老いた模写士が拾った女は雪を纏った㿟い魔女

剣の腕に覚えはあってもそれは又昔の事。

今となっては木杖に頼らなければ歩く事もままならぬ。


懇々と冷えこむ冬が長く続くこの土地

通称豚芋男爵が納める領地では豚と芋だけが特産となる。

むしろそれだけしかないとも言われてる。


細肉長背を自他共に自負する彼は亜人であったが

片足を引きずって歩く。若い頃に怪我を負ったからだ

仲間達の犠牲のみによって命だけは拾うことが出来たが

亜人の多くは狩猟民族であり狩りや戦を好み生活の基本とする。

その点に置いても他の者と同じような事は出来なかった。

あの戦の後剣を捨て子供の頃に夢見た絵師を目指したが

生まれ持った才など有ろうはずもなく師匠にはお前は旅の絵師当たりが

似合うだろうからとっと何処へでもいくが良いと言われてしまう。

要は体の良い破門と言う事だ。


最初はそれでも良かったが元も才もないのだから絵描きで食えるはずもない

三十の年を迎える頃には日々の路銀にさえ困る生活となる。

食うに困った彼を哀れと思い施しを与えたのは良人などでなくむしろ

その逆でもなかった。動く度に骨がきしむ足を支える杖も長い時間には

絶えられず真ん中から折れてしまう

それの修理に入ったやたら古い雑貨錬金の店の店主が言う。

これはもうダメだから新調したらどうですかと。

路銀が足りないと言えば何か代わりのものでもいいですよと言われてしまい

彼は仕方なく得意とは言えぬが店主の似顔絵を描いて見せる

描いた本人は兎も角店主の方はいたく気に入り新品の杖の他に

一冊の本を付けてよこした。何やら忌みありげな男が持ちこんだものなんですが

店にあっても売れないからと半ば強引に押しつけられる

まぁ長旅の友にはなるでしょうと店主は笑う。


革表紙に腹を裂かれた鼃の紋章が絵かがれた本は大きく分厚い物だった。

持ち運ぶのも大変と言う事だろう。本背に丈夫な金具が取り付けられて折り

そこに肩紐をくくりつけて肩に担ぐ。それでも彼の年になると辛い物があった。

本の中見の大半は白紙でありそれ以外はいろいろな物が雑多に書き込まれている

刻に神話であり刻に寓話であり刻に悪事や呪詛さえある。

彼は旅の合間に聞いた話観た事を自分の筆で書き加える事にした

刻に貴族の結婚式だったり実験に失敗して自殺しようとした錬金術士の話

だったりと勝手気ままに本に物語を刻んでいく。

それが月日を重ねて齢六十を越える旅の模写士・ハルトマン・グレゴリウスの

人生だった。


「寒い・・・。寒いのぅ・・。」

当たり前だった。

ハウトマンが次の街に向かおうと決めたのは昼過ぎだった。

しかしこれも又運悪く最近また目がかすむようになったが

愛用の眼鏡の蔓が曲がってしまい修理に時間がかってしまう。

夕方も過ぎた当たりで街の門番に今の時刻から外へ出るのは危険ですよと注意されたが

この地方の冬を舐めていたらしい。

途中から津々と雪が降り出し直ぐに頭の上に積もる。

「失敗したのぉ〜〜〜。これは雪の大地でのたれ死にかのぉ〜」

頭に積もった雪をはらっても直ぐに払うまえと同じくらいに頭の上

に雪が積もる。

「こりゃ無理だ。いよいよ冥府の男神様が迎えにくるのかもしれん

儂としてはミルの大川の刻の女神様の方が好みじゃが・・」


年を重ねると独り言も増えるらしい。

一人そう思い困ったものだと愚痴た時、近くの森影でドンっと爆発が起こる。

ハルトマンはビクッと体を震わせる。

まったく予想もしてなかったのもあるがこの年になってまでまだ怖い物が

有るのかと言う思いにも駆られてしまう。

もっともハルトマンが思い出したのは彼の戦で使われた火薬樽を踏んで

しまい脚に大怪我を負ってしまった時の事だが。

それでも齢を重ねれば驚く事にも慣れるのだろう。

直ぐに気を取り直して爆発らしき物があった場所を確かめる


その場所は直ぐに解る。

遠く藻ない所であり降り積もった雪がまるで粉塵のように再び舞い

上がったからだ。

ドドンっと言う音は後からやってきた。

「ふむ。なるほど。こんな雪奥の森でも人はいるらしい。何か暖を取れる物を

