第409話 波乱の予感
◇◇◇
同時刻――。
正午が過ぎ、丁度昼時ということもあり、竜胆実花が学生責任者をすることになったハイパータピオカマウンテンスペシャル屋は大盛況だった。
この出店は『甘いジュースなら全てのカロリーとケミストリーを起こす!』という熱い想いがコンセプトだ。
もう――甘さの暴力だ。ただでさえ甘いミルクティにアイスやフルーツやケーキやチョコやカボチャなどが器に乗るだけ乗せ放題の店だ。
乗せ放題ということで値段は学園祭にしてはそこそこ高めに設定してあるが、乗せ放題というお祭り心が文化祭の空気とマッチしたのか、開店から大盛況だ。
これ自体とても喜ばしいことで、いつもならニコニコしながら父親や妹に褒められるのを身もだえながら妄想しているところだ。
しかし……売り上げがよくても気分は晴れない。原因は父親が置かれている状況だ。本来であればかっこよく助けて、いっぱいなでなでしてもらう予定だったのだが……『田中との交渉』はいいものではなかった。
そして、様々な策を頭の中でシミュレートした結果――。
『今私にできることない……今は動くとパパの立場が悪くなるかもしれない』
そう考えた実花は――。
「らっしゃませえええええええええええ!!!!! ひゃおおおおおお!!!」
無心で仕事に熱中することにした。
というか、半ばやけくそだ……そんな実花をクラスメイトの熊田が苦笑いで見ていた。
「み、実花ちゃん~~、やる気あるのはいいんだけど、何で世紀末漫画の雑魚キャラに出てきそうな挨拶なの?」
「えっ? 家の近所のラーメン屋さんの真似なんだけど。らっしゃせええええええええええ!! ひゃおおおおおお!!!」
「待って~! 待って~! みんな怖がってるから! いや、面白がってるのから、言いのかな~?」
「そうだよ、くまもん。所詮この世は法にふれずに面白ければなんでもいんだよ? この世の常識だよ?」
「あ、あはは、あんな非常識な挨拶をしている人に常識を問われたくないんだけど……」
「百里ある!!! でも、ネタに走りたくなるじゃん! 本能的に!!」
「はぁ……実花ちゃん、スーパー美少女なんだから、もう少しお淑やかにすればいいのに……」
「ああ……黙ってれば美少女って、2週間に1回は言われるからねぇ~~」
そんなやり取りをしていると、屋台に由衣が近づいてきた。
「実花、熊田さん、大盛況みたいね……変な奇声を上げてる美少女がいるって噂を聞いたんだけど……」
「あっ! 音無さんお疲れ様です~~」
「おお~~ゆいにゃん! 奇声を上げた分、もう過去一の売り上げ出しちゃうから!!」
「……はぁ、ほどほどにしなさいよ? それと野暮なこと言うけど過去一は無理だと思うわよ? 去年のことがあるから」
「ああ……ふゆゆが絡んだあれかぁ、1000万円以上の売り上げだったんだよね? マニアが並びまくって……」
去年の文化祭でもはや伝説となっている事件だ。アイドル最強説だ。
「あれは店長のプロディースがすごかったのよね……まったく、そういうことには頭が回るんだから……ちゃんと謹慎してるかな?」
由衣が心配そうに呟く。
(あっ、由衣にゃん、まだパパが来てること知らないんだ……うぅ、言いたいけど、くまもんがいるからなぁ~。パパの動向とかスーパーシークレットだし……)
などと考えていると、由衣の表情が突然固まる……
「えっ……? な、何でここに……」
視線の先には一人の女生徒がいた。実花はその女生徒の顔に見覚えがあった。
田中つぼみだ――。
「み、実花、熊田さんごめん……!」
由衣は一目散に人込みに消えていくつぼみを追いかけていった。それを実花は冷静な表情で見送った。
「えっ? 音無さんどうしたんだろうね~? 知り合いかな?」
「…………さあ? よ~~し! くまもん、どんどん売り上げるよ! いっらっしゃせえええええええええええ! ひゃおおおおおおお! ひゃああああああ!!」
「さっき小言を言われたばかりだよ~!?」
元気な声とは裏腹に実花は冷静に思考する。
(本当は私も追いかけたいけど……パパに任された屋台を放り出すわけにもいかないし……それに、田中つぼみ……直接会ったらビンタの一発や二発しちゃいそうだからね~……朝、田中家でも大暴れしちゃったし、やっぱそういうのは実花さんのキャラじゃないからね~。お爺ちゃんが、由衣にゃんに任せたんだし……私の出る幕じゃないなぁ)
実花はそう自分に言い聞かせる。
「…………」
だが、由衣が走り去った方角から視線を逸らせなかった。
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