第6話「元魔王、魔術をハッキングする」

 本館の図書室に行く途中で、教師カッヘルを見かけた。

 カッヘルは、俺を見て、ふん、と顔を逸らし、そのまま歩き去った。


「お待ちしておりました。ユウキさま」


 図書室の前では執事のネイルが待っていた。

 ネイルは昔から勤めている人で、父さまが戦場にいたころは共に剣を取って戦っていたそうだ。

 銀縁のメガネをかけて、髪が半分白くなってるけど、戦士みたいにガタイがいい。


「お待ちしておりました。ユウキさま。こちらへ」

「今、カッヘル先生がいませんでしたか?」

「家庭教師のなさることについて私は関知しません」


 そっけない答えとともに、執事ネイルは図書室のドアを開けた。


 図書室に入ると、作り付けの書棚が見えた。

 入っている本は数冊だけ。

 本は貴重品だし、グロッサリア男爵家だんしゃくけはそんなに裕福じゃないからだ。


「ユウキさまはどんな本をご所望ですか?」

「この国の歴史について書かれた本を……ああ、これですね」

「読めるのですか!?」

「なんとなく、ですけど」

「背表紙には古い書体で『王国の沿革えんかく』としか書いてないのですが……これが読めるのですか。すごいのですな。ユウキさまは」

「椅子を貸してもらえますか?」


 歴史書なら『聖域教会』のこともってるはずだ。

 もしかしたら『フィーラ村』のことや、ライルやアリスがどうなったのかもわかるかもしれない。


 俺は椅子に乗って、棚の戸に手を伸ばした。

 取っ手を掴んで引くと──



 がちゃんっ。



「……開かない」


 押しても引いても動かない。

 おかしい。

 父さまからは許可を得た。それは執事ネイルもわかってるはずだ。


「あの、開かないんですが」

「本棚の鍵は開けておきました」

「でも、開きませんよ?」

「私は本棚の鍵を開けておきました。言えるのはそれだけです」


 執事ネイルは目を逸らした。

 視線の先を追うと、棚の下に、小さな金属板が貼り付いていた。

 戸が開かないのは、それが邪魔しているからだ。


 俺は椅子を降りて、金属板に顔を近づけた。

 金属板の表面は滑らかで、文字が彫ってある。指で引っ掻いても外れない。

 これは、扉をロックするための魔術具だ。


「では、私はこれで。読書が終わりましたらお呼び下さい」


 執事ネイルは図書室を出て行った。


 ネイルに文句を言ってもしょうがない。

 あの人は男爵家に忠誠を誓ってる。

 教師カッヘルに逆らえば、男爵家の立場が悪くなるって思ってるんだろうな。

 めんどくさいな、人間。特に貴族。


 俺が本を読んだとしても、教師カッヘルにデメリットはない。

 なのに、なんでわざわざ魔術具使って邪魔をするんだ? 人間ってよくわからん。


 しょうがない。久しぶりに魔術解除を試すか。


「『魔力血ミステルブラッド侵食ハッキング


 俺は短剣で指に傷を付けた。

 血のにじむ指を、そのまま魔術具に押しつける。


 生まれつき俺の血は、濃い魔力を持っている。流れ出た血も、魔力を通じて俺と繋がってる。

 血は俺の一部で、俺の手足でもある。

 だから、血をしみこませることで、魔術に干渉できる。


 前世でライルの娘のアリスが『死紋病しもんびょう』にかかったとき、俺はアリスに自分の血を与えた。

 血はアリスの中を流れている間も、一定時間、俺と魔力で繋がっている。

 だから『浄化』の力で『死紋病』の病原体を消し去ることができたんだ。


