第453話 まっすぐ自分の道を
◇◇◇
同時刻――。
別フロアにて――。
俺の前で栄三はつまらなそうに鼻をならす。
つい先ほど娘を差し出したことなど過去の記憶のようだ。
後悔もなければ負い目も感じてる様子はない。
(由衣と実花から聞いた話だと……田中つぼみは父親のために全てやったんだろ? なのにこいつは……)
「さあ、晴れて君も4大名家の当主の仲間入りだ。より良いビジネスの話をしようじゃないか。私は君の思い切りの速さと度胸を尊敬しているのだ」
「待て……」
「うん? 謙遜することはない。私は君のことは高く買っている。共に他の4大名家を出し抜こうではないか」
栄三は初めて笑顔を見せる。なんというか……それは胡散臭く、いつ裏切るかもわからないそんな感じだ。この笑顔に騙される奴がいるなら会ってみたい。
(けっ、そんなに褒められても舐められてるとしか思えねぇ。胸糞悪ぃ)
「その誘いに俺が乗ると思うか……?」
「ふん、言ってみただけだ。君には関心があるのは本心なのだがな……」
「そうかい、それなら俺の言葉を無視するな。あんたの娘のことだ」
「ああ、娘ではないがな。その話なら終わったと思っていたが? 好きにしたまえ」
「お前、どうかしてるのか? 人様の娘を押し付けられて「はい、あざーっす!!」とはならねぇだろ。いくら社畜が適応能力が高いからって無茶ぶり過ぎだ」
「ふむ……何をそんなに怒っているの理解できんな。女をやっただけだ。あいつは外見だけは優れている、いい使い物にすればいい」
「…………」
こいつ日本語わかって言ってるのか……? ここはいつから風俗の受付になったんだ?
「ああ、何か言いたそうだな……」
「…………」
言いたいことは無限にある……娘を捨てるだと……そんなの。
俺は意を決して口を開く。
「俺に悪いと思ってるなら、娘ときちんと話してやれ」
「私に娘などいないと、何度言えばわかる」
「あああああ!! めんどくせぇな!! 田中つぼみと話せって言ってるんだよ!! 互い言いたいことをぶちまけろや。俺は引き取らねぇぞ!!」
「ふむ……あの娘は好みではないのか、ならば仕方ない。如月のところにくれてやるか。あの者たちなら有効利用するだろう」
「…………」
俺は前に雑談交じりに如月が言っていたことを思い出した。
『如月の家は機械的よ。利益を生むことしか興味がない。娘で利用価値がないとわかれば平気で『一番稼げる』場所に送り出すでしょうね』
あの時は本気にしていなかったが……俺は後ろに控えてるフレアさんに視線を飛ばす。
フレアさんは俺が言いたいことを察したのか、苦々しく頷く。
「恐らく、義孝様のお考え通りになるかと……」
「あああああああ!!! くそがあああああ!!! どいつこいつも勝手なことばかり言いやがって!!!!」
あまりの理不尽な要求に俺は思わず雄叫びを上げた。すると胸のつっかえが取れたのか、少しストレスを発散したからか、少しだけ冷静になった。
(落ち着け……感情のままに仕事をするのが一番非効率的だって会社で習った。常にクールに物事を進めよう……田中つぼみはとりあえず家で預かるか)
「わかっ――」
俺が頷こうとした時、栄三が口を挟む。
「待ちたまえ。私は一度決めた意見を変える人間が嫌いでね……君にあの女を渡す気はなくなった。如月に渡した方が利益は大きそうだ……」
「なっ……お前だって意見を変えてるじゃねぇか!!!」
「だが……私は君に負い目がある」
俺を無視して話を進める栄三。どうやら初めからそういうシナリオらしい。
「君がどうしても言うなら、特別に譲ってやろう。私に……利益をよこすならな」
「この……!! 俺が田中つぼみを見捨てられないとわかった途端それか! どんだけ腐ってやがる!」
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせるが。底知れぬ人間の汚さに心底憎悪がわきそれどころではない……。
いっそ殴り飛ばしてやろうか……! と、考えたその時――。
ガチャ――。
突然扉が開く。
『貴方、落ち着きなさいな。ふふっ、でも、わたくし、そういう人のために熱くなれる貴方の優しさは好きよ』
「お、お前……如月……?」
「ふっ、久しぶりね……やっと会う決心がついたわ」
制服姿の如月望が少し照れたような笑みを俺に浮かべて部屋に入ってきた。
如月はサッと笑顔を消し栄三を見る。
「さて、その話私も混ぜてもらえるかしら……? 興味があるわ」
「如月……望」
如月は俺と話してる時とは真逆の冷たい声で言い放った。
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