辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜

千月さかき

第1章

第1話「前世の記憶」

 ディーン=ノスフェラトゥ。

 それは200年を生きる『不死の魔術師』、血を魔術の媒体とする『吸血鬼の王ヴァンパイアロード』。

 そして『深山に住まう孤高の魔王』の名前だった。


 その魔術師がいつ生まれたのか、誰も知らない。

 わかっているのは、彼が辺境の古城に住み、人知れず研究を続けているということだけ。

 不死の名の通り、200年を生きても若いまま。

 魔物を眷属けんぞくとして従え、ひそかに世界をうかがっているとも言われる。

 謎めいた『不死のロード=オブ=魔術師ノスフェラトゥ』ディーン。




 そう呼ばれた俺も、ついに最期の時を迎えようとしていた。




「よくぞここまでたどりついたな。ライル=カーマイン」


 扉を開けて入ってきた者に向かって、俺は言った。

 ここは俺ことディーン=ノスフェラトゥの居城。その最奥の間だ。

 石造りの広い部屋で、床には絨毯が敷かれている。


「…………ここにいたか。魔王……ディーン=ノスフェラトゥ」


 入って来たのは、年若いと言ってもいいような男性だ。

 年齢は20代後半。両手で剣を握りしめている。

 着ているのは布の服と、革の鎧。髪はぼさぼさで、無精ひげが伸びている。

 ずっと眠っていないのだろう。目はおちくぼんで、まわりにくまができている。


 勇者と言うにはみすぼらしい。

 立派なのは、握っている聖剣くらいだ。


 だが、奴が覚悟をもってこの場に来たのは間違いない。

 俺も、それらしい対応をしなければなるまい。


「『聖域教会』の犬め。震えているな。それでも勇者か?」

「…………」

「剣の構え方もなっておらんな。腰も引けている。それでこの『孤高の魔王』ディーン=ノスフェラトゥを殺せると、本気で思っているのか?」

「…………」

「来るがいい勇者ライル=カーマイン! このディーン=ノスフェラトゥが全力をもって、貴様の相手をしてやろう!!」

「…………ふ」

「どうした!? おくしたか!? それでも勇者か貴様!!」

「…………ふ、ふ、ふふふふふふふ!」




 がいんっ!




「ふざけんなああああああああああああああっ!!」


 ライル・・・は聖剣を床にたたきつけて、叫んだ。


「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなあああああっ!! なんなんだよこの茶番ちゃばんは!!」

「茶番て」

「ふざけんな我が主君マイロード!! どうしてオレがあんたを殺さなきゃいけねえんだよっ!!」

「泣くな馬鹿。さっさと剣を拾え。シナリオ通りにしろよ、ライル」

「…………我が主君マイロード

「決めただろう? 『聖域教会』を納得させるために、村長のお前が『不死の魔術師』『吸血鬼の王』『孤高の魔王』の名を持つ、ディーン=ノスフェラトゥを殺す、と」

「なにが『吸血鬼の王ヴァンパイアロード』だ! あんた一度も血なんか吸ったことないだろうが!」

「まぁな」


 そもそも自分で『吸血鬼』なんて名乗ったことないからな。

 でも、俺が人間とは違う生き物なのは確かだ。


 俺は自分がいつ生まれたのか知らない。

 気がついたらすでにこの姿で、世界をさまよってた。


 俺が年を取らないのは、世界に漂う魔力を吸収する力が強いせいだ。生まれつきの能力だから、自分でもどうすることもできなかった。俺の血液の中には、人の数百倍の魔力が宿っているのだ。


 それが身体をぐるぐる回っているせいで、齢を取ることもないし病気になることもない。

『吸血鬼』なんて呼ばれてたのは、自分の血を魔術の研究材料にしていたせいだ。

 俺の血は魔力の塊で、魔術の触媒しょくばいにぴったりだったからな。


 俺がこの土地にやってきたのは150年前。

 それまでの50年は、追われ追われての放浪生活だった。正直、思い出したくない。

 辺境でこの古城を見つけたのは、今まで生きてきた中で最大の幸運だと思ってる。


 それからは平和な毎日だった。

 古城がある山のふもとには、のんきな人々が住んでいて、俺を普通に受け入れてくれた。

 俺はいつの間にか村の守り神的な存在になり、静かに魔術の研究を続けてきたのだ。


 そんな生活がずっと続いていくと思っていたんだが……。

 とある疫病えきびょうが発生したことで、すべてが変わってしまった。


「あんたはなにも悪くねぇだろ。我が主君マイロード!」


 ライルは拳を握りしめ、涙をぽろぽろと流しだす。


「あんたたちは村の守り神で、オレたちにとってはとしを取らない親で、家族で、主君で、先生だったんだ! あんたはなにも悪いことなんかしてない。なんで死ななきゃいけねぇんだよ!!」

