第399話 食堂の守護者
◇◇◇
同時刻朝9時――。
校内の廊下にて――
「あー、クソ! むしゃくしゃする……」
食堂アルバイト職員の新井裕也はイライラしながら、文化祭の熱で活気づく校内の廊下を歩いていた。
だが、叫んだり怒り散らしたりする気分でもない……怒っているのになんだか、気の抜けた気分だ……何もやりたくない。
(はぁ、こんな気分の時は1日中酒でも飲みながら寝るのが一番なんだよな……だけど、兄貴の留守を守るっていう指名があるしな……はぁ、だけどなぁ。兄貴が大ピンチなのに普通に営業なんてな……)
新井はどうにもやるせない気持ちになる。
今義孝が置かれている状況は何の権力も力も持たない新井にはどうにもならない状況だ。
新井の頭ではどうすれば正解かもわからない。
だからこそ……余計にイライラする。
『おい! そろそろ始まるぞ! 急いで準備するぞ!』
『食材が遅れてる!? 何でそんなことに!! だから当日発注は嫌だったんだ!』
『なんだ!! お前だって食材が安いって喜んでたじゃねぇか!』
新井の視線の先には2人の男子生徒が言い争いをしていた。あと少しで取っ組み合いになりそうなぐらいだ。
周りにも生徒が数人いるが、喧嘩している生徒に近寄りがたいのか、遠巻きに見ているだけだ。
(なんだ? もめごとか……? 見たことある顔だな、食堂の常連だな…………)
「…………」
その時、ふと叫んでいる生徒を見ていると、新井の脳裏には1年前の文化祭の風景がよみがえっていた。
◇◇◇
「ほっとけよ! 僕に関わるな!! 食堂の店長風情が生意気なんだよ!」
「ああん!! このクソガキが!! 社畜歴が人生の3分の1の俺を舐めんじゃねぇ!! 若い奴が限界かどうかなんてすぐにわかるんだよ!! 特にお前みたいなタイプは気が付いたら精神科医の常連だ! そうなったら会社は言い逃れてちっぽけな労災を払ってしまいだ!! 結局は役員たちだけがおいしい想いをするんだ! 馬鹿野郎! 家族が『犯罪者』!? はっ! そんなの関係あるか!!」
◇◇◇
「………………」
新井は人生であそこまでおせっかいの人間も、意味のわからないことをわめき散らす人間も……あそこまで自分を叱りつける人間などいなかった。
あそこまで温かみのある怒鳴り声を言われたことなんて……なかった。
(僕も兄貴の影響を受けてるかな……あそこまでかっこよくは生きられないけどな)
新井は頭をかきながら、今からしようとしていることを考え、少し恥ずかしくなる。
「おい、ガキども、なんかあったのか?」
新井はもめていた学生たちに話しかける。生徒は大柄でどちらも180センチ近くある。新井は男にしては身長が低く150センチほどなので、まるで大人と子供だ。
それなのに新井が近づくと2人とも軽く会釈をする。妙にシュールな光景が出来上がっていた。
「あ、新井さん……こいつが!! 食材の発注をサボって!!」
「なんだと!? 話が違うだろうが!!」
「わかったから、学校の廊下なんかで叫ぶなみっもねぇ」
「あれ? 新井さん……去年の文化祭で般若の形相で叫びまくってた気が……」
「殺すぞ」
新井がすごむと、男子生徒はひるみ、口を濁す。そんな男子生徒を見ながら新井は大きくため息をつく。
「はぁ、おい、足りない食材ってのはなんだ?」
「え、えっと、小麦粉です。たこ焼き屋なので……」
「それなら、食堂に40キロは在庫がある。くれてやるから、喧嘩すんな。たくっ兄貴の勘がドンピシャだな……」
◇◇◇
『小麦粉や野菜、調味料は大量に取っておいたから、学生が来たら分けてやれ』
◇◇◇
「マジですか!? さすがは新井さん!」
「さすがです! 兄貴って呼んでもいいですか!?」
「はっ!? 駄目に決まってるだろ! この世に兄貴は兄貴だけなんだよ!!」
新井が叫ぶとひとりの女生徒がこちらに向かって駆けてくる。目の端には涙を溜めている。
(この女は……確か兄貴の指示で街でチンピラに絡まれてるのを助けてやったな……)
「あ、新井さん!! なんか酔っぱらったおじさんが校門で怒鳴ってて……! わ、私どうしたらいいか……」
「はっ? そんなのセンコーに頼めよ」
「そ、そうですよね……で、でも、今緊急の職員会議で先生はいなくて……職員室はここから遠いし……警備員の人が対応してますけど…な、なんだか負けそうで」
「はぁ、今フレアさんいないのかよ……あああ! クソが!! 案内しろ。センコーが来るまでは相手をしてやる。おい、お前センコーを呼んで来い」
「は、はい!! あ、ありがとうございます」
「たくっ、悩んでる暇もねぇな、クソが。はぁ、兄貴の格言『一番悩まずに過ごす方法は死ぬほど働くことか寝ること』ってのは間違ってねぇな。
新井はチンピラの様に吐き捨てるように言うと、校門に走って向かう。いつの間にか心をざわつかせていた迷いはいくらか薄れていた。
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