第2話「元魔王、前世のスキルを確認する」

 男爵家だんしゃくけの次男坊、ユウキ=グロッサリア。

 それが今の俺の名前だ。


 記憶が戻ってから3年経って、やっと前世の記憶と、今の記憶がなじんできた。

 俺は『不死の魔術師』ディーン=ノスフェラトゥで、男爵家の次男ユウキ=グロッサリア。

 どっちの記憶も、落ち着いて受け止めることができるようになったんだ。


「それにしても……なんだったんだろうな、あの時の声は」


 俺は転生したときのことを思い出していた。

 ライルに刺されるのは俺の計画のうちだ。だから、殺された後・・・・・のことも考えてた。

 前もって使い魔のコウモリに血を与えて、俺の魔力になじませておいたんだ。

 その後、ライルに刺されたあとで俺の魂をコウモリの身体に移植するはずだったんだけど。

 ……見事に失敗した。


 初めての魔術だし、死ぬのも初めてだったんだ。

 失敗するのもしょうがないよな。


 魂を移す魔術に失敗したあと、あの声が聞こえてきたんだ。

『……転生しますか?』って言われて、その後で意識が消えた。

 気がつくと俺は、人間に生まれ変わっていたんだ。


 誰が俺を転生させたんだ? 神か? でも、そんなものが本当にいるのか?

 前世で200年生きたけど、そんな存在とは一度も出会ったことがない。神がいたとして、俺を転生させる必要なんかどこにもないはずだ。


 わからない。

 今のところ、調べる方法もない。


「……あれから、どれくらい時間が経ったんだろう」 


 俺は部屋の椅子に腰掛けた。

 部屋に机と椅子、ベッドがある。机の上にあるのは、貴族としての礼儀作法を書いた本。壁に掛かってるのは、父さまと剣の練習をするのに使ってる木剣だ。


 鑑の前に立つと、今の自分の姿が映る。

 黒い髪に、黒い瞳。顔立ちは……まぁ悪くないと思う。あんまり強そうには見えないが、13歳ならこんなもんだ。

 身長は、同年代に比べるとちょっと低いくらい。


 これが今の俺、グロッサリア男爵家の次男、ユウキ=グロッサリアだ。


 ここはグロッサリア男爵家の領地。王都からかなり離れたところにある、ぶっちゃけ田舎だ。

 グロッサリア男爵家は子どもが3人いる。

 嫡子ちゃくしであるゼロス兄さまと、妹のルーミア。それとこの俺、ユウキ。

 俺は正妻の血を引いていない。庶子しょしだ。

 父さまはゲオルグ=グロッサリア男爵。正妻のテレミアさまはルーミアを産んですぐに死んだ。俺もルーミアも、顔は覚えていない。この屋敷にいるのは、あとは使用人だけだ。

 ……あ、例外がひとりいたか。


 とにかく俺は庶子だ。正妻の子ではない俺には、男爵家を継ぐ権利はない。

 だから、もうすぐ身の振り方を決めなきゃいけない。

 家を出てどこかの学園に入るか、それとも、冒険者になるか。


「……その前に、もっと人間を知るべきだな」


 ディーン=ノスフェラトゥは人間世界に溶け込もうとして、完全に失敗した。

 古城に住み着くまでは、化け物として追い立てられていて、古城に住み着いたあとは『フィーラ村』の守り神的な存在として、村人に協力してきた。

 その結果があれだ。


 前世の俺は人間じゃなかった。

 そして、今の俺も、本当の意味では人間じゃない。

 転生した今も、前世のスキルは残ってる。血も、魔力を大量に含んだ『魔力血』のままだ。

 成長期を過ぎたらたぶん、齢を取らなくなる。

 そのうち、人の世界からはずれていくはずだ。


 だから今世では『人間のふり』を極めようと思う。

 子ども時代のうちに、人間とはどういうものかを研究する。

 成長が止まって齢を取らなくなったら、今までの研究成果を活かして、人間の中になんとか溶け込むようにする。


「魔術はそのために使おう。人間を知って、その中に溶け込むために」

『キィキィ』


 ふと気づくと、窓の外から獣の声がしていた。

 コウモリだ。


「山の方から来たのか?」

『…………キィ』


 窓を開けて声をかけても、コウモリは逃げない。

 昔から、コウモリには好かれていた。

 そのせいで『吸血鬼の王ヴァンパイアロード』なんて異名をもらったんだが。


「ちょうどいい。魔術の実験に付き合ってくれないか?」

『キィ?』

「ちょっと待ってろ」


 俺は短剣で指先に傷を付けた。

 ぷくり、と血が浮き上がった指を、コウモリの前に差し出す。


「これは俺の血だ。『魔力血ミステル・ブラッド』と言って、魔力がたっぷり含まれている。これを飲めばお前は俺の眷属けんぞくとなり、知恵と力を手に入れることができる。どうする?」

『……キィ』


 コウモリは舌を出して、俺の指についた血を舐めた。


 俺の指の傷はすぐに消える。

 浄化能力もあるから、殺菌も完璧だ。


『……はじめまして、ご主人ー』


 コウモリは言った。

 俺以外には『キィキィ』としか消えないはずだ。


『力をくださり、感激ですー。すごいです。ご主人の血のおかげで、こうしてお話できるようになりましたー。お役に立ちますので、どうかよろしくお願いなのですー』


 成功だ。転生した今も『魔力血』は効果を発揮してる。

 前世と同じように、血を与えることで従者を作り出すことができる。


 もっとも、本人の同意がなきゃ従者にはできないし、相手を完全支配するわけでもない。『魔力をあげるから、ちょっと手伝いを頼むね』というレベルだ。

 それでも前世では警戒されたんだよなぁ。血を吸ってるわけでもないのに、吸血鬼、って。


「俺も力には目覚めたばかりだ。よろしく頼む」


 俺はコウモリの頭をなでた。


「さっそくだが、魔術の実験ができそうな場所を知らないか?」

『ワタシが住んでいる、裏山がよろしいかとー』


 コウモリは俺の肩に留まって、うなずいた。


『しかし、魔物が出ますので、注意が必要なのですー』

「どんな魔物だ?」

『ダークベア、ほろほろ夜泣き鳥、ラージラビットなのですー』

「その程度なら問題ない」

『すごいですご主人ー! ワタシなど、魔物に出会ったら、逃げるだけですのに!』

「夜になったらそっちに行く。その時は案内を頼むよ」

『お待ちしておりますー』


 そう言ってコウモリは飛び去った。


 前世のスキルが使えることは確認できた。

 本格的な実験は、夜、裏山に行ってからにしよう。


 こんこん。


 そんなことを考えてたら、ノックの音がした。


「ユウキにいさま。ルーミアです。いらっしゃいますか?」


 妹のルーミアの声だった。



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