第4話「元魔王、拠点を手に入れる」

 離れの食堂からの帰りに、庭でルーミアが魔術の練習をしているのを見かけた。

 もう日も暮れてるのに、父さまを連れ出して、呪文の詠唱をしてる。


「……『光をつかさどる者よ』──」

「…………うむ」


 ルーミアの隣にいるのが父さまだ。

 俺の位置からは背中しか見えないけど。


「『我が声に応えてともせ』──『光球ライティング』!!」


 ルーミアの手のひらに、小石ほどの光の球が生まれた。

 隣にいる父さまが手を叩いてる。

 広い背中、太い手足。短く切りそろえた、金色の髪。

 あれが俺の父さま、ゲオルグ=グロッサリアだ。


「すごいではないかルーミア! いつの間に、正確に詠唱えいしょうできるようになったのだ!?」

「……そ、それは言えません。練習したから、としか」

「熱心で結構なことだな。すごいぞ」

「…………もっとすごい人は……他にいるんです。父さま……」


 ルーミアはそれから数回、魔法を成功させた。巻き舌の詠唱は、まだ苦手みたいだ。

 最後に父さまが手本として、魔術を発動させた。

 同じ『光球』の魔術だ。大きさは、人の頭くらい。

 俺の時代の一般魔術とまったく変わらない。発展も衰退すいたいもしてない。


 それを確認して、俺は部屋に戻った。








「…………本当に、俺が死んでから200年も経ったのか……」


 俺は部屋の椅子に座って、教師カッヘルの言葉を思い出していた。

 カッヘルは『聖域教会』が古代の魔法と器物アイテムを発見してから、今年で220年だと言った。

 前世の俺、ディーン=ノスフェラトゥが死んだのは、古代魔法・器物の発見から20年後。

 つまり、今は前世の俺が死んでから200年後ということになる。


 正直、実感がない。

 200年後か。ライルもアリスも……もういないのか……。

 ……しょうがないな。

 あの時の俺には、転生する以外の選択肢がなかったんだから。


 でも……200年か。

 魔術の文法が変わってないから、もっと近い時代だと思ってた。

 社会制度も、あんまり変わってない。

『古代魔術』はいまだに選ばれた者にしか使えない秘技ひぎで、使える者は社会の上位にいる。

 だから『古代魔術』が使える教師カッヘルは威張ってるし、兄さまも『魔術ギルド』への加入をめざしてる。

 200年前と違うのは、誰も『聖域教会』について話をしなくなったことくらい、か。


「……なにがあったんだろうな。200年の間に」


 調べてみる必要があるな。

 本館の方に、確か、本を収めた部屋があったはずだ。そこで調べれば、なにかわかるかもしれない。

 ただ……庶子の俺には、本館に入る権利がない。

 作戦を考える必要があるな。


「そのためにも、自分のスキルの実験をしておかないと」


 あと、お肉が食べたい。

 メイドのマーサと一緒に食べた夕食には、肉がほとんど入ってなかったんだ。

 しょうがないよな。俺たちの食事は、本館の食事を分けてもらってるんだから。

 魔術の実験も兼ねて、肉は自分で狩りに行くことにしよう。







 真夜中。

 俺は予定通り、屋敷を抜け出すことにした。


 グロッサリア男爵家の屋敷は、背の高い柵で囲まれている。庭には衛兵が巡回してる。

 けど、巡回のコースはわかってる。

 スキルを使えば、抜け出すのはそんなに難しくない。


 出かける前に、今のスキルを確認しておこう。




『ユウキ=グロッサリア』


 年齢:13歳

 種族:人間

 体力:D

 腕力:E

 敏捷:D

 魔力:C

 器用:D


 スキル:なし




 ルーミアたちを驚かせないように、普段はこっちのステータスに偽装してある。

 本当のステータスは次の通りだ。



『ユウキ=ノスフェラトゥ』


 年齢:13歳

 種族:不明

 体力:B

 腕力:B

 敏捷:A

 魔力:S

 器用:B


 スキル:飛翔。魔力血。気配遮断。氷魔術。従者作成。侵食。浄化。




 これだけスキルがあれば十分だ。


「──飛翔ひしょう


 俺は二階の部屋の窓を蹴って、外に飛び出した。

 ふわり、と、身体が浮かび上がる。

 まるで体重がないかのように、俺の身体は空中を滑り、そのまま敷地の外へと飛んでいく。


 たいしたこはない。魔力で一時的に体重を消してるだけだ。

 この身体だと、こんなふうに浮かぶのが限界か。人間っぽくていいな。

 

