十三匹の蟾蜍

天鼠蛭姫

近眼の模写士は食事の前に蟾蜍の似顔絵を描いて魅せる:壱ノ噺

螳螂猫族の女が持つ本は大きい

手に持っていると言うのでなくあまりに大きいので本背の上下に金具を付け

革紐を取り付けてありそれを肩に掛けて歩く。

女は細く長い指で束をなぞりながら時折り指でトントンと叩いて

リズムを取って歩く。


人に聞かれれば模写士と答え。

それはどんな職業と問われれば。

まぁ絵師みたいなもんだけども、もっと地味な仕事ばかりしてると答える。

国や街を回りそこに伝わる寓話や神話、戦話をこの本に写し取っていくのが

仕事だと猫三角鼻をこすりながら言う。

それは金になるのか?と言われれば、ならないと答え。

それならどうやって路銀をかせぐとなれば

「ならどうだい?助けると思って、アンタの似顔絵を描かせておくれよ。」と

笑顔で迫る。

妙に明るい女の笑顔に根負けする客は事実多い。

今日もそうやって稼いだ銀貨で蜥蜴の串焼き2本を腹に納めてる。


「さて、迷ったぞ。今日も迷った・・・。」

大きな腰の本をトントンと叩き思案するヌシシ・カリは方向音痴だ。

いろんな場所に行く事癖に大事な所で路頭に迷う

東の山に行こうとおもえば南の川に辿り付く

西の市場に行こうとおもえば北の役所に辿り付く。


ヌシシはこの街の冒険者組合に用事があった。

知り合いに頼まれた書状を届ける必要があったからだ。

午前中街をうろつき回り自分でここだ!と決めつけて入った場所は・・・・。


隷属奴隷店だった。

思い切り場違いで間違ったとおもいクルッときすびを返して店を出ようとすると

ぶっとい柱に顔をぶつける。

「イタタタっ。何でこんな所に柱があるんだよっ」涙目になって顔を

さすっているところに

「お客様が柱の方に自分で歩いて言ったからではないでしょうか?」と

声がかかる

見れば背の低い女中がヌシシを見上げてる。愛くるしい顔は黒胴犬族だろう

真っ直ぐヌシシを見つめながらも手拭布を渡してくれる

それを受け取ると彼女は涙を拭きながらも黒胴犬族の頭を愛おしげに撫でる。

「あの・・お客様?撫でてくれるのは嬉しいのですが、私これでも齢30を越えております。

背が低いのは元々でして・・・。頭より尻を撫でて頂いたほうが嬉しいですが・・

それで本日はどのような商品をおもとめですか?」


「いや・・別に奴隷がどうこうじゃなくてね。アタシは冒険者組合に

いきたいだけなんだよ?どっちの方向か教えてくれないかい?」

相変わらず女中の頭を撫でながら言う。

「冒険者組合は反対側の地区となりますが・・・それでどのような商品を・?」

「反対側なのかぁ〜?そうだねぇ〜アタシはこう見えても女趣向でねぇ」

「ええ、中央区の川橋を越えてその先の尖った塔のある建物ですが

ほうほう。太めでむっちり系ですか?細めでしなやかなほうがお好みで?」

「何となく解ったけどあたしは方向音痴でさ。

できるなら地図を書いてくれるかい?」

「地図を書くのは構いませんが。胸と尻の方はどうでしょう?

