第448話 家庭事情

 俺はまるで宇宙人と話してる気分だった。


「田中つぼみだぞ? お前の娘だろ?」


「私に娘などいない。君の勘違いだろう。そんな事実はない」


 駄目だ。話がかみ合わない……えっ? このおっさんマジで言ってるの? えっ……それが真実……ではなさそうだな。


 おっさんの態度が妙にふてぶてしい。隠し事をしているような雰囲気ではない。バレても無理やり誤魔化せる術があるからなのか……。


 俺が思い悩んでいると俺の後ろに立っているフレアさんが、遠慮がちに声を上げる。


「義孝様……お嬢様の指示で調べました。田中様の仰ることは事実です……少なくとも戸籍上、法律上は……ですが……DNA鑑定の結果は親子関係でした」


「…………!!」


 このおっさんは……実の娘との関係を否定してるのか。


「ふむ、如月家……さすがだな……やはりそこまで調べていたか。だが……それは間違えだ。私が間違えにする」


 何を言ってるんだ……こいつは。


「……お、お前は何で俺の誘い乗って来たんだ? 俺と話をする意味もないだろ?」


「なあに、君が竜胆家の当主を継いだと聞いてな……ここは1つ同じ誇り高き4大名家として力になってあげようと思ったのだ」


「力だと……」


(自分が原因のくせによく言う)


「ああ、喜んでくれると思う。私は――君と君の娘に危害を加え続けて来た『田中つぼみ』を引き渡す用意がある。ああ、彼女は性は田中であるが、先ほど説明した通り田中家とは無関係だ。煮るなり焼くなり好きにしたまえ」


「…………はっ?」


 一瞬何を言われたのかがわからなかった。だが、その思考の鈍さを栄三は待ってはくれない。


「義孝君……私は賭けに負けたのだよ。もし君が即決で竜胆を継ぎ、北条家を味方につけていなければ、今頃竜胆は瀕死のダメージを負っていた。それこそ田中が竜胆を食らいつくすには十分な……だが、君はその危機を回避したのだ。その戦利品だ、彼女は」


「…………」


 親が子を戦利品だと言って、俺に差し出そうとしている。

 ……だが、映像からは悪意のようなものは感じない、ただ俺へ面倒そうに説明をしているだけだ。


 とてもではないが、娘の人生を決める話し合いをしているようには思えない。


「田中栄三……お前は」


 息が切れる……言いたいことがあるのに言葉が出てこない。胸を締め付ける不安……その正体に俺はすぐに気が付く。


「娘を捨てるのか……?」


 あいつは俺が必死に受け入れ、育てようとした、何事もに代えられない繋がりを、自らの意志で捨てようとした。


 かつて……去年の文化祭で三沢と浅田に『新井の親』について言われた言葉を思い出す。


新井の親は犯罪者でどうしようもないクズだった。だけど、俺は新井に親と『本音で語り合え』と言った。


 そんな俺の言葉に三沢と浅田は強く反発した。


『親でもクズはいる。傍にいない方がいい場合もある』


『どんなに近づこうとしてもわかりあえない家族もいる。言葉が届かない家族もいる』


 あの時俺はその言葉を否定して、新井を必死に説得した。だけどそれができたのは……新井のクズ親も新井も……ほんの少しだけ、家族を想う気持ちがあったからだ。


ああ、だけど……こいつの目はだめだ……


(こいつは娘を家族だなんて思っちゃいない……ただの駒としか考えていない)


 自分が必死に守ってきた物を全否定された気分だ……俺と栄三では立場、性格が違い過ぎる。だから、栄三がどう思おうと俺が落ち込む必要なんかない。


(俺も歳だ。そこまで家族というものに理想を描いていたわけではない……だけど、ここまで簡単に家族を捨てられるものなのか……?)


 だけど……ランチメニューを選ぶみたいに家族を否定し、捨て駒にする栄三を見ていると――どうにも心には悔しさと……悲しみが溢れきた。

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