「よっと」


 俺は敷地の外にあった木の枝に着地した。

 再び枝を蹴り、飛び上がる。

 衛兵たちは気づいてない。『気配遮断けはいしゃだん』も効果を発揮してる。


「……朝までには戻らないとな」


 俺は移動速度を上げた。






 数十分後、俺は屋敷の近くにある裏山にいた。

 ここは魔物の出る山で、普段は父さまやゼロス兄さまが、狩りや魔術の訓練に使っている。

 ちょうどいい。

 人の来ない山頂を、俺の魔術の実験場にしよう。


 俺は木から木へと飛び移りながら、山頂を目指した。





『お待ちしておりましたー』


 山頂近くの木の上で、従者のコウモリが俺を出迎えた。


「出迎えご苦労。それじゃ魔術の実験をする。練習台になりそうな獲物がいる場所を教えてくれ」

『その前によろしいですか。ご主人ー』

「なんだ」

『お名前を、聞かせていただけますか?』

「ユウキだ。お前は?」

『名前はありません。ご主人の好きな名前をつけていただければ』

「ディックでどうだ?」

『ありがとうございます。いい名前です』

「昔の知り合いの父親の名前だ。死ぬ前に、俺にライルのことを頼んでいった」

『ご主人、お若いですよね?』

「ひとりごとだ。忘れてくれ。それより獲物の位置は?」

『ご案内いたします。ご主人がいらっしゃる前に、目星はつけておきましたのでー』

「頼む」


 俺は、コウモリのディックの案内で、枝から枝へと飛んでいく。

 しばらく進むと、木の根元にウサギがいるのが見えた。

 金色の体毛で、頭に角が生えている。『ラージラビット』だ。


 ちょうどいい。あれを狩ろう。

 たまにはメイドのマーサに肉を食べさせてあげたいからな。


『ラージラビットは警戒心の強い獣ですー』

「知ってる。角と後ろ足の蹴りがかなり強力だ」

『さすがご主人ー。博学ですー』

「一般常識だ。それに接近戦はしない。魔術の実験をすると言っただろ」

『火炎は光で、風は音で気づかれますよ?』

「俺の得意技は氷の魔術だ」


 前世では、目立たず静かに、がモットーだった。

 派手な大魔術なんか使ったら警戒されるからな。

 結局、それでも『聖域教会』には目をつけられたわけだが。


「音も光も、空気の震動もない」


 俺は木の幹に手を当てた。


「『こおれ』──『凍結行フリージング・ネスト』」


 俺の指先から、氷の糸が生まれた。

 それが幹を伝い、木の根元へと伸びていく。


『──!?』


 氷の糸は一瞬で、ラージラビットの足を絡め取った。


『キュ────ッ!?』


 異常に気づいたラージラビットが走り出す。

 けど、その目の前には氷の網。

 俺の魔術は周囲の木の根元に、氷の結界を作り出していた。


『──っ!! ──ィ!!』


『ラージラビット』が暴れ出す。奴はもう、木の根元から動けない。

 氷の糸は、完全に奴の身体を絡め取ってる。

 いくら力を入れても動かない。


「悪いな」


 俺は地面に降りて、ラージラビットに止めを刺した。

 しばらく吊して、血抜きをしておこう。


『す、すごいです。ご主人! あんな魔術、われわれでも逃げられないですー!』

「地味な魔術だよ」

『いえいえ。音も光も出ません! 獲物にだって気づかれません! 山で生き残るには最強の魔術ですー!!』

「それでも『古代魔術』には敵わないんだよ」


 通常の魔術は呪文の詠唱と、体内魔力を利用して発動している。

 だから手間がかかる。一度発動したあとは、しばらく間をおかないと使えない。

 俺の氷魔術はできるだけ簡略化かんりゃくかしてるけど、やっぱり連続使用はできない。

 でも『古代魔術』は違う。あれは魔力の消費が少なく、連射も効く。


 俺は前世で『聖域教会』の司祭が盗賊団を『古代魔術』で一掃するのを見たことがある。

 司祭は盗賊団が全滅するまで、火炎を撃ち続けていた。敵が降伏しても、止めなかった。

 俺が『聖域教会』には敵わないと考えた理由のひとつが、それだ。

 奴らの『古代魔術』は、ガチで戦闘に特化してるからな。


「俺にもっと強力な魔術が使えたら……今の俺になることもなかったんだけどな」

『ご主人ー。コウモリ仲間が、別の「ラージラビット」を見つけました』

「仲間がいるのか?」

『ご主人の話をしたら、みんな仲間になりたいと言いだしましてー』


 ディックがそう言った瞬間、空に黒い影が差した。

 見上げると、大量のコウモリが舞っていた。

 数はわからない。40か50。そのくらいだ。すげぇな。


『ご主人のすごさを、みんなにわかってもらいたかったのですー』


 コウモリのディックは、自慢するように翼を広げた。


『すでに、仲間のコウモリたちは、この山のすべてを把握はあくしております。この山はご主人の領土になったとお考えくださいー』

「助かる。お前は優秀な従者だな。ディック」

『おほめにあずかに光栄ですー』


 肩に乗ってきたディックの頭を、俺は指先でなでた。

 ディックに率いられたコウモリが味方になってくれるなら、山の情報はすべて手に入る。

 せっかくだ。この山は俺の拠点きょてんとして使わせてもらおう。


「ディックは数匹、俺との連絡係を選んでくれ。お前たちが手に負えない魔物が現れたときや、敵対する侵入者が来たときには伝えるように。お前たちを使役する代償だいしょうとして、俺が力をふるう」

『お心遣い、感謝なのですー』


 ディックが頭を下げると同時に、空を舞うコウモリたちが一斉に鳴いた。


「では、次の『ラージラビット』の居場所まで案内してくれ」

『承知いたしましたー。こちらですー』


 俺はコウモリのディックと一緒に、枝を蹴り、次の獲物のところに向かう。


 スキルの確認は終わった。

 飛翔。魔力血。気配遮断。氷魔術。従者作成。異種族会話。すべて使える。

 これを駆使くしして、この人生では全力で、人間のふりを続けよう。


「もう何匹か狩ったら、屋敷に戻ろう。計略つきで」



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