「だから泣くな。わめくな。おまえ村長で一児の親だろ」

「『死紋病しもんびょう』さえ流行らなければ、こんなことにはならなかったんだ! あんたは村を守ってくれただけなのに、『聖域教会』の奴らめ…………!!」


 ったく。

 ライルの奴、泣き虫なのは昔から変わらねぇな。


死紋病しもんびょう』とは、1年前に流行りはじめた病気のことだ。

 感染すると両腕に黒い紋章のようなものが浮かび上がり、高熱を発して死んでいく。この国の王都では千人単位の死者が出たらしい。


 この国の強力な宗教団体『聖域教会』も、かなり対処に苦労したそうだ。

 罪を悔いれば治ると説き、聖水で身体を浄化するように伝え、患者たちには食料を与えた。

 それでも死者は減らず、王都では、死者を埋める土地が足りなくなるほどだったという。


 それで『聖域教会』が批判を受けたわけじゃない。

 やつらもがんばったんだから、人々も俺も、なんの文句もない。



 問題は、うちの村では一人も死者が出なかったことだ。



 ライルがいる『フィーラ村』では、俺が徹底的てっていてきな感染対策をした。

 まず、『死紋病』の噂を聞いてすぐに、感染が疑われる者をこの城に隔離した。

 過去の経験から、流行病は空気感染することが多いと知っていたからだ。


 微熱でも、とにかく他の者から引き離し、熱が下がるまで俺が面倒を見続けた。

 俺には人間の病はうつらない。看病するには最適だった。

 村の者には空気浄化能力がある『ラニマルの草』で作ったフィルターを口につけるようにした。

 もちろん、手洗いうがいも徹底てっていさせた。


 そのおかげで、村の感染者はたったの5人。死者はゼロ。

 一番症状が重かったアリス──ライルの娘だけは、俺の血を与えて治療しなければいけなかったが、経過は良好。

 今は元気になって、村に戻っている。



 だが、逆に死者が一人も出なかったことで、村は『聖域教会』に目をつけられた。



『聖域教会』の司祭たちは村長のライルを呼びつけ、問いただした。


「どうしてお前たちの村では死者が出なかったのか」、と。


 奴らは俺のことを知っていた。

 そして、化け物の俺は、奴らが責任をなすりつけるのにちょうどよかった。


 奴らは言った。


『不死の魔術師』ディーン=ノスフェラトゥが『死紋病』を広めたのではないかと。

『フィーラ村』で死者が出なかったのは、『不死の魔術師』が邪悪な魔術で村人を眷属けんぞくにしたからではないかと。


『聖域教会』は『フィーラ村』の村人たちに命じた。


『貴様らが邪悪な魔術でしもべにされているのではなければ、この聖剣でディーン=ノスフェラトゥを殺せ。それをもって「フィーラ村」が潔白けっぱくである証とする』と。


 王家の承認を得て。

 俺を殺せば、『フィーラ村』は潔白となる、という証文まで渡して。


 ダメ押しとして、奴らは配下の『聖騎士』を村に送り込んできた。

 ライルが俺を殺せなかったとき、村人を罰するためだ。


 その結果、村長のライルが俺を殺しに来ることになった、というわけだ。


「なんで俺が──どうして俺が! 大事な我が主君マイロードを殺さなきゃいけねぇんだよ!! あんたは──俺たちの、一番大切な家族だろうがあああああっ!!」

「あのなぁ、ライル」

「オレは娘のアリスになんて言えばいいんだよ……あいつ、あんたのお嫁さんになるって言って聞かないってのに……」

「あの子はまだ小さいからな……。大人になったら、お前が人間の連れ合いを見つけてやってくれ」

「たのむよ、我が主君マイロード。逃げてくれよ……。『聖域教会』は、オレらがなんとかごまかしてみせる。古城の先は山だ。『聖域教会』の奴らには、そこまで追うことはできねぇ。奴らがあんたを追うようなら、戦ってでもオレたちが食い止める、だから!」

「お前、『聖域教会』がどういう組織か、わかって言ってるのか?」

「…………」


 ほらな、黙った。


『聖域教会』は強力な『古代魔術』と『古代器物』を独占してる、強力な戦闘集団だ。

 奴らを敵に回すとどうなるか、ライルにだってわかってるはずだ。


「俺を逃がしたりしたら、お前たちが追われる立場になる。まわりの村や町だって、『フィーラ村』の敵になる」

「……うぅ」

「もういいだろ。あきらめて俺を殺せ。ライル=カーマイン」


 時間がない。

 足音が近づいている。多い。聖騎士たちだろう。

 小さな城だからな。村の連中の時間稼ぎも限界か。



 だぁんっ!



