【幕間】能力
時は遡って、支部長だと判明したジョージが、罠魔法によってグローバス、ラッツ、ガナンをマーセナリーズネスト・ポートアレア支部の地下牢へ移送した直後。まだ、ほんのりと周囲には飛び散った血の匂いが残る、新緑の森の中。木々の間を抜けてくる日差しは見るからに傾き、時計を見ればすでに十七時になろうとしていた。
「んじゃ、俺は街の収拾に戻るついでに、ルカさんを送ってくるから」
「って、おいおい、俺たちは徒歩で帰れってか!」
ついさきほど、支部長ジョージの終了宣言が出され、一緒に帰るみたいな雰囲気になっていただのが、今はジョージ自らの足元に、グローバスを移送した時と同じ、白を含んだ紫の火花と魔法陣が浮かび上がっていた。
「まぁまぁ、これでも責任者だしさ。送ってやりたいのはやまやまなんだけど、さっきの移送で結構魔力使ったからね」
「あれ? 一日一回しか使えないんじゃなかったの?」
カキョウが疑問視するように、先ほどの説明では移送魔法そのものが一日一回しか使えないような口ぶりであった。
「ああ、それは少し誤解だな。移送魔法ってのは、魔力の発生源である自分を魔法の中に入れるか入れないかで、消費量が大きく変わってくるんだ」
移送魔法の説明にあった『対象物を移動させる動力、正確な着地座標の設定、移動を完了させるための途中を維持するための構築、これら全てを安定させる術』は術者から移送対象が離れていく間も術を維持しなければならないために膨大な魔力を使うが、術者が移送対象に含まれると、術の効果との距離は離れないために、必要な魔力量が大幅に減少する。
つまり、一日一回とはあくまでも術者自身を含めない移送に限る表現であり、自分が含まれる場合はこの限りではないらしい。
ただし、彼の移送魔法は本来、巨人族(タイタニア)を移送することは考えられていても、グローバスのように筋肉の肥大化をさせ、巨人族の平均体格を超えた大きさとなると、魔力の消費量が著しく増大してしまう。つまり、先ほどの移送自体も無理やりに近い状態だったようだ。
そのために自身を含めた移送であっても、術者に加えて後一人が限度ということだ。
「はぁ~……、わかりましたーよ! その代わり、報酬期待するからな!!」
実際、無理なものは仕方がないので、来た道を戻るだけだ。疲労については、シスター・ルカの治癒魔法によって、幾分か抜けているために、体力面ではさほど苦ではない。精神面については、初めての対人戦だったが故に困憊状態であり、落ち着かせる時間が欲しかったことを考えれば、徒歩でよかったのかもしれない。
「分かってるって。それじゃ、ルカさんこっちに」
そう言って、ジョージはシスター・ルカを手招きし、彼女も応じるようにジョージの張った魔法陣の上までやってきた。
「み、皆さん、今日は本当にありがとう、ご、ございました! そ、それでは、お先に失礼、します……」
シスター・ルカは、くるりとロングワンピースの修道服を翻しつつこちらに振り向くと、深々とお辞儀とともにお礼の言葉を述べ、移送の光の中に消えていった。
これにて、本当に自分たちの初めての任務が終了したのだと思うと、胸に溜まっていた空気が大きなため息となって漏れ出した。
「みんなもお疲れさまでしたっと。さって、ボチボチ帰ろうか」
と言いつつも、トールは頭から突き出ている獣耳をあらゆる方向に向けつつ、一応の警戒を維持したままだが、街のほうへ歩き出した。自分たちもそれに従い、各々の武器を収納しながら彼の後を追う。
「なぁ、ダイン。聞きたいことがあるんだけどさ」
「ん?」
「一番最初の突貫といい、グローバスの右ストレートを防いだのといい、あの【超加速】は意図的にやってるのか?」
「ちょう……かそく?」
歩き出して程なくの時、トールからの質問が出てきた。だが、自分には心当たりがなく、返す言葉も詰まり気味である。
「違ったか? あの時のお前、そう表現していいぐらい、一瞬で距離を詰めたり、体勢を変えたりしてるんだが」
そこまで言われれば、心当たりは一気に増える。
「あー……。俺には逆に見えている。あの時、歯車のような音がして、視界が赤くなり、周りが超低速か止まって見える。視界が元に戻ると、思い付いたことが実行されているという感じだ」