 今回のこれは、アリスを浄化したときの応用だ。

 魔術具に俺の血を浸透させて、魔術をハッキングする。

 簡単だ。

 術を解析して破壊するか、術を動かしてる魔力の流れをせき止めればいい。


「──魔術外装へ侵入。術への侵食ハッキングを続行」


 内部魔術──解析完了。

 棚の戸への接着魔術を確認。魔力供給を妨害開始。

 魔術行使の停止──成功。



 ロックを解除する。




 ぽとん。




 棚についていた板が外れた。


「これはあとで戻しておこう」

『すごいです。ユウキさま!』


 窓の外から声がした。

 よく見ると庭の木に、黒いコウモリがぶら下がってた。


「来てたのか。ディック」

『ご報告に来ましたー。裏山は今のところ、異常なしですー』

「悪いな。今は相手をしてやれない。これから読書タイムだ」

『充分です。すごいものを見させていただきましたー。魔術を魔術で打ち消すなんて、見たことないですー』

「つまんない芸だよ。ディック」


 こんな技が使えても、聖域教会には勝てなかった。


『ユウキさま。人が来ます』

「了解」


 俺は戸棚を開けて、本を取り出した。

 戸を閉じて、封印術具を貼り付ける……のは無理だから、適当に立てかけておこう。


「失礼します、ユウキさま。お茶をお持ちしました」

「お茶はいいです。本を汚すといけないですから」

「そうですか……」


 執事ネイルは戸棚の方を見てる。

 ……って、まずい。魔術具が上下逆になってる?

 戻すとき、慌ててたからな。ネイル、不審に思わないかな。


「家庭教師の方も、ミスをされるものなのですね」

「家庭教師の行いには関知されないのでしょう?」

「これはただの独り言です。ただ、カッヘル先生も慌てていたようだと思いまして」

「どうしてですか?」

「独り言ですが……棚に貼り付いている護符と同じ封印を、戦場で喰らったことがあるのです。それを解除するのに、魔術師が3人がかかりだったのですよ。そんな封印を解ける者がいるはずないですから、カッヘル先生がミスをされたのでは、と」

「ネイルさんは、カッヘル先生が俺に嫌がらせをしたとでも?」

「失言でした」


 執事ネイルは、こほん、とせきばらいした。


「男爵さまが雇われた方が、そんなつまらないことをするはずがありませんな」

「カッヘル先生は『魔術ギルド』の一員です。子ども相手に嫌がらせをするはずがありませんよね」

「……私は家庭教師の行いには関知いたしません。いたしませんぞ」


 がたがたがたがたっ!


 ……誰かが慌てて走り去る音がした。


「それでは読書を続けます。ネイルさんは、お仕事に戻ってください」

「お言葉に甘えます。ユウキさま」


 ネイルは図書室から出て行った。

 本格的に読書を始めよう。






 ──1時間後──






「……はぁ」


 俺は本を閉じた。

 結論から言おう。『聖域教会』は滅んだ。

 完全に。ぐぅの音も出ないくらいに。


 奴らが発掘した『古代器物』は散逸さんいつした。つまり、なくなった。


「なにやってんだよ。人間」


 笑えねぇ。

 ほんっと、なにやってるんだろうな。『聖域教会』も、人間も。


 前世の俺が生きていた時代、『聖域教会』は強力な戦闘集団だった。

 自分たちが見つけ出した『古代魔術文明の都エリュシオン』を聖域と呼び、そこで見つけ出した『古代魔術』と『古代器物』を武器に、数ある国の中枢にまで、人材を送り込んでいた。