胸はは大きくて尻は小さい?それともその逆がよいでしょうか?」

「出来るなら胸も尻もでかい方がいいねぇ〜〜あはは」

「お客様もお好きで御座います事〜〜あははっ」


「大変です。筆頭番頭殿。例のアレが又粗相をっ」

ヌシシがずっと頭を撫でてる受注はこの店の筆頭番頭ピピリだった。

「またですかっ。お客様すいません。直ぐ戻りますからっ」

慌てて筆頭番頭のピピリは走り出す。

ずっと頭を撫でていたヌシシは体勢を崩す。体が回ってしまいその拍子に

ヌシシは店の出口を見失ってしまう。

「アレ?出口ってどっちだっけ?また迷ちまったよ・・。」


この街の隷属店としては1か2を争うピピリが勤めるこの店には

多様な隷属奴隷を扱っている。

一般的な者からそうでない者もいる。

商品の質には目を配っているつもりだが中には一筋縄ではいかない商品も多い。

今もそうだ。目の前光景は少し荒れていた。いや、店の評判に関わると言う位大事になっている。

「この奴隷。噛みつきやがった。儂の手を噛みつきやがった。」

「お客様。注意して下さいと申し上げました。」大柄な猪族の商人の手は

半分食いちぎられその隣では4番番頭が低く頭を下げて謝っている。

「治療代は店で持ちますから・・。」割って入るピピリが何とか取り繕うとする

「あ。当たり前だ。いや。それだけじゃすまん。女を。この女を裁いてよこせ

今すぐにだ。我の胃袋に納めないときがすまぬ」商人は血みれの手を押さえながら憤怒の顔で目の前の隷属奴隷にくって掛かろうとする。


対峙する隷属奴隷と言えば横に裂け牙がずらりとならんがだ口を大きく開け

まるでおやつを頬張る子供のような笑みさえも浮かべ商人の千切れた手を

咀嚼さえしている。


「確かに一大事ではあるように見えますが・・・。

お客さんにはちゃんと説明したのかい?」とピピリ。

「はい。ちゃんと説明しましたし何度も注意したのです。ご商人様には。

なのに此方の注意も聞かずに行き成り商品の封印布を剥ぎ取ろうとしたのです」

「これは困りましたね。店としてちゃんと注意喚起したにも関わらず

そのような事をなされては店の粗相とは言いがたいです。

大体この商品は訳ありの品で躾けるのも大変なんです。

希有で御座いますし。ほんとこまりますねぇ」

「五月蠅い。大体隷属の癖に。目をみせぬとは何事だ!

顔が見れぬしかもしゃべらないだぞ。そんな隷属奴隷がいるもんかっ」

唾を飛ばし喚き散らす商人の言う事は半分は正当だろう。

しかし店の言う事も一理ある。


目の前で騒ぎが起きていると言うのに隷属の女は涼しい顔のままで

ゴクリと喉を鳴らし商人の手を飲み込んだ。

あまつさえ自分の腹をポンポンと叩いて見せさえする。

褐色の肌を持つこの隷属女は豹鰐族と呼ばれる亜人種となる

非常に獰猛で非情な種類の亜人となり肉であれば何でも喰らう。

ある国は見世物として獰猛な動物だけを集めて戦わせる闘殺場がある。

時の領主の趣味で誰が一番強いかどれが一番強いか?

どうせなら複数の動物を一度に戦わせて見たいという我が儘で

闘殺場に多種多様の動物が投げ込まれた。その数二十匹。

その中に豹鰐族がいた。

豹鰐族は歓喜の声を上げ、叫び、踊り。投げ込まれた動物全てを喰らった。

最悪な事にそれでは物足りぬと見物していた者まで襲い

仕舞いには領主の上半身さえも食いちぎる。

以来、その土地では闘殺場は禁事となる。


それほどまでに残酷で非情な種族でありながらも。

思想は一風変わった物となっている。

目を閉じることを美徳し瞳を開けることは多くの場合狩りの時だけだと

言われている。喋ることは淫猥な事とされ普段は手振りで意思を疎通する。

それは独特の印手であり読み解くのは難儀だと言われてさえいる。

群れることを嫌い。生涯に一度だけ恋をする。それが成されれば夫婦と成り

相手に生涯を捧げるがかなわないなら相手を喰って腹に収める。

緩やかではあるが隷属思考を持っているためにドルチェのような店には

たまに入荷もする。やはり隷属奴隷としては扱いにくい部類に入るだろう。

ドルチェの言う事さえ聞かない事も多々あるのだ。


「そっ。それでも納得はしかねる。儂は客だ。客の要望に応えるのが商売だ。

それに儂は豪商レイハム。猪頭の銀鏡士だぞ。えらいんだぞ。敬え」

自分の従者に最低限の治療をしたレイハムが怒声をあげる

「あらっ。まぁ厄介な肩書きをお持ちで・・・。」ピピリは思わず口に

だして言ってしまう。銀鏡士の肩書きは厄介だった。それこそ下手に話を

こじらせば店が潰れるかも知れなかった。


「えっとぉ〜〜。出口ってどっちだい?あっち?こっち?」

緊迫した雰囲気を一気に壊したのは大きな本を腰にぶら下げている女だった。

旅人用の燕尾礼服を着てるが長い旅なのだろう。それらしく痛んでもいる。

大きな本の角を指でポンポンと叩きつつもきょろきょろと当たりを見渡し

あっち?こっち?というように指刺してる。


「あの。旅麗人のお客様?さっきから出口をおさがしでしたか?