持っていれば良いが」サクサクと杖を付きながらもハルトマンは雪が舞った

場所へ歩いていく。


白い雪景色の中で白いローブを着た女が地に叩き付けたのは火砂珠だった。

堅い大地にぶつければ火砂が炸裂して爆発する戦機のひとつでもある。

しかしここでは大地を雪が覆うってしまってるから思い通りに火の手は

上がらなかった。

ただ少しばかり雪が大げさに飛び散って大きな音がしただけである

「お師匠様。今ので最後です。もう次がありません」緊迫した声が師匠と

呼ばれた女に掛けられる。

「そ・・・そんな事いったて。なんとかしとくれよ。火珠がだめなら水珠でも」

「ない物はないんです。大体夕方過ぎて街を出ようなんて無理なんです。

しかも北壁に向かうなんて・・無茶すぎます。とっ。兎に角、戦機の在庫は

ないのです」半べそを掻きながら大きな鞄に手を突っ込みアレでもない

これでもないと慌てる従者当たりに散らばるのは棒飴や石けん化粧水どれも

日用品ばかりだ。

「ええぃ。こうなれば死ねばもろともだわ」と女は足下の雪に手を突っ込んで

それを丸め拳くらいの雪球をつくる。それを「えいっ」と言う掛け声と共に

目の前の敵にぶつける慌てて従者もそれをまねるが所詮はかよわい女と

幼い亜人。細腕から投げられるのは雪球である


㿟いローブの女から投げられた雪球はボコっと音を立てて顎鰐族の頭に当たる

音は大きいが所詮は雪球である。

先ほどの戦機には身の危険を感じたがこの女は土地感はないらしい。

火珠などの戦機は何か固い物に強くぶつかって器が割れてこそ強大な力を

生み出す大地が雪では効果は薄い。盛大な音はしたが舞ったのは雪だけだった。


「どうするんだ?兄者。獲物に出会ったはいいが歯ごたえがなさ過ぎる」

「どうするって。女は犯す。嬲って犯して最後には〆る。きまってるだろ?

従者の犬っころは皮を剥いで襟巻きにでもすればいい。弟者よ」

「何ですって!こんな寒いところで。いたすのは嫌で御座いますっ」

「襟巻きになるのも嫌ですっ」女も従者も口を尖らせて異議を唱える


「なぁに。寒いと思うのは最初だけだ。直ぐに体も火照ってきにならなくなるさ

ついでに〆られてしまえば寒さは感じないだろう」

兄の顎鰐族は下品に嗤い。弟の顎鰐族は卑しく腰を振ってみせる


「楽しそうに淑女方と戯れているところもうしわけないがね。

北壁城と言うのはどっちだろうか?」

獲物を前にいざ、事に掛かろうとしたところで邪魔が入る。

「なんだ・・貴様?こんな所で何してるだ。」と兄の顎鰐族

「うむ。年上の者がわざわざ丁寧に道を尋ねてるのだよ。若い鰐の兵士よ

最もただ道に迷った老人ではあるがね。」とハルトマンは杖を突きながら

㿟い女達と顎鰐族の間に入る。


「しかし、淑女の方々も物好きですなぁ〜。月の夜も巡ると言う頃に

こんな寒い雪中で鰐の輩とお戯れとは。果て?これはもしかして流行の軟派と

言う奴ですかな?

早々、これは中々面白い言葉でしてな。軟派とは昔は軟弱な輩を刺して

おりましてなぁ

さては、お主等。ご婦人には相手にされない輩なのかね?」


「物好きって。好きでこんな輩の相手をしてるわけじゃ御座いませんっ」

と女が言えば

「相手にされないってなんだ。我等を愚弄するか?この唐変木の爺」

と顎鰐族が怒る


「ふむ。齢を重ねた年上の者は敬うのが世の若者のつとめでですよ?

双方とも躾がなっておりませんなぁ〜」杖を突いたまま腰に携えた大きな

本の角をハルトマンはトントンと叩く。


「お助け下さい。老師様。」㿟い女は素直に言って頭を下げた。

従者もそれに習う。


「ふん。我等顎鰐族の戦士に老体如きに何が出来る!拳ひとつで潰してやるわ」

ドンと言う音が響き顎鰐族の弟は雪の地を蹴ってハルトマンに突進する。


ハルトマンは老いている。亜人としても年を重ねている。

若い頃よりも早く動く事も高く跳ぶこともできない。

それでも顎鰐族の突進をスルッとかわした。

もとよりあまり動いてないようにさえ見える。

老人の体を素通りした顎鰐族は勢い余って盛大に大木に体をぶつけ頭に雪が

大量に落ちてくる。


「踏み込みが甘いのぉ〜若いのぉ〜。雪に脚でもとられたか?