状況によってタイミングや内容の違いはあるものの、発動した四回の特徴をまとめれば、こんな感じであろう。
「歯車や赤い視界はよくわからないけど、【超加速】と【知覚加速】を無意識にやってる感じなのかな……体への負担とかないの?」
自分とトールの会話を聞いていたラディスは、思い当たる節があるような事を言い始めた。
超加速は筋肉に魔力を集め、運動エネルギーへ変換し、筋肉の働きを強制的に引き上げ、自身の運動量を超えた動きを起こさせた状態変化のことを指す。爆発的な速度を生み出すことができるが、著しい運動を一瞬で行わせるために、慣れない者だと、状態解除時に全身に極端な疲労が生まれ、場合によっては肉離れを起こす可能性もある。
知覚加速は脳の判断能力を著しく引き上げ、視界に映るあらゆるものの動きを極めて正確に読み取ろうとする状態変化である。超加速と同様に、脳の働きを魔力によって引き上げるために、解除後は激しい頭痛や目まいに襲われることもある。
「すぐにダメージを負ったりしてたから分からない」
自分の場合は解除と同時か、すぐ後に大きなダメージを食らったりしているために、超加速と知覚加速のデメリットが、痛みによって塗り替えられてる可能性はある。
「たぶんだけど、発動してる時間が一瞬分だから、負担自体は少ないかもしれないね」
超加速も知覚加速も、戦場で使う場合は五分間を目安に使われることが多いようであり、自分のように十秒程度だと、先に述べたデメリットはそこまで出ない可能性が大きいらしい。
「初めの話に戻るけど、その能力はいつでも発動できるものなのかい?」
「いや、俺もああなったのは、今日が初めてだ。……ちょっと今、意識してみる」
そう言って立ち止まり、各状況とあの時の感覚を思い出そうとする。
発動タイミングは駆け出したときが二回と、グローバスの攻撃を食らいそうになった時、そして“矮躯”という言葉を聞いたとき。
(怒り)
駆け出しの時の一つは、カキョウが投げ捨てられた時であり、矮躯の単語を耳にしたときに似て、心が一瞬で沸騰した瞬間だ。
(命の危険)
これはグローバスからの攻撃を食らいそうになった時。
(……覚悟)
二回目の駆け出しの時。
タイミングはバラバラだが、どれも心が大きく動いたときに発動している。なら、その時の怒りや覚悟を思い出せば、発動できるのではないだろうか?
「……ダメだ。発動しない」
しかし、そう簡単にいくわけでもなく、思い出す程度ではさすがに発動しないようだ。実際の状況が伴わないと、そこまで心が上がらない。
「何か条件があるのかな……。戦闘中限定とか?」
そう言って、カキョウは自らの刀の鞘と柄にそれぞれ手をかけ、いつでも抜けるぞと言わんばかりに、ニヒルな笑みを浮かべている。いや、この場で、今、彼女と戦ったところで、実力的に勝てるわけがない。
「はいはい、安易に武器に手を置かない。カキョウちゃんにお兄さんからの質問だ。君の言う“戦闘中”って何を指すんだい?」
まぁ、実際にここで彼女が攻撃を仕掛けてくることはないと思うが、トールがさらっと割って入ったことで、場の流れもゆるやかに、しかしはっきりと変化した。
「え、戦闘中って、戦闘中じゃない?」
「具体的には?」
「う、うん? ああ! えっと、こう敵同士向かい合って、武器を交えて、命のやり取りをする場面かな……」
戸惑いつつも答えるカキョウは、実際には武器を持たず、構える真似で身振り手振りに、トールへ返事をした。自分でも同じ答えに行き着くだろう。現に、命のやり取りがあったから、あの力が使えたといっても過言ではない。死闘というだけあって、あの場面で動かなければ、死に直結していた。それに抗うための心と力があの反応ならば、自分でも納得する。
「大正解」
「じゃぁ、なんで聞いてきたの?」
「あれよ、別に命のやり取りがなくても、勝負事の場面ってのは、ある意味で“戦い”だろ? そういう時に使えれば、何かと便利なんじゃないかってね」
トールの言葉は正しい。戦闘を広義的な戦いと解けば、物理的な戦闘に限らず、賭け事や商売、交渉などの情報的な戦いも含まれるだろう。寸先の未来が見えるわけではないにしても、相手の小さな動きが見えたり、素早く反応できることは、勝敗を大きく変える場面も想定できる。