既に四半刻ほどたっていますがずっと迷ってらしゃる?」

ピピリはあきれ顔で聞く

「おっ。さっきの番頭さんかい?そうなんだよねぇ〜。早く店を出ないと

隷属女をおしつけられるだろ?ここに来るまでに5回も呼びとめられたよ。

その度に出口を聞いて行ってみるんだけどもさぁ〜。いっこうに出口が

みつからない。」


「邪魔だ。今大事な話をしてるだ。どけ。お前にようはない。

大体儂を猪頭の銀鏡士のレイハムと知っての狼藉か!この痴れ者」

「あらん?アタシがなにか邪魔したのかい?それはすまないねぇ〜

アタシは出口をさがしてるだけなんだ。あれ?なかなか可愛い子じゃないか?

うんうん。いいねねぇ〜」勝手に豹鰐族の女に顔を寄せてクンクンと匂いを

かぎ出す。

「所であんた?今さっき、銀鏡士と言ったかい?」クルッとキスビを返して

レイハムを睨んだ。

「そ・・そうだ。儂は確かに猪頭の銀鏡士だ。」

「ふむ・・・なるほどねね。持ってるだろ?アレ」

「な・・なんだ・・。大体お前は何者なんだ?」

「アタシは迷子の模写士さ。今もこの店の出口を探して迷ってる。

まぁずっとだけどね。良いからさっさとお出しよ。魅せておくれよ。

自慢の銀鏡ってやつをさ」

「ぎ・・銀鏡か。あれはおいそれと人にみせるものではないのだ

ここぞと言うときにしかみせてはならないんだ。

お前如きの愚者に魅せる物ではない。」

勢いに任せて強くでるレイハムに対してヌシシは大きな本の角をトントンと叩く


「良いのかい?アタシに名乗らせて・・。後悔するよ?」

「なんだと?この愚劣な猫風情がぁ〜」肩をはり腹をふくらませてふんぞりかえるレイハムの耳にとどいたのは死刑宣告が子供だましとなる絶対的な滅亡の詩

だった。


四つの大陸のその影を統べる七つの悪食蟾蜍が住む沼に

訪れるの十の冬と十三の悪夢と甘い蜜

歩く月夜の女の脚にまとわりつくのは影絵の傷

写し取るのは偽りの筆

仕上がる噺も偽りとなる

されど写した噺も壱千の夜後には夢と成り

彼方の枕に呼ぶは偽りの死なりて滅する事は真実と成る・・・・・

アタシの二つ名こそが十三匹の蟾蜍その模写士。その人なり・・・


「十三匹の蟾蜍の魔女・・・十三匹の蟾蜍の魔女。」レイハムはその言葉を

呪詛のように繰り返す

大陸の遠方にある小さな国。王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の国の影の支配者に仕える十三人の従者にして魔女と呼ばれる者。その一人がレイハムの前にいる。


銀鏡士とは十三匹の蟾蜍の魔女達に従事する影の使い達を意味する。

言わば銀鏡士に取れば魔女は主人となる。

レイハムはこの十三匹の蟾蜍の魔女、本人の前で堂々とその身を偽って見せたと言う訳だ。

主人が従者の顔を知らないはずはない。


「知っての通り銀鏡士が持つ銀鏡てのはね。アタシの国の王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の国でしか取れない鉱石が原料になってる。それも貴重品でね。