 部屋のドアが開き、『聖域教会』の聖騎士たちが飛び込んできた。


「『孤高の魔王』ディーン=ノスフェラトゥよ!!」「『聖騎士』たる我らが、貴様に鉄槌を下す!!」

「──っ!?」


 聖騎士の声に反応して、ライルが聖剣を構えた。

 ──今だ。


「おろかな聖騎士よ、このディーン=ノスフェラトゥに勝てると思うか! 手始めにこの村人を血祭りにあげてくれるわ!!」


 俺は空中に飛び上がった。

 ライルが俺を見る。目を見開く。


 俺はライルにおおい被さるように、落下する。



 ──俺の心臓が、ちょうど剣先に当たるように──




 そして──




「────意外と痛ぇな」


 ライルの聖剣は、俺の胸を確実に貫いていた。

 上出来だ。


「…………『我が主君マイロード』……てめぇ」

「……泣くな、ばかもん」


 まぁ、悪い人生じゃなかったな。

 子どもを持つことはなかったが、家族のようなものはできた。

 最後に失敗したけどな。

 隠れ住むのに失敗して、巨大組織に目を付けられて、どうしようもなく追い詰められて……。


 だけど、いい。もう充分だ。


「……ここまで俺に手間をかけさせたんだ。無駄にするなよ。いいな。わかったな」

「……う、うぁ」


 俺の最後の指示に、ライルは無言でうなずいた。よし。

 ライルの肩を押して、俺は奴から離れた。


「…………さすがだな、勇者よ」


 俺は言った。

 その瞬間、口から血があふれ出す。

 痛ぇな。本当に。


 やっぱり、俺は年を取らないだけで、不死じゃなかった。

 剣で刺されれば血は出るし、致命傷を負えば……死ぬ。

 意識が薄れて……視界が……ぼやけていく。


 俺の血にまみれたライルと、奴の聖剣が、よく見えない。


 ……ライル。お前にはまだすることがあるだろ。ぼーっとしてるんじゃねぇ。

 覚悟を決めろ。息を吸い込んで、叫べ。ほら。


「……じゃ、邪悪なる魔術師ディーン=ノスフェラトゥは、フィーラ村、村長ライル=カーマインが討ち果たしたぁああああああっ!!」


 よくやったなライル。

 あとのことは、お前に任せた。


 俺の役目はここまでだ。

 次は俺自身の……やるべきことを……。


(……魔術を展開。魂を肉体から解放……)


 俺は準備しておいた魔術を起動した。

 こうなることはわかってた。その後の対策は、立てておいた。


 窓のところにコウモリが……いるな。

 俺はこれから、魂を肉体から切り離して、使い魔のコウモリに移植する。

 そうすることで、俺は奴の中で生き続ける──ことが──



 がくん



 やばっ。思ったより……意識が消えるのが、早い。

 魂の移植魔術が……うまく……使え……。


 …………失敗か。

 しょうが……ないな。

 失敗続きだな。本当に、俺は。

 もっと、人間をよく知るべきだったな。こんなことになる前に。


 そうすれば、ライルたちを巻き込むこともなく……平和に。

 次があるなら、人間をちゃんと研究して、それらしい生き方を──




『──転生しますか?』




 声がした。



『あなたは────の、転生条件を満たしました』


『────として、転生が可能です』


『この世界にふたたび────転生しますか?』




(……できれば)


 俺は思わず答えていた。




『本人の同意を確認しました』



 声が、ゆっくりと、消えていく。

 いや、消えていくのは俺の意識か。




『あなたを、人間として転生させます』




 その声を最後に、俺の意識は途切れてしまったから──



「……またな」



 最後の言葉を自分が口に出したのか、そう思っただけなのか、

 ライルがそれにうなずいたような気がしただけたったのか、



 今でも、俺には、わからない。







 そんなことを、10歳の誕生日に思い出した。

 前世の記憶を取り戻してから3年。今の年齢は13歳。

 男爵家の次男坊として生まれ変わった俺は、今もこうして生きている。

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