1-7 勝利と別れの美酒
「ダメ!!」
今まさに、剣を振り下ろそうとしたその時だった。視界の横から差し込まれた、三度目の赤。流れる髪。大きく開かれた瞳。俊足をもって目の目に割り込み、両腕を広げ、自分を止めんとするカキョウ。
「カっ……!」
しかし、振り下ろしの慣性はもう働き始めている。必死に止めようにも、自分の身丈と変わらない大きさの剣は、重力と腕力を得て、もはや勢いを殺すことができなくなっている。
そう、このままでは、彼女を、周囲の真っ赤な池と同化させてしまう。
再び映る、白の中で黒になり行く、深紅で真紅。
それを、自分が、引き起こす?
ダメだ、ダメだダメだダメダ。それは絶対、ダメだ。
だが、止まらない。止められない。
「……そうそう、待ちなって」
「っ!? ……カッハ!」
耳元とで突如聞こえてきた男の声と、鼻の奥を貫かんとする濃い煙草の臭い。声と臭いに気を取られた次の瞬間、視界からカキョウが消え去り、鬱蒼とした木々の間から見える青空が見えた。追って、背中と後頭部に強烈な痛みが走り、空気が肺から急激に抜け出る。
「ひっ!! ダイン! 大丈夫!?」
そして、空を遮るようにのぞき込む、カキョウの焦った顔。一瞬の間に、何が起きたのだろうか。地面に大の字に寝転がる自分。打ち付けられた順に痛みが大きい。カキョウとは違う別の誰かに、引き倒されたのだろうか?
「飲まれるには、早すぎるっての」
口調は似ているものの、その声はトールのものではない。目線だけを声のほうへ向ければ、衣類にいくつかの切り傷をつけつつ、煙草をふかした浅黒い男――傭兵会社のカウンターでゆるやかに仕事をしていたジョージが立っていた。
しかしその姿は、カウンターで見かけたときのものから少し変化している。相変わらずタバコは吸っているものの、だらしなくずり落ちていた黒いガウンは肩まで上がっており、首元で金色に輝く留め具によって固定され、まるで戦場の仕事着や正装と言わんばかりに、正しく着こなされている。
そんなジョージの姿を観察してしまったひと時の間に、ジョージの発した“飲まれる”という言葉が引っ掛かった。
(――そうだ、俺は『殺意』に飲まれ……、カキョウをっ!?)
状況を理解してしまえば、ありとあらゆる感情とともに、胃の中身が押し出されてきた。それは必要に迫られた『殺』とは全く別のモノ。嫌悪、憎悪、侮蔑。負と分類される黒い感情たち。嫌い、見たくない程度の嫌悪はいくらでもあったが、ここまではっきりと相手を排除したいと思ったのは初めてだった。できるなら、こんな感情を抱かず、また抱かれずに済めばよかったのに。
そんな感情に身を任せた結果、カキョウを手にかけてしまう寸前だったことに、体の震えが止まらない。
「ダイン! い、いま摩るから!」
そう言ってカキョウは、上半身を軽く起こしていた自分を無理やり横向きに転がした。再び転じた視界の先には、森の木々とシスター・ルカの半歩前に出て、盾役を買っているラディスが映った。トールの姿は……今の視界内には見えない。
(しかし、君は……なんて、強いんだ)
グローバスとともに殺してしまうところだったのに、カキョウは今、自分を介抱しようとしている。
奴の足を斬り取った時もそう、『切ってしまえば』の言葉だけで片づけていた。剣の腕に覚えのある家出娘と言ってはいたが、本当に自分なんかよりも、彼女のほうがずっと先を進み、強い心を持っているじゃないか。
「ごめん……、無理だった」
おそらく背中を摩ろうとして、鎧に阻まれたのだろう。申し訳なさそうにしょぼくれた顔で覗き込まれた。
本当にカキョウの表情は、コロコロと変わる。今、情けないと思ったこと自体も和らげるほど、彼女の表情は自分にとって最強の治療薬である。
「気にしないでくれ……。それと、止めてくれてありがとう」
「どーいたしまして」
ほら、また変わる。今度は誇らしげと言わんばかりの笑顔。じんわりと胸の奥が暖かくなり、吐き気も消え去っている。
「よ。手荒にして悪かったな。ま、休憩してなって。こっからは俺らの仕事だから。な? トール」
「へいへい。向こうの治療と拘束、終わったぜ」
そんな夢見心地もジョージとトールの声によって終わりを告げる。改めて見たジョージは右手に黒塗りされた大型のクロスボウを持ち、トールが武器をしまった状態で視界の奥、グローバスという肉の山が転がるほうから姿を見せた。
「あー、わりぃが、これもいい?」
そう言ってジョージはきっちりと羽織りなおしていたガウンの下から数本の棒のような物を取り出し、ぼやいていたトールへ渡した。
「ちょ、そういうのは一度に渡してくれよ」
「互いに片手で持てる量なんて、たかが知れてるだろうて」
「あーはいはい。人使いの荒い先輩だこって」
