第454話 ただ1つの幸せ

「お、お前……何でここに」


「ふふっ、貴方との熱烈な会話を思う存分楽しみたいところなのだけど……しばらくお待ちなさいな」


 如月は栄三と向き合う。


 いきなりの如月の登場に俺も驚いているが……栄三も目を見開いている。どうやら栄三にとっても如月の登場は予想外だったようだ。


 だが、すぐに人当たりのよさそうな笑みを浮かべる。


「これはこれは如月家のご息女か……久しぶりだな」


「ええ、去年の年末のパーティ以来ですね」


 2人は顔見知りのようで笑顔で受け答えをしているが……目は笑っていない。両者ともどうやら内心では敵意がむき出しのようだ。


 そして、先に口を開いたのは栄三だった。


「話の流れから察するに……君は私の敵に回ると受け取ってもいいのかね?」


「ええ、そうね。栄三様が……義孝さんの『敵』であるのならば……わたくしは貴方の敵です」


「……如月」


(また、俺の名前を言ってくれた……そんな時じゃないけど……なんか感動)


 言い切る如月。


 くそ……お前なんでいきなりやってきてかっこいいこと言うんだよ……軽く泣きそうになるわ。ん? でも……栄三は余裕そうだな……。


「ふっ、それはそれは御父上が聞いたらさぞ悲しむだろう……」


「あら、お父様の援護を期待しているなら無駄よ?」


「ふん、如月には十分な見返りをくれてやっている。ならば彼らは私を助ける」


「ええ、如月は機械的に利益の出る方を優先する……よくわかっておられますね。だけど……それは『如月という機関が上手く動いている時の話です』」


「……何? ……まさか!」


「今の如月は貴方の助けをできる状況ではありません……」


「くっ……」


 栄三は思うところがあるのか、スマホを取り出しどこかに電話をかけ始める。


「私だ……如月の当主と連絡を――何? ……そうか。わかった。ええい、今は全ての計画の練り直しだ!」


 栄三は鬼気迫る表情で誰かと電話をしている。語気が荒く、今までの余裕は消えうせていた。


 俺はそんな栄三を冷めた目で見ている如月に話しかけた。


「お、おい、何がどうなってるんだ……?」


「ふん、田中家と最大の協力である如月家が盛大な『内輪もめ』の最中なのよ。お父様とお兄様でね。これから如月は苦難の時代を迎えるでしょうね」


「えっ……お、お前の家のことだよな? なんでそんなに淡々と語ってるんだよ」


「それは……切っ掛けを作ったのがわたくしだからかしら」


 しれっととんでもないこと言ってない!?


「はああ、何のために!?」


 俺がそう聞くと如月は何故か頬を赤くして、そっぽを向いてしまう。


「そ、そんなこと自分で考えないさな……」


「ま、まさか、俺のために……」


 そ、そうか、田中家の戦力を削ぐために……で、でも、如月の家をもめさせてるのはいいのか……? 俺の責任なんじゃ……。


 如月は俺の顔を見て軽く息を吐き、笑顔を向けてくる。


「ふっ、貴方が気にする必要は何もないわ。如月は遅かれ早かれこうなる運命だったわ。あとは……わたくしがあの機械みたいな心を持った家族を『人間』にするわ……如月は人間になれる……義孝さんが貴方が証明したもの」


「お、俺何かしたか……?」


「わたくしを人間にしたわ。ふふっ」


「…………」


 まあ、言われてみれば……最初に会った時よりも表情の変化や感情の起伏が増えたと思うけど……。


「さあ、義孝さん。総仕上げと行きましょう」


 如月は栄三をに視線をむける。

 栄三は電話を切り、俺と如月を見る。その表情には初めて焦りが伺えた。


「貴様ら……正気か? 誇り高き4大名家のバランスを崩そうというのか……!」


「貴方が言いますか……? 始まりは田中家が義孝さんを陥れようとしたからです……貴方は私の大切なものを傷つけようとした。絶対に許さない」


「…………くっ」


 たじろく、栄三をしり目に如月は俺にしか聞こえない小声で語り掛ける。


「ステージは整えたわ。あとは義孝さんの好きにしなさいな」


「…………」


 如月に思うことや言いたいことはたくさんある。いきなりいなくなったことへの説教もしたい……だけど今一番伝えたいのは――。


「如月、ありがとう……」


「ええ……わたくしは……義孝さんのその言葉だけで幸せよ」


 如月は目をつむり嬉しそうにそう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る