子供の遊び事でも有るまいし。お主。それでは雪だるまだぞ」

「なにぉ。馬鹿にしよってぇぇぇ〜〜〜_


顎鰐族は怒り心頭で憤怒の如く跳び起き渾身の力で大地を蹴って突進する


半身に構えたハルトマンが握ったのは杖だった。

抜刀したのは自分の脚を支える杖だった。


銀色の閃光が一閃。

返す刃で又、一閃。

煌めく銀の光りは収まらず顎鰐族の腕が落墜ちる

四肢が墜ちる。


ヒュン。ヒュンと音が耳に届く度に顎鰐族の体は腕を失い

四肢が離れ、最後に首が跳ぶ。

瞬時の内に肉塊となったそれはドサっと音を立てて地にの上に

バラバラに散らばる。


パチンと音を立てて仕込み杖に刃を納めたハルトマンは不満を漏らす

「うぬぬ。八つか・・。腕が鈍ったかの?儂も寄る年月には

勝てんと言う事かぁ」

白く染まりつつ顎髭に手をやり大きな本の角をトントンと叩きながら

残念そうに言う

ハルトマンのそれを強く否定したの顎鰐族の兄だった。


「いや、それは違う。アンタはちゃんと10回斬った。

右腕の肘を切り落とし更には指も2本墜としてる。10回だ。

間違いなく十連斬となる。

・・・かつて遠方の戦で二本の細双剣を使い相手の体を十に刻む剣士がいたと

聞く銀光の十連斬とそれは呼ばれ、戦さ場では銀色の悪魔とよばれた男。

それが銀光のハルトマン。その人だ。」


「それは古い名前だ。若い顎鰐族の戦士よ。儂にはしっくりし

こないしいらぬ二つ名じゃよ」

ハルトマンは顎髭を弄りながら苦笑いする。

顎鰐族の兄は笑いもせずに続ける。

「そのハルトマンが目の前にいる。

しかもだ。あの技は二本の細剣をつかっての十連斬であろう?