トールは渡された物を一瞥すると速やかに、まだ耳障りな再生の音を立てる肉の山の向こう側へ駆けていった。この動きは、渡された物の意味やこれから起きる変化について把握しており、これらがトールの傭兵としての経験や、ジョージとの間に築かれた信頼関係といった、多くの長さからきているものだと分かる。
(ならば、彼は……いつから、どれだけの『殺』と『殺意』を乗り越えてきたのだろうか)
彼とは年齢が近いのと同性であるということ以外は、まったく共通点が無い。種族、生まれた場所、育った環境とありとあらゆる要素が違いすぎるために、比べようがないことは理解している。
それでも監禁という家の壁一枚というだけで、世界というのは大差ないと、どこかで希望を持っていたのかもしれない。
結局、自分が殺されそうになったその時まで、たくさん守られていたのだと。自分の想像をはるかに超え、生きるということが普通に『殺』と隣り合わせなのだと、今なら痛感できる。
そんな『生』と『殺』に溢れた外を選んだのは自分であり、後悔はしていない。これが自分の在るべき場所。目の前の光景は、まさにこれから歩むべき道。今、目に焼き付けておかなければならないと、カキョウに支えられつつ、重たい体をゆっくりと起こした。
「ギザまぁ、ネずトの……!」
肉の山が動く。常人であるなら出血多量や痛覚によって、意識が飛んでいてもおかしくない状況で、グローバスは腹ばいになりながら、こちらに近づこうとしている。
「お前さんも、ほんとすげーよな……こんな体になってまで、何が欲しいってんだ」
「……ずベデだョ……スべでナンだよぉ!! おデザまバな……、ヅよいんダァ、ザイきょうなんダ……! 愚民ドモは、オデさまに支配されて、当然なんダぁヨ!!」
慣れ始めたとは言え、グローバスの咆哮による圧は骨身に染みる。
(全てか……)
大量に服用したポーションによる影響なのかは分からないにしろ、この者の根底には力への羨望や支配欲、差別意識があまりにも大きく、そして根強く存在していたからこそ、このような状況になっても、同じことを繰り返せるのだろう。
(……結局、タイタニアだからか)
皆が巨人族と表現するように、恵まれた体格と筋力に溺れ、他種族を矮躯と蔑む、自分が見てきた大多数の大人たちと変わらない思考。こんな考えの者たちばかりじゃないことは知っているからこそ、目の前の存在がティタニス国の、巨人族の膿そのものだと見えるのだ。
「……なぁ、グローバス。俺は警告したよな? その思い上がりを止めないと、出るとこ出るってよ」
「うルぜええエえ!!!」
呆れを過ぎて、もはや憐れみとなった物悲しい眼差しを向けるジョージに対し、グローバスも渾身の、最後の一撃と言わんばかりに、巨大な拳を振り上げた。
「はぁ……悪い子は、大人しくおネンネしてな」
だが、巨大な拳よりも早く、ジョージの右手人差し指が、巨人の眉間を捉えていた。
「――パラライズボルト」
ジョージの指先から炸裂した青白い火花。見慣れた雷属性の輝き。火花が地を這う大量の蛇を思わせる動きで、グローバスの眉間から体を伝い、消えた足先まで駆け抜ける。
「ナ゛、ナにを、じダ」
「なーに、一般的な麻痺魔法だよ」
対象の体内に静電気を流し込み、生体電流の方向を捻じ曲げ、動きを封じる雷系統の代表的な身体異常を付与する魔法である。見た目の派手さに比べれば、相手に与えるダメージは皆無であり、発光に気づかれなければ、相手をやすやすと全身麻痺に追い込むことができる。幼馴染のネヴィアや雷拳のラッツのように、一度武器に付与しておき、攻撃と同時に麻痺を与える場面が多く、ジョージのように直接放つのは少なくなっている。
「う、ご、ウゴかナいぃ……」
このように、術者の練度や意識次第では、麻痺させる部位や範囲を任意に変更することができる。対抗策としては、装備品に絶縁性の高い素材を使用するなど行えばよく、鎧の関節やアンダーウェアには頻繁にゴム製品が用いられている。
「設置完了したぞ」
そして、頃合いとばかりに、山の向こうへ回り込んでいたトールが手を振った。彼の足元には、ぐしゃぐしゃになっていた顔や突き出た骨もすっかり消え去り、麻縄で雁字搦めに拘束された、まだ意識の戻らないラッツとガナンが寝転がっている。
また、グローバスと寝ているラッツ、ガナンの周囲には、トールが手渡されていた棒のようなものが三人を取り囲むように、等間隔に刺さっている。
「ありがとさんよー。んじゃま……バットスターズのグローバス、ラッツ、ガナン。度重なる脅迫、暴行、強盗などの罪により、ポートアレアおよびサイペリア国衛士に代わり、マーセナリーズ・ネスト ポートアレア支部 支部長 ジョージ・ファンゴが貴様らを捕縛する」
それまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変わり、ほんのりとハスキーの混じる声が場の空気を張りなおす。全方位が操り糸によって張り詰められた空間とさえ思えるほど、息を飲み、体が動かない。
