第4話 山田肇くんと危険な結婚式

山田肇は結婚式の招待状をもらうような年になったことに落胆した。彼のもとに写真と便箋が届いたのである。差出人は幼なじみの渋江勇也である。中学まで同じだったものの、彼は県外の私立進学校にいってしまいそれ以来であった。隣に肩を組んでいるノースリーブでしっかりとした体型の女性が気になったもののそれより、背景に写っている尋常ではない灯りが謎であった。


彼が突飛な男であったことは、肇の記憶と照らし合わせても間違いなかった。幼少期、親にせがんで肇が猫を飼い始めた。今でもなんとか生きているホルスタインと似た柄の雑種の雌猫である。名前はクロミとつけた。

猫を飼いはじめしばらく、クラスメイトたちに自慢していると、渋江は俺も飼っていると言い出した。彼の家に遊びに行ったことがあるものの、なんの生物も飼育していなかった。しかし翌日、インスタントカメラで撮影したふてぶてしい縞模様の猫の写真を持ってきた。名前はユンというらしい。拾った猫なので性別は分からないとのことだった。後日、スーパーマーケットで「迷い猫さがしています」というポスターがあり、こちらを真っ直ぐに見つめる猫の写真の下に「ミカン ♀」と書いていたが、間違いなくユンちゃんであった。


珍しく自分の部屋に招いた鈴音さんにその話をしたら、渋江さんが迷い猫をたまたま拾ったのと聞いた。

肇も最初はそう思っていたが、中学を卒業するまでの間に、渋江が何度か窃盗をはたらいているのを見かけた。そしてその猫も道を散歩していたのを強引に連れ帰ったのではないかと予想していた。彼との仲といえば、そのようなことしか思い付かない。そもそもeメールを使い始めてから手紙をしたためることはなかった。両親にでさえ、である。だから、奇妙なのであった。


『山田肇さま

前略してもええでしょうか。

お久しぶりです。いきなり手紙がきて驚いているでしょうが安心してください。なにかの勧誘とかではございませんから。

この度、私たちは結婚することになりました。同封した写真がパートナーのエイデンです。もし都合がよろしければきたる6月20日にロサンゼルスにある彼女の実家ちかくのホテルで挙式をあげますので、ぜひご参加ください』


もちろん山田肇には行く理由がない。そもそも彼との関係性を考えたら、どうして招待状が来たのかすら分からない。

すると、鈴音さんはどこで見つけたのか肇の通帳を眺めて、二人でロサンゼルスに行くには十分すぎる額があると言った。

その夜、鈴音さんに布団を差し出して自分はカーペットの上で毛布にくるまって寝ていた。身体が痛むから深く眠ることができずにいた。そして、行ったことのないロサンゼルスから渋江夫妻に手招きされるという変な夢を見てしまった。執拗な手招きであった。


肇は職場に向かう途中の電車などでこれほどまでブライダルを強要する社会であったのかと気づかされため息をついた。同僚の柳氏につい愚痴をこぼしてしまった。すると奇遇なことに柳氏のもとにも披露宴の招待状が届いていたらしい。

ある日のワイドショーの特集では空前の結婚ブームと題されていた。国内外の俳優や実業家をはじめ、なんと前年より5割り増しであるそうだ。性別も問わずというから、評論家のひとりは「世界的な運動が功をそうしてマイノリティの立場というものが広く知れ渡ったことが重要である」とのコメントをしていた。 目出度いなと肇は感慨深くニュースをみていた。


しばらくすると、手紙が届いた。差出人は同じく渋江からである。内容は、知人たちに乞われ日本でも披露宴をすることになったというものであった。山田肇は心の底から拒否反応をしめし鳥肌が立ってしまった。ロサンゼルスだから断ろうという魂胆だったもののなに日本でやろうとしているんだと。これでは断るために連絡をしなければならないではないかと。公私を問わず書類作業が大嫌いであるため、つい、その手紙をゴミ箱に捨ててしまった。これで山田宅には連絡が来なかったのと同義である。むしろ廃棄物を送りつけたのだから向こうの方が倫理的にどうかしているともいえる。


そんなことを忘れて、飛び込み営業をぼちぼちと行っていると、折悪しく、渋江本人に往来で鉢合わせてしまった。

来てくれるか、と渋江が笑顔で聞いてきた。その日は仕事だからと断った。

「そんなの、許すはずないじゃん」

山田肇は首筋がひどく痛み呼吸が極めて困難になった。

目を覚ますと真っ暗のなか虫の威嚇するような音が響き渡り辺りにただようのは捨て忘れた掃除バケツの中の汚水のような臭いであった。肇は目を閉じた。

「…、………、……、…………」

「―、――」

耳を澄ませば、虫のような音にも違いがあることに気がついた。耳がいかれているだけかもしれないが。

「目を覚ましているのは分かっていますよ」

渋江の声がした。

「貴方のような協調性のない人間のせいでこちらは頭数揃えるのが大変なんですから」

奥の方でくぐもった声がしていた。それは人間のだす声で間違いなかった。

「あ、おかね、もってない」

口を動かすのも激痛で、思考することもままならない。もっとも、眼球が奈落に落ちるように感じるほどの眠気に抗っているので、痛みは二の次であるが。

「金塊なら考えますけど、銀行券は、うちじゃ無力ですからねえ。それより貴方たちを沢山つかまえたほうが儲かるんですよ」

渋江のようなものがニンマリしていると、まるで後光がさしたように眩しくなった。そして人間の足音が響いた。

「でも、肇くんは連れていかせないから」

鈴音さんの声がした。いきなり現れた彼女に大木が折れるような轟音で威嚇するものがいた。しかしそんな大木の折れる音はすぐに山火事のような断末魔にかわった。

「いや、待て、これはまずい。うぁぁ、どうしたものか、全員待避だ、………、………、…、…、…」と渋江の声が虫の輪唱のような声に変わっていった。肇は目を閉じたままであった。しかし戸惑いと恐怖に支配されているということだけはわかった。

「肇くん、もう大丈夫なはずよ」と肇は鈴音さんに揺らされピチピチと頬を叩かれた。肇は神経毒が全身にまわり身動きがとれずにいたものの、正確に五回、唇を動かすことはできた。


彼は搬送され即入院が決まった。つまらないワイドショーをながめる生活のなか、目を離せないニュースが飛び込んできた。

「惨劇! 結婚式に宇宙人? 集団失踪の謎!!」

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