極限られた者しか所持するの許されていないんだよ

それさぁ〜。銀鏡士ってのは醜男はなれないんだ。厳粛な掟でね。

お前さん?いい男じゃないよね?あっ外見じゃないよ。中見ってことさね

それにアンタの顔なんてアタシは知らない。身分を語ったね。アンタ」


大きな本の角をトントンと叩きながらヌシシの目は偽りの銀鏡士を

にらみつける。この商人が明日のお天道様を見ることはない。

それはこの時点で決まっていた。

「まぁ。後は成りゆきにまかせるから。どっかいっとくれよ」

死刑先刻以上の言葉を投げつけた割にあっさりとてを振り立ち去れと手を

振るヌシシ。それに黙って従う嘘語りの商人に明日はない。

残りの人生は店を出るくらいまでだろう

店の扉を開けた途端に本物の銀鏡士達に捕まりどっかの森に連れ込まれ

彼らの餌となる当の本人だけではなく家族親戚一同が同じ道を辿ることになる。

それが掟となっている


「それで?出口はどっちなの?あっち。うん、有り難う。助かったよ」と言ってヌシシが歩き出すと何故か豹鰐族の女のその後を付いて来る。

筆頭番頭のピピリが「お客様?」と声を掛けるとヌシシが脚を止めると豹鰐族の女も脚を止める

「お買い求めですか?」と聞けば「え?誰を買うって?」ヌシシは顔を横に振るが豹鰐族の女は顔を縦に振る。

「えっと?お客様はその子をお買い求めになるんですか?」と改めて聞くと

ヌシシは首を横に振り、豹鰐族の女は首を縦に強く振る。

「どっちなんですかっ。面倒です。

ちゃんと商談しますからこっちきてください。」

と無理にヌシシの手を引き商談部屋の奥に詰め込んでしまう。

当然豹鰐族の女もイソイソと付いてきてヌシシの隣に座ってしまう。


「アタシは隷属奴隷なんか買わないよ。」寝椅子に身を沈めたヌシシが言うと

豹鰐族の女は顔を横にふる。

「大体アタシは旅の模写士なんだよ。日々に路銀だってギリギリなんだよ。

女を囲うほど甲斐性もないしね。だから。無理だって」

すると豹鰐族の女はプゥっと頬を膨らます。いじけているのだ。

「そうは言ってもですねぇ。この様子は出来てるようにしか見えませんよ?

お客様」豹鰐族の女はブンブンと大きく頷く。

「そんな事言ったてねぇ〜〜。気ままな一人旅だしさぁ〜」

「仰る事は分かりますが・・。でもお客様の要望通りの子ですよ?

胸だって大きいですしぃ」豹鰐族の女は両腕で乳房を挟み更に大きく見えるようして体をくねらせる。

「お尻だって。ご覧の通り大きくて張りもありますよ」ドルチェの言葉に合わせて豹鰐族の女は腰をくねらせる。

その仕草にヌシシはゴクリと喉さえならしてしまう。

「まぁ〜。無理にとは言いませんけども。豹鰐族は一生に一度恋を

するんですよ?この子に取っては今日の今こそ、その時なのでしょう

恋が叶えば仕えますが、成されないなら取って喰ってしまうのが

しきたりですよ?」

豹鰐族の女は深く頷きついでに自分の腹をポンポンと叩いて見せさえする。


「つまりこの子の恋をかなえて上げないとアタシは腹の中に収まってしまうって事かい?」

「そうなりますねぇ〜〜。この子の食事は凄惨でございますわよ?おほほ」

豹鰐族の女はにこやかに頷きヌシシの顔の前で口を開け異様なほど数が多い

牙と歯を開いてみせる。

「止めとくれ。まだ生きていしたいし。でも高いんだろ?

アタシの財布じゃ心元ないなぁ〜〜」

「それなりにしますけどもぉ〜。先ほどの一件ではお世話になりましたし

此処では月賦払いという事もでできますし」

「それはそれでもっと路銀の他にもっと稼がないと行けないってこだろ?