「ただまぁ、今の雰囲気を見れば、カキョウちゃんが言った命のやり取りが発動条件ぽそうではあるな」
「すまない。役に立てれそうになくて」
二人が話している間にも、時折思い出しては怒りを繰り返してみたが、結局発動することはなく、残念ながら便利な方向に働きそうにない。
「そんなことはないんじゃない? ようは筋力補強の上位互換で、特殊能力ってやつでしょ? アタシ、そういうのからっきしだったから、正直うらやましいよ」
確かに、その力を得るために特別な訓練をしたわけでもないが、異様に突出した力を特殊能力と呼ぶなら、確かにあてはまるだろう。
しかし、目の前にはそんな魔力による補強を一切施すことなく、高速の斬り払いや割り込みを行える、特殊能力者といっても過言ではない人物がいるではないか。
「そうか? 俺はカキョウの剣技や脚力のほうがすごいと思うが」
船上で初めて見た彼女の背中。グローバスの足を一撃で切り取った剣閃。両腕を精一杯広げ、自分を止めてくれた小さな体。そしてどの場面でも、常に意識の外側から差し込まれた深紅の髪色。今でも、これからも、ずっと忘れることのない、彼女の色だ。
「そうだね。魔力補強なしでのケンギョやダインの前に割り込んだ、あの足はすごいよ」
「確かにな。あと、グローバスの足を切り落としていたのって抜刀術ってやつだろ。ダインの一撃で落とせなかったのに、ああもスパーン! っていうのは、すごいと思うよ」
追撃とばかりにラディスとトールまでも賛同してきて、いよいよカキョウがいかにすごい身体能力を持つかの褒め大会になってしまった。
「あ、あれは、ダインがすごくいい一撃を入れててくれたから、アタシは追撃しただけだよ! それに、訓練すれば誰でもできることだから」
褒め攻めになって、かなり照れているようであり、顔を赤らめながら、身振り手振りで自身の功績を否定しているが、自分を含めた三人は納得がいっていない。
「あれを? 誰にでも? いやいやいや、魔力補強なしに十mも離れた距離を一瞬で詰めるって、相当足を鍛えて、体のバネを生かして、的確に追撃する。その場単位での効率を最大限に活かす動き……って、本当にどんな訓練すれば、そんなことできるのか、気になるよ」
中でも魔術師であるラディスにとっては、本当に信じがたい事実だったとようであり、鬼気迫るものがある。
魔力による補強がないということは、前に進むための瞬発力も、高く飛ぶための跳躍力も補うことなく、また落下や衝突による衝撃も軽減することも無いために、肉離れや捻挫、最悪だと骨折が起きる。グローバスとの戦いで暴風を巻き起こした後、そのまま地面に着地を決めたトールも、足を中心に衝撃緩和を行っている。ラディスは腕から発射する魔法の反動でよろめかないようにするために、足を地面に縫い付ける補強を行っていた。自分も魔法を唱えているわけではないが、背丈と変わらない巨人族(タイタニア)用のブロードソードを振り回すにあたっては、握力・腕力・肩の筋力は無意識に補強している。
つまり、外を知らなくても、自然と己の魔力によってさまざまな行動を補助するのが当たり前な世界のなかで、カキョウは真の意味で、おのれの身体能力だけですべてを完結させているのだ。ある意味で理想の姿であり、ある意味で“異質”なのだ。
(まぁ……俺から見れば、ラディスも……)
実は、ラディスにも気がかりな点がある。戦い方や立ち回りこそ魔術師のように見えるが、足や腕についている筋肉が魔術師ではなく、幼馴染のネヴィアと同じく魔法戦士の“武器と魔法を併用することを前提とした、鍛えられた筋肉”のように見える。魔物が跋扈する世界であるために、物理攻撃の手段を持ち合わせた魔術師がいてもおかしくはないが、どうも自分の中では彼が単純なる魔術師とは“違う”ように感じるのだ。
「どんな? うーん……竹藪疾走、岩場跳び、池の飛び石、うさぎ跳び、階段駆け上がり…………えっと、どれだろうね」
「どれだろうねって、今言った以外にも訓練してるの?!」
