第5話「元魔王、家庭教師を利用する」

 翌朝。

 離れに戻った俺は、一眠りしてからまた、外に出た。


 しばらくしてから、俺はウサギの肉を持って、屋敷に戻った。

 屋敷の正門から、今、狩りに行ってきたばかりのような感じで。

 もちろん獲物は夜のうちに狩って、コウモリたちに見ててもらってたものだ。


「そこでなにをなさっているのですかな、ユウキどの!!」


 門を通った瞬間、声が聞こえた。

 純白のローブを着たカッヘル=ミーゲンが、俺を見ていた。

 予想通りだ・・・・・


「外に行っていたようですな。どこでなにをしていたのか、このカッヘルにお教えいただけますか?」

「どうしてですか?」

「私はゼロスさまの教育係です。あの方のために、男爵家だんしゃくけを正しい環境にしておく義務がございます」

「……狩りにいってました」


 俺は背中にかついだ『ラージラビット』を示した。


「裏山にしかけた罠を見に行ったら獲物がかかってたので持ち帰りました。離れにいるメイドに調理してもらうつもりです」

「なぜ、そのようなことを?」

「離れでは肉を食べることも少ないですから。ふるまってやろうと思って」

「おお、庶子しょしのあなたが、なんと身勝手なことを!」


 教師カッヘルは天を仰いで、叫んだ。


庶子しょしといえば使用人も同然。使用人が狩りで獲物を捕ったのであれば、男爵さまに献上するのが道理でしょう!? それを、他の使用人のご機嫌取りに使おうとは……なんとまぁ」

「肉の処理をしたいので失礼します」


 俺はカッヘルを無視して、そのまま歩き出そうとした。


「お待ちなさい、ユウキどの!!」

「どうした? カッヘル先生の声が聞こえたのだが……?」


 庭の方から、父さまがやってきた。

 短めの金髪に、筋骨隆々とした身体。手には訓練用の木剣を持っている。

 俺の父さま、ゲオルグ=グロッサリア男爵だんしゃくだ。


「おぉ、ユウキではないか。どこに行っていたのだ!?」

「裏山に狩りに行ってました」

「聞いてくださいゲオルグさま。ユウキどのは、狩りの獲物を独り占めしようとするつもりのようなのですよ」


 俺の言葉を遮り、カッヘルが父さまに告げた。


「ここはグロッサリア男爵家。使用人・・・が狩りをしたのなら、それはゲオルグさまのもの。献上して当然であるのにもかかわらず、黙って自分のものにしようとは、いや、このカッヘル、あきれて物も言えませぬな!!」

「ユウキが狩りをしたのであれば、獲物はユウキのものであろう?」


 父さまは木剣を置き、大きな手で俺の頭をなでた。


「それも『ラージラビット』を2体も。ふむ、わなにかかったところにとどめをさしたのだな?」

「はい。父さま」

「すごいではないか! わしの子どもの頃など、木剣を振るうしか能がなかったぞ! 『ラージラビット』は警戒心が強く、捕らえるのが難しいと聞く。それを狩るとは、いや、たいしたものだ! すばらしい才能だぞ、ユウキ!!」