貴殿は今それを一本の杖でやって見せた。技の精度が上がってることになる

何が老体だ?その頃より腕を上げてるくせに。

それでは我が幾ら踏ん張って見せてもかなうはずはない。

弟は運がなかったのだろう。此処は引かせて貰うが・・・・。せめて・・・。

顎鰐族の兄は戦士であり紳士だった。

弟の遺骸に無造作に近づくと顎鰐族に戦士での証の首飾りを拾う。


「顎鰐族が戦士の一人。トレヴァンと申す。いずれまた出会うときは

それが良き戦いとなるように祈る。それと北壁はあっちだ。」

彼は民族特有の礼をきすびを返して雪中に消えていく。

その背にハルトマンも又。戦士としての礼を送る。


「くしゅん!ガクガクブルブルで御座います。」

「くっしゅん!ガグブルです。お師匠様」大きなくしゃみと小さなくしゃみが

雪中に響く。

「おやおや。これは失礼。ご婦人方の事を忘れておりました。

どうもこの年になると一つの事で頭がいっぱいになりましてなぁ

何か燃やせるものでもあれがいいが・・。」

ハルトマンは大きな本の角をトントンと叩きながら当たりを見合わす。


彼が火を起こしくべたのは顎鰐族に散らばった遺骸だった。

彼らはもともと巡回兵だしそれであるから荷物は軽い方が良い。

㿟い淑女とその弟子に出会った事さえ滅多にない偶然だった。

この津々と降り続ける雪の中で仮にも火をおこせば

遠くからでも火灯は見えるだろうから直ぐに別の巡回兵がくるかもしれない

それでも今宵は月夜の女神が彼らに小さな幸運をもたらしてくれた。


「ちょっと、トミル。離れないさいよ。アタシが寒いでしょ」

「お師匠様こそ、年頃の癖に殿方にくっつぎすぎです。

淑女らしく慎ましくしてください」

「だって寒いんだし、お前は毛皮があるでしょ。」

「お師匠様だってコートきてるじゃないですか?アタシの毛だって雪で

パリパリで冷たいんですぅ」淑女と少女がハルトマンの胡座の上で体を

寄り添えて場所取りをしていた。

ハルトマンは困惑しかりで二人をたしなめるのさえ遠慮がちである。

寒さしのぎとはいえこの年になって若い淑女と年端の行かない娘に柔肌を

押しつけられてると思っていなかったしこれが若い頃なら勢いに任せてと

言う事もあるのだろう。それでもハルトマンは紳士的な対応をしてみせる。

内心はどうであろうともわざと大きな咳払いをして耐えてみせる。


翌朝早くに雪が止む。

出かげ様にハルトマンは灰となった顎鰐族の遺骸を集め小袋に詰める。

愚行であったかもしれないが戦さ場でありハルトマン達は彼のおかげで

凍え死ぬ事はなかった。礼と敬意を示し彼の灰を袋に詰めた。

㿟い女が小さく祈りを捧げ供の少女もそれに習う。


陽の男神が恵みの光りを振りまくように凍った雪が少しづつ溶けていき

ハルトマンと㿟い女の一行は飴雪となった地を踏みしめ顎鰐族が示した北壁城と辿り付く。

旅の模写士とその一行が辿り付いた北壁の城は騒然となった。

北壁城に詰める兵士達は銀光の騎士ハルトマンより㿟い女の方に喝采を

送ったのだ。

もとよりハルトマンの二つ名は過去のものでそれと知るものも今は少ないだろう

年老いた模写士より㿟い女の素性の方が喝采をあびて当然だった。


「いやはや、こんな辺境の城にわざわざ御方が脚を運んで頂けるとは

恐縮しかりで御座います。貴方様がいらしてくれたなら北壁の壁も春まで

持ちこたえることはたやすいですな。はっはっはっ」

北壁を預かる指令官は㿟い女にと弟子に温かいスープを勧める。

「此方の殿方に道中救って頂きましたの。私と同様領主様の客人として

扱って下さいましな。よしなにです。」

「おおっ。そうで御座いましたかが、我等の恩人でもあるわけですな

これは失礼しました。オイ。御人殿も客人として丁寧に迎え入れろ。」

直ぐに担当少年兵が駆け寄ってきてハルトマンにスープを渡す

彼は遠慮がちにそれを受けとり一口だけ啜ってみせる。


客人としてハルトマンが通された部屋はあまり広いとはいえなかった。

それでも一通りの家具や寝具の他に少し大きめの寝椅子がおいてある。

やはり最近は疲れが溜まりやすいのだろう。

肩から大きな本を寝椅子の上に落とすと自分の身をもそこに沈め

脚を伸ばし背もたれに首を預ける。


豚芋男爵と言う名は俗称である。

ツゥ・キャドワラ・レドブルガ男爵それがこの地を統べる領主の名となる

領民やその他の者はあまり彼をよく言うことはないが

ハルトマンは懇意にしてた。彼の父と友人であり男爵自体の幼少も知っている

あれはわざと悪ぶっている節があるが本来は値の良い男である。

だからこそ冬の大地にさえ老体の脚を運んだのだ。


レドブルガの領地は決して豊潤な土地とはいえない。取れる作物も多くはないし

北壁と呼ばれる鉄の壁の向こうには顎鰐族と言う戦闘民族の亜人がいる。

戦と餌を求める彼らは北壁を越えツゥの領地の先にある交易都市を狙う。


北壁の外は寒い。

しかしその中は十分に暖められている。そうでもなければ顎鰐族のとも戦いきれないと言う事だろう

客人としての扱いもあり彼ら一行の食事は豪華な者となる。

その席で㿟い女は始めで名を明かした。