(……ん? 今、支部長って)
今思えば、自分の素性や作戦の詳細を把握しており、かつこんな大作戦の人員配置の権限を持っていりと、それこそなんらかの“長”が持つものばかり。特に救出隊のほうへの新人起用なんか、ただの窓口役では決定できるはずがない。少し考えれば、分かることばかりじゃないか。それだけ、あの気だるそうな態度によってうまく隠されていたといえる。となれば、トールがドついてやりたいと言っていた相手もこの人であり、今ならその気持ちが少し分かる気がする。
「――トラップ・トランスポート」
張りつめていた空気は、ジョージの右手に握られていた黒塗りのクロスボウへと集束され、魔法名と共に撃ちだされた。
クロスボウから放たれたボルトと呼ばれる短い矢は、グローバスやラッツ、ガナンには当たらず、その手前の地面に突き刺ささり、同時に強烈な閃光が炸裂。周囲を雷属性特有の白紫色の光で包み上げた。
光は程なくして消え去り、また光に包まれていた三人は消え去っていた。
「えっ、えっ、アイツらどこにいったの?」
自分の隣で一緒に見ていたカキョウが、目を皿のようにして周囲をぐるんぐるん見渡している。驚いたのは自分とシスター・ルカも同じで、周囲のどこかに移動していないか、視線で探している。
「ああ、俺の罠魔法でポートアレアの牢へ直接送ってやったのさ」
こちらが驚いている中、やり切りましたと言わんばかりの満面の笑みである“支部長のジョージ”が、放ち終わって弦が弛んでいるクロスボウで肩たたきをしていた。
「ジョージさんって、魔術師なの?」
「少ーし違うんだよねぇ。俺は罠師(トラップ・マスター)ってやつで、魔法だったり実際の罠だったりを前もって設置し、活用するのが得意な奴なんだよ。さっきのなんか、一日一回しか使えない大魔法なんだぞ。どーだ? すごいだろ?」
この気だるい支部長が言うように、対象物を移送させる魔法というのは高位魔法(ハイマジック)に分類されるほど、使用する難易度が高い魔法である。そもそも、移送魔法とは厳密にいえば対象物を長距離移動させる魔法であり、対象物を移動させる動力、正確な着地座標の設定、移動を完了させるための途中を維持するための構築、これら全てを安定させる術と、複数の魔法的な要素の組み合わさりによって、はじめて一つの魔法となるために、術者は大量の魔力を消費させられる。
彼の場合は、これらの中でも着地座標の設定をあらかじめ牢屋に書き込んでおり、安定化の術として発射したボルトとトールに手渡した分に術式を書き込んでおくことで、術者の負担を減らしてるとのこと。
このような事前の準備やあらゆる物への術式を“書き込む”ことを得意としているからこそ、罠師と呼ばれるようになったと、いつの間にか横に来ていたトールが耳打ちしてくれた。
「そうだ、ジョージ殿は支部長だったのですね」
自分も彼のことをまだ事務職員と思っていたのなら、カキョウと同じくさん付けだっただろう。
しかし、相手は完全に目上、格上。見下していたわけではないにしても、それはネストに就職できれば、相手は明確な上司ということになる。そうでなくとも、あれだけの難しい魔法を扱える人物となれば、強者に対する本能的な恐れが生まれ始める。
「少しは驚いてくれたか? まぁ、どうせ、あれだろ? ぽく見えなかったって言いたいんだろ? ま、あんな戦闘した後だから、無理にとは言わないが、肩の力抜きな。本物かどうかは、そこの二人見れば分かるって」
自分の中に生まれていた恐れと疑いを、あっさりと見透かされてしまった。
促されるまま、まずは横に来たトールを見れば、ジョージに対する見事な呆れ顔をしている。先のドつきたい発言といい、この表情といい、先ほどの流れるような連携作業といい、本物なのがよく分かった。
続いてラディスを見れば、こちらに対してありありと分かる笑顔寄りの苦笑を投げかけていた。こういう場面が過去何度もあったと見ていいだろう。
「まぁ、少しは。ただ、色々と納得しました」
「そうかいそうかい。んま、昔はバリバリ前線張ってたんだが、ポートアレア支部作るときに押し付けられちゃってね。ちなみに窓口嬢や事務職員は、いつでも募集中だぜ? 誰だって、かわいい女の子に対応してもらったほうが癒されるじゃん? というわけで、どう?」
「えー!? いやぁ……遠慮しときます。あんな厳つい人たちに囲まれたくない……」
まぁ、そんな急に振られたところで、カキョウもすぐすぐには答えようがないだろう。彼女の言うように、自分もあの何をどれだけ仕留めてきたかを競いそうな強面な先輩たちに囲まれながらの事務処理は、考えただけでも胃が痛くなる。オオカミの群れにではなく、もはや熊の群れに放り込むようなものだ。