「ありがとうございます。父さま」


 父さまになでられるのは、嫌いじゃない。


 父さまは戦で手柄を立てて爵位しゃくいを手にした人だ。

 だからこうして、毎朝の練習を欠かせない。

 全身汗だくになって木剣を振り続ける姿を見るのは、俺も結構好きだったりする。

 前世では、父親と呼べる人はいなかったからな。


「だが、無茶はするなよ。裏山には強力な魔物もいるのだ。ひとりで入っていいのはふもとまでだ。お前が怪我でもしたら、みんな心配するのだからな」

「そのようなことでは困りますな! ゲオルグ男爵さま!!」


 カッヘルが叫んだ。


「庶子の勝手なふるまいをとがめるどころか、めるとは! それが貴族としての正しい在り方と言えましょうか!?」

「固いことを言うものではない、カッヘル先生」


 父さまは困ったように頭を掻いた。


「わが息子が狩りで成果を上げたのだ。それをたたえてなにが悪い?」

「男爵さまは、私を雇ったときの条件をお忘れのようだ」


 カッヘルが笑った。

 唇をつり上げる、嫌な笑い方だ。


 こいつがなにを言うのか、俺も父さまもわかってる。

 3年前からずっと、カッヘルは同じ言葉で、家の者を黙らせてきたんだから。


「私は嫡子ゼロスさまを『リンドベル魔術ギルド』の研修生とするために全力を尽くす。代わりに男爵さまは、私のやり方を否定しない。それが私を雇うときの条件ではなかったですかな?」

「……そ、そうだが。しかし」

「『リンドベル魔術ギルド』の魔術師養成機関は、は王家の方々や上級貴族の方も通う場所です。ゼロスさまがそこを目指しているというのに、男爵家が規律を守らないようでどうしますか。庶子は嫡子の下に立つ。男爵さまは必要以上に、庶子の方に話しかけない。それが貴族界のルールだと申し上げたはずです」

「わかっている……わかっているが……ユウキには才能がある!」


 父さまはまた、くしゃり、と俺の髪をなでた。


「それが伸びるようにするのは、親のつとめではないかな?」

「わかりました。では、私は王都に帰らせていただきましょう。このカッヘルはゼロスさまを『魔術ギルド』に入れるために力を尽くしてまいりましたが、無駄だったようですね」

「ま、待ってくれ! それでは話が違う!」

「『魔術ギルド』の研修生になれば、上級貴族の子女と出会うことも多くなります。男爵家の名を上げるためには一番の方法と考えましたが、残念ですね。ご当主であるゲオルグ男爵さまがこの様子では……」

「…………ぐぬ」

「これは父さまに差し上げます」


 俺は父さまに『ラージラビット』を差し出した。


「その代わり、願いを聞いていただいてもよろしいですか?」

「お、おお。言ってみろ!」

「本館の図書室に入る許可をいただきたいのです」

「図書室に?」

「はい。カッヘル先生のおっしゃる通り、俺はこの国の規律についても、自分の立場についても理解が足りません。兄さまやカッヘル先生を不快にさせないように、この国の制度と歴史を学びたいのです」

「……すごいな。お前はそこまで考えているのか……」


 ごめん、父さま。

 ここまで全部、計画通りなんだ。


 俺が狩りの獲物を持って帰れば、必ずカッヘルが文句をつけてくるって思ってた。

 正門から堂々と、『ラージラビット』を抱えて入ったのはそのためだ。


 父さまが毎朝、庭で剣の訓練をしてることは知ってる。

 その状態で俺がなにかすれば、教師カッヘルは父さまにも聞こえるように騒ぎ立てる。ずっとこいつはそうしてきた。いくら俺が人間以外の生き物でも、3年も同じことを繰り返されば、パターンくらいは覚える。


 だから今回はそれを利用して、図書室への入室権をもらうことにした。

 図書室の本を調べれば、前世で俺が死んだ後、世界がどうなったのかもわかるから。


「カッヘル先生の言う通り、俺は自分の立場と居場所をわきまえる必要があります。そのために、不足している知識を補いたいんです。どうか、父さま、俺に本を読む権利をください」

「もちろんだ! 自分から勉強したいなんて、えらいな、ユウキは」

「……ぐぬぬ」

「ユウキが自分の立場をわきまえたいと申しておるのだ。これは貴族の規律に反しているかな? カッヘル先生」

「も、問題ございませんな!!」


 言い捨てて、教師カッヘルは屋敷に戻っていった。

 父さまは小さくため息をついて、


「すまんな、ユウキ」

「いえ、俺は別にかまいません」


 父さまが家を守ろうとしてるのはわかる。

 その邪魔はできない。『化け物ノスフェラトゥ』の俺が男爵家を継ぐわけにはいかないんだから。


「図書室のことは、執事のネイルに話しておく。自由に使うがいい」

「ありがとうございます、父さま」


 父さまに頭を下げてから、俺は本館に向かった。

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