 司教、司祭、聖騎士。

 あらゆる国や地方で、奴らは政治に絡んでいた。

 それこそ、国の王だって表立っては逆らえないくらいの権力を持ってたんだ。


 けど……前世の俺ディーン=ノスフェラトゥの死後、奴らはほろんだ。

 人間の世界に、多大なる迷惑をかけたあとで。


「……『不死のロード=オブ=魔術師ノスフェラトゥ』より、よっぽど人間に迷惑かけてんじゃねぇかよ……『聖域教会』」


 歴史書によると、前世の俺が死んだ後、人間同士の戦争が起こったらしい。

 元々は小競り合いだったそれに、聖域教会が介入した。

『古代器物と古代魔術』があれば楽勝だと言って、両国をくどいた。

 そのころ『聖域教会』は2つの勢力に分かれていて、それぞれが両国に味方した。


『聖域教会』を味方につけた両国は、勝てると確信して、強気になった。

 和解も休戦協定も拒否して、国の全力を挙げ、戦争に乗り出した。


 けれど、実際に戦ってみると、『古代器物』は使い物にならなかった。

 原因は不明。

 起動しなかったのか、使えなかったのかはわからない。

『聖域教会』を当てにして戦争を起こした両国は、今さら後には引けず、結局、泥沼の戦争がはじまった。それぞれの国がバラバラになるくらいの。

 人々の恨みは『聖域教会』に向かった。


 そして『聖域教会』はすべての勢力を敵に回して、壊滅かいめつ

 奴らが持ってた『古代器物』のほとんどが行方不明になった。


 おしまい。


「この時代の人間は『古代器物』を複製して、楽々生活とかやってると思ってたのになぁ」


 蛇口をひねるとお湯が出てくるアイテムとか、寝る時にポカポカになってる毛布とか。

 結局、そうはならなかった。

 聖剣とかを発掘しておきながら、『聖域教会』は滅んだのか。あほらしいなぁ。


『フィーラ村』のことはわからなかった。

 歴史書は『聖域教会』が滅んだことと、その後は平和的な『リンドベル魔術ギルド』が作られたところで終わってた。

『リンドベル魔術ギルド』は人が『聖域教会』と同じあやまちを犯さないように、魔術を使う者を正しく教育し、『古代魔術』を責任あるものの手で管理するために組織されたのだ、と。


「わかるのはこれくらいか」


 これ以上のことを知るためには、王都に行くしかない。

 王都には大きな図書館があるし、歴史の研究者もいるからだ。


 いつか行って、『フィーラ村』の消息を調べよう。

 ライルたちがどうなったのか、知っておきたいから。


 俺は本を棚に戻した。

 机の上にあったベルを鳴らすと、執事ネイルがやってくる。

 ネイルが図書室に鍵をかけたあと、俺は礼を言って、離れに戻った。






 自室に戻り、俺はこれからどうするか考えていた。


 俺の取るべき道は2つある。

 ひとつは、家を出て一般的な学園に入ること。

 俺はグロッサリア家を継げない。冒険者になるか、王都の学園の一般枠に入れてもらうくらいしか道はない。


 もうひとつは、家を出て『フィーラ村』の跡地を探すこと。

 戦争が起こったのは、俺が死んですぐあとだ。アリスの子孫を見つければ、なにか情報がつかめるかもしれない。


「……両方やるか」


 よく考えたら、片方にする必要なかった。

 普通に学園に入りながら『フィーラ村』の情報を探ればいいよな。そんだけだ。


 方針は決まった。

 あとで父さまに相談してみよう。


 そんなことを考えていると──


「おめでとうございます! ゼロスさま!!」


 窓の外を見ると、庭に、父さまとゼロス兄さまと、教師カッヘルがいた。

 門の外には馬車が止まってる。赤い箱馬車。郵便馬車だ。

 そっか。今日は郵便馬車が来る日だったのか。


 郵便馬車は町ごとに手紙や荷物を運んでくれる、この国の重要な通信機関だ。


 手紙はゼロス兄に届いたようだ。

 高笑いしてるカッヘル先生はおいといて、父さまもゼロス兄も、満面の笑みを浮かべてる。


「おお、ユウキ。お前もこっちに来い。ゼロスに大変名誉な知らせが届いたのだ」

「……う、うん。ユウキにも聞いてもらいたいな」


 父さまが俺を手招きする。ゼロス兄は、ちょっと微妙な表情だ。

 俺は玄関に回って、外に出た。


「やぁやぁユウキどの。あなたは素晴らしい兄上を持ったことを誇るべきでしょうな! 我が教え子であるゼロスさまに、『魔術ギルド』から素晴らしい知らせが届いたのですよ!!」


 カッヘル先生は見たこともないくらい上機嫌だった。

 ゼロス兄さまの手を握り、笑いながら俺を見てる。


「ユウキも『リンドベル魔術ギルド』のことは知っているだろう?」


 2人の代わりに、父さまが説明してくれる。

 父さまも嬉しそうだ。ということは、


「もしかして、兄さまが『魔術ギルド』の研修生になったのですか!?」

「そうじゃないよ、ユウキ」


 兄さまはめいっぱい胸を張ってる。


「第8王女であるアイリス=リースティア殿下が、僕の力を見てくれることになったんだ!!」


 満面の笑みを浮かべて、ゼロス兄さまは叫んだのだった。

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