「うーむ、それはタイミングが悪かったな。あの時は、今回の作戦用に他の支部から、“ああいう顔”ってことで来てもらった連中でさ。うんま、気が向いたら、声かけてね」
街の若者上がりであったバッドスターズのことを考えれば、相手に舐められないような屈強かつ強面の者を並べたほうが、十分な威圧になるだろう。
「んで、我らが上司様が来てくれたことだから、街のほうも片付いたってことだな。……捕縛した奴らの処分はどうなる?」
この暖かな雰囲気で忘れかけるところだったが、まだ自分たちは状況の最終確認が終わっていない。脱線した雰囲気の切り替えとして、トールから少し張り詰めた圧を含む言葉が発せられた。
「下っ端連中はポートアレアで拘留し、追って決定。グローバスは明日、首都へ移送。使用したポーション等に関する分析後、大獄送りだそうだ。
ついでに言えば、今回の作戦は交渉の前に、お相手さんがほとんどの手勢を連れて街に来やがってな、交渉に応じるどころか馬鹿正直に正面切っての物量による侵攻をかけてきたんだ。人質かその偽物のどちらか連れてるだろうと気を張ってたら、これがいなかったんだよね」
「はぁ? 人質なしに? って、正面切ってって、まさか西から堂々と? こんな真昼間から?」
トールが疑問視した内容については、自分も引っかかる点であった。人質を取っておきながら、交渉場ないし戦場に偽物すら用意してなかったというのも妙な話である。何のための材料なのだろうか。
(街の地形は確か……西側に海、東側に大平原へ出れるたった一つの玄関口、北と南は森と山……)
ポートアレアの教会に続く丘から見た街の全景を思い出してみた。街は大陸の西海岸沿いにそびえる山壁の合間にできた土地を利用しており、出入りについては海側の西か、平原側の東しかできない構造になっている。
今回は平原側での攻防戦と思われるが、平原側の出口は一つの巨大な門扉だけであり、攻め入るにも誘き出すにも、この玄関しか利用できない。言い換えれば、平原側の玄関さえ攻略すれば、街を抑えたのも同然といえる。
(それなら少数精鋭で南北の森から強襲をしかけたほうが……、それは街側もわかっているから、まずそこを固めるか)
街の北側の七割強は海から続く山肌であり、残る三割がシュローズ教会の敷地となる丘であるため、教会を拠点に迎撃拠点を作ればいい。南側はほとんどが山であるため、考慮する必要はほぼない。
「街が手薄状態って情報を流してあったんだよね。なら、物量に物を言わせて、無理やり街になだれ込んでしまえば勝てるって思ったんじゃない?」
「けどさ、いくら手薄だからとはいえ、街の壁を攻略するには、まず防衛についてる奴らを引きずり出さないと無理じゃないか? それをどうやるつもりだったんだってこと」
ラディスから出された答えも、そこはら発生したトールの疑問も至極真っ当なものだと思う。結局は、相手が人数を揃えたところで、“街の壁”というものを攻略しないことには、そもそも街に入れない。
そこで役に立ってくるのが人質であり、相手側はこれを最大限に利用して、街自体を空っぽにしてしまうほうが得策であったはず。人質を前に出さないのなら、何のために誘拐したのか分からなくなる。
(待て……、確かに人質の解放は街の目的であるが、そもそも作戦の主目標は、バッドスターズ自体の殲滅。これを理解していたからか?)
バッドスターズの壊滅作戦自体は、人質救助よりも以前から思案されていたことであり、これを察知していたのなら、あくまでも人質というのはバッドスターズ側から提示された開戦の合図ではないだろうか。
そして街からも自分らを視認しやすい平原側に陣取っていれば、街側は討伐目標というニンジンを目の前にぶら下げられた馬のように、自然と前へ出てくる可能性もある。また、膠着状態が続けば、おのずと日が落ち、めんどくささ満点の野戦へと突入してしまうために、双方に焦りが生じ始め、どちらかが動き出す可能性はさらに大きくなる。
「ま、結果として遠戦で対処しつつ、お前たち以外の遊撃隊に戻ってきてもらってーの、挟撃による包囲殲滅戦に切り替えたってわけ。そしたら、途中で総大将のグローバスが消えたもんだから、相手さんは大慌てになって戦線崩壊。強面連中を前面に出したら、すーぐに全員降伏してくれちゃったよ」
(将が抜けただけで、戦線崩壊? 指揮系統……いや、相手は軍じゃない。……依存先の消失?)
戦線崩壊の理由が依存先となるカリスマ的存在の消失なら、消えた時点からのパニック状態もあり得る話だ。
そもそもバッドスターズの変化自体も、新しいリーダーであるグローバスの出現によるものであり、此度の行動からも、あんな道徳破綻者でもカリスマ性によって人心を握ることはできる。その掌握方法は? カリスマの出どころは?