ラディスが突っ込むのも、よくわかる。カキョウが途中で口ごもった部分には、明らかにあと十個ぐらいの単語が出てきていた。訓練と言っているが、彼女の国の言葉で修行という、心身ともに強力な負荷をかけることで、より強力な力を得ようとする行いである。しかし、必ず力を得れるとは限らず、何も得ることがないまま、負荷によって心身ともにズタボロになって終わりという結果だってあり得る。現にカキョウはこうして、魔力を使わない驚異的な身体能力を発揮している点からも、彼女の修行は成功しているといえる。
「う、うんまぁ……、あれよ、アタシの実家って剣の道場やってるの。鳳流(オオトリリュウ)剣術って言ってね」
鳳流剣術とは、技(アーツ)名の一部に鳥の名前を用いり、名の鳥の生態や動作を取り入れた剣術である。グローバスの足を斬った技も『居合・赤隼(イアイ・アカノハヤブサ)』という、獲物に向かって超高速に接敵する隼の姿から生み出された抜刀術であるという。
何よりも特徴的なのが、隙の無さや動作効率、所作の美しさよりも、派手さに主眼を置いた変わり種のものであり、多くの技が腕を広げ、刀を大きく振り回し、舞うような戦い方をすることから演舞剣術とも言われる。大きく派手な動作ということは、通常の剣術に比べると、無駄とも取れる動作が増え、それでいて攻撃として成り立たせるとなると、肉体の鍛え方も通常の戦闘的なものとは異なるものとなるだろう。
「一応、後継ぎになれるようにって、みっちりと仕込まれてたんだけど……結局は、弟が後を継ぐことになったから、意味無くなっちゃったよ」
そうつぶやくカキョウの顔は、単純な悲しみや口惜しさを通り越し、虚無にも似た嘆きに見える。おそらく、彼女からまだ聞けていない“家出の理由”の一端なのだろう。
「意味はある」
「どこに?」
口からさらりと出た言葉に、カキョウは目を皿のように見開きながら、こちらを見上げた。見上げられた瞳はほんのりと潤んでおり、必死に何かの蓋を抑え込もうとしているのがわかる。
「ここにだ。言っただろ、俺と一緒に来てほしいと」
ならば、彼女とその家族が無意味と切り捨てる部分を、自分が拾い上げるだけだ。剣術道場の跡継ぎとして育てられていたのなら、彼女の剣の腕は保証されたのも同然といえる。はじめこそ、密航に対する乗船料の肩代わりをしたが、今となってはお釣りのほうが大きすぎる。それぐらい、彼女の能力を遊ばせておくのは、非常に勿体ないのだ。
「確かにそうだけど……それって、アタシがネストに入れなかったら、どうしてたの?」
「そうだな……。その時は、個人的に雇っただろうな」
特に自分から付いてきてほしいと言った手前なのだから、彼女に自立の目途などの何らかの変化が訪れるまでは、自分が生活に対する責任を持つべきだろう。
「そっか。なら、アタシも足引っ張らないようにがんばらないとね」
「それはこっちのセリフだ」
この言葉に嘘偽りはなく、現状では自分が足を引っ張っている状態だ。このまま何も成長できなければ、おそらく自分のほうが見限られるだろう。
正直なところ、単純戦力として彼女を手放したくないというよりは、一緒にいるとどこか安心してしまう。これは同じように女性で戦士であったネヴィアには抱かなかった感情であり、それに意味を見出すなら“初めての他人”であり、最初に外を教えてくれた人だからだろう。そのような、初めての特別を今はまだ手放したくないのだ。
「……んまぁ、あれだ。カキョウちゃんみたいに戦える女性ってのは、本当にどの組織でも万年人手不足でね、引く手数多だよ。ま、うち(ネスト)がそんなことはさせないけどね」
「そ、そういうものなの?」
「そういうもん。応募してくれた時点で、ジョージはぜーったい目を付けただろうし、実際むっちゃ強かったんだから、文句なしって奴さ。だから、無駄って言っちゃダメだぞ」
「お、おう。分かった」
彼女自身は自身の必要性について、まだ疑問を持っているようだが、トールの褒め再攻撃に柔らかくだが、一応の卑下の禁止を約束させることもできた。
しかし、どんなに言葉を重ねようと、彼女の根底には卑下させ続ける何がが、重く長くのしかかっているものがあるようで、いつの日か打ち明けてくれることを願うのだった。
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