第449話 家族という記号

   ◇◇◇


 同時刻――。

 義孝と田中が話している別フロアの一室にて――。


「…………」


「…………」


 竜胆実花は田中つぼみと2人っきりで豪華で煌びやかな部屋で顔を合わせていた。実花は冷静にすました表情をしているが、つぼみは不機嫌な態度を隠そうともしていない。


 つぼみは実花の余裕がある態度が気にくわないのか、忌々し気に眉をひそめる。


「ああ、あんたら姉妹は何処まで私をイラつかせれば気がすむの……? ああ、もう怒りでどうにかなりそう……」


「いやぁ、そっちが喧嘩を売って来たから今の状況になってると思うよ? それで2人っきりで話ってなあに? 実花ちゃんドキドキしちゃう」


 実花はつぼみに1人で呼び出されてここに来ていた。

 ちなみに……夏輝、山城、未来は隣の部屋で待機している。夏輝はまた怒り狂っていた。


『どこまで北条をないがしろにすれば気が済むの!?』


『まあまあ、ここは実花ちゃんに任せたまえよ』


 夏輝は実花のへらへらとしながらも決意を秘めた目を見ると……


『はぁぁ、あんたのそんな顔を見るのは『3年ぶりね』……いいわ!! 私のライバルなら私のライバルらしく! 燃えたぎり! 煮えたぎり! なさい!』


『暑苦しいなぁ……』


『北条にとっては最高の誉め言葉よ!!』


 と、そんな一幕があった。


(なつきまんの言うことは間違いないかも……こんなにもやらなきゃ!! って想いが強いのはママが死んじゃった時以来だなぁ……いや~黒歴史を知っている人がいるのは恥ずかしいなぁ……大丈夫、今度は間違えない……)


 実花は決意を胸に言葉を紡ぐ。


「それで、私に何のようなのかな?」


「ふん、私は『最後』にけじめをつけたいだけよ……?」


「? ……けじめ?」


 田中つぼみが忌々し気ながらも、どこか申し訳なさそうに実花から視線を外して言う。なんだか、謝ろうとしている子供のようだ。


「すまなかったわね……大切な妹を誘拐して。それだけ言いたかったの」


「……えっ」


 実花は突然の謝罪に戸惑う。そこにはさっきまでの強気な態度に少しだけ、陰りが見えていた。


(……素直に謝るタイプかな。うーん、ゆいにゃんから聞いた情報から推測して……根は真面目なのかもしれない)


「別に~4大名家にいる以上は誘拐ぐらいは覚悟してるよ。私も未来ちゃんも」


「そう……私は大切な家族をさらった……私のことは恨んでくれていい」


 実花がやれやれ見たいな感じで答えると、つぼみは短くそう答えた。言葉ではそう言いつつも内心複雑そうだ……。


「謝るぐらいなら最初からやらなきゃいいのに……」


「ああ、家族のためのよ。家族のために私の感情など生ごみよりも価値がない……だけど、川島義孝が竜胆を継いだ時点で……もう私は『家族』ではないのかもしれないけど」


「…………」


(……なんか、読めてきたなぁ。この人は本当に『家族のために』すべてを捨ててきたんだ。はぁ……いけない、いけない、『目的』のためには非情にならないと)


「ねえ、つぼみさん、『田中栄三』と戦いませんか?」


(私の目的は田中家を『内部崩壊』させること……そうすればあとはパパがよしなにしてくれるはず)


 実花は冷静につぼみの反応を見る。自慢の耳で、声色、呼吸、すべてを聞き逃さないつもりで……。


 家族が笑って生きられる環境を作るために……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る