「そうか……力の誇示」
移送される直前まで、弱肉強食の強食者側と叫び、弱者に対する支配意識を持っていた。しかもにポーションによる肉体改造を施してまでも、ひたすら求めたのが“力”だった。実際、雷拳のラッツと小剣使いのガナンは、グローバスの何らかの言葉や態度に惚れ込み、付き従っていたように見れた。集まった連中も同じように、力に魅入られた、もしくは力の傘を借りようとしていた者たちだったなら、依存先の消失によるパニックと崩壊も分かりやすい。
「……イン」
あれだけ力に固執し、見せびらかすような行動となれば、グローバス自身の肉体強化を盛大に披露する場面を欲しがるかもしれない。シスター・ルカの誘拐自体は、開戦の合図というより舞台を用意するための布石、もしくは観覧チケットの配布みたいな意識か? 平地戦闘での利点でもあり欠点でもあるのが見晴らしのよさであり、それこそ大立ち回りを見せびらかすには、絶好の舞台となる。トールの真昼間という言葉も、正午から夕方にかけては、空の移り変わりも激しいために照明と考えれば合点がいく。
街の外におびき出す方法は、単に自分を狩らなければならない存在として見せつけること。そうすれば、街の守備も自然と外に出てくると踏み、それを華麗に返り討ちにする自分の姿を想像したことによる行動か。
しかし、その力に惚れた者たちを顧みることはなく、ただひたすら己の力のみを信じ、己の力のみを愛した男であり、まさに弱肉強食を体現する暴君そのもの。必要悪を超えた害悪となり下がってしまったということだ。
その結果は、部下も含めた全員の捕縛に加えて、自身はこのサイペリア国でも重罪犯罪者が行きつく最終監獄と名高い『大獄』への投獄が決まった。
(終始、自業自得という言葉しか浮かばないな)
同じ巨人族(タイタニア)のあふれる中で生活してきた身としては、環境による変化がここまで著しいものだと、千差万別の域を超え、その存在を理解すること自体を諦めようとしている自分がいる。
「ダーイーン!」
その声によって心臓がえぐられ、全身の毛が逆立つ程の痛みに似た衝撃という驚きによって、現実に引き戻された。見下ろせば、軽くふくれっ面顔をしたカキョウが、微笑ましい睨みを利かせている。
「もう、何ひとりぶつくさ言ってるの?」
「ああ、今回の相手側について……って、声に出てたか?」
「小さくだけどね」
「そうか……気を付ける」
ある意味、彼女がここで声をかけてくれて正解だったのだろう。あのまま考えこめば、人生やらとか考えだし、戻りづらい深みにはまっていたはずだ。また一つ、彼女に救われてしまった。
「……でもさ、なーんか、前にもあったような」
「あったな」
それは昨日、出会ったその場でのやり取りの中。一日前のことなのに船上での戦い、海竜騒動、そして先ほどまで繰り広げていた戦闘と、あまりにも濃密な時間を過ごしたために、自分たちの出会いはすっかり遠くの出来事のように感じてしまった。
(だが、これから本当に遠くなっていくんだな)
今日の作戦の後、どんな結末になろうとも、彼女との旅は約束されている。その中で、いろんな物事が思い出となり、積み重なり、二人で遠くを見つめるよう、思い出すんだろう。
「……さて、話を戻させてもらおうか。まぁ、この血の池地獄の中、全員よく無事でいてくれた。支部長として、改めていわせてくれ。――よく頑張ったな。お疲れ様」
口にしていた煙草を足ですりつぶし、猫背の姿勢をまっすぐ伸ばし、本当に改まった姿のジョージにだらしなさは消え去り、まるで成長した子を見守る親の顔になっていた。似た顔を見たことがある。三年前、幼馴染のネヴィアが見習い騎士の試験を突破したときの養父グラフの顔と同じ。相手を見据えつつ、力強く上がった口角。まさに、今のジョージそのもの。
「んじゃ、そういうわけで、シスター救出任務及びポートアレア防衛戦及びバットスターズ一掃作戦、終了!!」
「長すぎ長すぎ」
「ほんと、ネーミングセンスの無いおっさんだこと」
「うるさい!! ぼやくんじゃない! さー帰るぞ!!」
そんな厳かな雰囲気も、本人がすぐにぶち壊し、呆れた表情でラディスとトールがツッコミを入れていく。おそらく、これが彼らの日常なんだろう。これが自分の日常となれば、楽しそうだと思いながら、足早にここを去ろうとするジョージの背中を、全員で追った。
「おうおう、お前たちがあの悪ガキ共のボスを倒したのかい? すげーじゃねーか!」
「は、はぁ……ありがとうございます」
現在は夜の七時のマーセナリーズ・ネスト ポートアレア支部一階の受付兼酒場と、その前に広がる街の市場で、バッドスターズ掃討作戦及びシスター・ルカの救出作戦成功を祝した打ち上げが、街ぐるみで行われていた。大柄で屈強で強面で見るからに酒好きの傭兵や、海竜騒ぎによる鬱憤を酒で晴らそうとする船乗り、そんな男たちを囃し立てるようにドンドン料理を運んでくる街の女性たち。勝利の輝きと言わんばかりに、煌々と輝くガス灯と松明の明かり。紺色の夜空は街の活気と灯りによって、ほのかにオレンジ色を含んでいた。
「ほぇー、にいちゃんの武器、タイタニア用のブロードソードだろ? 指、回んねぇのに、よく振り回せるな」
「おぅるあ! 胸張れや!!」
「ふごっ!」
そして、酔っぱらいの渾身の張り手を胸に喰らい、いらぬダメージをもらったところだ。このように、自分は現在、年季の入った強面の先輩たちに可愛がってもらっている最中である。
「成人したんだっけ? なら、ほれ! のめのめ~」
手には無理やり握らされた掌の倍ほど長く大きな木製のジョッキを握らされており、ガス灯の光で赤みの増している葡萄酒がドボドボと勢いよく注ぎ込まれていく。
「で、では」
ここは勢いが大事と、注がれた酒を一気にあおった。喉を通る酒成分の刺激と、発酵によって甘みを増した葡萄の味が渇きを満たしていく。(※お酒は成人してから、楽しみましょう!)
