第7話「元魔王、兄をほめる」

「王女殿下?」

「ああ、ユウキは知らないか」


 ゼロス兄さまは俺の顔をのぞきこんだ。


「王女殿下は、これから『魔術ギルド』の研修生になるお方なんだよ」

「わかりました」


 俺はうなずいた。


「『リンドベル魔術ギルド』には上位貴族も加入されている。だから王族も研修生として魔術を学ばれるわけですね。つまり、王女殿下はすでに研修生として魔術を学ぶことが決まっている。だからギルド側の人間として、ゼロス兄さまの能力を確かめに来る、ということですか?」

「す、すごいな。よくわかってるじゃないか、ユウキ」

「ゼロス兄さまとカッヘル先生が話してるのを、何度も聞きましたから」


 前世の記憶を取り戻す前の話だけどな。

 教師カッヘルが来てから、何度も言われた。『ゼロスさまは私の指導の成果として、王都の魔術ギルドで『古代魔術』を学ぶことになるだろう。ユウキくんには縁の無い場所だがね』って。


「でも、王女殿下がわざわざ男爵領に?」

「私が手を尽くした甲斐がありました。もちろん、ゼロスさまほどの魔力をお持ちでなければ、私が動いたところで無駄だったでしょうが」


 カッヘルが言った。鼻息荒く。


「魔術ギルドは『古代魔術』を管理・維持する場所。そこの研修生となるには高い魔術適性が必要となります。第8王女のアイリス=リーティアさまは、とても高い適性をお持ちのお方。王女殿下ご自身はすでにギルドで魔術を学ぶことが決まっておりますが、そこでのパートナーをお捜しとのこと。それで才能ある者の、試験担当を買って出られたのです」

「めったにないことなんだよ。これは」

「公爵家と侯爵家では例がありますが、男爵家では初めてとなります。それだけ、ゼロスさまの能力が評価されたということでしょうな」

「カッヘル先生のご指導のおかげです!」

「私も頑張って『リンドベル魔術ギルド』へ推薦状を書きましたからな」


 そこまで言って、教師カッヘルが俺を見た。

 父さまを横目で見て、せきばらいして、それから──


「王女殿下がいらっしゃる日は、ユウキどのは家から出ないでいただきたい」

「家から?」

「男爵家の庶子を王女殿下の視界に入れるわけにはまいりません。離れから出ることなく、カーテンを閉じて、息をひそめておいていただきたいのです」

「先生!?」「カッヘル殿!? 本気か!?」

「ゼロスさまと男爵さまは黙っていてください!」


 ぱん、と、教師カッヘルはゼロス兄さまの背中を叩いた。


「さぁ。ゼロスさまからも、ユウキどのにおっしゃってください」

「ぼ、僕が?」

「庶子の弟の教育ができずに、魔術が極められますか!? それとも、王女殿下にユウキどのを紹介しますか? これが庶子の弟です。と? 庶子と自分は対等ですと。ギルドの教育機関で、さぞやゼロスさまは白い目で見られることになるでしょうな!!」

「……う」


 ゼロス兄さまが、前に出てくる。

 久しぶりだな。正面からゼロス兄さまを見るのは。


 兄さまは金髪と、青い目をしている。髪は父さまと、目は正妻の方からもらったものだ。

 父さまとよく似てる。

 だから俺は、ゼロス兄さまを嫌いになれないんだ。


「ユウキ。お前は……王女殿下の前に出るな」

「はい。ゼロス兄さま」

「王女殿下はこの国の王家の血を引くお方だ。庶子が……その方の前に出るなどとは許されない。お前は……お前は……」

「ゼロスさま」


 不意に、教師カッヘルがゼロス兄さまの肩を叩いた。


「そのような話し方で、兄としての威厳を示せましょうか」

「……先生」

「もっとはっきりおっしゃい。あなたがユウキどのを、どう思っているのか、さぁ!」

「……ユウキ」


 ゼロス兄さまは、少し迷うようにしてから、まっすぐに俺を見た。


「お前は父さまが戦場で作った、生まれも知らない女の子どもだ。その黒い髪、黒い瞳、どちらも父さまとは似ても似つかない。そ、そのような者が王女殿下の視界に入るなどありえない。いいか、お前は当日、絶対に部屋から出るな! わかったな!」

「はい、喜んで」

「…………え?」

「ですから、喜んで」


 誰が王女なんかに会いたいもんか。

 俺はローカルとはいえ魔王と呼ばれた存在だ。

『不死の魔術師』と (一方的に)恐れられたディーン=ノスフェラトゥだ。王家に関わるものからは、できるだけ距離を置いておきたい。


 あいつらすぐ、冒険者に小銭を渡して、魔王討伐しろとか言い出すからな。

 前世でも古城に来たんだ。自称勇者。

 ハラペコだったからたっぷりご飯を食べさせて、俺が無害だと言い聞かせたらわかってくれたけど。

 その後は、『フィーラ村』の警備隊としてがんばってくれた。ちなみにライルの祖母だ。


 とにかく、王家や王女といったものは、果てしなく迷惑な存在なんだ。

 転生してまで関わり合いになりたくない。


「安心してくださいゼロス兄さま。俺が王女殿下の視界に入ることはありません。兄さまの言う通り、カーテンを閉めて、絶対に見つからないようにしているつもりです」


 俺は言った。


「心配なら、俺は当日町の宿に泊まりますよ。それなら絶対に王女殿下の目には止まりませんから。父さまの許可をいただけるなら、どこか遠くに旅に出てもいいですけど……」

「……ユウキ」


 ……父さま。どうして目元をぬぐってるんだ?

 なにか悪いこと言った?


「……すまない。ワシは……お前にそこまで言わせてしまった」

「父さま?」

「ワシは間違えていたのだろうか。上位貴族の仲間入りをするために、我が子をここまで追いつめてしまった。ワシは……」

「……ユウキ。お前は……」


 ゼロス兄さまは拳を握りしめて俺の方をにらみつけてる。


「僕は試験の間、顔を見せないようにと言っただけだ。町に行くとか旅に出るとか……嫌味なのか!? 僕の試験にケチをつけるつもりか、ユウキは!?」

「そんなつもりはありません」


 むしろ、俺は兄さまを応援してる。

 前世ではあこがれだったからな。年上の家族って。

 だから、誤解されたくない。ここははっきり言おう。


「俺は『魔術ギルド』にも、王女殿下にも一切興味がないだけです」

「な!?」

「俺は男爵家で暮らしていけるだけで満足です。無理に背伸びして、王女殿下に会いたいとは思いません。分相応でいたいだけなんです」

「…………」

「王女殿下ともなれば、父さまさえもご存じない礼儀作法なども身につけていらっしゃるでしょう。そのような方と顔を合わせて、恥をかくのは御免です。他の貴族の笑い者になってしまいますからね」

「…………ぐぬ」

「できれば俺は、一般向けの学園に行ってみたいと思っています。庶民と一緒に学び、触れあうことで、この国がどうやって出来たのかを知りたいのです。『古代魔術』とか、ぶっちゃけどうでもいいです。力だけではどうにもならないことは、滅んでしまった『聖域教会』が証明してますからね」

「…………ぐぐぐぐぐぬぬぬ」

「まとめると、俺は本気で、王女さまに会うことには、一切価値を感じてないのです。どうぞ、父さま、ゼロス兄さま、カッヘル先生で応対してください。兄さまがギルドに加入して『古代魔術』を学べることを祈っております」


 王女さまが来るときに隠れていたいのは嫌みでもなんでもなく、本心だ。

 もちろん、ゼロス兄さまの邪魔もしたくない。大事な家族なのだから。

 ここまで言えば、兄さまだってわかってくれる──


「ば、ばかにするなあああああああっ!!」

「ゼロス兄さま!?」

「背伸びだと!? 分不相応だと!? 他の貴族の笑いものだと!? お前は僕が、無理をしているとでも言うのか!? 『魔術ギルド』に入るのが分不相応だと、そう言いたいのか!!」

「なんでそんな話になるんだよゼロス兄さま!!」

「この屋敷に置いてもらえるだけでもありがたいと思えよ! 庶子が! 父さまが戦場で作った子どもだろうが!! なのに、僕を見下すようなことを!!」

「やめろゼロス!!」

「父さま!?」

「ユウキはお前を見下すつもりで言ったのではあるまい! 頭を冷やせ、ゼロス!!」

「だったら……父さま。僕の力を見てください!!」

「実力を?」

「父さまなら、僕がどれくらい強くなったかわかるはずです。カッヘル先生から教わった『古代魔術』の力を、ユウキの前で証明させてください!!」

「……むむ」

「男爵さま。このカッヘルからもお願いいたします」


 教師カッヘルが前に出た。俺を横目でぎろりとにらんでから。


「ユウキどのは幼いころは僻地へきちで過ごしてきたお方。『古代魔術』の価値をご存じないのも無理はありますまい。力の差を見せてさしあげればいいのです」

「僕からもお願いします。父さま!!」

「……わかった」


 父さまは顔をあげて、言った。


「誰か、木剣を持ってこい!! これより、わしとゼロスの模擬戦を行う」

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