「ハルトマン様には窮地を救って頂きましたが分け合って此処に来るまでは

名を伏せておりました。

私、㿟い海の軍師。ソム・ツワレ・ビヌ。と申します。此方は弟子の徒トミルです

以後、御見知りおきを。旅の剣士様」

主人の紹介にも関わらずトミルは口の中の肉をかみ切るのに夢中で軽く目で挨拶しただけだった。

「なるほど。合点がいきましたな。㿟い海の軍師様となれば高名の名となる

おいそれと名乗るわけにもいきませんな。まぁ此方は一介の老体故、

気にとめずとも」

ハルトマンは軽く笑いその場を繕う。社交辞令と言う奴だ


㿟い海の軍師の名はハルトマンも知っている。

著名であり高名でもある名ではあるがその悪名も又高い。

まず、軍師としては有名であるが主人には仕えない。

彼女は傭兵であり金銭で動く。同じ戦さ場であっても相手が

より大きな金額を払えばそれまでの自軍をあっさり見限って相手に付くこと

さえ有ると聞く。

しかし、その腕は確かで今まで負けたことは三度としかないとも噂されている。

勝つことに異常に執着するためにその犠牲を考えないことさえあると聞く

つまり優秀な軍師ではあるが同時に雇い主には諸刃の剣であり危惧するべ

き存在でもあった


慎ましい淑女らしく優雅な手つきで料理を口に運ぶソムは美しく

噂に聞く辛辣な軍師には見えない。よく笑い。良く喋る。

隣のトミルはよく食べる。

和やかな食事ではあるがハルトマンは何処か落ち着かない感じがする。

女は女を演じる。仮面も被る。ソムの仮面はきっと冷たいものだろう。

長年人生を渡り歩いてきたハルトマンは何処かに引っかかるもの感じて

さえいた。


極寒の地まで旅してきたとはいえハルトマンはツゥの顔を見に来ただけであり

ついでに北壁とやらを観てみたいとおもっただけだ。つまりは気まぐれである。

それに対してソムとその弟子には仕事があった。

それも中々骨の折れる仕事である。

「大体、何もかもが滅茶苦茶だし。色々足りない物もある。

それと寒いってばぁ」

「そんな事言ったってお仕事受けたのはお師匠様でしょ?

それに暖箱何個もってるですか1個くらいアタシに下さいよ。」

北壁の天壁で文句を言い始める軍師と助手。

「アタシは冷え性なんだよ。お前には毛皮があるだろ?むしってやろうか?」

「お師匠様の襟巻きになんかなりませんからねぇ。」紅い舌を出して

あっかんべぇをする弟子


「それよりトミル。あっちの方は調べて有るのかい?」

「ええ、ちゃんと調べてますよ。ちゃんとですねぇ」意味ありげにトミルはほくそ笑む

「なんだよ。その顔はぁ〜。ませがきみたいな嫌らしい顔してぇ〜」

「お師匠様こそ。女の顔になってるじゃないですかぁ〜

。普段は冷たい顔なのに」

「五月蠅いね。アタシだってこれでも女なんだよ。ぷんっ」

意味ありげな女同士も乳茶を差し入れにきた美男子の副隊長の姿が見えると

急に猫を被ったようににこやかに笑う。女の変わり身は常に早い。


領主が㿟い海の軍師に依頼したのは北壁の守りを固め来たる春までのあいだ

出来るだけの現状で北壁を守り切ることであった。

本来ならこの地での戦いは長い冬が開け春を迎え次の冬が来るまでの間続く

つまり冬の間は戦と言う戦は行われてはいない。

しかし近年は様子が違い冬場には自分達の領地から出てこない顎鰐族が

他の季節よりは少ないとはいえ北壁を攻めてくるようになっていた。

領主としては冬の間の北壁を守るのはには兵も資金も足りず

春が訪れるまで何とか乗り切って欲しいと言うのがソムに化せられた

仕事となる。そしてこれは厄介なものでもあった。


北壁は領地の境に沿って作られており長い代物である。

所々に見張り台と拠点と補給所がある。

しかしそれ等は離れているので守ると言っても手間が掛かる

ある一点を顎鰐族が攻めてきたら見張り台の兵士が指揮書に連絡を入れる

指揮書では兵舎拠点に指示をだす。

そこではじめて兵員が動き出し戦さ場へと北壁の上を走って駆けつける事になる

兵士が駆けつけた頃には顎鰐族の数が多くなり対処が遅れてしまう。

顎鰐族も心得ておりある程度攻めたら一反戦さ場を引き上げのろしをあげる

それをみて又別の場所を攻め始める。北壁の兵士はそれを見て

慌ててまたその場所へはしる。


「これでは守り切ると言っても手間が掛かりすぎるだよ」

戦卓に両手をついてソムが言う。その顔は正に歴戦の軍師のそれとなる」

「そうは言っても兵が足りんのです。物資もそうですが・・。」

答えるのは幾年もこの北壁を守る司令官となる。

「今更兵士の補充とかむりなんだろうしねぇ〜〜」

「まぁ、そう言うことになりますなぁ〜。此処は㿟い海の軍師様のお力で・・・。」

「それもねぇ〜〜。ない物はないんだし。

我慢してやりくりするって言ってもねぇ〜」

ソムは細く㿟い指を唇に持っていきながら宙を見上げ思案に暮れる。

はたから見れば戦事を深く考えてるようにみえるのだが

㿟い海の軍師。その弟子は見抜いていた。

(お師匠様ったら。またあのお方の事考えてるし。男の事となるとほんと

見境ないだからこまったお人だこと。あとあの残念な趣味もあるし)

