第451話 お人形の言葉
◇◇◇
田中つぼみは家族がいつ家族ではなくなったのかわからない。
前はみんな家族想いのいい家族……という訳ではない。
昔から家族間の関係は冷え切っている……田中家の人間にとって家族は道具でしかない。
不思議とその考えが田中家200年の歴史の間ずっと続いていた。
家族同士で住む家も別、会うのは多くて1年に1回。さらには『いざという時のため』に戸籍さえ別だ。
(私の父と兄もその例外にもれなかった……家族の情など微塵もなかった)
母はつぼみを生んでからすぐに亡くなったので、家族は兄と父の二人だけだ。その二人はとても野心家で自分たちの利益しか考えないような人間だった。
そんな二人が対立して、兄が冤罪で刑務所に入れられたのはつぼみが高校生の時だ……。
別に兄と仲が良かったわけではないが……実の父が兄を陥れた事実がショックだった。
『傀儡となれば儲けものだったが……やはり子供を作るなど非効率的だったな。いいか、お前は家族ではなく道具だ。兄の様になりたくなければ私に逆らうな』
これが数年ぶりに聞いた父の言葉だ。
自分の人生には家族という概念は縁がないものだと気が付いた。
(その頃からだっけ……学校のやつらを見てて『普通の家族』が羨ましくなってきたのは……たとえば……音無の周りにはいつも友達、家族がいて本当にうらやましかった……)
手に入らないと思うと欲しくなる。
無理やり友達を作ろうとしたこともある……だけど、それは家族ではない。
無理やり恋人を作ろうとしたこともある……だけど、それは家族ではない。
無理やり恩師を作ろうとしたこともある……だけど、それは家族ではない。
どんな人間と関わってもつぼみの心は何故か満たされなかった。
そんな時に由衣が学校を辞めた。友達も両親とも離れて子供を育てると聞いた。
(正直に言えば……憧れた。誰に何を言われても娘を守り、1人で生き抜こうとしている人間性に……それからは音無への劣等感が強くなった)
無我夢中に子育てをしようとしている由衣の姿を見て閉じ込めてた想いがあふれ出してきた。
家族との絆がどうしても欲しい。
その想いだけで数年ぶりに父にと会った。
『私はお父様と暮らしたい……!! 役に立ちたい!! ……家族でいたい!! テレビで見るような家族になりたい』
自分の気持ちをありったけ言葉に込めて父親に直訴した。
あんなに叫んだのも、感情をさらけ出したのも初めてだった。
そして父親は……興味なさげに。
『私には必要ない。くだらん、そんなことを言うために私の時間を奪ったのか?』
その言葉を聞いて「この人は本当に私に興味ないんだ」と、感じた……。
だが、しばらくして状況が変わった。父親から生まれて初めて頼みごとをされたのだ。
『川島義孝を陥れろ』
普通なら愛情を貰っていない父親の言葉など無視するだろう。だが、つぼみは自分が父親に頼られたのだ……堪らなく嬉しかった。
(多分……普通の人は馬鹿な娘だと馬鹿にするだろう。そんなことはわかってる!! 馬鹿なことをしてるのは自分でもわかってる……!! そして……父が私を利用したいだけで……私の『願い』を叶えないことも!! ……だけど私は)
そうしてつぼみは心を闇に放り投げた。
倫理観も正義感も全て……父親の役に立つために捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます