて!!」
「……魔力増強の……アミュレットを」
兄さまは自分の右腕を掲げた。
そこには、黒い結晶のついたアミュレットが
どくん、どくんと鼓動するように震えている。鎖はまるで血管のように、兄さまの腕に食い込んでる。
「先生が……これがあれば『古代魔術』の展開が楽になる。先生の魔力を借りられる、って」
『オオオオオオオオォォォ』
周囲に、不気味な声が響いていた。
教師カッヘルは巨大な障壁を展開して、兵士たちの攻撃を防いでいる。
奴の前にある魔法陣からは、人の姿をしたものが出現しようとしてる。その姿がはっきりするごとに、兄さまの顔から血の気が引いていく。
奴はアミュレットを通して、兄さまの魔力を吸い取ってるんだ。
ってことは、もしかしてこのアミュレットも『古代器物』のレプリカか?
「……すまない。ユウキ。僕は……お前を敵視して、勝手にケンカを売っていた。こうなるのも
「悪い。俺は別に怒ってないんだ」
バーンズさんは……行ったな。王女殿下も兵士も、俺たちの方は見てない。よし。
俺は短剣で、自分の指に傷を付けた。
流れ出る血を、アミュレットに注いでいく。
「人間っぽく兄弟ゲンカするのって、夢だったからさ」
前世では年下の相手しかいなかったからな。
兄貴分とケンカをするって、正直、あこがれだったんだ。
「だから、兄さまにはまだ死なれちゃ困る。『
「……ユウキ」
「『
俺はスキルを起動した。
血は俺にとっては身体の一部だ。
流れ落ちたあともしばらくは、俺の思い通りに動かせる。
血を注ぐ。
『
魔術を
血を動かし、深い深いところまで。
魔術の外装──
魔術を分析──成功。
構成魔術はふたつ。兄さまからカッヘルへの魔力の
……これで奴は兄さまに、あることないこと吹き込んでたのかよ。
よし、さっさとぶっこわそう。
魔力
術式を
魔力の
魔力の流れをせき止めて、最後に俺の『魔力血』をぶちこんで、本来流れる魔力の100倍くらいを叩きこんで──オーバーロードさせれば。
「とっとと壊れろ。
ばきん。
アミュレットの黒い石に、
そのまま、ぼんっ、と音を立てて、石が破裂する。金具が砕けて、兄さまの腕から落ちる。
がくん。
ゼロス兄さまの身体が、そのまま崩れ落ちた。
意識はある。魔力の流出は止まってる。
アミュレットは俺がハッキングしてぶちこわした。
これには兄さまの魔力を教師カッヘルに送る効果があったから、その
だから、兄さまの魔力を使って魔術を行使していたカッヘルは──
「ぎゃあああああああああっ!!」
真っ青になって絶叫した。
奴は血の気のない顔で、身体中をかきむしってる。
「カッヘルが
「
王女殿下とバーンズさんは、カッヘルがのたうちまわるのを見てる。
俺がなにをしたのかは気づいてなさそうだ。
「ぐがあああっ!」
『オオオオオオオオオオ…………』
カッヘルが召喚した人影が、消えていく。
そのまま教師カッヘルは
「……全身の魔力の
しばらくして、バーンズさんが言った。
「こやつは、もう再起不能ですな……」
「
「二度と魔術は使えず、精神さえも破壊された可能性があります。死んだも同じ……いや、死ぬよりも悪いですかな」
バーンズさんとアイリス王女が、こっちを見た。
「もはや、この者は死人も同じです。わざわざあなたが手を汚すこともないかと」
「……そーですか」
俺は地面に落ちたアミュレットを手に取った。
『
詳しいことはわからない。レプリカだろうと『古代器物』は
ただ、これをつけてる間、兄さまにはカッヘルの声を受け入れやすくなってたはず。
俺がゼロス兄さまをボロクソに言ってたとかいう話も……たぶん、カッヘルが吹きこんだんだろうな。
「ひとつ、おうかがいします」
アイリス王女が、ゆっくりと俺に近づいてくる。
「ユウキ=グロッサリア。あなたは何者ですか?」
「ユウキは僕の弟です!」
振り返ると、ゼロス兄さまが立ち上がるところだった。