トミルは自分の乳茶がなくなっているのに気づいてお変わりを取りに

食堂へむかう。


「すいまぁ〜〜せん。乳茶のおかわり下さいませです」と元気に強請るトミルに

厨房奥から声かが掛かる「ハイ。ただいまお持ちしますねぇ」と

若い料理人の後ろにハルトマンが立っていた。

「あれ?剣士様こんな所で若い女性を口説いてるんですかぁ〜?」

意地悪に問い詰めるトミルに老剣士ハルトマンが答える。

「なぁに〜。これでもまだまだ若い者には負けんでなぁ。それに老いた脚にはこの地は辛い温かい乳茶をねだりに北だけじゃよ。

それに若い女性と話すのは元気になるしな」

「何処か元気になるんですか?そこくわしくですっ」

「あらまぁおませさんだこと。」若い料理人が明るく笑う。

(やっぱり口説いてんだぁ〜。この御爺様やり手ですねぇ〜〜。

角におけないです」


翌朝。まだ津々と雪が降る中、ハルトマンは北壁を出た。

私用が有るからと言い護衛さえも断る。

何かあれば火狼煙をあげるからとだけ兵士に伝える。


ハルトマンは知っていた。

北壁の守りには穴があることを。

鉄の壁で作られた巨大な北壁ではあるがその外側と内側には何カ所か通り道と

抜け道がある

知る人が知る抜け道をとおれば北壁の内側から外側のしかも顎鰐族の領地近く

まで抜けることが出来る。それは本当に一部の者しか知らず勿論顎鰐族にも

未だ知れてはいない。


ハルトマンは何度も道を変え足跡を消し当たりを付けた場所にたどり着く

山の尾根から隠れた場所にそれはあった。顎鰐族の兵舎となる。

ハルトマンは杖の先に赤と青の組み紐を結びわざと大きくそれを振る

兵舎の見張りに見えるようにだ。


程なくして顎鰐族の兵士がやってくる。その身の丈は高く体もハルトマンより

大きい。

雪中に杖を刺し両手を添えるハルトマンに

「何のようだ?」ときつく問いかける。

「古い慣習に則っての事だよ。儂としても長いはしたくない。

先日、北壁を来訪する前に顎鰐族の兄弟と剣を交えた。

弟殿は儂が仕留めたが縁あって兄殿は帰った。

実はその弟殿に助かられた。彼の遺骸が凍える我等を暖めてくれた。

これはその礼と感謝だ。弟殿の灰となる。兄トレヴァン殿に届けて欲しい」

「ふむ。礼儀正しい老戦士のようだ。貴殿の名は?」


「戦士ではないよ。只の老人にすぎない強いていば老いた模写士というとこか」

「ふむぅ・・用件はしかとわかった・・しかし・・・。」


ゴウと音を立てて雪塵が舞う。

その勢いと量は当たりの全てを消し去る。

顎鰐族が太い腕で雪を凪いだのである。

地から天へその雪は舞い上がる。直ぐに顎鰐族は突進する。獲物目がけて。


ザザザっと雪が地におちて視界が開ける。

顎鰐族の眼前には一本の杖が突き出されている。

その腕にも四肢にもビリビリと痛みが走る。

特に当分右腕を上げる事は出来ないだろう。

襲った顎鰐族は笑う。

「何故故にだ?若いの?」

「件のことは知ってる。しかし興味を引いたのはそれじゃない。

その大きな本だよ。ご老体

お主・・・蟾蜍の模写士。忌むべき本の持ち主だろ・・・くく。

俺には剣よりそれの方が

面白い。それでもさすが峰でうっても8カ所同時とは恐れ入っ・・。」

全部言い切る前に顎鰐族は地に墜ちて意識を失った。


「貴殿もまだ若いようじゃの。ちゃんと10回撃っておるわい。

凍え死なねばいいがのぉ」

古から伝わる忌むべき模写の本を持つ老剣士はもう一度見張り塔に迎えを

よこせと杖を降ってやる


「やれれや・・。昨今の若い者は後先考えず突き進むばかりでいかん。」

ハルトマンは首を横に降り再び降り始めた粉雪のなかに姿を消していく。

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