「おおおお! おめぇ、いい飲みっぷりだな!!」
「いいねぇ! 気に入ったぞ、ボウズ!! ガハハハハ!!」
どうも先輩方のツボを刺激したようで、空になったジョッキには再び葡萄酒が注がれるのであった。
「よ。絡まれてるねぇ」
何杯かいただいた後、先輩方は次の獲物を求めて、人ごみの中に消えていくのと入れ違いに、支部長のジョージが近づいてきた。
「ええ。可愛がってもらってます」
「言うようになったな。それと、改めて合格おめでとう」
そもそも自分たちがこの傭兵会社とご縁になったのは、自分の路銀稼ぎの手段として案内された会社であり、採用試験自体がシスター・ルカの救出作戦であったことが始まりだ。案内及び採用自体が予定調和だっとはいえ、改めて振り返れば、素人に任せるなと叫びたいほど、実際の作戦内容は濃密で濃厚といえた。成功したから良いものだが、失敗していた時の事を考えると、身震いしてしまう。
「ありがとうございます」
「うんまぁ、予定通りというか、うれしい誤算だったから、礼を言うのはこっちなんだけどね」
うれしい誤算とは、自分とカキョウの行動力と戦闘能力についてらしい。
まず、行動力は作戦内容から逃げ出すことなく、自分から進んで向かっていったことが加点。それぞれの役割を果たしたことも加点。カキョウについては、建物内に勝手に入ったことから命令違反による減点があったが、おおむね合格だったという。
次に戦闘面だが、今回の大ボスであるグローバス、雷拳のラッツ、小剣使いのガナンは、いずれも賞金首であり、それをトールとラディスも含めた四人だけで倒してしまったという大幅加点。
さらに自分はラッツとガナンに対しての戦闘が、カキョウは船上でのケンギョ戦の功績がトールとラディスから報告されており、総合的に見ても文句なしの合格をもらったということだ。
自分としては運と先輩二人の活躍があったから生き残れたのだと思ったが、こうやって自分たちを見てもらい、その上で形として評価が残されると、嬉しさがこみあげてくる。
「期待しているからな」
そんなうれしい言葉を投げかけつつ、ジョージは手に持っていた酒瓶を掲げた。
「応えれるよう、努めます」
自分も応えるように空になったジョッキを差し出し、上司から祝い酒を注いでもらう。ジョッキが酒で満たされると前に差し出し、ジョージはそれに合わせて、持っていた酒瓶をジョッキに当ててきた。
一年早く成人しているネヴィアが言っていた言葉だが「酒と拳は共通言語」だなんて、言われたその時は意味が分からなかったが、今なら分かる。こうやって祝杯を挙げる風景に種族や国の垣根はない。討伐作戦の味方側には巨人族(タイタニア)や魚人族(シープル)の傭兵も数人いたようであり、目の前で楽しそうに酒を交わしている。(重ねて言いますが、お酒は成人してから飲みましょう!)
「おお! 本当にホーンドの女の子だぜ!!」
「まじだ! しかも小柄だなぁ! いやー、華だねぇ」
「お、おぅ……」
さて、この場において、自分の知っている有角族(ホーンド)の女子となると、一人しか思い浮かばない。
自分と似た背丈の屈強な男たちに取り囲まれ、見事に注目の的となっているカキョウ。本人は嬉しくも、また嫌がるともなく、その取り囲まれた威圧と好奇の眼差しにひたすら戸惑っている。
「まぁまぁ、まずは一杯クイッと行こうぜ! ほらよ!」
「うわっ! アタシ、まだ未成年だから、飲めません! 飲ませないでくださーい!」
差し出されたジョッキを前に必死の抵抗をしているが、何気に敬語を話す姿は初めてであり、これはこれで新鮮である。
「君が噂の刀使い? 剣の腕が立つってまじ? ねぇねぇ、どう? 俺と一緒に行かない?」
「え、ええっとぉ~……」
彼女を取り囲んでいる中でも、屈強や強面からは少し遠いめの長身準人族(ホミノス)男性が妙に食いついており、その光景に僅かなイラ立ちを覚える。ナンパ野郎ならトールも当てはまるだろうが、目の前の男は明らかに鼻の下を伸ばしており、妙に癇に障った。
「おーい、そろそろ止めとけ。その子はこのナイト様のものなんだから~」
「「「ええええええ~……」」」
ジョージの言葉からまるで所有物のような言い表しに感じたために、内心わずかに苛立ちを覚えたが、仲間として囲うという意味でなら間違ってはいないなと、苛立ちをすぐに取り下げた。少し酔っているのかもしれない。
そんなジョージの言葉を受けたナンパ野郎どもは、一斉にやる気をなくした……かにおもえたが、数人は自分と勝負して、勝った暁にカキョウを貰えないかと模索し始める奴が出ていた。
有角族としての物珍しさが際立っているが、女性としては見た目も可愛らしく、小柄であり、この空間の中では明らかに華といえる。その上で、小柄な体から生み出される瞬発力は常に舌を唸らせるものであり、刀を扱う所作は流水のように美しく、熟達した戦士なら現在の所作からも読み取れるかもしれない。
残念ながら、彼女は自分との旅の約束をしている。少なくとも、養父から渡された手紙に書かれた宛先に行くまでは、決まっている旅路なのだ。
つまり、誰にも渡すつもりない。本当に勝負を仕掛けてきたら、全力で相手するまでである。……やはり自分は酔っているかもしれない。
しかし、その向こうから現れたトールによって「野暮ったいことするな」「馬に蹴られるぞ」とナンパ野郎どもは釘を刺され、名残惜しそうに人ごみの中へ消えていった。
「はぁ……、トールありがとう」
「どういたしまして。可愛い後輩ちゃん。ほら、ナイト様のところに行ってこい」
「……ごめん、ないと、ってどういう意味?」
今の彼女は純粋に騎士というナイトを知らないのか、比喩表現としてのナイト(守り手)を知らないのか。鎖国ばかりを繰り返すコウエン国ならば、案外前者の可能性もあるのか。
ただ、彼女のほうが実戦慣れしている様からも、現状は自分が守る側よりは守られる側のほうが正しい。
(いつか、彼女を守る側になれれば良いのだが……)
自分が外の世界の流儀に慣れるという意味でも、今後の課題の一つである。
「あー、まぁ、今度教えるから、早くダインのところに行くぞ。野郎のそばなら、変によってくる奴も減るっしょ」
「そうだね。そうする」
トールはどちらか、はてまた別の意味を捉えたのかは分からないが、カキョウをこちらに行くように促してくれた。
「お前さんも、ちゃんと彼女を見ててやんなよ。何せ、彼女はホーンドだ。これから先、何が舞い込んでくるか分からんからな」
「……分かりました」
ジョージの忠告はもっともであり、職業柄から見る性別および種族としての希少性を鑑みれば、将来的にも一人という状況が生み出されることは好ましくないだろう。自分がそばにいるだけで虫払いになるのなら、それでいい。
「よかった。みんな揃ってるね」
時間も夜八時となり、酒盛りから食事、そしてしゃべり場と化した祝勝会の会場に、ようやく最後の主役であるラディスがやってきた。これで全員がこの場に揃ったことになる。
しかし、彼の表情は周りの弾む空気に比べると少々ずれており、やや神妙な面持ちをしている。顔を上げれば、これまでの中で最もはっきりとした苦笑である。それどころかよく見れば、荷物を持っており、まるでこれからどこかに行く雰囲気である。
「実はね、さっき連絡があって、急遽、今夜中に船を出すって」
ただその言葉だけで、すべてが理解できた。彼の本来の仕事である“ダイン・アンバースの護送及びマーセナリーズ・ネストへの案内”はとっくに終了していたことであり、たまたま船が出向できなくなったからという形で、シスター・ルカの救出作戦に参加させられていただけ。本来の終わり時が、別の形で延長されていただけである。
分かっていたはずなのに、生死を分けた戦いを共に生き抜いてしまうと、“次”も自分たちなら生き残れるなんて、在るはずのない未来を思い描いていた。名残惜しいなんて言葉では片づけられない感情に襲われつつも、この過ぎたる刻限は絶対受け入れなければならない。
「そっか、帰っちゃうんだ……。でも船を出すって、海竜は?」
カキョウも彼と会って、まだ二日しか経っていないが、自分と同じく明らかに名残惜しそうである。それぐらい、この二日は濃密過ぎたのだ。
そして巡ってきた彼の帰還のチャンスだが、カキョウが指摘したとおり、海竜の危険性が伴うのではないだろうか?
