第10話「元魔王、コウモリまで強化する」
明け方。
俺は屋敷を抜け出し、裏山に向かった。
『古代魔術』の実験をするためだ。
寝坊した。
夕飯に出てきた、シロップたっぷりのホットケーキを食べ過ぎたせいで、
この身体、まだ13歳なんだから、たくさん睡眠が必要なんだ。あと、本館の厨房で作ったホットケーキがうまかったんだからしょうがない。
「裏山が立ち入り禁止になるのは、午後からだったな」
まだ日は登り切ってない。この時間ならまだ、警備の兵士もいない。
『
──10分後、裏山にて──
「ディック。起きてるか」
『……はいい! ごしゅじんー!』
ここは、裏山の頂上。
小声で呼びかけると、コウモリのディックが飛んできた。
「今のでよく聞こえたな」
『ディックはこの山のすべてを
ばざばざばざばざ────っ!!
明け方の空が、黒く染まった。
無数のコウモリたちが、空を舞ってた。
「ありがとう。挨拶はわかった。人目につくから皆を帰してくれ」
『承知いたしました! 皆、かいさーん!!』
コウモリたちが散っていく。
ディックの他3匹には残ってもらった。
人が来ないか見張ってもらうためだ。
「『
俺は左手に『身体強化』の紋章を描いた。
ここまでは実験済みだ。
今度はそのまま、右手にも紋章を描いてみる。
2倍の『身体強化』を発動させて、走り出す。
ぶぉん。
景色が、飛んだ。
速っ! なんだこれ。怖っ!!
感覚が追いつかない。速すぎる。そのままの勢いで地面を蹴ると──
身体が空を飛んだ。
前世の『飛翔』と同レベルだ。
「稼働時間は、10分前後ってところか」
実験は成功した。
ゼロス兄さまは空中に紋章を描きながら、呪文を唱えていた。
魔術は同時にひとつしか使えない。口はひとつしかないからだ。
俺の場合は『
数に制限はない。
「……まずいな、楽しくなってきた」
この時代では普通の人間をやるって決めてるのに。
魔術はただの趣味にするつもりなんだが……。
「同時に3つ、紋章を描いたらどうなるんだろうな」
…………。
……。
やってみた。
ぎしっ!
身体がきしんだ。
「ぐああああっ!?」
やばい。これ、筋肉痛のすごいやつだ。
手足を動かそうとすると、足がつったような痛みが走る。しかも、しびれが切れたときの感覚つきで。
やばっ。魔術に身体がついてきてない。13歳の身体に無茶させすぎた。
…………うぅ。
……うううううぅ。
たっぷり10分、激しい筋肉痛が続いて……やっと魔術の効果が切れた。
やはり『古代魔術』は危険だ。
無茶はやめとこう。俺はこの時代では、普通の人間をやるんだから。
『ごしゅじんー。どうしましたー』
コウモリのディックは俺の肩に留まり、心配そうに俺を見ていた。
俺は、その翼を見ているうちに……。
「……ディックの身体に紋章を描いたらどうなるんだろう」
『魔術ですかー。やってみてくださいー』
「いいのか?」
『たのしそうですー』
「やってみるか」
これはディーン=ノスフェラトゥじゃなくて、ユウキ=グロッサリアの意思だ。
今の俺は13歳。好奇心まっさかりのお子様だ。
だからうっかりディックの翼に『身体強化』の紋章を描いたりする。ラクガキみたいなもんだ。
「どうだディック。おかしいところはないか」
『おかしいです』
「わかった。すぐ消す」
『消す必要はないのですー。すごいですご主人ー! ディック、みなぎっておりますー』
ディックの姿が消えた──と、思ったらはるかな高みまで飛び上がっていた。
「おおおおおおっ!」
『おおおおおおっ!!』
主従同時に声をあげる。
上空を飛び回るディックの速度は、通常の数倍。
注意しなきゃその動きが見えないほどだ。
「おい! その状態で降りてくるな。樹にぶつかるぞ」
『だいじょうぶですー。音波も強化されているのですー!』
ディックは木々の間をすり抜けて行く。
通ったあとで木々の葉っぱが落ちていく。
コウモリは俺らには聞こえない音で障害物を避けてる──というのは本人の証言だが、それが強化されてるらしい。
『すごいですー! ご主人はなんとすごい力をお持ちなのですかー』
『キュィィ。キュィイ』
気づくと、他の3匹のコウモリが、俺の方にやってきていた。
「お前らも強化して欲しいのか?」
こくこく、こくこく。
「……今回だけだぞ」
『キュイ! キュイイ!』
俺はコウモリたちに紋章を描いてやった。
しょうがないだろ。
この『古代魔術』が従者以外にも使えるか、確認しなきゃいけないんだから。
結果。
『キュイイイイ────っ!!』
『キュウウウイイイイイイ!』
『キュキュ、キュ────!!』
『すごいですごしゅじんー!』
4匹のコウモリが『
「『古代魔術』おそるべし……」
ギルド所属の魔術師たちは、こんな力を自在に操ってるのか。
やっぱり……関わらない方がいいな。
俺は一般向けの学園に行って、一般人として過ごそう。
魔術は趣味。それ以上踏み込まない。やりすぎ危険。以上。
「帰るか。朝食に遅れるとマーサが怒る」
朝食には昨日の残りのシロップが出てくるはずだからな。
あれに黒パンを漬けると美味いんだ。
男爵家でも滅多に出ないから、食べ逃すわけにはいかない。
『ごしゅじんー。人を見つけましたー』
ディックが戻って来た。
『他の者たちの探索に引っかかりました。人間が、魔物に追われてますー』
「そうか。大変だな」
『ですねー』
「魔物の種類は」
『ダークベア、なのですー』
「大ピンチだな。でもまぁ、準備もなしに山に入ったんだ。仕方ないな」
『そうなのですかー』
「どうせ
『じゃあ、なぜ、ご主人は、強化中のディックと同じ速度で走っておられるのですか──って、まだ速くなりましたよ────っ。すごいです、ご主人──っ』
しょうがねぇだろ。
この裏山はゼロス兄さまの試験会場だ。死体があったら面倒なことになる。
試験が延期になるか、再試験になって教師カッヘルが今以上にいきり立つか。
ああ、考えただけでも面倒だ。
「誰だ。この山に準備もなく入り込んだ奴は!」
顔ぐらいは見てやる。
助けるかどうかは、その後だ。
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