やっぱり無理だねぇ〜〜。アタシはに・・」


落としどころがなくなった話の末に豹鰐族の女がヌシシが

携える大きな本を指刺した。

「ふむ。頭の良い子でもあるんだね。これに目を付けるのはその証拠だよ。

番頭さん。この子の代金は対価でいいだろ?別に金銭でなくても良いんだろ?」

「それはそうで御座います。商品に見合う価値のある物であればそれに形さえいりません」

「なるほど。それならアタシの得意な物でこの子の代金を支払うよ。

そうだねぇ〜。折角だから皆がいたほうがいいだろう。盛り上がるしね。

できるだけ多くの人を集めておくれよ。

十三匹の蟾蜍の魔女・その模写士が語る一つ夜の物語の披露と

いこうじゃないか」ヌシシは携える大きな本の角をトントンと軽く叩き

立ち上がる。


ヌシシの要望でその店の一番広い広間に大きな立台が用意される

集められたのはその店の従業員を皮切りに隷属奴隷達とその世話掛かり等

又はその場に居合わせた貴族客や一般客も含まれた。

沢山の人々が集えば人々は何事かと更に集う。

仕舞いには店の外から何が始まるんだと見物客までやってくる。


店が用意した立台にヌシシが旅鞄の奥から引っ張り出した大きな羊皮紙が釘で

打ち付けられる

その大きさは人の背より高く両腕を広げた幅より大きい。

長くなるだろうから今のうちに用をたしておくとヌシシがいえば皆が

それに習う。

いつの間にか店が軽い飲み物や食べ物を皆に振る舞う。


準備が整うとヌシシは肩から大きな本を外し豹鰐族の女の膝に預ける。

継いで首奥から小さな本鍵を取りだし本の鍵をガチャリと開ける。

促されるままに豹鰐族の女が本を開くとそこには沢山の絵と文字で書かれた

模写絵が標されていた。

歓喜の瞳で豹鰐族の女がヌシシを見つめると彼女は柔らかく微笑み返す。


近くに豚芋男爵の領地がある交易都市レンダルガインの大街で

一つの物語が紡がれようしていた。

それは甘く優しげで悲恋な女王の一生を模したものであった。


遠い・・遠い・・昔・・人種と亜人が最初に戦を始めた頃の話・・。

ヌシシが模写筆を手の中でクルクルと回し当たりを見回す

何か足りないものを探すように。


すると奥の立ち見客の太股をかき分けて一匹の跳菟族が現れる

後ろには美麗な隷属女さえも連れている。

跳菟族が空いてる場所を指刺すと隷属女はしなやかにそこに腰を下ろす。

跳菟族は少し慌てながらも小さい背から弓琴を下ろし琴を構えると

踵で勢いを付けて二度周り一礼する。

彼は吟遊詩人であり、小さな手で弓琴を奏で始める。

ポロン。ポロン。と軽やかに明るげに琴音が響く。


ヌシシは満足げにその先の物語を紡ぎはじめる。

つま先立ちして羊皮紙の左上に最初の人種の姿を描き

今度は最初の亜人の姿を描く。

やがて時は巡り人も亜人も彼の地に集い。互いの姿と言葉を恐れ戦が始まる。

戦は長く続き夜は乱れ混乱の極みに至るとき人種の幼き女王が生まれる

少しづつ流れる弓琴の音に催促されるようにヌシシは絵と文字を羊皮紙に刻む

亜人達にも子供が生まれその姿も刻まれていく。

幾時も巡れば二人も恋をする時となり運命は回り出す。

偶然の出会いが二人を結び直ぐに二人は恋に落ち互いを求めっていく

二人の人生が紡がれる度にヌシシの模写筆は軽やかにそして楽しげに

羊皮紙の上で踊り幸せな二人の姿が刻まれる。

右下に描かれたのは人種の女王と亜人の青年との子供の姿

左隅に刻まれるのは醜い姿の化け物でありその顔は半分が人種又半分が

亜人となる


ヌシシの筆が進むうちに醜い戦と悪意が生まれ直ぐに悪夢と悲劇へと紡いでいく

跳菟族の琴音が激しく弾かれ叩かれる度に描かれる模写も凄惨な物となる。

観る者立ち全ての顔が苦痛に満ち溢れ中には拳を握る者さえいた。

世の常で有るかのように醜い輩は戦と策略を巡らせて

遂には人種達を欺き騙して亜人の青年を殺させてしまう。

悲しみに暮れた人種の女王も愛しき人のいない世界を嘆き

ミルの大川にその身を投げる。

それでも尚、醜い輩は手を休めることなく人種と亜人を戦へと導き続ける。


ヌシシが描いたのは

この世界で最初の悲劇の物語として語られる話であり

ミルの大川がその水を春の季節に枯らすのは人種の女王が泣き続け

涙を枯らしてしまうからと言われる由縁の刻を示す女神の物語であった。


観客の人種が涙を流し、亜人もまた瞳を涙で潤ませる中

跳菟族兎の詩人はゆっくりと甘く優しげな音を弾き出す。


少し戸惑うようにそして考え込むようにヌシシは腕を組み口元で模写筆の先を

つつくと羊皮紙の真ん中に開いた空白に女性の姿を描き出す。

それは人種の若い女王であり腕には愛しき人の子を優しく抱きしめて

微笑んでいる

また彼女の背には愛した女性とその子を愛おしげに見つめる亜人の青年の姿も

刻まれていく。


ミルの大川の刻のお伽話を描いた模写士は大げさに手を振りあげ

直ぐに下ろし頭をさげる。跳菟族兎の吟遊詩人は強く地を蹴ってクルっと周り

民族と特有の挨拶を披露した。


物語が紡がれ物語絵が描かれそして豹鰐族の女が大きな本をパタンと閉じる。


「かっ。感涙で御座います!。万感の思いで御座います。模写士様」

涙で目が見えないとばかりに目を擦る筆頭番頭が声を上げると

同じように観客の全員が歓喜と感涙に打たれ声を上げる。

大歓迎となる拍手の音に負けぬとばかりにヌシシの足下には金貨銀貨が

投げ込まれる。中には財布丸ごとその日の稼ぎ全部を投げる者もいた。

もっとひどかったのは世に言う貴族領主の輩であり、

ある者は着ている服の宝石をむしり取って投げつける者や自分の服

を無理にヌシシに着せる貴族もいる

急ぎ馬車まで従者を走らせ大きな金貨箱の中見を彼女の足下にぶちまける者

さえいた。

更にどういうわけか彼らはヌシシの描いた物語絵に勝手に値段を付け始め

競売まで始まる始末となる。この騒ぎは実に一刻と半分続き

その間歓声の中でヌシシは貴族趣味のやたら煌びやかな服を無理に着させられるはめにとなる。


「やれやれ。まさかこんな事になるなって思ってもみなかったよ」

未だ物語絵の競売騒ぎが収まらない中の別室でヌシシ達はやっと落ち着くことが出来た。

筆頭番頭のドルチェは涙もろいのだろう。既に四枚目の拭き布で涙を拭いているが

その四枚目の既にグチャグチャに濡れている。それでも番頭らしく気丈に

ふるまう


「えっとですね。この度はすばらしい物語の語りと物語絵有り難うございます

もう本当に感涙。至極万感の思いで御座います。勿論、この子の御代は頂きましたのでお納めくださいませな。」と言って豹鰐族の女に微笑む。

豹鰐族の女は大きく頷き、自分はヌシシの物だとばかりに体を押しつける

「ちょっと。恥ずかしいから人前では控えておくれよぉ〜」はにかむヌシシに

構わず顔まで豹鰐族の女はすり寄せる。よっぽど嬉しいのだろう。


「既にこの子の御代は受け取っているとなりまして。

問題は投げ銭のほうで御座いますね。店にはいったものではないのでヌシシ様の物となりますね」

「え?いやいや。あんな大金とか貴族服とかいらないよ。汗臭くってたまったもんじゃない。」

「と申されましても投げられた銭は店のものでは御座いませんよ。

納めて頂かないと困ります。」

通すべき筋は通すのが筋でありそれが商売です。とドルチェは胸を張る。

「ん〜〜。ならこうしよう。三分の一をさっきの跳菟の詩人に払っておくれよ

次の三分の一をアタシがもらうよ。まぁ路銀も欲しいしね。

金額が大きいなら証書にしてほしいね。頼めるかい?

あとは手間賃と言う事で店でとればいいさね」


「詩人様ですね。流しの跳菟族でオチュル・オイノス・ボグ様と仰る方ですね

偶々連れの隷属のハンギス族の手入れを当店に任せて頂いたお客様です

支払いの件承けたわります。それをヌシシ様の取り分も同じように。

とは言え。私共としては隷属店で御座いますから手数料を頂いても

商品をお出ししないわけには行きません。

どうでしょう。幾人かお出ししますのでご要望を是非に」

「まぁその辺が妥当となるのかねぇ。とは言え表だって連れるのは一人

でいいからさぁ影隷属がいいかなぁ〜〜。要望はねぇ〜手間は

かかるかもだけども。」


ドルチェが引き受けた注文は少し変わった物となる。

足の速い亜人。早ければ早いほうがいい。何なら空を飛べても良い。

隠密や斥候に長けてる短剣使いか弓使い。策略を知識と他国の事情に詳しい者

それと回復役と普段の彼らの世話が出来る飯炊きの者となる

ヌシシは更に戦長馬車と普通の馬車を欲しかがる。

何となく何処ぞの戦にでも出るような組み合わせに思えるが

ドルチェは隷属店の番頭らしく、全ての者を亜人でそろえ

世話掛かりの者だけを雄とし後は綺麗所の雌をあつらえる


「すっかり世話になっちまったねぇ〜〜。」ヌシシはドルチェの頭を

愛おしげに撫でまくる

「お客様。頭でなく尻を撫でて頂いた方が嬉しゅう御座います。」とにこやかに

笑うドルチェ。吊られてヌシシも朗らかに笑う。


大きな本を携えて歩き出す模写士ヌシシの後ろを封印布で目を覆った

豹鰐族が軽やかに付いていく。

「あれ?冒険者組合ってどっちだっけ?」

付きそう豹鰐族の女が正しい方向を笑いながら指さす。

「んっ。頼りになるね。お前さんは。さっ。長い旅になるよ。いこうか」

大きな本を携えトントンとその角を叩きながら十三匹の蟾蜍の魔女。


その模写士が歩き出す。

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