「僕らがルカちゃ、……シスター・ルカの救出に行ってる最中に、ミューバーレンとヒュージェン間に出現したっていう報告があったって」
一瞬の言い間違えが意味するものは少し気になるところだが、今は海竜の件に耳を傾けることにする。
今日は本来、自分たちが正午に到着した定期船を最後に、出向自体が取りやめになっていたはずであり、その後に報告があったということは、違法操業船がまた勝手に被害を受けたということだろう。
「なーるほど。今からの船を最終に、輪番の再調整をするってことだな」
「そのようだね」
トールの言う輪番は、先日の海竜関連で聞いた囮の小舟を出す輪番についてだ。自身の近くにいる航行中の船一隻を襲う海竜だけなら、航行中の船と囮船の中から相手に選ばせつつ、順次出港停止していけば、自然と輪番も整う。問題は海竜に付随してくるケンギョのほうであり、出現すれば海竜の代わりにと周りの船まで襲いだす始末であるために、一度すべての航海計画自体をやり直さないことには、被害が無尽蔵に増えるだけなのだ。
「んで、いくら海竜の速度でも、船に追いつくのに三日……。最終日がギリギリってところか?」
そもそも海竜が出現する三カ国間の航路は常になだらかな海の状態だとしても、最短航路が三日、最長航路では四日必要となる距離に位置する。それなりに広い海であるために、一つの航路で海竜が見つかると、次の日に別の航路に出現する確率はやや低く、およそ二日間ほどは安全な航海ができる状態となる。また、船自体も移動しているために、初動の段階から海竜との距離も稼げると思われる。
言い換えれば、輪番を再調整するためには、すべての船が港に入ってしまう必要があり、今から出港する船は最長航路の四日の停泊が必要となる。誰かの違法操業が及ぼす影響はただの人の流れを止めるだけでなく、海運による物流そのものを四日も止めることになり、経済損失は計り知れないだろう。
ルールを無視して違法操業を行い、自他ともに人命を含めた被害にするか、協力し合うことで最小限の経済被害で済ませるか。結果は前者いよって、四日という巨大な経済損失が被られた形となったわけだ。
「そうなるね。だから、必要最小限の積荷や人だけを選び、今ある中で最高速度を出せる船で行くことになる」
「じゃぁ、ラディスその船の護衛をしつつ、帰るってこと?」
「そういうこと。ほんとに急な話でごめんね」
ラディスは心苦しそうにカキョウと自分に顔を向けるが、彼がそんな顔をする必要はないのだ。
「いや、遅かれ早かれの話が、今となっただけだ」
また、心の準備ができなかったのは悔しいことだが、今回のようにいずれ訪れる終わりのことを言っても仕方がない。むしろ、彼は数少ない帰路の枠を掴めたのだから、ほんの少しでいいから喜ばしい顔をしてほしい。
「ダイン……、ありがとう。今後のことについては、予定通りトールが引き継ぐから、彼からたくさん学んで。トールも二人をよろしくね」
「言われなくても、かわいい可愛い後輩たちは、バッチリ磨き上げてみせるさ」
心苦しそうだった表情が苦笑とは違った朗らかな笑みに変わると、自分たちもつられるように心が温かくなる。胸を張るトールも同じく、これらすべて見守っているジョージまた、チビチビと酒を飲みながら微笑んでいる。
「君やカキョウちゃんと出会えて良かったよ。海竜の件が片付いたら、遊びに来てね」
聞くにミューバーレンという国は、今朝見た絵にかいたような青い海と空とはまた違い、海は常に宝石のような煌めきを放ち、海底の白い砂までも見えるほどの美しい透明度を誇る海に囲まれている。視線を向けるたびに色とりどりの魚たちが泳ぎ、空は吸い込まれるような深い青と、山や城を思わすほど巨大な三角形をした雲しかなく、まさに常夏と表現してよいといわれる諸島群だ。人生で一度は訪れたい地域として、ガイドブックには常に掲載される地域である。
「行く! 絶対行く! ね? ダイン」
「ああ。その時はぜひ、案内してくれ。……無事を祈る」
差し出された手を取りながら、彼との再会を願った。
「うん、それじゃ、またね」
彼から返ってきた言葉もまた、別れの言葉ではなく再会を約束した言葉だった。また、握った手が強く握り返されると、約束はまるで誓いのような硬く強固なモノへ変わったと確信し、それまで感じていた名残惜しさは消え去った。
ラディスは手を離すと、改めてこの場にいる全員に会釈を済ませ、まだまだ酒を酌み交わす賑やかな雰囲気の中を縫うように、船着き場の方角へ消えていった。
夜闇に消えゆくラディスの背中を見つめながら、遠くない未来、またどこかで会えるという確信が胸に広がっていく心地よさを肴に、トールから注がれた新しい酒を一気に飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます