第460話 戻った日常
◇◇◇
俺の人生で最大の危機だった文化祭から早1ヶ月が経った。
……マジで神経を削り落とされたので、心と身体を休めるために、向こう1年ぐらいは働かなくてももいんじゃないかと思う。マジで。
そのぐらボロボロだ……。
だが、夢を抱く社畜にはそんな個人の事情などお構いなしに仕事が降ってくるものだ。
忙しい時は特に……。
何故か竜胆家のトップになった俺には仕事が山積みだ。さらにその仕事プラス……。
「俺はなんで食堂の店長を続けているのだろうか……悪い気はしないけどな」
金曜日の夜8時ーー。
俺は一人ぼっちでパソコンに向かって原価計算をしていた。
本来であれば竜胆家の人間としてスパッと食堂店長を辞めるのだが……爺さん曰くーー。
『義孝君に本格的に仕事をしてもらうのは1年半後のが良いかのう。竜胆ほどの大きさじゃと何かと準備が必要なのじゃ。決して孫娘に頼まれたわけじゃない』
とか言われた。なんかもう隠す気が全くなかった……本当に孫に甘い。
まあ、それでも一応名義上は名家のトップなので日々経営学(教師は爺さん)や名家としての振る舞い(教師は如月)などを猛勉強中だ。
自分の決めたことだが……俺の人生はどうなってしまうのだろうか。
コンコン。
「ん? こんな時間に客か? ……いい予感がしない」
経験上この時間に来る客はろくな話をしない……俺の仕事が増える。
ここは居留守を使おうとしていると……。
『義孝、開けて、私よ』
『店長少しいいですか?』
すると、扉の向こうから聞き覚えにある声が聞こえた。新しく娘になったつぼみと由衣だ。
「ああ……お前らか」
俺は気構えていた分、多少ほっとしながら立ち上がると、事務所の扉を開けた。
するとつぼみがこの学校の制服姿で立っていた。隣には私服の由衣もいる。
つぼみはコネを駆使してこの学校の3年生として編入していた。まあ、コネと言っても実力テストでは結果を残したらしいけど。
本人いわく『いい大学に行く。その作戦のために利用できるものは利用する。それに奴隷は主人の近くにいるもが普通だ』だそうだ。まったく……たくましいのか卑屈なのかわからん……。
そんなことを考えているとつぼみが口を開く。
「実花と未来がうるさいから早く帰れ」
つぼみはスパッとそれだけ言うとその場を去ろうとする。
「先帰る。由衣は義孝と話せ。少しだけ」
「待て待て、どういうこと?」
「ちょっと、つぼみ!」
つぼみは由衣と俺の言葉を無視して、その場を去っていった。
「えっ……マジであいつの用ってそれだけ?」
「す、すみません、店長……あの子、事務所に明かりが付いてるのを見て『よりたい』とだけ言って……」
「いや、別にいいんだけど……」
「私に気を使ってくれたのかな……」
申し訳なさそうに何かを呟く由衣を見る。
由衣とつぼみは昔はいろいろあったらしいが、今ではそこそこ仲良くしているようだ。
今日も2人で食堂スペースを借りて勉強していたらしい。
まあ……仲を取り持った実花いわく……。
『徳川家康と卑弥呼を仲良くさせる方が楽だと思うよー。実花ちゃん頑張った。まる』
とか、生気を失った目で意味わからんことを言ってた。
「由衣、つぼみとはうまくやってるのか?」
あいつスッゲェ問題起こしそうで不安なんだけど。俺の不安を察してか、由衣は優しく笑う。
「大丈夫ですよ。つぼみは改心したみたいですから。もう実の父親の言葉に惑わされたりしないです」
「そうなのか?」
「ええ、殴り合ってわかり合いました」
「そうなの!?」
「ふふっ、冗談です……近いことはしましたけど」
おい、ボソッと最後何を言った今。う、うーん、ますますつぼみと由衣が仲良くなった件が気になる。
その日から未来のつぼみへの態度も少し柔らかくなったし……。
なんか壮大なドラマがありそうな予感。
「店長こそつぼみとうまくやってるんですか?」
「さっきのやりとりで、うまくいってると思うか?」
「あはは……嫌われてはないと思いますよ? むしろ歩み寄ろうとしてると思います。多分きっと……おそらく」
俺みたいな返答するんじゃねえ。
「毎日会ってるけど……どうにも感情が読めないやつでな……はぁ」
「つぼみ、店長のマンションに下に部屋を借りたんでしたっけ?」
つぼみは俺たちと暮らす際に『ここは狭いからもう一部屋借りよう』と、提案してきた。
それはもっともな意見で今の部屋は4人で住むには狭すぎる。普通に引っ越すことを考えたが、それは実花未来に拒否された。
なんでも『乙女同盟基本条約4項に違反する!』とのことだ。意味がわからん。
「ああ、飯とかは一緒に食うけど基本は下で過ごしてるな。実花とは仲がいいみたいで、実花なんかは下で寝ることも多いし……俺はそのうちハブられるんだろうか……」
「はぁぁぁ、考えすぎです。つぼみは少しづつ心を開いてますし、実花未来に関しては天地がひっくり返ってもあり得ませんね。むしろ少しは父離れした方がいいと思います」
「それはそれで寂しい……」
「親馬鹿ですね」
ジト目で俺のことを見てくる。ああ……なんか呆れられてしまったか。
「…………」
うーん、そういえばこいつにはつぼみの件で多大な迷惑をかけたままだったな……何か恩返しがしたいが……何をしたら喜ぶんだろう。
「…………」
「…………て、店長、どうしたんですか? 私の顔をジッと見て」
「いや……美人だなっと思って」
「び、美人!?」
俺はただの事実を言いながら、思考を続ける。
うむ、由衣は来年受験をするために勉強をしてるんだよな……なら休日に絆ちゃんの面倒をみてあげるのはありだな。
「由衣……」
「ひゃい!」
「ん? どうかしたか?」
「ベ、別に……」
俺から視線をろこつに逸らす由衣。
なんでこいつこんなにテンパってるの? まあいいか。
「今度絆ちゃんと遊園地にでも行っていいか?」
「えっ? き、絆とですか? あ、ああ、もしかして私のために代わりに面倒を見てくれるんですか」
「はっきり言うな……なんか恥ずかしい」
「す、すみません。で、でも……店長と遊園地……いいなぁ絆。て、店長! 私も行ってもいいですか!?」
「えっ……でもお前は勉強が……」
「い、1日ぐらい大丈夫です! じ、自分で言うのもなんですが、しっかり勉強してますから!」
「それは……そうだな。休憩時間とかいつも参考書読んでるし。お前は偉い」
「は、はっきり言わないでください。恥ずかしい……」
「お前はどこの俺だ? わかった、それなら早めの方が受験に影響ないだろうし、来週末行こう。空いてるか?」
「はい! ふふっ、店長と絆と3人で遊園地……」
(あ、あれ……俺はみんなで行くつもりだったんだけど……)
「何に乗ろうかなぁ。遊園地なんて久しぶりだし……き、絆はお化け屋敷とか大好きだから、それも行ってあげたいし……3人が楽しめるプランをしっかり考えないと!」
「…………」
(な、なんか言える雰囲気じゃない。ま、まあ絆ちゃんもいるし、未来も許してくれるだろう……あいつらとも行こう)
「由衣、それじゃ集合場所とかはまた改めてまた連絡する」
「はい!!」
由衣は笑顔でうなずく。よかった……最初の予定とは違ったけど、喜んでもらえたみたいだな。
あとは他にお世話になった人にもなんかお礼ができるといいけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます