第9話「元魔王、自分を強化する」
──その日、屋敷の一角で──
「まだ、ユウキどののことを気にしておられるのですか?」
「……はい。先生」
「繰り返しますが、ユウキどのが『古代魔術』を使うことはありえません。あれは選ばれし者だけに使える魔術なのですから」
「は、はい。わかってはいるのですが」
「ゼロスさまがユウキどのを警戒するのはわかります。先ほどの男爵さまの態度をごらんになったでしょう? ユウキさまをあれほど気にかけておられた。やはり、
「……先生、僕は」
「油断はなりませんぞ。ゼロスさま」
教師カッヘルは、ゼロス=グロッサリアの肩をつかんだ。
「ユウキどのは使用人を味方につける策を着々と実行しております。この前も、狩りの獲物を使用人にふるまおうとしていました。見え見えの機嫌取りです。私が止めなければどうなっていたことか」
「ユウキは本当に……僕を追い落とそうと?」
「貴族の家ではよくあることです」
カッヘルは血を吐くようにつぶやいた。
「庶子が貴族に取り入り、やがて家を乗っ取ってしまうこと。少しばかり優秀だからといって……嫡子である者をないがしろにするなど……許せぬ。見せてやらなければいけない。自分の本当の力はこんなものでない。と」
「……先生?」
「いいですか、ゼロスさま。あなたのお味方はこのカッヘル=ミーゲンのみ。いいですか、私だけがあなたの味方なのです」
カッヘルは同じ言葉を繰り返す。
庶子は男爵家を侵していく。
男爵がユウキを認めるのも、すべては策略でしかないと。
「私はあなたを信頼しております。ゼロスさま」
「……先生」
「ゼロスさまこそ、このカッヘル=ミーゲンがお仕えするべきお方。たいした魔力も持たぬこの身であれば、ゼロスさまの信頼を得られぬのかもしれませんが──」
「い、いえ。僕もカッヘル先生を信頼しております」
「では、同じ言葉を繰り返してください。このアミュレットを握りしめて──ユウキ=グロッサリアは敵である──と、我々には共通の敵がいる。それに立ち向かわなければいけない、と」
「わ──我々には──共通の敵が」
「ユウキどのがなにをしようと、私とゼロスさまには勝てません。私とゼロスさまの魔力が一体となるように、すでに手は打ってありますからね。当日は安心して、試験をお受けください。ゼロスさま」
──同時刻、ユウキの自室にて──
離れの自室に戻った後。
俺はさっきの現象について調べることにした。
ゼロス兄さまの『古代魔術』は空中に紋章を描き、呪文を唱えることで発動する。
紋章は、指の動きから読み取ることができた。
呪文の方はわからなかった。あれは俺の知る限り、どこの国の言葉でもない。
たぶん『古代魔術』専用の言葉だろう。
知るためには教師カッヘルか『魔術ギルド』で習うしかない。
俺は紋章を描いただけで、呪文を詠唱していない。
けれど『身体強化』は発動した。
はじめから考えよう。
この世界には一般的に使っている魔術と、『聖域教会』が発見した『古代魔術』がある。
違いは威力と持続力、魔力の消費量。
一般的な魔術に比べて『古代魔術』はその3つが桁違いに強い。
兄さまは『
その後、兄さまが見せてくれたのと同じ紋章を描いたら、俺の身体も強くなった。
問題は俺の術が、どうして発動したかだ。
「実験してみよう」
俺は羊皮紙の切れ端を取り出した。
ペンとインクで、あのときの紋章を描いてみる。
「…………なにも起こらないな」
次は、俺の『
さっき、俺は指に血をつけて、手のひらに紋章を描いた。変化があったのはそれからだ。
同じことをしてみよう。
ナイフで指先を切って、ペンに血をつけて……手のひらに描くと。
発動した。
身体が軽い。屈伸してみると……気持ち悪いくらい速い。
ジャンプ……はやめよう。天井に激突する。
あとは黙って秒数を数える。100……200……だいたい600秒。10分か。
次に、今度はペンに俺の血を付けて羊皮紙に紋章を描いてみる。
その羊皮紙を「ていっ」って投げてみると──普通に落ちた。
羊皮紙が『身体強化』するわけがないか。
「……原因は俺の『魔力血』ってことか」
俺は改めてステータスを表示させた。
『ユウキ=ノスフェラトゥ』
年齢:13歳
種族:不明
体力:B
腕力:B
敏捷:A
魔力:S
器用:B
スキル:飛翔。魔力血。気配遮断。氷魔術。従者作成。侵食。浄化。古代魔術適性。
スキルが増えてる。
どういうことだ? 今までは『古代魔術適性』なんてスキルはなかった。
そもそも前世では『古代魔術』を使ったこともなかったはず。
最後に『古代器物』の聖剣で刺されたくらいだけど……。
「あの時か!?」
前世で俺が死んだ時、聖剣は俺の血で真っ赤に染まっていた。
そして、俺の血は、俺の手足の一部だ。
俺が死んだとき、俺は『古代器物』の聖剣と繋がってた。
つまり、俺が『古代器物』と繋がった状態で転生したことになる。
それが魂になにかの影響を与えて、結果、俺は古代魔術の適性を手に入れたらしい。
だから『
「……面白いな」
転生したとき、この時代の人間たちは『古代器物』を解析して、文化を発展させてるかもしれないって思った。
でも、そうはならなかった。
戦争のせいで『古代器物』は消え失せて、『古代魔術』は『リンドベル魔術ギルド』のものになった。
だけど、もしも俺が『古代魔術』の達人になったら……。
「文化を発展させて、この世界をもっと快適な場所にできるかもしれない」
はい。妄想終了。
無理だ。無理。
俺は前世でローカル魔王と呼ばれた者で、今は男爵家の庶子。高望みはしない
俺の望みは人間を知り、人間のふりができるようになること。それだけだ。
人間の世界のことは、人間に任せよう。
「ゼロス兄さまが『魔術ギルド』に入って、えらくなってくれることを期待しよう」
俺はベッドに横になった。
外からは、妹のルーミアと、マーサの声が聞こえてくる。
「ユウキ兄さまがウサギをつかまえたんですよ! お昼のメニューは、兄さまのお肉です!」
「すごいですユウキさま。きっと美味しいです」
ルーミアは、それだと、俺の肉を喰らうように聞こえるぞ。
マーサも、少し声をひそめた方がいい。
二人が幼なじみなのは屋敷の皆が知ってるけど、カッヘルに聞かれたら面倒なことになるからな。
「……俺はこれでいい」
人間に転生して、普通に家族もいる。
これから学園に通って、この時代の知識を得ることもできる。
貴族の庶子としては十分な扱いを受けてる。
もう俺は『
前世のことは、もう、終わったことだ。
俺を追い詰めた『聖域教会』はもういない。
『不死の魔術師よ! 貴様は魔王として、人類の征服を企んでいるのだろう!?』
魔王として、こんなふうにののしられることも、もうないはずだ。
誰も人類の制服なんて企んでなかったってのに。
俺はただ、魔術を極めて、村の連中の水くみを楽にしたり……家畜の病気を減らして、週いちで肉が食べられるようにしたかっただけで──
「…………うっとうしいな。前世」
俺は昼食まで眠ることにして、目を閉じた。
その日の夜、執事ネイルが王女殿下の来る日を教えてくれた。
明日の午後から、試験会場の候補地のひとつとして、裏山が立ち入り禁止になることも。
俺はまた、屋敷を抜け出すことにした。
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