「庶子ではありますが、ユウキが僕の弟であることは間違いありません。なにかご不審な点がおありでしょうか!?」
「ではお伺いします。あなたの弟君は、なぜ『古代魔術』を使うことができるのですか?」
「それは……」
ゼロス兄さまが助けを求めるように、俺の方を見た。
俺としては、このまま消えるつもりだったんだけど……今はタイミングが悪いな。
……しょうがないか。
「俺は、ゼロス兄さまから『古代魔術』を教わっていたんです」
俺は言った。
「兄さまは庶子の俺のことを考え、教師カッヘルから魔術を教わったあと、俺にも少しだけ教えてくれていたのです。それを使ってみたら、なんとか発動した。それだけです」
「本当ですか? ゼロス=グロッサリアさま」
「……は、はい」
ゼロス兄さまはうなずいた。
「ユウキの言うとおりです。僕はカッヘル先生の授業のあと、その日の復習も兼ねて、習ったことをユウキに伝えていました。ただ、こいつは僕より才能があったようで、僕には使えない魔術を次々に習得していったのです。僕は、それが悔しくて、こいつに当たるようになりました」
「あなたが、ユウキ=グロッサリアに?」
「……はい。僕がカッヘル先生に『魔術ギルド』の試験を受けさせてもらったのも、ユウキを見返すためです。僕は本当は……『古代魔術』なんかどうでもよかった。ユウキより自分が上だって思えれば、それでよかったんです」
「『聖域教会』については?」
「それは知りませんでした。本当です!」
俺もそう思う。
『聖域教会』は
男爵家の地位を高めようと思ってた兄さまが、そんなものに手を出すはずがない。
「教師カッヘルが試験中に王女殿下を襲ったことを考えれば、ゼロス兄さまが関係していないことは明白かと思います。もしも、兄さまがカッヘルの仲間だったのなら、2人がかりで王女殿下を襲うでしょう。その方が確実だ」
俺は地面に落ちていたアミュレットを、アイリス王女に差し出した。
もちろん俺の『魔力血』はちゃんとぬぐってある。
「このアミュレットは、兄さまの魔力を教師カッヘルが吸い取るためのものだったようです。これが
「カッヘルも同じものを持っていたようですね」
「はい。奴のアミュレットを調べれば、兄さまが利用されていたことの証拠になるかと」
「ユウキさまが私たちを助けてくださったことから考えても、そうでしょうね」
俺の言葉に、王女殿下はうなずいた。
「この件はカッヘル=ミーゲンの独断で間違いはないでしょう。では、バーンズ」
「はい。王都に戻り次第。奴と『聖域教会』の繋がりを調査します」
「お願いいたします。それから、ゼロス=グロッサリア」
「はい」
「カッヘルが暴走したことから、今回の試験は無効となりました。ですが、再試験は可能です。それを望みますか?」
「いいえ。僕にそんな力はありません。僕よりも、ユウキを」
おい。
ゼロス兄さま。今、なんて言った?
「僕にはせいぜい、男爵家の嫡子が務まる程度です。けれど、ユウキには才能があります。魔術の力も、魔力も。巨大な敵を恐れない勇気も。ユウキが本格的に魔術を学べば、誰にも負けない魔術師になるはずです。おそらくは、歴史を変えるほどの」
「そうですね。私も、ユウキさまには素晴らしい才能があると考えております」
「わしも、ぜひ一度
「いえ。俺は一般の学園に」
「才能は活かすべきだと思います。ユウキ=グロッサリアさま」
王女殿下は俺の手を取り、告げた。
「王女アイリス=リースティアは、男爵家子息ユウキ=グロッサリアを『魔術ギルド』の研修生として迎え入れることを、ここに宣言いたします! 私の学友として学び、いずれは信頼できる腹心となってくれることを願います!!」
「「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」」
歓声が上がった。
……断れるような雰囲気じゃないな、これは。
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