第459話 スーパー三沢タイム

   ◇◇◇


 田中つぼみは困惑していた。

 なんとか自分の存在を気に入られようと、義隆と未来のために肉を焼いていたらーー。


『おい、ちょっとツラ貸せ。なあに痛くはしないぜええ!!』


 と、赤髪のヤンキーに人気のない店裏まで連れてこられた。


「…………」


 つぼみはドヤ顔で仁王立ちする三沢を無視して周りを見渡す。


 人の気配はおろか野良猫の一匹もいない、表通りの賑やかさとは裏腹にシーンと静まり返っていた。そんな空気と三沢の険しい視線はつぼみの心を重くする。


(こんなところに呼び出して……はぁ、これも義孝のプレーの一環なのかしら。ああ、奴隷はどんなことに対しても文句は言えない。そんなことは義孝に貰われた時点でわかっていたことじゃない)


「……おい、お前つぼみって言ったよな」


「ええ、何の用? 確か、義孝の同僚の三沢麻依だったわね……」


「なるほど、テンチョーを調べた時にあたしのことも知ったのか……?」


「ええ、そうね。随分変わった生まれみたいね……」


 つぼみは口にしながらどんよりと曇った気持ちになる。それは会いたくない人と会う時の感情だxzcb……目の前にいる『三沢麻依という女は自分と同じような境遇に生まれながら、は真逆の道を選んだ』からだ。


「あはは、それなら話は早ぇな。だけどお前の知らないこともあると思うから、話させてもらうぜ。あたしの人生がお前の道しるべになるかもしれないからな!」


「…………それを話すことによってあんたにメリットはあるの? あたしなんかに構うのは時間の無駄だと思うけど?」


「ああん? ただあたしが語りだけだ。それでお前の人生に得るものがあるのなら大万歳じゃねぇか。経験豊富なババアの意見は聞いとくもんだぜ」


「…………どいつもこいつもイライラするわ」


 つぼみの胸中がざわつく。それは三沢の言葉から優しを感じるからだ……初めて話す相手なのに、どうしてという気持ち。それと単に……つぼみは優しくされることになれていなかった。


「話したければ勝手話せばいいじゃない……」


「おう! 任せとけだぜ!」


 三沢はニカっと笑い……やがて悲しそうな顔を浮かべる。それは何か大切なものを諦めてしまったよう雰囲気だ。


「あたしは家族でもわかりあえない人間はいると思う。店長のように真っ直ぐに生きることはできなかった」


「…………」


 自傷的に笑う三沢につぼみを眉を上げる。またイライラする……。


(ああ、そんなこと言われなくてもわかってる)


「あはは、あたしってさ捨て子なんだ。小さい頃に施設の前にさ……あはは、しかも真冬だぜ、先生が気がつくのが遅かったら死んでたぜ! それに虐待の痕も酷かったんだ!」


「…………」


(施設で育ったとは聞いたけど……ここまで酷いとは聞いてなかったわね)


「おっと、そんな顔すんなって! くっそ、だからこの話をするのは嫌なんだ。施設暮らしつっても楽しいもんだぜ! チビたちは可愛いしよ! ……そうだ、幸せだったんだ。あたしは幸せだった」


「…………」


「そんな日常が壊れたのはあたしが高校生の時だ。1人の死にかけの爺さんを助けようとしたんだ」


 三沢からしたら勝手に身体が動いた。ホームレス風の男が倒れていて、周りの人間が無視して歩く中、三沢は声を張り上げた。


「……必死だった。助けようとして必死だった……だけど爺さんは病院で死んだ」


「……そして、そのお爺さんの遺産が全てあんたに入ったんでしょ?」


「ああ、そうだ……」


 本当に不思議な老人だった。

 三沢は助けた老人の言葉を救急車の中で聞いた。


『お嬢さん……人間は金を手にしたら人生が変わる……わしはもううんざりじゃ。だけど、お嬢さんなら……変わらなそうじゃな』


「当時は意味がわからなかったよ……爺さんの言葉の意味も、自分が置かれた状況も……だけど、日が進むに連れて馬鹿なあたしでも理解ができた」


「田中家の調べでは資産は『数千億』……女子高生に投げる金額ではないわね」


「でも、あたしの日常は変わらなかったんだぜ。金なんか手に入れてもどうやって使ったらいいのかなんてわからなかったしな! ……だけど周りは変わっちまった」


「…………」


「あはは、そっからはやばかったな! 変な殺人事件に巻き込まれるわ、施設を追い出されるわ、さらには顔も覚えてない両親が会いに来て『愛してる』だもんな……」


「……笑えないわよ」


「あはは、笑い飛ばしてくれよ……今ではいい思い出ってやつだぜ」


「……義孝の周りにいるやつはどいつもこいつも狂ってるわね」


「しみじみ言うな! テンチョーほど狂ってはないぜ!!」


「ふふっ、そうかもね……」


 つぼみの脳裏には田中家のホテルに乱入してきた竜胆家のことが浮かんだ。


『お前は今日から家の子だ!!!』


 暖かさを感じた。自分を陥れた憎むべき相手にそういい切れるの人間はそうはいない。


「義孝の元に戻るわ。私は彼の奴隷だもの」


「娘の次は奴隷か……テンチョーも苦労する人生を送ってるな……」

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